2019.07.07 公開

#11

 アルカキルティ大平原から北西の方角に進むと、その先にはマハーバラ坑道が続いている。ファルシ=アトモスが掘り進めたとされる地底を採掘場としたもので、暗く、細長い道を進んで行くと、その先には豊かな水源を湛えたスーリヤ湖へと続く。
 アルカキルティ大平原で出会ったホープとエクレールがネオ・ボーダムを目指すと決めてからはや二日間という時間が過ぎていた。
 二年前に大怪我を負った後遺症が足に残っているエクレールは、長時間歩き続けることが難しい。ホープが連れてきたチョコボに乗ったり、下りて歩いたりすることを繰り返しながら進んできた二人と二匹の旅は、日が暮れる前に切り立った岩肌と透き通った美しい水源を湛えたスーリヤ湖へと辿り着いたのだった。
 焚火を焚いて、野宿をするのもこれで二回目。ようやく、この生活にも慣れてきたというべきだろうか。実際、進行自体は悪くない。足の悪い彼女を連れて、二日間でここまで進んだことを考えれば、むしろ上出来と言っていいだろう。
 そうだと言うのに、鏡のような水面には、酷い顔をしている自分自身が映し出されていることに気が付いて、ホープは苦笑を零した。
 我ながら、随分な道化を演じている自覚はあった。
 ライトニングのことを忘れたくない一心で、ホープはパルスまでやってきた。
 時と共に薄れつつあった記憶を取り零したくなくて。例え辛い想いをすることが分かっていたとしても、刻んでいたくて。だからこそ、彼女に手が届いた日に合わせる様に、彼女を喪った場所に出向いたのだ。
 その為に形見のブレイズエッジで訓練までして、ようやく崖までたどり着いたホープの前に現れたのが――二年前に喪ったはずのライトニングだった。
 なんて間の抜けた話なのだろう。死んだと思われた彼女はその実、死んでいなかったのだ。
 瀕死の大怪我を負いながらも、ライトニングはなんとか魔物を追い払うことに成功していた。彼女は生きて崖下にいたのだ。そんなライトニングを見つけて、魔法のいばらとやらに匿っていたのが妖精であるモーグリだった。ホープたちがたどり着いた頃には、とうにライトニングはいばらの先で介抱されて眠っていたというのが事の真相だったのだ。
 ライトニングが酷い怪我にうなされて苦しみ続けている最中、ホープは彼女の破れたマントを前に、魔物に食い荒らされてしまったととんでもない勘違いをしてしまった。あれでは助からない。状況判断的には仕方のないことだったのかもしれないが、死体のなかった彼女の無事を信じることだってできたはずなのだ。絶望に引きずられ、生きていた彼女を二年もほったらかしにしていた自分の愚かさにはらわたが煮えくり返りそうだった。
 二年という時を経て、ホープはライトニングと出会った。だけどもう、彼女はホープと将来を約束したライトニングではなくなっていた。彼女は自分が生きてきたそれまでの軌跡を、すべて忘れてしまっていたのだ。
「あのね。私……あなたにとって多分、良くない知らせだと思うのだけど、二年前の記憶がないの」
 そう口にした彼女は、不安そうな表情を浮かべてホープを見ていた。まるで、どう接していいのか考えあぐねるような。そういう『初めての人』に対するたどたどしい応対は新鮮で、だからこそ目の前の彼女はホープが知っていたライトニングとは違うのだと思い知らされるようだった。
「そんなことはいいんです」
 あの頃の彼女を刻みにきたはずだった。だけど、現れたのはまったく新しい彼女だった。
「あなたが生きてここにいる。……それだけで、十分なんです」
 それでも、死んでいると思っていた彼女が……エクレールがこの世界で生きているという事実は、ホープにとっては光だったのだ。生きて、健やかに過ごしてくれさえいれば。そういう綺麗な感情を持っていられたのなら、どれほど良かったことだろう。
 再び出会ってしまったエクレールは、ホープのことをすべて忘れていた。もはや彼女はライトニングではない。そんなことを思い知らされてもなお――他の誰にも渡したくないと思ってしまったのだ。
 困った表情をしていた。戸惑うように笑うその顔。アイスブルーの眼差しを向けられる度に、体の奥の方からどろりとした感情が噴き出してきて、叫び出したくなる。
 こんな感情に支配されてしまうだなんて自分でもどうかしていると思う。それでも、例え歪と言われようとも、どうしても彼女のことを再び手に入れたかったのだ。
 あれほど心を砕いてきた実の妹であるセラのことさえ忘れてしまったエクレールは、もはやライトニングではなくなってしまった。かつての彼女は、世界でたった一人きりの妹を守るために自分を捨てて、新しい自分を作り上げていたからだ。セラを忘れてしまった彼女がもはや背伸びをする必要性はどこにもなく、彼女はありのままのエクレールとしてそこに立っていた。
 名前を捨てたことも。
 ブレイズエッジに銘を刻んだことも。
 男勝りに聞こえる口ぶりも。
 あれは、エクレールがライトニングになるための精一杯の武装だった。虚勢という名の装備は、いつしか彼女の外側に塗り固められて、そうしてライトニングは出来上がっていったのだ。
 あくまで自然体にモグやホープに接するエクレールを見ていると、なおのこと、かつてのライトニングはエクレールという女の子の上に塗り固められたただの強がりだったことが分かる。そんなことにさえ、今頃になって気が付くのだ。当時の自分がいかに幼かったのかということを思い知らされるようで、ホープは苦々しく唇を噛んだ。
 頭を振る。すっかり水を含んだ髪の毛から滴が跳ねることを感じながら、ホープは水面から体を起こした。ぽたぽたと滴り落ちた滴が、岩肌の上に黒い染みを作っていく。
「……ふう」
 眠気覚ましにすっきりさせようと思ったものの、結局ぐるぐると考え込むばかりだった。
 ホープから離れていこうとしたエクレールを半ば言いくるめる様にネオ・ボーダムへの旅路へ誘導してからというもの、はや二日だ。ヲルバの里よりもまだ先の海辺にあるネオ・ボーダムへの道のりは順調で、今のところトラブルらしいトラブルもない。このまま順当に進めば、さほど遠くない内に辿り着けることは目に見えていた。
 ネオ・ボーダムにはエクレールの妹であるセラがいる。少なくとも彼女にはエクレールが生きていたことを知らさなければならないだろう。もしかしたら、セラと引き合わせることによって、記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。
 そういった思惑もあっての提案だったものの、すでにエクレールとしてまったく新しい人生を歩んでいる彼女を知れば知るほどに、ホープの葛藤は大きくなる一方だった。
 朗らかに笑っているエクレールを見ていると、いっそこのまま何も知らない方が幸せなのではないだろうかという気さえしてくる。守るべき妹を忘れ、戦うべき理由を失くした今の彼女は、ある意味でライトニングだった頃よりもずっと自由に見えた。
 いっそこのまま二人で駆け落ちでもしてしまったらどうか。そんな考えが頭をよぎる。
 幸いなことに、今のところエクレールはホープのことを嫌う素振りはない。それどころか、彼女自身は自覚していないものの、ホープに対して好意を示してくれているようにさえ見える。このまま彼女の手を取り、コクーンを捨てて、パルスで生活してみてはどうだろうか。資源の豊富なパルスでは、狩りの仕方さえ覚えてしまえば、食べるものに困ることはないはずだ。どこか遠くに二人だけの小さな家を建てて、そこで慎ましく暮らしてみるのもいいかもしれない。魔物の危険はあるが、地域さえ選べばリスクはかなり軽減されるはずだ。
 その時生きるために必要な分だけを手にしながら、二人で年を重ねていく未来。思い浮かべてみれば、それも案外悪くないと思った。
 だけどそれは、ホープがこれまで積み上げてきたものをすべて捨てる行為に等しい。
 父の背中を追って勉学に励み、アカデミーに就職するに至ったこれまでをなかったことにする行為だ。バルトロメイを悲しませることになるだろう。色んな人に迷惑だってかけるし、心配させる。だからこれは現実的な話ではない。分かっている。
 それでも、たとえ非現実だとしても、彼女と共に過ごす未来に想像の翼をはためかせるのは楽しかった。一度は潰えたはずの未来が広がっているかもしれない。それがどれほどホープにとって希望となるか。
 そこまで考え込んでホープは苦笑を零した。
 この話はそもそも前提条件として、エクレールがホープのことを好ましく思ってなければ成り立たない話だ。すべてを忘れてしまった彼女がホープのプロポーズを覚えているわけがない。同時にそれは、ライトニングと異なる思考を持つようになったエクレールが、ホープを選んでくれるとは限らないことを示していた。
 そうだというのに、ホープにはエクレールに好意を寄せてもらえる前提で物事を考えている。これを矛盾と言わずに、何だというのだろう。
 例え好意を向けて貰えなかったとしても、ホープはエクレールがそこに在る限り執着し続けるし、諦めることなんてできやしないだろう。必要があれば、彼女の好みに寄せていけばいいとさえ思っている。もはやホープにとって、恋愛はエクレールを手に入れるための過程でしかないのだ。彼女を手に入れるためならば優しい嘘つきにでも、理想を語るヒーローにでも何とでもなろう。
 幸いなことに一度は好意を寄せて貰えたのだ。自分の容姿が彼女の好みから大きく離れていないということは推測できるし、例えそうでなかったとしても、ある程度のところまでは努力できる自負がある。
 ライトニングを喪ってからというもの、ホープはまるで闇の中の光を探し歩いているかの様だった。どこをどう歩いていいのかも分からない手探りで、周囲の手によってなんとか立っていられたようなものだ。それでもまだ、彼女が生きていることを知らなければ、知らないなりに生きていけたのかもしれない。
 だけど、ホープは知ってしまった。愛しいあの人が同じ世界に生きていることを知ってしまった。
 彼女が、光が、そこにある。暗がりの中で光を求める夜光虫のように惹かれてしまうことは、もはやホープにとって揺るぎのない事実だった。
(我ながら歪んでいる)
 時の流れは残酷だ。ただ純粋にあの人のことを好きでいられたら良かったのに、ホープは変わってしまった。笑顔という仮面を被りながら、あらゆる手を使って彼女を手に入れようとする強欲さを併せ持つ今の自分は、かつてライトニングが好意を寄せてくれたホープとはまるで別人だろう。
 こんな自分に魅入られて気の毒だと思いさえするのに、主観はまるで客観的な自分を許してくれない。それどころか、どうすれば彼女のことを手に入れることが出来るのかと冷静に分析をし始めるのだから手に負えない話だった。
 誰かを想いすぎて狂う。オペラによくあるような陳腐な筋書きを描く己に苦笑を零して、ホープは乾いた衣服を手に取った。気分転換を兼ねた水浴びだったはずなのだが、ちっとも気分転換になっていない。結局、四六時中彼女のことを考えてしまうのだ。
 苦笑を零して顔を上げたホープは、ふとそこで驚いたような表情をしているエクレールの顔を見つけた。……どうやら、本当に熱心に考え事に耽ってしまったらしい。こんな時まであの人の顔を思い出してしまうなんて。そうやれやれと息を吐いたところで、酸欠の金魚のように口を開いては閉じていた彼女がようやく声を上げる。
「な、なんでホープが……!」
 どうやら幻影ではなかったらしい。生身の声を上げる彼女の顔は真っ赤で、眠っていたはずの彼女が一体どうしてここに? とホープは首を傾げた。考えられるとしたら、目を覚ましたところで姿の見えないホープ探しに来た、だろうか。
 一人納得して、それから釣られるようにして自分の身体に視線を落とす。服は手に握りしめたまま、そう言えば下着すら身に着けていなかった。
 動揺に顔を真っ赤にさせているエクレールの視線の先が、己の下腹部に向けられていることに気が付いて、ホープは眉根を寄せた。気のせいでなければとても凝視されているような気がする。というか、している。
「……エクレールさんのエッチ?」
「違いますっ!!」
 般若のような形相になって、真っ赤な顔色のままエクレールは奥の岩肌まで駆け込んでいくのが分かった。それこそ脱兎という言葉が相応しい俊敏さだ。足があまり良くないはずなのだが、この時ばかりは機敏な彼女の動きに、思わず呆気にとられてしまう。
「見られたのは僕の方なんだけどなぁ……」
 被害者のはずなのに、まるでこちらが加害者と言わんばかりの逃げ去りっぷりには流石に少し傷つく。そう言えば、見られたのも初めてだったんだよな。何となく傷ついた心地になってホープは視線を降ろした。……そこまで酷い訳じゃないと思うのだけど。
 言い聞かせるように自分の口の中で呟くものの、自然と肩が下がってしまう。
「うん、服を着よう」
 とりあえず、今は服を着るのがまず先だろう。

   * * *

 エクレールは両手を頬を押さえていた。
 顔が熱い。心臓は今にも暴れ出しそうだ。昨晩休息を取ると決めた場所に戻り着いてもなお、先ほど目にした光景がフラッシュバックのように蘇ってきて落ち着かない。
 ホープはエクレールと同じヒトのはずなのに――初めて見た彼の素肌は、エクレールとはまるで形が違っていた。
 広い肩幅に太い首筋。その上を伝い落ちていく水滴が太陽の光を浴びてきらきらとしていた。同じようでいて、その造りが違うのは何も上半身だけでない。鍛えられて引き締まった筋肉の先を辿っていくと、見たこともないものがぶら下がっていた。
 はっとしてエクレールは自分の服の中に手を突っ込んだ。そうして、恐る恐る下へ視線を落とす。……付いていない。分かってはいたことのはずなのに、そうやって確かめないと安心できない自分に気が付いて、相当動揺していることを自覚する。
 そう言えば、抱きしめた時も背中が広いと思ったのだ。彼の胸はぺたんこだったし、全体的に筋肉質だったような気がする。その時の感触を思い出すと、ますます頬に熱が集まるのが分かった。
 ホープのことを考えていると、エクレールは時々こんな風におかしな病気にかかってしまう。暫くすると自然と症状は治まるものの、一度出てしまうとなかなか引いてくれないのが厄介なところだ。
 とにかく、彼のことを思い出してしまうとますます熱が酷くなってしまう。何か違うことを考えて気を紛らわせようと思ったところで、エクレールは何気なく疑問に気が付いた。
 形が似ているから同じヒトなのだと思っていたのだが、こんなにもホープとエクレールとでは個体としての形が違う。もしかして、ホープはヒトではないのだろうか?
 モーグリならばあり得ないことだ。彼らはふっくら丸いぷにぷにボディに紫の羽、そしてポンポンという要素を持って構成されている。その個体に大きな違いはなく、ぱっと見は誰が誰なのか区別がつかないほどだ。流石に里で二年も過ごしていれば判別が付くようになったが、当初エクレールはなかなか彼らの顔と名前を覚えられないでいた。それほどまでにモーグリたちは個体としての差がないのだ。
 そう言った意味では、エクレールとホープはあまりにもその造形が違いすぎる。モーグリの里で過ごしてきたエクレールにとって、彼は同じヒトであるはずなのに、まるで未知の生き物だったのだ。
 そう言えば、あの子も同じヒトなのかしら。
 水場までホープを探しに行ったそもそもの理由を思い出して、エクレールは首を捻った。昨日に続いて、エクレールは不思議な夢を見たのだ。
 夢の中のエクレールは、真紅のマントを纏っていた。風がマントをはためかせるのを視界の隅で納めながら、ゆっくりと景色の良い高台に登っていくのだ。
 抜ける様に真っ青な空と、どこまでも続いて見える広大な大地。
 それは、確かにパルスだったように思う。クリスタルに支えられる巨大な繭を見上げるエクレールの視線の先には、プラチナブロンドの髪を持った小さな背中があった。
 夢の中でエクレールが何かを口にした。応える様に、眼前の誰かが振り返る――…そんな場面で、夢はぷつりと途切れるのだ。
 それが一体何を意図しているのかエクレールにはよく分からない。もしかしたらかつての記憶かもしれないし、そうではないのかもしれない。ただはっきりと言えることは、その夢を見た後は決まって胸騒ぎがすると言うことだった。
 なんとなく不安になって辺りを見渡してみると、隣で眠っていたはずのホープの姿がない。モグはまだぐっすりと眠っているというのに(そもそもモグは夜型なので朝起きるのは大変なのだ)、姿の見えない彼がどこへ行ったのか気になって探しに出かけたのが先ほどのことだった。
 まさか彼が水浴びをしているとは露にも思わず、全裸のところに遭遇するとは思ってもみなかった。おかげで、夢の後のざらりとした感覚は綺麗に吹き飛んでしまっていた。
「エクレールさん」
 不意に背中から声をかけられて、飛び上がりそうになった。寸前のところで堪えて、エクレールはゆっくりと振り返る。
「ホープ」
 この場において、エクレールに声をかけてくるのは彼以外にはあり得ない。恐る恐る振り返ったエクレールの視線の先には、ジャケットを着こんだホープの姿がある。指先にはしっかり手袋まで嵌められ、足にはブーツ。ほとんど肌色は見えることのない、かっちりとした着こなしだ。
「先ほどはすみませんでした。びっくりされたでしょう」
「い、いえ……。私の方こそ、水浴びしているところにごめんなさい」
 今度は素直に謝ることが出来た。先ほど遭遇した時は、気が動転しすぎて思わず怒鳴り返してしまったのだ。今考えてみれば、ホープはただ水浴びをしていただけなので完全なとばっちりだ。
 そこまで口にして、服を着ていなかったホープの姿を思い出してしまう。再び熱が上がりそうになって、エクレールは慌てて首を振った。油断をするとすぐにまた発症してしまいそうになるのが困ったところだ。
 そんなエクレールを知ってか知らずか、ホープはくすりと笑みを零すと、近くにあった岩場に腰を下ろした。
「そろそろ今日の予定を打ち合わせておきましょうか。ネオ・ボーダムへの道のりですが、こちらを見てください」
 そう口にして、彼はバックパックの中から地図を引っ張り出した。もう何度か見せてもらったものなのだが、その度にグラン=パルスの広大さを思い知らされるかのようだ。二年間もモーグリの里という狭い世界の中で生きてきたエクレールにとって、はじめてこの世界の地図を見せて貰った時はまさか、と思ったものだった。
 パルスで解明されてる場所だけでもこんなに広いのに、コクーンの中にも世界は広がっているんですよ。そう彼が続けた時は、世界のあまりの規模に卒倒しそうになったくらいだ。
 かく言うホープはコクーンからパルスへとやって来たらしい。かつてのエクレールもコクーンに住んでいたそうなのだが、生憎その点に関しては心当たりは浮かばなかった。なのでコークンは未だにエクレールにとっては未知の世界だ。
「今僕たちがいるのは、スーリヤ湖。この位置です」
 アルカキルティ大平原。マハーバラ坑道。順番に進んできて、今はホープが指差している地点に来ているらしい。目指すネオ・ボーダムまでようやく半分進んだといったところだろうか。
「この次は……えっと、テージンタワー……?」
 目的地と現在地が分かっていれば、自然と向かうべきルートが見えてくる。口にしたエクレールを前に、ホープが「その通りです」と頷いてみせた。
「次はテージンタワーを目指します。こちらは現在、コクーンから派遣された職員が施設を改築して、今はアカデミーの研究所としての側面も持っています」
 とは言えテージンタワーは規模が規模ですから、工事が完全に終わるまではまだ数年はかかる予定です。それでも人が過ごせる最低限は整っているはずですし、人が集まるところには必然的に物も集まってきます。アイテムの補給もしておきたいですから、寄っておきたいところですね。
 そう口にするホープの言葉はエクレールにとって難しい単語(ほとんど異文化の単語だ)が多いのだが、これまでの道中で一つ一つを丁寧に話してくれていたこともあって、大分理解できたように思う。意味を咀嚼するかのように考え込んだエクレールは、そこでようやく、あることに気が付いた。
「ということはもしかして……ホープ以外のヒトに会える?」
「その通りです。これまでの道中は、魔物が出るということもあってかあまり人が通るルートではなかったのですが、テージンタワーにはたくさんいるはずですよ」
「たくさんってどれくらいかしら……?」
「拠点として機能しているはずですから、数百人は間違いなくいるはずですね」
「そ、想像が付かないわ……。モーグリだってそんなにたくさんいないのに」
「僕にはモーグリがたくさんいることの方が想像付かないんですけどね……」
 ホープがそんなことを口にしていたからなのか、すやすやと眠っていたはずのモグが目を覚ます。
「何をお喋りしてるクポ~?」
 とは言えまだ半分夢うつつにいるようなもので、起き上がりはしたものの、ふらふらと斜めになったまま宙に浮かんでいる。余談ではあるが、宙に浮きながら眠るモグのことを、ホープは当初心底驚いて見ていた。色々な事を知っている彼にも知らないことがあったことに、なんだか安心してしまったのを覚えている。
「これからの話です。モグにもちゃんと聞いてもらうべき話でしたね」
 そう苦笑を零して、ホープは再びバックパックを開いてみせた。
「とにかく一度朝ごはんにしましょうか。何事も、お腹がすいていてはうまくいきませんから」
 その言葉には賛成だ。「手伝うわ」と口にして、エクレールもまた大きく頷いたのだった。
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