2019.04.23 公開

#6

「またおまえさんたちとパルスに来ることになるとはなあ」
 リグディが手配した馴染みのパイロットとは、サッズ・カッツロイその人だった。
 久方ぶりに会う彼の姿はまるで変わっていない。強いて言うなれば、彼の頭の上を飛び回っていた雛チョコボは今はいないということだろうか。ドッジとチョコリーナは今回はお留守番だ。そう口にしながらホープとスノウを前にした彼は、きっと姉ちゃんも無事さ、と元気づける様に陽気に笑った。
 リグディは言葉通りに飛空艇を一機、ホープたちに貸してくれた。飛空艇さえあれば、後はサッズの腕の見せ所だ。すでに現役のパイロットとして復帰を果たしているサッズの腕前は前よりも磨きがかかっているほどで、一行は無事にアルカキルティ大平原に到着したのだった。
「俺はいつものことだけどな」
 アルカキルティ大平原に降りたスノウはすっかり慣れた佇まいだ。
「パルスを第二の故郷にするって聞いた時は流石にたまげたぜ。順調みてえだな」
「ああ。でも今はそれより先に義姉さんだぜ」
「リグディさんからの話だと、ライトさんの部隊の人たちがまだ平原に残ってるって話だったけど……」
「あれか?」
 サッズが指差したその先に、白い煙が上がっている。方角的に見ても、ロングイエリアにかなり近い。恐らくファロン隊のキャンプ地だろう。
 サッズの読みは当たっていて、まもなく騎兵隊の旗が風に揺られてはためいているのが見てとれた。その頃になってくると相手もホープたちに気が付いたようで、合流までにさほど時間はかからない。すでに本隊から連絡を受けていたファロン隊は、顔馴染みの三人を快く迎え入れてくれたのだった。
 古株の隊員が多いということもあって、ファロン隊の隊員はホープやスノウ、サッズがリンドブルムで世話になっていたことをよく覚えていた。もちろん彼らが元ルシであり、パルスを歩き慣れていること、仲間であるライトニングの身を案じているということも。
 ファロン隊の隊員たちもまた、ライトニングの捜索を続けているとのことだった。当時の状況的には絶望的で、すでに事が起きてから一日近い時間が経過している。最悪の場合を覚悟はしているが、せめて姿だけでも見つけてやりたい。すでに地上はあらかた捜索が終わったと口にするファロン隊にとっても、ホープの提案した崖下の捜索は新たな着眼点だった。
「見ての通り崖下までかなりある。あんたら本当にやる気か?」
 かく言う隊員も装備を固めているものの、こちらは荒事のプロでホープたちは軍人ですらない一般人だ。見るからに鍛えていると分かる大男のスノウはともかくとして、サッズやホープのことを案ずるのは自然な流れだった。
「ライトさんに鍛えられましたから。……それに、あの人が大変な時に僕だけじっとしているなんてできません」
 薬指のリングを見下ろして口にするホープに、隊員も事情を察したらしい。ちょっと前までこんくれえのガキだったのが、大人になるのは早いもんだな。呟くようにそう口にして、彼はそれ以上言葉を重ねることをやめた。
「そんじゃ、行くか」
 肩にロープを回したスノウが、にいっと口角を上げる。
「狭い上に底が深いから飛空艇じゃ入れない。気をつけてな」
 隊員の言葉にスノウは片手を挙げると、ホープとサッズに目配せした。
「まさかまた、こんな度胸試しみてえなことをすることになるなんて、父ちゃん思ってもなかったぜ」
「ならやめるか?」
「ここまで来たら、昔のよしみさ。地獄の底までついていってやらあ」
「地獄だなんて言ったら、ファングさんに怒られますよ」
「違いねえ!」
 ホープの言葉に、サッズが大口を開けて笑う。パルスで散々ファングにそう言われているのを聞いているのだ。こうして話をしていると、本当に二年前の旅をしていたような気さえしてくる。
「よっしゃ、一番乗りだ!」
 真っ先に地面を蹴ったのはスノウだった。声高らかに身一つで崖の中に飛び込んでいった彼に続くように、ホープもまた飛び込んでいく。
「まったく、若え奴らは元気だぜ」
 最後に飛んだのはサッズだ。切り立った崖は障害物らしい障害物はなく、そのままぐんぐんと重力に従って落ちていく。
 崖はかなりの高さがあったのではないだろうか。それなりの滞空時間を経て、三人は順に手榴弾型のグラビティギアを放り投げた。瞬時に重力場が構築され、落下の衝撃が緩和される。エデンで降下した時と同じ手段で、三人は無事に崖下までたどり着いたのだった。
「ロープの長さは……足りてるな」
「問題ないみたいですね」
 合図用に渡されていた懐中電灯を取り出したホープが、崖上に向かってチカチカと点滅させれば、同じように崖上から合図が返ってくる。スノウが持っていたロープの長さは足りたようだ。反対側の先端部は太い木の幹に結わえ付けられてあって、帰る時はこのロープを辿って上に残った隊員が引き上げを手伝ってくれる手筈になっている。
「薄暗いですね」
 上から見下ろした時も深いと思ったものの、先ほどの滞空時間を考えるとかなり切り立った崖なのだろう。まるで切れ込みから覗くように太陽の光が差し込んできてはいるものの、それでも全体的に薄暗い。日が暮れれば、一帯は真っ暗になってしまうだろう。
「魔物の気配は……なさそうだな」
 周囲を見渡して、スノウが息を吐く。
 崖下はそれなりに広い空間になっていた。三人が両手を広げて立ってもおつりがくるくらいの広さの平地が続いている。上から見た分には東西に広がっていて、果てに行くまでは時間がかかりそうだ。
「これなら二手に別れても問題ねえか?」
「ああ。っつーことで、おっさんとホープは東方面を頼むわ。俺は西に行く」
「了解。落ち合う場所はここにしようか。……あの枯れ木が目印に丁度いいかな」
 ホープが指差した先には、斜面の上にひょろりとした枯れ木が生えている。目立つ二股の枝が伸びているから、目印には丁度いいだろう。この場所がロープを降ろした地点だというのが分かりやすくなる。
「迷うなよ」
「父ちゃんもいるから大丈夫さ」
「違いねえ。……義姉さんを見つけるぞ」
「……うん」
 スノウの言葉に、ホープは頷いて答える。
 アルフレッドの言葉通りであるならば、ライトニングの負傷はかなり深刻だ。もし、咄嗟の機転で崖下に逃れたとしても無事であるという保証は限りなく低い。万全な状態でならともかく、満身創痍でグラビティギアを正常に作動させることが出来たかも分かっていないのだ。そもそも崖下に落ちていない可能性だってある。
 それでもこのパルスに来て探したいと思ったのは、ホープ自身の意思だった。
 ライトニングはホープにとって誰よりも大切なたった一人の女性だ。彼女以外を考えようと思ったこともない。師匠でもあり、掛け替えのない恋人でもある彼女が危険の中にいると分かっていて、何もしないという選択肢はあり得なかったのだ。
 ライトさんは無事だ。……きっと、無事に生きている。
 そう言いきかせでもしなければ、今にも震えだしそうな左手をぎゅっと握りしめる。本音を言えば怖くてたまらない。だけど、ライトニングの無事を自分だけでも信じていなければ、それこそ彼女への道が閉ざされてしまうような気がするのだ。
「……きっと無事だ」
 きつく歯を食いしばって零した声は、酷く切実だった。そんなホープを勇気づける様に、サッズがとん、と背中を押す。
「気張って探そうや」
「……はい」
 崖下は薄暗いものの、まったく周囲の様子が見えないというほどではない。岩陰や、細い亀裂の中。ともすれば見落としてしまいそうになるような場所にライトニングがいないとは限らない。スノウと別れたホープとサッズは、二人がかりで丹念に周囲の様子を探っていった。
「こちら側は進めそうにないですね……いばらが深くて、これ以上進めそうにない」
「こっち側が奥に進めそうだぞ」
「ありがとうございます、サッズさん」
 地上から覗いた時点で深いと分かるほどの崖なのだから、一度転がり落ちてしまえばただではすまない。よしんば無事だったとしても、上に這い上がるにはそれなりの準備が必要になる。もちろん落ちないに越したことはないのだが、何があるのかが分からないのがグラン=パルスだ。
 崖下はホープが想像した以上に生き物の死体が横たわっていた。雨風に晒されて白骨化しているものが多く、そのほとんどが足を踏み外したか何らかの理由があって崖下に落ちてしまったものだと推測できた。
「それにしたって多すぎるんじゃねえか」
 気味が悪そうに両腕を抱え込んだサッズの視線の先には、細かく砕かれた骨が落ちている。歩くたびにそういったものが見つかるのだから、サッズが辟易するのも仕方のないことだった。
「ヒゲワシの仲間がここらを縄張りにしているのかもしれません」
「ヒゲワシ?」
 オウム返しに聞き返すサッズに、前にデータで読んだのですが……と前置きして、ホープは言葉を続けた。
「ハゲタカが食い散らかした獲物を狙う大型のワシです。強力な胃酸を持っていて、骨を主食にするんです」
「それがどうしてこの骨の山に繋がるんだ?」
「あんまり大きな骨だと食べられないからですよ。彼らは骨を掴むと、上空五十メートルくらいの高さから岩の上に骨を落として砕くんです。そうやって細かくなった骨を食べると読みました」
 本来は山岳地帯に生息する生き物だそうですが、これだけ深い崖なんです。ヒゲワシの仲間がここら一体を縄張りにしていてもおかしくありません。
 ホープの言葉に、サッズは得心したように「なるほど」と頷いた。続けて「よく知ってんなあ」とも。感心しているサッズを前に、ホープは苦笑を零す。
「理屈が分かったところで、ここら一帯の気味が悪いことは変わりません。……早くライトさんを見つけないと」
 お世辞にも心安らぐ風景とは言い難い。こんな場所で一人取り残されてしまって、上に戻る手段もなければ、普通の人間なら心が折れてしまっていることだろう。
 ホープが知るライトニングという人となりは、追い詰められると、まるで手負いの獣のように反骨心露わに戦ってみせる人間だ。……崖下に落ちた程度で諦めるような人ではない。しかしそれは、あくまで負傷を負っていなければの話だ。
 もはやライトニングはルシではない。言い換えれば、彼女にはルシ特有の強靭な肉体や魔法を操る力は残っていないということだ。ただの人間であるライトニングが、最強と名高いシャオロングイの攻撃を受けてまるきりの無事というのは考えにくい。むしろ、次の攻撃を受けないよう逃れるために落ちたと考える方が自然だろう。
 満身創痍のまま、崖の中に落ちたライトニングが次に起こす行動とは一体何だろう。彼女の考えをなぞるようにして、ホープは思考を巡らせる。
 回復アイテムを持っていたのなら、まずそれを使う。回復アイテムと呼ばれる類のもので最も代表的なものはポーションだ。微量ながらも体力回復の効果がある。
 霊薬と呼ばれるエリクサーがあれば、どんな致命傷の傷でさえもたちどころに治してしまうそうだが、流石にそれは期待できないだろう。とてつもなく希少品で、ほとんど出回っていない。パルスを旅していた頃でさえ、ホープがお目にかかったのはたったの一度きりだった。おまけに「よく分かんねえなら、飲んでみりゃ分かるだろ! 俺、腹強いし」と言ってスノウが飲んでしまったので、その効果の真意は分からない。スノウ曰く「すげー元気になる」とのことだったけれど。
 ともかく、一般的に出回っている回復薬がポーションである以上、それを飲んだ後の瓶が転がっていてもおかしくはない。ライトニングがシャオロングイと遭遇した地点を考えると、崖下に落ちたのであればそう遠くない場所にあるはずだ。
 周囲を見渡すホープの視界に、きらりと輝くガラス瓶が飛び込んでくる。
「あった!」
 駆け寄って、ガラス瓶を手に取ってみる。ほとんど劣化していない。
「サッズさん、こちらです!」
「どうした、ホープ。何か見つかったか?」
「はい。見て下さい、このガラス瓶」
 ホープが掲げたガラス瓶を覗き込んだサッズが、小首を傾げる。
「こいつはポーションの瓶じゃねえか。なんだって一体こんなところに……」
 そこまで口にして、はっとしたようにサッズは顔を上げた。
「サッズさんの推測の通りだと思います。ライトさんはやっぱり崖下に落ちたんですよ! そして、このポーションを使った。瓶が綺麗なのは、ここ最近使われたことを意味しています!」
「……ということはよ」
 みるみる内にサッズの表情が明るくなるのが分かる。ホープは興奮を抑えられないように、左手を握りしめた。
「ライトさんは生きているんです! 生きて、崖下までたどり着いた。そうして、このポーションを使ったんです!」
 死人はポーションを使えない。このガラス瓶が落ちていたということは、ライトニングが生きている何よりの証拠になる。
 ホープとサッズは顔を見合わせた。思わず笑顔が零れ落ちる。
「お手柄じゃねえか、ホープ!」
 これで姉ちゃんが無事なのは分かった。後は見つけて帰るだけだ。
 良かったじゃねえか、そう続けてサッズがホープの背中を軽く叩く。
「まだライトさんが見つかった訳じゃありません。きっとこの近くにいるはず。ライトさんの無事を確かめるまでは安心できません」
「そうだな。って言っても、姉ちゃんが助けをじっと待っているタイプだとは思えねえ」
「ですね。ライトさんのことだから、きっと次の行動に移っているはずです。崖を登る手段を探していると考えていいと思います」
 ライトさんの次の行動を読んでいかないと……。考え込むホープを前に、サッズがにやりと口角を上げる。
「行動的な婚約者を持つと大変だな」
 さらりと告げられた言葉に、ホープは生真面目に返事をしようとしてから、はっとして顔を上げた。視線の先には悪戯っぽい表情を浮かべたサッズの姿がある。
「サッズさん、知って……!?」
「父ちゃん舐めんな。流石にその指見たら分かるわ」
 指差されたホープの左手の薬指には、ホワイトデーの日にライトニングと交換したシルバーのリングが光っている。この緊急事態でありながらも、目ざとくサッズは気が付いていたらしい。
「……ご報告が遅くなってすみません」
「姉ちゃんがとんでもねえことになってんだ。気にすんな」
 そう口にしてサッズが再びホープの背中を叩く。二年前であれば、頭を撫でられたところだった。子ども扱いではなく、一人の男として。今はそう接してくれるサッズのささやかな心配りが温かかった。
「スノウと奥さんは知ってんのか?」
「二人にはまだ……。セラさんにはお会いする機会がありませんでしたから」
「きっと姉ちゃんのことを心配してるだろうな。腹ん中にガキがいるんだっけ?」
「ええ。まもなく臨月だそうです」
 サッズの言葉にホープが頷いて答える。ホワイトデーのあの夜、ライトニングと話した時にそう聞いたのだ。まもなく出産となるセラには、落ち着いた頃にホープとの関係を話したい。彼女は照れ臭そうにそう笑っていた。
「なら、余計に早く姉ちゃんを見つけてやらないとな」
 大人しそうに見えて、その実行動的なところのあるセラがリンドブルムに殴り込みに行こうとしていたことは、すでにスノウから聞かされている。お腹の赤ん坊のこともあるのだから、今は無茶するな。セラの身に何かあったらきっと義姉さんは悲しむ。そう口にしたスノウの説得でしぶしぶ引き下がったというのだから、彼女の本気度が窺い知れる。身内のことになると強情なところはライトニングもセラも互いによく似ていた。
「ライトさんを連れて帰ってくることを、きっと待っているはずです」
 セラだけでない。ここにいる誰もがライトニングの無事を祈っている。もちろんホープだって。照れ臭そうに、少しだけ恥ずかしそうに。目を細めて笑っていたライトニングの姿を思い出す。
 あの人の姿が恋しい。関係が変わって一か月の間で、憧れは愛おしさに変わっていった。凛としていつも頼もしい姿を見せていたライトニングが、ホープの傍で柔らかく笑うようになったことが、たまらなく嬉しくて。
 未来の約束をした。これから先の人生を共に歩んでいこうと話し合った。新しく拓けていくだろう明日が眩しくて。――今のこの時間を大切にしていこう。そう決めた。
 二人で決めた未来の話だ。ホープが欠けても、ライトニングが欠けても成り立たない。
 だから、絶対にライトさんを見つけるんだ――…。
「……え?」
 ガラス瓶が落ちていたその先に広がっていたのは、おびただしいほど地面に広がる赤黒い血の跡だった。
「これは……」
 眼前に広がった光景に、サッズは絶句している。そこでは、明らかに死闘が繰り広げられた跡があった。
 骨の山からヒゲワシが生息しているということは推測できていた。ヒゲワシとは翼を広げるとゆうに三メートル近い大きさになる大きなワシだ。そしてそれは、あくまでコクーンで呼ばれる一般的なサイズを指す。
 ここはグラン=パルスだ。何が起こってもおかしくない場所だ。キングベヒーモスやシャオロングイといった巨大な生物は、この地で強く生きていくために進化してきた個体だった。大人しいと言われるチョコボでさえ、コクーンのものとパルスのものではその性質がまるで違う。
 ということは、だ。ヒゲワシもコクーンの基準で考えるのが前提条件で間違っていることになる。そもそも、ヒゲワシという個体であるかどうかも分からない。パルスの生態系はつまびらかにされていないからだ。
 赤黒い痕跡の中には、何枚もの大きな羽が落ちていた。真新しく美しい羽だ。血の中に落ちてさえいなければ、きっと見惚れていただろう。
「う、嘘だ……」
 その中に引きちぎられてぼろぼろになった真紅のマントが落ちていた。それがライトニングのものであるということは、もはや今更見間違いようもない。
 彼女は、シャオロングイから部下を庇って瀕死の傷を負っていた。追撃を逃れるために自ら崖に落ち、何らかの手段をもって崖下までたどり着いた。恐らく、体力は残り僅かだったはずだ。落ちていたガラス瓶が、彼女の体力がすり減っていたということをあらわしている。
 ポーションの回復量なんてたかが知れている。ライトニングの体力を考えれば、あれ一本で回復が賄えるかと言えば、答えはノーだ。古代魔法ですり減った体力を振り絞って崖下を移動していたことは容易に想像できる。
 では、そこに新たな強敵が現れたらどうなるだろう?
 しかも、相手は翼を持つ強敵だ。獲物を捕らえ、高いところから叩き落す習性を持つような相手だ。当然、ライトニングは抵抗しただろう。万全の状態の彼女であれば、倒せる相手だったのかもしれない。
 だけど、状況証拠的にはライトニングはすでに瀕死の状態だった。その上、ブレイズエッジを手放してしまっている。丸腰でパルスの生き物と対峙をするとどうなるのかということは、ホープもサッズも骨身に染みて理解していた。
「っ……」
 必死で唇を噛みしめる。状況を何度シュミレートしても、最悪の結果にしか至れない。
 空を自由に移動する生き物相手となると、ライトニングの身体がどこへいったのかということすら突き止めることが出来ないではないか。グラン=パルスはホープを絶望の淵に落とすには十分すぎる広さを持っている。
「……ライトさん」
 ホープは指先で赤黒く染まった地面を撫でた。
 粘り気はほとんどないものの、ここに広がっていたものは紛れもなく血の池だった。そして、人間一人がこの量の出血をしていた場合……まず助からない。それほどの出血量が窺い知れた。
 足元がひしゃげて、ばらばらと崩れていくような感覚があった。柔らかく目を細めていたライトニングの顔が不意に思い浮かぶ。
 ……ライトさん。ああ、ライトさん。噛みしめるように彼女を思い浮かべているはずなのに、その背中がどんどんその姿が遠ざかっていく。
 待って! 僕を置いていかないで、ライトさん……!
 必死で追いすがろうとするけれど、彼女の姿はすでに遠く、ホープの指先は届かない。
「っホープ!?」
 不意に、どこか遠いところで名前を呼ばれたような気がした。
「ホープ! おい、どうしたんだホープ!」
 応えることのできぬまま、ホープの意識は暗い闇の中へと吸い込まれるようにして落ちていった。
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