2019.04.23 公開
2019.07.07 修正

#5

「どういうことなのか説明して貰えますか、リグディさん」
 飛空艇リンドブルム。羽ばたく双頭の鷲に見立てられた独特のシルエットを持つ、騎兵隊保有の主力戦艦空母だ。カタパルトから次々と軍用機を射出する様はいつ見ても圧巻される。そんな騎兵隊の本拠地ともいえるリンドブルムの中枢部。亡きシド・レインズに代わり、今や騎兵隊の事実上のトップとなったリグディを前に、ホープとスノウは詰め寄っていた。
「あの義姉さんが簡単に死ぬわけねえだろ! 何が起こったのか聞かなきゃ納得がいかねえ!」
 ほとんど掴みかかる勢いなのはスノウだ。対照的にホープはぐっと手のひらをきつく握りしめて、リグディを睨み上げている。両者共に言えるのは、ライトニングの死亡の知らせをまるで信じていないということだ。
「スノウの言う通り、パルスでの経験が長いライトさんが亡くなったなんて……到底信じられません。どこで何があったのか、彼女の身に何が起こったのか。それを知るまでは帰りません」
 大体、何の情報も明かされない内に死んだなんて聞かされても、納得する訳がないでしょう。まるで血を吐くような言葉だ。戦慄く唇で言葉を紡ぐホープを前に、リグディは灰色の瞳を向けた。
「……信じられないではなく、信じたくないだろ?」
「てめえ!」
 今度こそ掴みかかったスノウを前に、リグディは反撃する素振りも見せずなすがままになっている。騎兵隊を象徴する鮮やかな青いマントがばさりと翻った。
「……俺だって信じたくねえさ。ファロンは俺にとっても大事な部下だ」
 そのリグディの一言で、部屋の中はしんと静まり返る。
 ルシの旅が終わって、ホープもスノウもすぐにコクーンに戻れたわけではない。当時はまだ混乱も大きく、ルシという経歴を持ったホープたちへの風当たりは強かった。
 ルシが英雄として扱われるようになったのは、堕ちたコクーンを支えた二人の女神――ヴァニラとファングの存在が認知されるようになってからだ。その身を捧げてコクーンを救った女神たちは広く伝えられるようになり、やがて人々をファルシの楔を解き放ったルシたちは英雄となった。
 それまでの身寄りのなかったエストハイム父子、カッツロイ父子、スノウ、セラ……そしてライトニングらは、短い期間ではあったもののリンドブルムに厄介になっていたのだ。
 当時はファルシによるシ骸化で、隊員もかなりの数を減らしており、今よりも騎兵隊の規模はもっと小さかった。リーダーであるシドを失ったばかりの騎兵隊を取りまとめ、鼓舞していたのは、当時大尉だったリグディだ。ルシへの風当たりが強かったあの頃、偏見なく接してくれた騎兵隊には少なからず恩義がある。
 リグディが発した言葉は、彼自身もまたライトニングの喪失が本意ではなかったということを察するに十分すぎるものだったのだ。
「ファロン大尉の件、どうか自分に話させてください!」
 背後から飛んできた声にホープとスノウが振り返れば、三角巾に右手はギプス、その上全身包帯だらけの男性隊員が左腕に布切れを抱えて立っていた。
 揃いのヘルメットは負傷の為か被っていない。体格のいい者が多い騎兵隊隊員の中では細身で中性的な顔立ちをしていて、さらさらのプラチナブロンドの髪に灰色の瞳という容姿も相まってか、一見するとモデルか何かの職業に就いている人ではないかと見違えてしまう。どこかホープに似た雰囲気を持った青年は、今は唇を噛みしめ、張りつめた表情をしている。
 楽にしていい。リグディの合図に頷くと、彼は姿勢を正してみせた。
「君は……?」
「ファロン隊のアルフレッド・ベリオと言います。ファロン大尉と共にパルスで行動をしていました」
「義姉さんの隊? ……っーことは」
「パルスでライトさんの身に何が起こったのか知っているんですかっ!」
 スノウの言葉を引き継ぐように声を上げたのはホープだ。そんな彼らを前にアルフレッドはさらに唇を強く噛みしめて、表情を歪めた。
「申し訳ありません! ファロン大尉が……ライトニングさんがこんなことになったのは、僕のせいなんです!」
 そのまま膝にぶつけそうな勢いで頭を下げられる。そんなアルフレッドの行動に、ホープとスノウは顔を見合わせた。
「……顔を上げてください」
 先にアルフレッドに声をかけたのはホープだった。
「話を聞かせてください。その上で、僕らが判断します」
 謝罪を受けるかどうかも。普段のホープからは考えられないほどの冷ややかな声だ。目つきが鋭くなったホープを前に、神妙な表情のアルフレッドはこくりと頷く。そうして彼は、ぽつりぽつりと当時の状況を振り返るように、パルスでの出来事を語り始めたのだった。

   * * *

 今回のファロン隊は、アルカキルティ大平原の中でも手付かずになっていたエリアのサンプル調査に乗り出していた。ロングイエリアとは、文字通りアルカキルティ大平原の主でもある亀たちの生息域である。
 亀とくれば真っ先に想像するのは、大きな甲羅に四本の手足だろう。爬虫類に分類され、のったりと這って歩く様は愛嬌すらある。もちろんコクーンにも生息しており、爬虫類好きがペットとして飼育している話も聞く。しかしそれは、あくまで人間が飼育できるサイズの話だ。
 パルスに生息している亀たちは、話の土台がそもそも違う。アルカキルティ大平原を我が物顔で闊歩する彼らは、ゆうに人間の数十倍ほどの大きさに達している。一度その太い足を振り上げれば、大地が揺れると言わしめるほどだ。
 温厚な性格をしており、こちら側から攻撃さえしなければ害のない生き物ではあるものの、広いアルカキルティ大平原の中での不動の王者として君臨し続けているのは、その圧倒的すぎる個体としての強さ故だろう。獰猛なキングベヒーモスよりも遥かに格上なのだから、どれほどの強さなのかは推して知るべきだ。まともに対峙しようとするのが、そもそも間違いなのである。
 一目見た時点で圧倒的だと分かるその存在感のために、後回しにされてきたロングイエリアだが、いよいよ無視するわけにはいかなくなってきた。偶然そのエリアに迷い込んだ末に帰還した隊員が『トラペゾヘドロン』と名付けられた超希少物質を拾ってきたためだ。
 今後のコクーンの再開発におけるエネルギー源の確保は、人類における最優先事項である。希少性の高い素材に色めき立った学者たちから、騎兵隊に依頼が飛んできたのはまもなくのことだった。騎兵隊の中でも精鋭と呼ばれるファロン隊にお鉢が回ってきたのは、ある意味必然だったのだ。
 かくしてファロン隊はパルムポルムで補給と地学に明るい新隊員を加えて、グラン=パルスに降り立った。地学に明るい、というのが先のアルフレッド・ベリオ隊員のことだ。彼はハイスクール卒業と同時に騎兵隊に入学したため、隊員としての経験は浅かったものの、ハイスクールを優秀な成績で卒業したという証明があった。そのまま、新設されたばかりのアカデミーに入学するとばかり思われていたのだが、周囲の反対を押し切って騎兵隊に入隊したのだ。
 パルスにあるものの何がコクーンにとって必要で必要でないのか。それは、専門性の高い知識を持ち合わせていなければ判断が難しい。しかし同時に何が起こるのか分からないというのがパルスである。何せほんの二年前までは、地獄としてコクーン全土から恐れられていたという場所なだけに、高齢な学者ほどパルス行きを嫌がるのが現状だった。そういった経緯もあり、騎兵隊隊員としては日が浅いものの、地学に関心の高いアルフレッドが新入りとしてファロン隊に編入することになったのだ。
 ファロン隊は騎兵隊の中でもパルスでの経験が抜きんでて多い部隊である。隊長であるライトニングが元ルシであるということは、公表さえされていないものの、騎兵隊内で知る者は多い。特にライトニングの周りには昔馴染みの隊員が多く配属されており、彼女が家探しをしている時期に顔を突き合わせていたこともあってか、気心の知れた隊員が多かった。
 パルスでの野宿もすっかり慣れたもので、キャンプ地を決めるのはもちろん、設営に至るその一連の作業のすべてに無駄がない。しかし、統制が取れているのか、と言うと別段そう言った訳ではなかった。
 均一化された動きというものを以前の隊で求められていたアルフレッドからすると、ファロン隊の隊員はかなり個性的だった。よく言えば、自主性に任せる、悪く言えば奔放すぎる。各々が好き勝手しているようにさえ見えてしまうのだ。そしてライトニングもまた、彼らによほどのことがなければ口出したりしない。厳しいという噂は一体何だったのか。戸惑うアルフレッドを前に、先輩隊員は「うちの隊長殿は、自分のことは自分で責任取れって主義なんだよ」がははと大口を開けて笑ってみせた。「もちろん、自分のケツが吹けない奴には厳しいがな」とも。
 その言葉の意味をアルフレッドはまもなく知ることになる。実力のない隊員にはライトニングはまるで容赦がなかったのだ。
 いつ、どんなことがあるか予測できないのがパルスだ。自分の身は自分で守ることを念頭に置いて行動するように。
 パルス初日にライトニングから告げられた言葉だ。大きなトラブルらしいトラブルはなく、予定していた日程で調査は進んでいる。事前にかなり脅かされていたロングイエリアも、亀自体が大人しい気質ということもあってか、戦闘にまでは至っていなかった。これだけ大人しいのだから、何かあってもどうにかなってしまうような気がするのは流石に慢心だろうか。鮮やかな手並みで自身の何倍もあるキングベヒーモスを討伐してしまうライトニングを見ながら、アルフレッドはそう思いさえしていた。――それが大きな間違いだったと知るのは、それから数日後の出来事だ。
 その日は、よく晴れた日だった。
 グラン=パルスは、天候がいい早朝は高台に登ると遠くの景色までよく見渡すことが出来る。あまり障害物のない場所に上ってしまうと、翼のある魔物に襲われてしまうので注意は必要なのだが、それでもアルフレッドは高台に登るのが好きだった。
 地獄とさえ呼ばれていたパルスは、その名前のおどろおどろしさに反して、コクーンよりも遥かに色彩が豊かだった。風に揺れる見慣れぬ草木も、くっきりとした青空も、野を駆ける獣たちも、すべてがコクーンよりも一回りも大きく、鮮明だ。同時に、自分がいかに小さな世界の中で生きていたのかということを強く教えてくれるような気がした。
 二年前にコクーンの価値観がひっくり返ったことを目の当たりにしていたアルフレッドは、目の前で拓けていく新たな時代に胸を躍らせる青年の一人だった。
 確かに人々が口にするように、あらゆるインフラが不便になった。食料も、電気も、水も、何もかもの施設が再構築しなおさなければならなくなり、利用時間も限定的になった。それを不満に思っている人々が少なからずいるということも理解している。
 しかし、同時に人間は自らの意思で考えて行動することを余儀なくされた。それを望む、望まないの意思は別として、自分の足で立って歩かなければならなくなったのだ。そうして投げ出されたまっさらなグラン=パルスの大地を見て、アルフレッドは圧倒された。……世界はこんなにも広かったのだ。
 これからの時代は僕たちが創っていくんだ。漠然と広がっていたものが確かになったのは、高台からその風景を一望した時だっただろうか。ただ与えられたものを享受するだけの人生ではない。たくさんの知らなかったこと、分からなかったこと。それらを自分たちの手で切り拓いていく。それはどれほど心躍ることだろう!
 騎兵隊に志願したことは間違いなかった。コクーンの便利さに慣れた身体には、不便だと感じることは確かに多い。しかし、これからの時代を担っていくという使命感が、年若い青年の胸に灯のように宿っていた。
 アルフレッドの目に、奇妙なシルエットが飛び込んできたのはそんな折だった。
「あれは……?」
 白く丸い、大きなものが点々と続いている。その根元に黒い結晶体のようなものが一つ、転がっているいるように見えるのだ。
 あれは一体何だろう。少なくとも、ここ数日の活動で似たようなものを見た覚えはない。そしてアルフレッドの記憶が正しければ――それは、今回の調査の目的であるトラペゾヘドロンに似ているようにも見えるのだ。
 資料として配布された3D映像の中では、トラペゾヘドロンは不揃いな切子面を持った黒い結晶体のようなものだった。そのところどころに赤い線が入っているのが特徴で、遠すぎて細部までは判別できないものの、限りなく特徴が似ているような気がする。
 グラン=パルスに降りてきてまもなく十日となろうとしているが、目的であるトラペゾヘドロンは未だ影形も見つかっていない。ロングイやシャオロングイが持っているのではないかとも言われているが、今のところそれを確かめる術はない。何より、あの巨体に反してトラペゾヘドロンはたった十センチ程度の大きさしかないのだ。
(確かめる価値はあるよな……)
 高台から見ている限り、近辺には獰猛な魔物はいない。ロングイエリアという名が付いているだけあってあたりは亀だらけで、魔物の数自体が少ないのだ。とはいえ、亀の方は至って大人しいもので、危害を与える素振りさえしなければ無視してくれるというのは、すでにここ数日の活動で分かっている。
(集合時間までまだ少し時間があるし、様子を見てくるだけなら)
 ここ数日ですっかり慣れた斜面を滑るようにしてアルフレッドは降りていく。夜露を浴びた草木の瑞々しい匂いを嗅ぎながら、アルフレッドは高台で見た白くて丸いものを探すことにした。地面に降りてみると、それらは結構な大きさがあってすぐに見つけることが出来た。
「大きいな」
 少なくとも昨日まではなかったものだ。それが一、二、三、四……。両手の指が必要になるくらいは点々と転がっている。下手をするとアルフレッドよりも大きいのではないだろうか。近くで見ると、ますますその大きさがよく分かった。つるりとした感触で、軽く手の甲で叩くとこつこつと音がする。
「っと……これじゃなかった。えーっと、黒いの……黒いの……」
 高台から見た時は、確かこの辺りにあったはずなのだ。白い玉の根元を探る様にして覗き込んでいく。
「あった!」
 アルフレッドの見込みは当たっていた。目星を付けた白い玉の根元の方。赤い花が咲くその場所で鈍く光る結晶体を見つけたのだ。
「やっぱり小さい」
 白い玉の大きさと比較すれば、こちらはアルフレッドの手の中に収まるサイズしかない。視力が良くなければ、きっと見落としてしまっていたことだろう。
 手の中の黒い結晶体を覗き込むと、光の具合によって赤い模様が透けて見える。
(鉱石のはずだけど……)
 まるで人間の血管みたいだ。細い筋が連なっていて、鉱石だと分かっているのに今にも脈打ちそうな、そんな不思議な感覚がある。今までアルフレッドが見てきたどの鉱石にも似ていない不思議な石だった。
(これはもしかしたら、もしかすると……?)
 トラペゾヘドロンかもしれない。
 もしもそうだとしたら、大金星だ。ファロン隊はまだ、トラペゾヘドロンを発見できていない。ロングイエリアの解明も任務の一つではあるものの、発見が難しいとされていたトラペゾヘドロンが手に入るのなら、実績としておつりが返ってくるものだろう。
 なにせこの不思議な鉱石一つで、莫大なエネルギーを取り出せるという説があるくらいだ。再開発のためにエネルギーが必要不可欠なコクーンにとって、大きな一歩になるに違いない。
「まずはライトニングさんに報告して……」
 本物かどうかは別にして、隊員として大尉には報告の義務がある。判断が下りたら、発見場所も詳しい調査が必要になるだろう。そうなれば、あの人は喜んでくれるだろうか。
 アルフレッドの脳裏にライトニングの顔が思い浮かぶ。いつも凛とした立ち姿で、魔物相手にも真っすぐに立ち向かっていく。初めてあの人のことを見た時もそうだった。ブレイズエッジを手に鮮やかに戦う姿が鮮烈で――だからこそ、アルフレッドは騎兵隊に入隊することを決めたのだ。
(婚約指輪、か……)
 ライトニングの左手を見る度に、つきりと胸が痛む。
 あんなに綺麗な人なのだ。恋人がいたってなにもおかしくないし、むしろその方が自然だ。そう思わずにはいられないのに、何度言い聞かせても胸の内は穏やかになってくれない。ファロン隊に編入されて飛び上がるほど喜んだというのに、彼女の近くに行くほどに、遠い人であることを思い知らされるのが痛い。
 彼女と話しても思い知らされるばかりだった。ならばいっそ諦めが付けばいいのに、そう簡単に人の心は整理を付けてくれないものだ。自分の事なのにままならないな、とアルフレッドはため息を零した。グラン=パルスに降りてからというもの、どうにもため息ばかりついているような気がする。
「……え?」
 思考の海の中に入り込んでいたアルフレッドの頭上に、黒い影が降ってきたのはまさにそんな時だった。
「危ないっ!」
 ぐん、と体が後ろに引っ張られる感覚があった。次の瞬間、自分が立っていた場所に巨大な質量が降っている。矢継ぎ早に進んでいく展開に、頭の処理が追いついてこない。あれは何だ? 丸太? ……違う。丸太は突然降ってきたりなんてしない。
「ぼやぼやするな! 武器を抜けッ、死ぬぞ!」
 その鋭い声に、ようやくアルフレッドは軍服を掴んでいたその人が、自分の上司であることを理解した。
「ら、ライトニングさん!?」
 どうしてこんなところに。というか、なぜ彼女が。頭の中に浮かんだ疑問符は、強い語気によって遮られた。
「身の程をわきまえろ! おまえが相手にできるような奴じゃない!」
 呆気にとられて、アルフレッドは宙を見上げた。日の光を遮るその巨大な質量は、亀の中でも最大級の大きさを誇るシャオロングイだ。それが今まさに、アルフレッドを敵と認識して首を持ち上げている。
「恐らくこの白いのは奴らの卵だ。大方、おまえが卵を狙っているとでも思ったのだろう」
「爬虫類ですよ!? 自分の産んだ卵すら食べてしまう彼らが卵を認識しているとは……」
「言っただろう! どんなことがあるか予測できないのがパルスだと!」
 ぐにゃり、と周囲の空間が歪んで見えた。耳鳴りがする。次の瞬間、ぶわっと冷や汗が噴き出してきて、アルフレッドは本能的に察知した。
 ――何か、とんでもなく恐ろしいものがくる。
「ッ馬鹿野郎!」
 体が押し出されて、視界が回転する。利き腕に激痛が走り、アルフレッドは呻き声を上げた。一体何が起こったのか、目まぐるしく進んでいく展開に理解が追いつかない。軋む肋骨に涙ぐみながらも、アルフレッドはなんとか顔を上げた。
 光が広がっていく。あれは先ほど自分が立っていた場所だ。その空間が、今まさにアルフレッドの目の前で、捩じれて爆発している……。
 唸るような爆音がびりびりと大気を震わせていた。
 パルスの亀の一部は、太古に失われた古代魔法を使うことができるらしい。それを耳にした時は眉唾物だと思ったが、それが真実であることはもはや疑いようもなかった。
「ライトニングさん――ッ!」
 ほとんど無我夢中で、アルフレッドは声を上げていた。
 『麗しき軍神』は騎兵隊の中でも飛びぬけて優秀で、強くて。どんな敵でも鮮やかにやっつけてしまう、凄腕中の凄腕な軍人だ。だからあんな、シャオロングイの攻撃なんて簡単に避けてみせるんだ……。
 祈るようなアルフレッドの願いは、目の前で裏切られる。
 視線の先には、真っ赤に焼けこげ、酷い火傷を負ったライトニングが――いや、ライトニングの姿をしていたものが這いつくばっている。
 アイスブルーの瞳がアルフレッドを捉え、彼女は吐息のような声を零した。
「に……げ、ろ……」
「あ…ああ……っ!」
 重傷を負って動くことのできない彼女を狙って巨大な影が降ってくる。――どおん。
「うわああっ!」
 その音のあまりの恐ろしさに、今度こそアルフレッドは走り出していた。 

   * * *

「そして僕はキャンプに戻って仲間を呼びました。目の前で起こったことが信じられなくて……どうにも、どうにもできなかったんです。仲間たちと戻った時には、シャオロングイはもういなくなっていました。ライトニングさんの姿はどこにも見当たらなくて、焼けこげた地面の上にこれだけが残されていたんです」
 アルフレッドが左腕で抱えていた布切れが、ふわりと落ちる。その下からは見覚えのある銃刀――ブレイズエッジが鞘に入った状態で姿を現した。美しい銀色の輝きは煤けていて、ライトニングが巻き込まれた爆発がいかに大きかったのかを物語るようだった。
「おまえはっ!」
 ほとんど殴りかかる様にして、スノウがアルフレッドの胸倉を掴んだ。
「義姉さんを置いて逃げたのかよ……!」
「……そうです。僕が弱かったばかりに、ライトニングさんを危険に巻き込み、挙句に……死なせて……っ」
 自分の身は自分で守れとあれほど言われていたのに。それさえも守れず、おめおめと逃げ帰ったんです。
 唇を戦慄かせながらアルフレッドはそう言葉を続ける。
「ご家族の怒りはもっともです。こんな弱虫な僕が生き残って……」
 本当に、申し訳ないと思っています……。スノウに胸倉を掴まれたアルフレッドの声は蚊が鳴くようだ。
「くそっ!」
 アルフレッドを突き飛ばして、スノウはだん、と壁に拳を打ち込んだ。そうして深く項垂れる。これ以上アルフレッドに声を荒げたところで、ライトニングが帰ってくるわけがないことは、他でもないスノウ自身がよく分かっていた。
「セラになんて言えば……」
 絞り出すかのような声だ。リンドブルムに行くのだと言って聞かないセラをなんとか説得してホープと共にここまでやってきたスノウにとって、アルフレッドが語ったパルスでの出来事は、とてもではないけれど身重な妊婦に伝えられるような内容ではなかった。
「……だけど、ライトさんの死体はなかった。そうですよね? アルフレッドさん」
 暗く、重い空気が立ち込める執務室の中に、ホープの声が響く。
「は、はい」
 突然名前を呼ばれたアルフレッドはおっかなびっくり返事をした。今までだんまりを続けていた少年がここにきて声を上げて困惑しているといった様子だった。
「シャオロングイがいなくなった後、付近の調査はしましたか?」
「隊の皆で探しました。でも、ライトニングさんの姿はどこにも見当たらなかったんです」
 悲痛な声だ。アルフレッドが隊に合流して、すぐさま隊員たちによるライトニングの捜索は始まった。だけど、彼女の死体はおろか何も見つからなかったというのだ。たった一本のブレイズエッジだけを残して。
「アルカキルティ大平原には切り立った崖がいくつもあるはずです。その下まで隈なく探したんですか?」
「あ……」
 ホープの言葉にアルフレッドの灰色の瞳が大きく見開かれる。その表情がすべてを物語っていた。
「まだ希望は残っています! リグディさん、今すぐ飛空艇を一つ貸してください。僕とスノウでパルスに降りて、ライトさんを探しに行きます!」
 有無を言わせぬ迫力でホープはリグディに迫る。そんな彼を前に、リグディは顔を上げると――ニッと口角を上げてみせた。
「すでに手配済みだ。馴染みのパイロットもな」
「リグディ……おまえ……!」
 まるで用意してあったかのようなリグディの返答に、スノウが呆気にとられた表情になる。
「最初からそのつもりだったんですね」
 冷静なホープの返答に、リグディはゆるく頭を振ってみせる。
「それでも可能性は低いぞ。……俺はあくまで、パルスでの経験が長いあんたらの話を聞いてみたかっただけだからな」
「低くても、ゼロじゃないなら賭けてみる価値はあります」
 鋭い眼光のリグディを睨み返すように、ホープもまた鋭い眼差しで返す。二人の静かなやりとりを遮るかのように声を上げたのは、ブレイズエッジを握りしめたまま立ち尽くしていたアルフレッドだった。
「お願いです! 僕も……僕も連れて行ってください!」
 ここで逃げてしまったら、今度こそ僕はライトニングさんに顔向けできません。後生ですから、どうか連れて行ってください!
 アルフレッドの声は涙ぐんでいて、切羽詰まっている。
「その傷では足手まといになります。あなたも知っているでしょう。……パルスがどんなところかということを」
 口にしたのはホープだった。足手まといになる。皮肉にも、その言葉はこの場にいる誰よりもホープがよく知っている。
「……そんな」
 今にも泣きだしそうな声音になったアルフレッドに、ホープは続けてみせた。
「あなたはすぐ隊に戻って仲間を呼んだ。その足で本部まで戻って報告に来ている。僕が言うことではないかもしれませんが、報告がもっと遅れていたら手の打ちようがなかったかもしれません」
 まだ結果が分からないので、どうにも言えませんが。短くそう区切って、ホープは左手で額を押さえた。その薬指にはライトニングとお揃いのシルバーのリングが光っている。
「……あ」
「どうかしましたか?」
「い、いえ。何でもありません」
 何でもないんです。彼はそう口にしたものの、どこかその顔色は青い。やはり怪我の具合が悪いのだとしたら、無理はさせられないだろう。ライトニングがアルフレッドのことを守ったのであれば、なおさらにその命を粗末にするような真似はさせられない。
「……すみません、ホープさん」
「僕、あなたに名乗りましたっけ?」
 怪訝な表情になったホープを前に、アルフレッドが今にも泣きだしそうな表情になる。
「ライトニングさん……いえ、ファロン大尉からあなたのことを」
「そうだったんですか」
「パルスでの滞在中に。……大切な方だと伺いました」
 僕はあなたに少し似ていると言われたんです。実際にお会いしてみたら、そんなことは全然なかったみたいですけど。アルフレッドは何かを悔い恥じる様に、目を細めてホープを見た。
 アルフレッドの中で今何が起こっていることは理解できなかったけれど、ホープにとって必要なものは受け取った。……ライトさん。あの人の名前を胸の内で噛みしめる。
「ファロン大尉のものです。どうか持って行ってください」
 アルフレッドが差し出したブレイズエッジを、ホープは手に取って顔を上げた。
「行こう、スノウ」
「おう!」
 執務室の扉を潜り抜けていく二人の背中を見つめながら、アルフレッドは唇を噛みしめる。
「……どうかご無事で」
 ――己の罪深さに懺悔をしながら。
BACK     NEXT