風に揺れる小さな生命たちのさまは、まるで色彩の洪水のようだった。
波打ち、混じり、時に種を運ぶ。それでもなお細くしなやかな茎は、頼りない花弁と揺るがない大地を繋ぎ止めている。色彩の洪水は華やかなだけでなく、時に強く、逞しい。
(――――ああ、また)
この場所にやってくるのは、これで何度目になるだろう。
瞳に飛び込んでくる艶やかで幾多にも及ぶ花々たちに囲まれて、指を折る。片手で足りる程度の逢瀬であることは十分すぎるくらいに理解していたけれど、それでも数えずにはいられない。なぜなら、わたしがここへ招かれるのは、間違いなく意味があることだと分かってしまったから。
能天気に花と戯れるだけの時間はもう過ぎ去った。わたしはもう、後へ引き戻すことが出来ないくらいの情報を手にしてしまっている。
色とりどりの花が差し込まれたお姫様のためだけの花の冠を被り、長い耳の従者を従えて、果たしてあの子は今日もやって来た。
「こんにちは!」
子供特有の舌足らずな甲高い声は、絵本の中みたいなこの場所にとてもよく似合った。今日もあの子は絹糸みたいに艶やかな髪を揺らせて、とてとてと元気いっぱいで駆け寄ってくる。琥珀色の大きな瞳が宝石みたいにきらきら輝いて、わたしを見上げてくる。
可愛らしい女の子。無垢で、無邪気で、愛くるしい、名前を教えてくれなかった、ちょっぴり不思議な小さな女の子。
今日はその名前を呼んであげなくちゃ。
「こんにちは―――――ちゃん」
写真の中で見た顔と瓜二つの顔を持つ女の子は、今日はどんな表情を見せてくれるのだろう?




























Tales of destiny and 2 dream novel
30 疑惑






わたしの名前は、レクシア。
性別、女。年齢は25歳。A型。一応冬生まれだけど、実家がすでに年中冬状態。そこそこに人生経験を積んで、そこそこに空気を読んで、そこそこに生活をしていました。そんなものだから南の温かい地方に憧れみたいなものがあって、仕事を辞めたついでに英雄スタンの出身地、リーネ村へ行こうと思ったの。南って言ってもカルバレイスみたいな場所だとすぐにばててしまいそうだから、適度に温暖でのんびり出来る場所って考えたらそうなったわけ。
そんな少し時季外れのバカンスは、白雲の尾根で台無しになってしまった。知識として知っていたけれど、まさかあれほど深い霧で覆われているだなんて思わなかったんだもの。おかげさまでノイシュタットで雇った護衛とはぐれるわ、凶暴そうなモンスターに遭遇するわで、大変な目に遭いました。行き倒れた場所でリリスさんと出会わなければ、わたしは多分、あの世に召されていたと思う。
奇しくもリリスさんは英雄スタン=エルロンの妹さんだった。その不思議な巡り会いに感謝しつつ、わたしが知ったことと言えば、世の人が騒ぐ『英雄』も人の子だったと言うこと。だって本にはあんまりにも仰々しく書かれてあったんですもの。わたしだって勘違いしてしまうことだってあるわ。そんなこんなで正しいスタンさんのイメージがわたしの中で定着していった頃には、わたしの体の具合も随分と良くなってきたの。全治2ヶ月の大けがは伊達じゃなかったというわけです。
松葉杖を突きながらも、最初に始めたことはお世話になったリリスさんへの恩返しからだったわ。けれど、よそ者のわたしが出来ることと言ったら僅かなことしかなくて、結局リハビリも兼ねて羊番をすることになったの。
そうして少しずつ村に馴染んで、松葉杖がとれる頃――――海の向こう側から不思議な人たちがわたしの前に現れた。
元気いっぱいで見ていて微笑ましくなる、ツンツン頭のカイル。
女の子が好きすぎるのがちょっと困りものだけど、気のいいロニ。
ふわふわのピンクの服が似合ってる可愛らしい女の子、リアラ。
そしてなにより不思議だったのが……何故か骨の仮面を頭からすっぽり被っている、全身黒ずくめのジューダス。
わたしが彼らと出会い、行動を共にすることになったのは、もしかしたら運命だったのかもしれない。そう思ってしまうくらい彼らとの生活は面白おかしくて……そうしてわたしをたくさんの不思議に導いていったから。
だからハイデルベルグへの道のりもあと僅かというところになって、彼らの間に不穏な空気が漂い始めたのを、表面上は穏やかに、けれど内心わたしは気を揉んでいた。

思えば、ロニは些細なことでよくジューダスに突っかかっていた。彼と真摯に向き合ってみれば、怪しい外見とは裏腹に、注意深く物事を俯瞰して判断する常識人だということが分かる。それだけじゃない。彼は言い方こそ少しキツく感じるところがあるかもしれないけれど、それは照れ屋な一面を隠すため。結構世話焼きで彼なりに優しいところはたくさんあるのに、変な照れ隠しをしてしまうがために誤解されやすい損なタイプと見たわ。不器用な年下の男の子となれば、年上のお姉さんから見れば微笑ましいものだけれど、どうやら同姓には分かってもらい辛いみたい。ううん、普段は結構しっかりしているのに、ロニはカイルのことになると視野が狭くなってしまうから、だからこそ衝突してしまうのかも。人には誰だってひとつやふたつやみっつくらい秘密があるでしょうに。ジューダスはそれを隠すのがあまり上手ではないってこともあるのだけど。
とにかく、あと僅かの旅を満喫しようと思って甲板に出たわたしが、二人の諍いを耳にしてそのまま素通りすることは出来なかった。
「だからぁ、そういうつもりで聞いてるんじゃねえんだってば!」
「………?」
甲板へ向かおうとしていたのはどうやらわたし一人だけではなかったらしい。階段を昇ろうとするその少し手前で、見慣れたツンツン頭のカイルと鉢合わせになった。同じように踏み込もうとした階段の前で思わず二人で顔を見合わせてしまう。
「スタンさんが冒険に出ていたのも、イレーヌがオベロン社幹部だったのも、もう、十年以上前の話だ。けど、おまえは両方を知っていたみたいだったから……」
「だから疑わしいと?まわりくどいな。そんなに僕が信用できないなら、ハッキリそう言えばいい」
「あのなぁ、しまいにゃ怒るぞ。単に年の話をしていただけで、どうして疑うとかそういう話になるんだよ!?」
………どうやら、思った以上に雲行きは怪しくなっているらしい。次第に険悪さを増してゆく刺々しい空気を裂くようにカイルが二人の間に飛び込み、わたしもそれに続いた。
「ス、スト〜ップ!」
「二人とも、ちょっと頭に血を上らせすぎじゃないかしら」
突然現れたわたしたちにロニが面食らったように、気まずげに視線を逸らした。
度々ジューダスと衝突を繰り返しているロニは、彼なりに口論を重ねることに罪悪感を持っている。そこを突くことが二人を沈静化させる最良の手段かと思えた。
「カイル、レクシア……」
「落ち着いてよ、二人とも!ケンカはよくないって!ロニは興味があったから、年を聞いただけなんでしょ?ジューダスは答えたくないんだよね?じゃあ、この話はおしまい!」
険悪な空気を払拭するかのように、努めて明るい声でカイルは言った。お互いの主張を通すことが出来ないならば、どこかで妥協点を見つければいい。カイルの提案した解決策は理にかなっていて、彼らしい場を諌めるには良い手段だとわたし自身感じていた。実際、ロニはそこで口をつぐんだので十分な効果はあったんだろう。けれど。
「……そうもいかないようだ。僕の正体を知りたい人間が、もう一人いるらしい」
「えっ?」
死角になっていた柱の影――――そこから現れたのは、思いつめたような瞳でこちらを見つめるリアラだった。
「……」
「リアラ……」
予想外の人物の登場にカイルが目を丸くする。………そしてわたしは、恐れていた事態が現実になってしまったことに内心焦りを感じていた。
「わたしも、ずっと不思議に思っていたの。どうして……」
「『どうして、わたしのことを知っているのか』……だろう?その答えが知りたければ、先に、自分が何者であるか言ってみろ。そうしたら、僕も答える」
ロニとリアラ、そしてジューダス。カイルとわたしを除く人間の対立関係がはっきりしてしまった。限られた人数のパーティで最も恐れなければならないものこそが、内部分裂だ。今、まさにこのパーティは互いの意思のぶつかり合いによって内部分裂を迎えようとしていた。
「それは、その……」
言い淀んだリアラの様子を見て、ジューダスがシニカルな笑みを浮かべる。
その笑みを見た時、わたしの頭の中に甲高い警鐘が鳴り響いた。
だめ、いけないわ。感情表現が不器用で、その上いじっぱりな彼をこんな風に追い詰めてしまったら―――
「正体が分からないと駄目と言うなら、お前たちとの旅もここで終わりだ」
「ジューダス!」
思わず叫んだ彼の名前も、届かない。ジューダスの気質を考えれば、彼は自分の言った言葉を安易に撤回などはしないだろう。
「………」
「………」
ジューダスの言葉に、唖然としたようにロニとリアラが沈黙を漏らす。
「船が着いたら、僕は消える。じゃあな」
そうして颯爽と踵を返した彼は、一体どう思っているのだろう……?
気まずい沈黙が降りる中、真っ先に動けたのはカイルだった。
「あ、待ってよ、ジューダス!」
凍ってしまったような時間の中でカイルだけはジューダスの背中を追って駆け出し、リアラとロニはそんな彼を居心地悪そうに見送った。厳しい言い方になってしまうかもしれないけれど、ここでジューダスを追わなかった彼らはつまり、今後のジューダスの対応に対する自らの責任を放棄したということだ。別にそれが悪いことだとは思わない。人間誰だって異質なものがあれば関心を払うし、ましてやそれを排除しようと試みるのは当然の心理状態だ。
けれど。
今にも泣き出しそうな頼りない表情で、何かを懺悔していたジューダスの横顔が頭の中をよぎる。
……二人には、まだ早いのかしら。
『異質』を『傷跡』と置き換えて考えれば、人は無闇にそれに触れようとはしない。彼がひたむきに隠そうとしているものが何なのか、当たりをつけられない彼らにとっては少々難しい問題なのかもしれない。
でも、今まで行動を共にしてきた彼の気持ちがどんなものだったか判断できないほど目は曇ってはいないはずだ。少なくともわたしはロニを、リアラをそう見ていた。
「――――お互い、頭を冷やす必要があるみたいね。もっとも、二人はもう十分でしょうけれど」
後悔の二文字を表情に浮かばせて、唇を噛んだり、あるいは苦々しげに吐き出される悪態に、これ以上の追い討ちは必要はなかった。ロニもリアラも本質的なところで、ジューダスが意味もなく悪事を働くような人間ではないということを分かっていたのだろう。たやすく認められるかどうかということは別にしても、多分、わたしと同じように。
つまりはあと、ジューダス一人のいじっぱりを何とかすればいいという話だった。
「まったく、世話が焼けるんだから」
………もしかしたら、わたしもこの旅で大分彼らの影響を受けてしまっていたのかもしれない。
思った以上におせっかいになってしまった自分に気がついて、呆れてしまう。うわべだけを綺麗に取り繕って、前はもっと他人に対して無関心で無干渉だった。そして、それがわたしのスタンスだと思ってた。
でも、こんな自分も―――悪くはないわね。
二人が消えた方角へ足を向けながら漏れた声は、思った以上に穏やかな響きだった。



二人の後を追う事は簡単だった。
「白い仮面を……ええ、骨の形の特徴的な。それを被った人はどこへ行きましたか?」とその辺りの人に聞けば、ほぼ十割返事が返ってくるからだ。
変装をするには目立ちすぎる仮面は、もちろん誰の目にも止まり、何処へ行っても話題を掻っ攫っていくことに気がついていないのは、恐らく本人くらいだろう。
聡い人なのにどうして変なところで抜けてるのかしらねぇ……。仮面の方に視線が集まるか、極力関わらないように避けるか。素顔を隠すには(ある意味)絶大な効果はあるようだけれども、失うものの多すぎる仮面を大真面目に被るジューダスを思い出して、噴き出してしまう。
いけない、いけない。二人を探すところだった。
そうしてかぶりを振ったところで、デッキの方角から聞きなれた声が漏れていることに気がついた。そっと足音を忍ばせて、声がよく聞こえるように近づいてみる。
案の定そこにはカイルとジューダスの二人の後姿が、仲良く並んで佇んでいるのが分かった。
「あ、あのさ、ジューダス。………オレ、信じてるから!」
「カイル?」
「ジューダスが何歳だろうと誰だろうと、関係ない。オレはジューダスを信じてる!だからさ、一緒に行こう!旅、続けようよ!」
「カイル、おまえ………なぜだ?どうして僕を信じられる?なにも明かそうとはしない僕を……」
口先では何とでも言うけど、まだまだジューダスも甘いわね。思わずそんな風に思ってしまった自分こそ、ちょっと年寄りみたいで悲しくなった。……社会は何もかも真実であるとは限らない。本物も嘘も誠実もごまかしも、色んなものが溢れ蠢いている中で、わたしたちは見ない振りをして道化を演じるか、自分自身の目を信じるかの選択を迫られる。
結局、人が秘密の一つも抱えずに全てを曝け出してお付き合いするというのは綺麗ごとでしかないし、そんな当たり前のことを追求して、自分の目で信じられるものさえを見失ってしまうのは愚かでしかないのだ。そんなある意味無慈悲な社会のルールを、わたし自身気が付いたのはわりと最近なことなんだけど、まだ年端も行かぬカイルはそれを直感でもよく分かっていたようだった。
「なぜって……う〜んそうだなぁ……。ジューダスが好きだから……だと思う」
「………好き?」
「好きだから一緒にいたいって思うし、ジューダスのこと信じられるんだよ」
「僕はお前に対してなにも教えてはいないんだぞ?そんな相手を好きになるなんてことは……」
「あのさ、ジューダスは相手のヒミツ、全部教えてもらったら好きになれるの?」
きょとん、とカイルがジューダスの瞳を覗き込む。
痛快としか言いようのない光景だった。……そう、カイルは間違っていない。
「それは……」
案の定言い淀んだジューダスに思わず笑みが零れる。
きっともう、大丈夫。そんな確信が胸の中に広がった。
「そうじゃないよね。ヒミツがあってもなくても、関係ないんだ。そいつが好きかどうかってことだけさ。だから、ジューダスもそうだよ。ヒミツがあっても……いや、ヒミツがあるところぜ〜んぶ含めてジューダスが好きなんだよ!」
姿を消したジューダスを探してここまで来たけれど、余計なおせっかいだったみたいね。手すりに手を置いて微かに微笑むジューダスの横顔と、懸命に説得を重ねるカイルの姿を確認してわたしは息を吐いた。
素直に相手に好意を伝える。たった一言だろうと、それを相手に伝えるにはどれほど難しいことか分かっているからこそ、カイルはすごいと思う。25年という時の中でそれなりに恋愛をしてきたつもりのわたしでも、ここまでストレートに他人に好意を伝えるのは気恥ずかしさが残る。だからこそ、照れることもなくただひたすらまっすぐに好意を伝えれるカイルのそれは美点だと思った。
「頑張ってね、ジューダス」
これ以上はきっと、蛇足でしかないわね。心の中でそう付け足して、微笑ましい光景に背を向けようとしたところで、微かにジューダスの顔色が青いことに気がついた。
(カイルとのやりとりには問題……あるわけないみたいだけど。………もしかして?)
なんとなく浮かんだ一つの懸念は、考えるほどに説得力があるような気がした。
なんだかんだで強がりばかりの不器用な、それでいてわたしから見ればまだまだ可愛らしいジューダスだけれども、彼は基本的に線が細い。もしかしたら、もしかしなくても、船の揺れがあまり得意でないのかもしれない。
(……後でそれとなく薬を渡しておきましょう。違ったらその時のことだろうし)
そうは思ったけれども、この推測はあまり外れていないような気がした。
ジューダスがどんな顔をして薬を飲み込むだろうかと考えると、どうにも意地の悪い笑みが零れてしまう。良薬口に苦しとはまさにその通りで、手持ちの薬は良く利く代わりにとても凄ーい味なのだ。旅をして図らずも知ってしまった、極度の甘党の彼ならば確実に顔をしかめるような薬だろう。そんな彼を丸め込める程度には人生経験を積んだつもりでいる。
船は刻々と冷たい空気を感じられるようになってきていた。
「もうすぐ――――ハイデルベルグ、ね」
船が行く先を見つめていると、胸がきゅっと窄んだような、そんな心細さにも似た感覚が広がった。この短い間に、わたしは随分彼らに肩入れしてしまったみたい。思わずそう苦笑を漏らしてしまうくらいに、この旅が終わってしまうことを名残惜しく感じている自分に気が付いた。
どこまでもまっすぐ純粋で、ちょっぴり愚直で。でも、みんなのお日様みたいに元気一杯のカイル。
少々過保護気味だけれど、それも面倒見が良いからこそ。いいお兄さんをしているロニ。
年頃の女の子らしく色々なものに興味を持って、時に頼ってきてくれる可愛い妹みたいなリアラ。
彼にしかない良いところはたくさんあるのに、ひねくれた言動のせいで案外分かってもらえない所が損ばっかり。なんだか手のかかる弟みたいで目が離せないジューダス。
この短期間の間で、初めに会った頃とどれだけ皆の印象が変わったのかしら。思わずそう溢してしまうほどに親しくなった人たちとの別れが迫ってきていることが、何だか物悲しかった。
せっかく皆のことを色々分かってきたのに。もっと知りたい。もっと一緒にいたい。こんな感覚、本当に久しぶりだった。
「………でも、仕事辞めてしまったのよね……」
思いのままに突っ走ることが出来れば、いったいどれほど良いのだろう。けれど、過ぎ去った月日はあまりにも残酷だった。『大人』な自分はつかの間のバカンスを終えたのならば、即現実を見据えなければいけない。行き当たりばったりで人生何でも上手くやっていけると思えるほど、わたしは無謀にも子供にもなりきれなかった。そんな風に打算的で現実的な自分がそれほど嫌いじゃない辺りで、わたしはもうどうにもならないと思う。
「観光でお金使っちゃったから。後は貯金を切り崩して、再就職先探して…………親に頼るなんてもう恥かしいし……」
シンデレラは12時の鐘で灰かぶりに戻るもの。夢のような不思議に満ちた冒険も、いつかは終わらせなければならないことは分かっていたけれど、それでも眼前に迫る現実に特大級の重たいため息が漏れるのは、この際仕方のないことだった。
(……それに、これ以上深入りすれば………)
リーネ村からハイデルベルグまでのこの数日間の間、わたしが知った様々なこと。それは、これ以上知りすぎると確実に厄介ごとを巻き込むに違いないであろうことも予感していた。
ノイシュタットで話したロイと名乗った男性と、ミシェルと名乗った女性の姿がぼんやりと浮かぶ。彼らの語る、わたしと瓜二つの顔を持つらしい『』の存在。そして――――…
「残念ながら、わたしは日常の方が大事なの。人間は『大人』になるにつれて保守的になるものなのよ」
利己的で、狡賢くて、保身的で。そんな『大人』なわたしの本心を知ればあの子はどう思うのかしらね……?そんないじわるな考えをちょっぴりだけ巡らせて、わたしは雪が降り始めた甲板の上でストールを抱えなおした。



船を下りる前、ジューダスは再びわたしたちの前に姿を現した。
勘ぐる必要もなく、皆が再び旅が出来るようになったのはカイルのおかげなのだろう。顔をほこらばせるカイルに目で合図したら、視線の合った彼はこれ以上ないくらいニッコリと―――破顔した。
なんだかんだトラブルはあるけれども、バランスはとれたパーティなのかも。
胸を撫で下ろして、でも少しだけ気まずそうなロニとリアラの様子を見つめながら内心思う。
過保護で、甘くて、お人よし。結局、ここにいる人たちは皆似ているのだ、きっと。

わたし以外は。



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09.5.21執筆
09.6.14UP