「貴方の願いは、報われない」

オレンジ色の太陽が沈み、夕闇がひっそりと色濃くなる時間。
帰路を急ぐ人々の中で、まるでその空間だけを切り取って広げたかのようにひっそりと静かに、時に妖しささえ感じる空気を纏いながら占い師の女は言った。

「貴方の想いは、報われない」

ただ、淡々と。
蔑みも羨望も憎しみも喜びも、何一つ感じさせないような無機質な瞳で。

「貴方は近い未来、一つの岐路に立たされるでしょう」

忍び寄る夜の帳の中で、妖しく煌く水晶玉の光がひどく印象的だったのを覚えている。

「けれど貴方は抗えない。戦えない。……ただ、流されるまま」

そして女は言った。

「貴方の未来には深い絶望が見えるわ……」

そうして初めて見せた表情が、今なら分かる気がする。
あれは、あの瞳が浮かべたものは――――…哀れみだった。

「覆いかぶさる闇は二度と拭えない。……運命は、変えられない……」



























Tales of destiny and 2 dream novel
24 うつろいゆくもの






――――嫌な夢を、見ていた気がする。
胸の中がざわざわと落ち着かなるような。訳もなく叫んでしまいたくなるような。……そんな、夢。

背中に流れるじっとりとした汗が、夢の余韻を残しているようで不快だ。
どんな夢を見ていたのか、先ほどまで見ていたはずなのものが思い出せない。それでも消すことが出来ない不快感に無性に不安になった。
……こんなこと、滅多にないのに。
未だにモヤモヤと残っている感覚にため息をつく。そうしてお世辞にも気持ちいいとは言えない汗で張り付いた寝巻きを見て、ふと、違和感を覚えた。

「…………あれ?」

どこかで見覚えのある風景……そう暫く考え込んでから、一つの疑問に辿り着いた。
私、何で自分の部屋にいるんだろう……?

清潔な真っ白のシーツが乗った大きなベッド。
実家にもないような立派な装飾が施されたクローゼットに、机と椅子が一揃え。
黒塗りの窓から見える庭の景色も文句のつけようがないほどに整えられていて。風に揺れるレースのカーテンも繊細優美。
どこからどう見てもダリルシェイドのヒューゴ邸で与えられた、の私室だった。

(……えーと、えと)

私は、グレバムを倒すためにハイデルベルグ城へ突入したんじゃ?
過去が現在に結びついたと同時に、私は布団を跳ね飛ばしていた。

「みんな!皆は無事なの!!?」
さん!?」

………ん?

ふと、自分を呼ぶ声が聞こえたような気がして視線をずらせば、さっきまで閉まっていた筈のドアの隙間から覗く、フィリアの驚いた顔。
フィリアは心底驚いたように両手で口を覆い―――次の瞬間、タックル…いや、熱い抱擁をしてきた。
いや、ちょっと、これ、地味に痛い!キリキリ絞まってるから、フィリアさーん!

!目を覚ましたのか!?」
「………………ちょっと、なにやってんのあんたたち」

フィリアの声を聞いて駆けつけてきたんだろう。
スタンとルーティが蹴りつけんばかりに勢いよく開いたドアの先に見えたものが、ギブギブ!とか叫んでいる女とそれを絞めてる女。一体どうしたことかと思うのは、まあ、自然なことだろう。





「……すみません」
「いや、いいっていいって!結局、喜んでくれたってことなんでしょ?そんなに気にしないで」
「いよいよトドメを刺すところだったがな」
「あーもーリオンはそんなこと言わない!そしてフィリアも気にしない!確かに絞まってはいたけど……でも、あんな風にフィリアが私を想ってくれていたのは、嬉しかったから」
さん……」
「俺達も心配してたんだよ、
「私だってそうよ。それにこのクソガキだって心配してたみたいだし〜♪」
「えええ!?あのリオンが!!?」
「……貴様の心配なんてしていない。ただこいつらがやかましく騒ぎ立てていただけだ」
「……う、喜んだのに……」
「あーもー話をややこしくしない!」

それから私は、あの後ハイデルベルグ城で何が起こったのかを詳しく聞くことが出来た。
聞けば、グレバムはあの後気を失った自分とは違い、まだ神の目の力を引き出そうとしたらしい。そして強大すぎる力を律することが出来ずに、弾けた。……一歩間違えれば、私も同じ道を歩んでいたかもしれない。でも、あの時、あの瞬間、神の目を使うことを思いついたことは必然だったと思う。
大切な人を失って、泣いている人達を見てきた。どれだけ過去を悔やんでも、取り戻せないものがあることを知った。悲しい連鎖を断ち切るために、自分の持てる限界以上の力が必要だった。

「確かにあの時のさんの行動はグレバムをかなり消耗させることが出来ましたわ」
「……でも」

そしてルーティの言葉を引き継ぐかのように、スタンが言った。

「もうあんな無茶は絶対しないでくれ、

―――ああ、と思った。
こんな風に思ってくれる仲間達がいてくれたから、私は頑張れた。
自分の体を張ってこの人達を守りたいと思えたんだ……って。私はこの旅を経て、本当に大切なものを得た。

「うん。私も自分の体が大事だからもうしないよ。……それにさ、もうあんなことは絶対おこらないんでしょ?」

グレバムを倒した後、私の意識が戻らなかった一週間の間(なんと一週間も眠りこけていたらしい。これには聞かされた私自身が一番びっくりした)、神の目のその後について色々話し合いがあったそうだ。
結局、神の目は再びセインガルドの地に封印され、王家が途絶えるその日まで二度と表舞台には現れることがないだろう、そう王様はウッドロウさんに誓ったらしい。

そう言えば、ウッドロウさん。
彼は一足先にファンダリアへ戻り、さっそくハイデルベルグ再建へ乗り出したらしい。新たな王としての一番最初の仕事がセインガルドとの同盟とは抜け目がない。
が起きるくらい待っててあげたら良かったのに。
ルーティはそう抗議してくれたけれど、イザーク前王が亡き今、ウッドロウさんは仕事で忙殺されているだろう。「この場にいないことを申し訳なく思う。それでも君が起き上がれるようになっていることを、遠くからでも嬉しく思っているよ。回復したらいつでもハイデルベルグへ遊びに来てくれ。歓迎する」そうメッセージを残してくれただけでも十分すぎるくらいだ。

スタンとルーティ、そして王城には上がることは出来なかったけれど、マリーさん。
三人は見事任務を全うしたという事で、強盗の罪を免除してもらえることになったそうだ。実際、強盗?をしていたことは間違いないことらしいけど、この旅を通して仲良くなった皆の罪が消えたことは素直に嬉しい。
これに懲りたらそっちこそ無茶はやめてよね、ルーティ。

「……本当に、グレバムを倒したんだね……」

ようやく、じわじわと実感が沸いてきたような気がする。

「………やっと」

これで、やっと。もう、あんな悲しいことは二度と起きない。
誰かを傷つけて、奪い合って、苦しんで。自分の大切に思っている人達が泣くようなことは……もう。

「……ありがとう。……本当に…ありがとう……」

白いレースが揺れる窓から覗く風景は、ダリルシェイドのありふれた日常で。
お洒落と噂話に一生懸命な女の子や、走り回っている子供たち。声を張り上げる商人に、お店の中へ楽しそうに入っていくカップル。主婦は今日の晩御飯のおかずに悩んでいて、鳩はせっせとエサをつついてずんぐりした体を揺らしている。―――そんな当たり前な景色が当たり前に存在できる、この世界が愛おしい。

あの笑顔を守ってくれて、ありがとう―――…

訪れる仲間との別れはきっと寂しい。……それでも、終わりは始まりの証だ。
この旅で私はたくさんの大切なものと出会った。そしてそれは、これからもきっと増えていくのだろう。たくさん、たくさん。
昨日出会ったものは、きっと明日へと繋がっていく。

だから、別れの時は笑って彼らを見送りたかった。





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09.3.30執筆
09.4.11UP