「グレバム!」

開け放した扉の向こうで、そいつは悠然と立っていた。
トウケイ領で見たあの顔を忘れようもない。数え切れない人の命を自身の欲望のためだけに屠った元司祭は、神に仕えていた者というよりは悪魔に魂を売り払った男、と言ったほうがしっくりくるだろう。

神の目を使い世界の支配者として君臨する、そんな馬鹿みたいな野望に取り付かれた男は、欲望を隠そうともしない表情でぐりんと私達の方を向いた。

「よくぞここまで来た。と言いたいところだが……残念だったな、貴様らの命運もここまでだ」

グレバムの後ろで蠱惑的に輝く巨大な球体こそ、私達が追い続けていたもの。諸悪の根源となった神々の遺産―――…神の目と呼ばれたレンズがそこにはあった。

「そうはいかん!我が父の仇、取らせてもらう」
「……ほう、できるかな?」

ウッドロウさんの言葉に余裕たっぷりのグレバムの表情。
これだけの人数を前にしながら、その余裕。恐らく、背後の神の目の存在が元司祭という非力だった存在をこれほどまでに強くしているのだろう。
ここに立っているだけでも分かる、その圧倒的な存在感。ぴりぴりと痺れを感じさせるような空気の震えは、そのレンズがどれだけ強大な力を秘めているのか否が応でも感じられた。

「これ以上、あなたの好きにはさせませんわ!」

かつてなかったほど厳しい戦いになる……それは予感だった。もしかしたらここにいる誰かが欠けてしまうようなことになるかもしれない。一瞬、そんなことも考えた。

「おとなしく石になっていればいいものを……むざむざ殺されに来たか」

ニタァと表情を歪めたグレバムの顔は、全くもって品がない。ナイセンス。………こんな奴に殺されたら、絶対私、死んでも後悔する。殺されてたまるか。私達は勝つんだ。勝って、そしてあんな悲しいことは絶対終わらせるんだ!

欲にまみれた男の醜い姿に、決意をより強くする。
私は死ねない。こいつを倒して、皆が笑っていられるような、そんな明日を掴み取りたい。

脳裏にふっと浮かんだのは今まで出会ったたくさんの人達だった。

イレーヌさん、ロイ、ミシェル、シャーロット、子供たち、バルックさん、ヒューゴさん、お屋敷のメイドさん、マリアンさん、レンブラントのお爺さん、王様、リアーナさん、フェイトさん、ジョニー、バティスタ、ティベリウス、ダーゼンさん、ダリスさん、マリーさん、ディムロス、アトワイト、シャルちゃん、クレメンテ。
そしてスタン、ルーティ、フィリア、ウッドロウさん……リオン。私の大切な仲間たち。

世界を救いたいなんて大それたことは言わない。でも、この旅で出会ってきた人達を守りたかった。その顔を涙で曇らせるような真似だけは絶対にしたくなかった。あんな苦しい思いはもうたくさん。
ただ、それだけだった。

「………皆、絶対生きて帰ろうね」
「勿論ですわ」
「あったりまえよ!私には夢があるんだから」
「無論だ。私もこの国の再建と言う責務がある」
「絶対勝って帰ろう!」
「……ああ」

その一言一言が、なによりも心強い。

「まとめて片付けてくれるわ!この神の眼の威力、己の身で知るがよい!」

――――…私達は、負けない。



























Tales of destiny and 2 dream novel
23 神の目と呼ばれたレンズ






「――――獅吼爆炎陣ッッ!!!」

ごう、と肌を焼くような灼熱の炎が使い手の声に応えて燃え上がる。
叩き付ける様にさえ見えるその剣技は、獅子の残像を残して圧倒的攻撃力でグレバムに迫り、私達の連携の活路を作りあげた。

「いきますわ!トラクタービーム!!」
「ブリザード!!」

狙いをすましていたとしか思いようのないタイミングで、フィリアとルーティの晶術が完成する。
対象物を宙へ吹き飛ばし、凍て付くような吹雪がグレバムに降りかかる。

「疾風」

続けざまにグレバムの喉元を狙うのは、三本の矢。
それらは寸分の狂いもなく、グレバムを打ち落とすべく宙を裂く。普段は見るものを魅了するような弓の腕前も、ここではたった一匹の獲物を狙う狩人のような執拗さが加わっている。

「忌々しい!この程度の攻撃で私に歯向かうというのか!?……サイクロン!!!」

まさに宙へ飛んだグレバムに突き刺さらんと思われた時、高らかに上げられた声と共に矢は勢いを失い、乾いた音を立てて床へと吸い込まれていった。それだけに留まらず、強風は術を唱えて無防備となっていた二人を壁に叩き付けた。

「きゃああああ!」
「あああああっ!!」
「ルーティ!フィリア!」

「……イク、ティノス……っ」

呆然とした声で巻き上がる竜巻を見上げたウッドロウさんが呟いた。
グレバムを中心とした風の渦は全ての攻撃を遮断し、彼を守る壁となった。そしてそれを可能としたのが―――五本目のソーディアン。

『馬鹿な!?なぜイクティノスがグレバムなどに手を貸す!!!?』

信じられないかのようなディムロスの声に最も冷静な判断を下したのは、悠久の時を永らえてきたソーディアンの中でも最高齢であるクレメンテだった。

『恐らく神の目によってイクティノスの意思とは無関係に操られておるのじゃろう』
『僕達に意思はあるけれども、それでも所詮……剣だから』

力を貸すのも意思なのだということは、意思を奪えば力も手に入ると言い換えられる。

『イクティノス!それは貴方の意思なの!!?』

アトワイトの言葉に、返事が返されることはなかった。つまりはクレメンテの言葉通りという事なのだろう。

『……何という事を…!……スタン、絶対に奴を倒せ!』
「当たり前だ!」

怒りに燃えるディムロスの言葉に、スタンは力強く頷いた。
きっと、これこそがマスターとソーディアンのあるべき本当の姿なんだろう。千年前のオリジナルとソーディアンもこんな風にして宿敵である天上王を倒したんじゃないだろうか。………だから。

人間としての意思を奪い、力で全てを組み敷くやり方は正しいものなんかじゃないんだ。絶対に!

想いを言霊にして、紡いでいく。
イクティノスの属性が風であるというのなら―――……

「全てを薙ぎ払えッ!――――ヴォルテックヒート!!!」

ソーディアンが使う技と、レンズを媒体として力を取り出す技には違いがある。
―――ハロルド博士のレポートにはそうあった。

「風が……」
「……馬鹿な」

グレバムが発生させた巨大な風の渦は、逆向きに回転する新しい竜巻の力によって相殺され、跡形もなく消えてしまった。

「まぐれだ!……神の目の力を得たソーディアンの力を凌ぐ事など不可能なのだッ!!」

グレバムが青白く輝く細身の剣を掲げた。
生ける剣は強欲で傲慢な男の手によって黙殺され、意思を伴わない力を無理やり引き出されているのは見れば分かる。
自分勝手な願いを膨らませて、肥え太った男にはあまりにも釣り合わない誇り高い剣。

ディムロスがいた。
アトワイトがいた。
クレメンテがいた。
シャルティエがいた。

私は学者だから、貴重な古代の遺産として時に見せてもらうこともあったけれど、それ以前に彼らは一人の人間だった。
意思を蔑ろにすれば怒られたし、そこから学ぶことはたくさんあった。
だから私は彼らを尊敬しているし……仲間だと思っている。

「神の息吹を喰らえ!そして私に跪くがいい!!」
「させるかっ!空襲剣!!」
「くどいっ!!」

晶術完成の妨害を試みたリオンが、神の目を借りた強力な晶力の余波で吹き飛ばされる。

『坊ちゃん!!』

………駄目。集中力を乱すな。ここで負けたら、取り込まれる。

「ゴッドブレス!」
「させてたまるかっ!―――フィアフルストーム!!!」

風を、押し返せ――――ッ!!!

、お前まさか……』

猛烈な質量の風の塊が、正面からぶつかり合う。追突した力の余波でびりびりとした空気の震えが伝わってくる。城の調度品があちこちに吹き飛ばされ、ガラスは一つ残らず砕け散った。
それでも力がまだ足りない。ぶつかり合ったままの均衡状態を保ったまま……お互いの風で力比べをしているみたい。
もっと、もっと強い力を……!!

『神の目の力で……』
「何だって!!?どういうことなんだよ、ディムロス!!」
の術はハロルド=ベルセリウスが編み出した私達ソーディアンの晶術の劣化版だと聞いた。その術が神の目の力を借りたイクティノスと同等のはずがない……』
「………まさか、さん」
「フィリア!ルーティも無事か!」
「ええ、大丈夫よ。……なんとかね」
「それよりも、さんは……」
『間違いないわ。あの子、晶力を引き出す媒体として『神の目』を使っている……!!』
「あの、馬鹿が……っ!」

ソーディアンマスターである皆は、コアレンズとソーディアンの意思を借りて晶術を引き出している。
だから、ソーディアンを持たない私には同じような原理は通らないのだ。両親が残した遺産の一つ、ハロルド=ベルセリウスのレポートには、ありふれたレンズの力を使って力を引き出す方法が記されていた。

そしてその晶術の強さは―――……レンズの純度によって大きく変化するという事も。

「………あああああッ!!」
!無茶よ!……やめなさい!」
さん!」

体中の力という力が、全身の毛穴を通って噴き出していくのが分かる。
たかが一人の人間ごときが神の目の力を練り上げてコントロールしようとすること自体、無茶なことであるのは分かっていた。ガクガクと膝が笑っているのが分かる。頭が朦朧とする。まともに物が考えられない。

……でも、それでも。

「……もう、傷つけあうのは……たくさん……っ……!」

誰かが涙を流す姿を、私はもう見たくない。

「だから、私がこの風をぶっ倒したら……あとは任せたからね……?」

……だから、神の目。あんたさ、もういっぱい人に迷惑かけたんでしょ?……千年前も、そうして千年経った今でも。あんたそんなことなんて望んでなかったかもしれないけどさ、でも、今ぐらいは力を分けてくれたって構わないよね……?





『――――しょうがない子ね――――』






どこかで、声が聞こえたような気がした。

ひどく懐かしくて、泣きたいくらいにやさしい、やさしい声。





『―――ほら、泣かないの』






そうして、昔みたいに頭を撫でてくれた。
……そんな風に感じたのは、いよいよ限界って事なのかな?でも、もう少しだけ頑張るから。
皆が笑っていられるような世界であって欲しいから。……だから、おかあさん。

「はああああああああああああああああっっっ!!!」

左耳が熱い。
一年前、おかあさんが遺してくれたピアスに込められた秘密に、私は怯えた。

でも、今の私だったら信じられる気がする。

――――力は、使い方次第で人を幸せに変えられるって。貴方達は、私達のいる世界をもっともっと素敵なものに変えるために、そんな研究をしていたんだって。

レンズの力を増幅する石よ!私に力を貸しなさい――――ッ!!!

「っく、あ…あぁぁああああぁぁああぁああああ!!馬鹿なあああああああああ!!!!???」





……光に、包まれる。

そうして巨大な爆音と同時にグレバムに飛び掛っていく背中の無事を、薄れ行く意識の中でも祈り続けた。





BACK   or   NEXT



09.3.26執筆
09.4.10UP