ねぇ、どうして。
どこから私は踏み外してしまったの。
なんで、どうして、こんな風にしか出来なかったの?

その問いはどこにも吐き出されないまま私の中へ落ちて堕ちて……ずぶずぶと、また沈んでいく。





城中はもはや魔物の巣窟と成り果てていた。
グレバムの元へ急ぐ私達にとって、それらは障害でしかない。

時に迂回し、時に切り捨て、城の絨毯を獲物の体液で汚しながら私達は進んだ。石造りの重厚感のある立派な建物を彩る鮮やかな絨毯や装飾品。恐らく目が飛び出るほど高価な品なんだろうけど、こうなってしまった以上、もうどうにもならない。

「うおおおおおっ!」

ディムロスが火を噴いた。
肉の焼ける臭いが鼻につく。生きながらにして焼かれる生き物達を見るのに、私達はもう慣れ過ぎてしまっていた。火だけじゃない。水に呑まれるもの、大地に突き抜かれるもの、風に切り裂かれ、雷に打たれるもの。全ての人為的な災害に私は立ち会ってきた。そして、研究と言う大義名分のもとで私はそれに付き合い続けていくんだろう。グレバムに勝てば、の話だけれども。

「次よ次っ!」

そうして一歩、また一歩とグレバムへと進んでいく。

始まりはヒューゴさんからの言葉だった。
『リオンと共に神の目を追ってくれるかい?』その言葉は、族だったスタンやルーティ、そしてマリーさんを捕らえる事が出来なかった私への名誉挽回のチャンスだった。

思えば、その頃からリオンを意識していたのだろう。
だから、使えない奴と切り捨てられたことが悔しくて、そして見返してやりたかった。頑張る自分の姿を認めて欲しかった。……名前を呼んで欲しかった。

そんなちっぽけな思いを抱えて神の目を追った日々が懐かしい。
あれから色んなことがあった。―――…本当に、色んなことが。

「クレメンテ、いきますわよっ!」

世界を救いたいとかそんな大それた理由なんかじゃなかった。
結局は自分のためだけの自己顕示欲。それを満たすために飛び出した旅は、いつしか世界を回り、様々な人と関わるようになった。

子供を救いたいと言った人がいた。
ぶっきらぼうな優しさを持った人を止めたいと願った人がいた。
貧富の差に悩んでいる人がいた。
素朴で純粋な人にも出会った。
悪意をぶつける事で自分を納得させている人もいた。
生きることに一生懸命な人もいた。
悪ぶって見せてるけど本当は誰よりも人の気持ちが分かる人がいた。
失くした記憶を探しながらも、包み込んでくれるような温かさを持った人がいた。

たくさん、たくさんの人に会った。
そうした出会いの中で、何かを見つけたような気がした。

「恐らく王座なのだろう。……こっちだ」

友達が出来た。
家族が出来た。
恋を覚えた。

がむしゃらに走り続けて、ふと振り返ってみたら、色んなものがその道のりの上にあった。
でも、私の中に燻っている小さなわたしの記憶はどこへ行っても追いかけてくる。
真っ暗な森の中を走ったわたしは、私になっても抜け出せないでいる。

マリーさん。
マリーさん。

私はルーティや皆のようにあなたの気持ちを思いやることが出来ない、ただの甘えたがりの子供でした。
あなたに甘えることばかりで、肝心な時に何も出来ませんでした。まだ若いはずのあなたに馬鹿みたいにおかあさんの面影を求めました。そうして撫でてくれるあのてのひらに無条件で安心していたのです。

優しいあなたは、私が求めていることに気がついていたのでしょう。
―――『おかあさん』の身代わりを。

そうしてあなたがダリス……いいえ、ダリスさんに置いていかれたところを見て、私は初めて自分の愚かさに気がついてしまったのです。

私は置いていかれました。
おかあさんは私を残して逝ってしまいました。

マリーさんもダリスさんに置いていかれてしまいました。
『おかあさん』のような人が置いていかれるのを見て、私は初めて、あなたが『おかあさん』の身代わりではなかったことに気が付いてしまったのです。

「王座まで近い。消耗しすぎないよう、気をつけろ」

違いに気が付いた時、私がマリーさんに『おかあさん』を求めていたことを知った時、私はあなたを思いやるよりも先に、これほど『おかあさん』に執着していた自分に愕然としてしまったのです。
そしてそんな自分を正当化する言葉を探すことに一生懸命になり、誰よりも大切に想っていた人を失くした人の気持ちと向き合うことから一瞬でも逃げてしまったのです。

………謝ればきっと、優しいあなたは私を許すでしょう。
だから私は―――――この誤りを一生、誰にも言いません。





今、私を突き動かすのは、世界を守りたいとかそんな大それたものじゃない。

自分の周りの人達が泣くような事はもうたくさん。
時にぶつかり合ったりすることもあるけれど、本音を喋る事が出来て、笑いあって、誰かを思いやって。こんな風に大切に思う事が出来る人達が涙を流す姿を見たくない。

そんな、自分勝手で身勝手な願い。

………それを叶える為に、私は今、ここに立っている。

「みんな」

ひときわ大きな扉が、私達の目の前には広がっている。
最後に自分を安心させるかのように、私は自分の耳たぶに触れた。……間違いだらけの娘だけど、どうか見守っていて。
おかあさんのピアスは、今日もここで輝いている。

「――――行こう」

私の周りにいる、こんなに優しい人達が………もう、泣かないですみますように。





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09.3.25執筆
09.4.9UP