私達が捕らえられていたのは、どうやらハイデルベルグ内の詰め所だったらしい。
あの後屋上まで逃げ延びた私達は、ほとんど度胸試しといっても過言じゃないだろうけど、ともかく屋上から飛び降りるという荒業で追っ手を撒く事に成功した。

「ここまでくれば大丈夫だろう」
「ここは?」
「昔の王が作った地下通路だ。王城に繋がっている」

そうして逃げ延びた場所というのが、ウッドロウさんの案内によって辿り着いた街外れの洞窟だった。

「じゃあ、この通路を辿って行けば……」
「そうだ。だが一つ問題がな……」

そうしてえらい真剣な顔つきでウッドロウさん。

「噂では幽霊が出るらしい……」
「や、や、やめてくださいっ!そんな話、き、聞きたくありません!」
「フィリア?」

そんなウッドロウさんの言葉に、一番動揺したのは案の定と言うかなんというか。フィリアだった。
見れば分かるほど青ざめた表情で耳に手を当てて、トレードマークのおさげを揺らしている。
かくいう私はこの手の話題に関しては平気だ。じゃなければ、深夜の森を徘徊するなんて出来ません。……というか、普段アンデット系のモンスターをしっかり相手している割にはお化けが怖いというフィリアの感覚はちょっと不思議だ。あのただれた皮膚の生々しさと空想の産物には一体どう違いがあるんだろう。

「落ち着け、たかが噂だ」
「だって、だって……」

そうして皆、いつものように振舞おうとする。―――まるでさっきまでの悲劇なんてなかったかのように。
ううん、違う。なかったようにしてるんじゃなくてって、多分、未だ口を開けないでいる二人にどう触れていいのか分からないんだと思う。……だって私もそうだから。

「リオン君の言う通りだ。心配はいらんよ」

想像以上の反応に、ウッドロウさんはこの話を早々に切り上げることにしたらしい。
安心させるようにフィリアに微笑んだところで、ここにいる誰でもない声が狭い洞窟の中で反響した。

「そこに居るのは誰じゃ?」
「きゃぁーーーーっっ!!!??ゆっ、ゆ、幽霊がっ、で、で、でましたわぁーーーーーーー!」
「落ち着くんだフィリア!」
『フィリア!落ち着きなされ』

途端、腰を抜かしてクレメンテを振り回し始めたフィリアにいつもの理知的な雰囲気はまるでない。
暴れようとするフィリアを止めようと、必死で声を上げるスタンとクレメンテの声がさらに洞窟の中で反響した。

「グレバムの手の者かっ!」
「その声は………ウッドロウ様っ!!!?」
「何者だ!?」

そうして驚いたように暗がりから姿を現した主は、頬はこけ、髪や衣服は汚れており、疲れを色濃く残してこそいたが誠実そうな初老の男だった。

「は、ダーゼンであります。ウッドロウ様、ご無事で」
「ダーゼンか!どうしてここにいる?」
「襲撃時の混乱に乗じ、城下の民を連れてここに逃げ込んだ次第であります」
「そうか、ご苦労だった。ともかく、無事で何よりだ」
「入り口付近は危険ですぞ。何もありませぬが、とりあえず、奥の方へ……」

ここに来て、初めてウッドロウさんの安堵した表情を垣間見れたような気がする。
散り散りになっていた家臣に巡り合えたことで、少なからず気が緩んだのだろう。表情を緩めたウッドロウさんはダーゼンが指し示した洞窟の奥へと皆を促す。

「おい、信用できるのか?」
「我が父に忠誠を誓った男だ。十分に信頼に足る」
「ふん、分かるものか」

口ではそういいながらも、ここで反論する理由は特に思いつかなかったらしい。
リオンが一歩足を踏み出したのを皮切りに、私達は洞窟の奥へと足を進めることになった。



























Tales of destiny and 2 dream novel
22 氷の塔






奥に進んでみると、意外なことにそれなりの休息が取れるような開けた空間があった。
話に聞いていた通り、王城にとってはまさかの奇襲だったのだろう。少ない物資が洞窟の隅の方に積まれており、木箱で出来た簡易テーブルの上にはランプのか細い光が揺れていた。
奥の方から人の話し声が聞こえることから、恐らくダーゼンの言った通り城下の人々がここでは身を寄せ合っているのだろう。

冷たくなったダリスの体を横たえ、私達はようやく重たいため息を吐いた。

……本音を言ってしまえば、ここで泥のように眠ってしまいたかった。ここまで来るのに、私達は一体どれだけ大切なものを失くして来てしまったんだろう。薄汚れた両手が真っ赤に血塗られているような気がして吐き気がする。
バティスタ、ティベリウス、そしてダリス。私達はどこまで人を殺めていけばこの旅を終わらせるのだろうか。……それでも神の目だけは取り戻さなければならない。頭では分かっていても心が追いつかないでいることを、こんなところで自覚したくなかった。

「ダーゼン、頼みがある。彼女を、マリーさんをサイリルまで送ってくれ」

ようやく腰を落ち着けたウッドロウさんは、物言わなくなったダリスの傍から離れようとしないマリーさんの姿を痛ましそうに眺めていた。

「ちょっと、マリーを置いてく気なの!!?」

そして、そんなウッドロウさんの非情で的確な言葉に噛み付いたのは、やっぱりルーティだった。

「今の彼女に戦いは無理だ」
「同感だな」

そう言って頷いたリオンもまた、無心にダリスを見つめるマリーさんの背中を前に瞼を伏せた。

「マリーさんの悲しみ、わかりますわ」

祈るように組んだ両手は、誰の冥福を祈っているんだろう。

中途半端な哀れみや同情だったら、すぐさまルーティはフィリアにビンタの一つでもかましていただろう。それだけの激昂をルーティは抱えていた。
……だけどルーティも分かってる。この旅で何度も血を舐める様な思いを味わったフィリアだからこそ口に出来た言葉だったという事を。

「マリーさんを死なせたくないのでな。ここに残ってもらう」
「なによ、今まで一緒に戦ってきた仲間じゃない!それを……マリーをこんなところに置いていくですって!」

………そんな風にマリーさんのために怒れるルーティが、羨ましかった。
私も喚き散らしたかった。マリーさんとダリスをこんな冷たいところに置いていってしまおうとする人達を責め立てたかった。置いていかないで、そう叫びたかった。

「…………っ……」

でも私にはそんな資格、どこにも……ない。

「足を引っ張られでもすると迷惑なんでね」
「冗談じゃないわ!マリーがいつ、あんたの足を引っ張ったってのよ!」

そうやって叫ぶルーティの表情が、もうとっくの昔に歪んでいることに誰もが気付いている。
ルーティはこうやって責め立てている間にも、自分の言葉の空しさに苦しんでいた。

マリーさんは、もう無理だ。
そう頭では分かっていても、ここまで一緒に歩んできたあの温かい人を、こんなところで手放したくない気持ちでぐちゃぐちゃなんだろう。
笑いあった日々がこんなところで途切れてしまうのが、怖い。痛い。

自分の言葉の棘に傷だらけになりながらも、ルーティは叫び続けていた。

「ルーティ……もう、よせよ」

ぽつりと落とされた言葉は、スタンのものだった。

「スタン!あんたまでそんな事を……」
「もういい加減にしろよ!……ルーティ!!」

そう言ったスタンの方こそ、今にも泣き出してしまいそうな表情だった。

「マリーさんの事を一番知っているのはルーティじゃないか。分かってるんだろう?いや、分かってないわけがないだろ?」
「あたしは……」
「俺だって辛いんだぞ!でも、本当の仲間だったらわかってやってくれよ!」
「スタン……」

不意に、ルーティの表情が歪んだ。
そして、それが意味することはたった一つだけだった。





「マリー……あたしたちはグレバムを倒しに行ってくるわ。あんたは自分の故郷に、サイリルに戻りなさい」
「そうだな。サイリルに戻ろうか、ダリス」

そう言って、物言わぬ夫に声をかけ続ける姿が痛ましい。
マリーさんはルーティの提案にあまりにも従順に頷いていた。そして、それはこの旅を放棄したという事だった。ダリスを亡くしたあの時から、もうとっくにマリーさんの心は折れてしまっていたのだ。

「そのうち遊びに行くからね。それまで元気でね……」

罪人であるマリーを見逃す行為であることを、リオンは分かっているのだろうか?……リオンが何も言わないことが答えのような気がした。

「ルーティも元気でな」
「マリー……さあ、行きましょう」

これ以上の悲劇を作らないために、今度こそグレバムを討つ。

いがみ合って、傷つけて。血まみれになって、後悔して。
―――…誰かの涙を見るのは、もうたくさんだった。





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09.3.25執筆
09.4.8UP