「はぁぁぁあああ!!」

数秒遅れで、ガチャンという派手な落下音。
そんな風に剣を握ってるから、蹴り飛ばされるのよ。相手が格闘家って分かってるの?握りが甘いっ!そんなんじゃ全く駄目ッ!

続け様に、武器を失って呆然としている相手の顔をぶん殴る。最近殴ることにますます躊躇がなくなった腕が鳴る。
メコォッ!とかかなりいい音してた気がするけど、モウマンタイ。私の腕は平気です。

「……前に気を取られ過ぎるな。後ろがガラ空きだ」
「じゃあ、後ろはリオンに任せていい?」
「調子に乗るな。馬鹿の尻拭いなんてごめんだ」
「………そっか」
『なんで地味に凹んでるの、ちゃん!?』
「うふふふー冗談だよ、シャルちゃん」

マリーさんが剣を向ける事が出来ないのなら、私がダリスに向かうつもりだった。
無くした記憶と一緒に、ようやく取り戻した大切な人との思い出。今度こそ失いたくないんだ、そう言って笑ったマリーさんの横顔は、今度こそはっきりと覚悟を決めた女性として私の眼に映った。
マリーさんが握る剣と、ダリスが構える剣。二つで一つのはずのその剣達が互いの火花を散らす光景は、あまりにも哀しい。

「こっちも終了!怪我人はいるっ!?」
『問題ないよー。こっちもバッチリ』
「俺の方も終わった!フィリアも大丈夫そうだな」
「はい、問題ありませんわ」
『出番がなくてなによりね』

周りにいた衛兵達はさっさと片してしまった。
こちらとて最近までアクアヴェイルの武王と戦っていたのだ。今さらこんな握りの甘い下っ端達にやられる仲間じゃない。
そう――…後は、マリーさんと互角。いや、それ以上の腕前を誇るダリスただ一人だけ。

「あんたの仲間は全員のしてやったわ!さっさと投降したらどう!?」
「ぬかせっ!俺一人になろうとも、グレバム様への忠誠を折るわけにはいかんっ!!」
「……ダリス、聞いてくれ。グレバムとは本当にお前が剣に誓いを立てた男なのか?」
「うるさいうるさいうるさいっ!女ァ!そのような戯言で俺を惑わすなああああああ!!」

まるで悲鳴のように甲高い金属音が連続して鳴り響く。
ダリスの猛攻は依然として続き、マリーさんは防戦一方だ。本来ならば押されているマリーさんに対して、私達は援護に入るべき。けれど、マリーさんはそれを拒んだ。ダリスとマリーさんの二人きりの戦いへの侵入者を拒絶した。そして私達は彼女の意志を汲み取るという選択を選んだのだ。

「……絶対勝ちなさいよ。勝って、あんたのダンナを連れて帰るまで許さないんだから……!」

痛いほど握り締められた両手から、ルーティの思いが伝わってくる。
ルーティはマリーさんの無事をこんなにも祈ってる。勿論私も。そして皆も。だからどうか……マリーさん。あなたの想い人を絶対取り戻して……!!

祈るように両手を結んで、目を閉じる。

……そう、後になって後悔した。
なんであの時私は、もっと周囲に気を配っていなかったんだろうって。いつもリオンに集中力が足りないって言われていたのに。

「……っ…覚悟おおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」
「………!!!!??」

突き出された刃は白く煌き。
飛び散る真紅の玉は、まるで開けたてのシャンパンのように芳醇な香りを振りまいて、部屋いっぱいに散らばった。全てはスローモーションの世界の中で、映画のワンシーンのようにゆっくり、ゆっくりと流れていく。

アア、コレハ イッタイドウイウコト …… ?

瞳孔に焼き付くのは赤い、紅い、飛沫。
そして、赤毛の女の叫び声で世界は音を取り戻す。

「ダリス―――――――――――――――――っっっっっっっ!!!!!!」

意識を取り戻した衛兵の起死回生の一撃。
最も無防備だったマリーさんの背中を狙ったそれは、突如体制を反転させたダリスの背中に深々と突き刺さっていた。

「……ダリス!ダリスッッ!!!……ああああ、なぜ……!……なぜ、こんな………!!」

崩れ落ちたダリスの体を、剣も盾も全て投げ出して受け止めたマリーさんが悲痛な声を上げている。愛している夫の血で両手を真っ赤に染めながら、髪を振り乱し、半狂乱になって叫んでいる。

コノ コウケイハ イッタイナァニ …… ?

「………いや」





ふかい、ふかい、もりのなか。
まっしろい衣に包まれて、まっくろな髪をだらしなく散らかして。まっかなものを振り撒いて。

―――そうして、あのひとは逝ってしまった。





血と涙と枯れる様な悲鳴の中で、目茶目茶に取り乱して、マリーさんが叫んでる。

置いていかないで。置いていかないで、と泣いている。

ルーティがアトワイトを持って駆け寄った。
スタンは刺した衛兵を、今度こそ床へ沈めていた。
リオンが指示を出し、
フィリアはマリーさんを励ました。
ウッドロウさんは周囲の様子を伺って、

そして私は――――――…あの森の中を、今でも駆け続けている。





「……なぜ………わたしを…庇ったりしたんだ………」
「……………お前が、刺されると……思った瞬間………体が、動いた………」

刻々と大きくなる血溜りの中、初めてダリスは穏やかな声で言葉を漏らした。

「マリー……なぜ……戻ってきた……」

そしてそれは、一つの事実を示唆していた。

「……ダリス……思い…出したのか……!」
「お前だけは……無事に……」
「何も喋るな……っ…!喋っては……血が…!!」

気丈なマリーさんが初めて見せた泣き顔は、血と汚れにまみれていて。もう二度と忘れることが出来ないと思ってしまうくらい、深く、深く、悔いた表情で。
そこには好いた男の無事を祈る、一人の女としてのマリー=エージェントしかいなかった。

「何者か侵入したぞーーーー!!」
「族だ!ダリス隊長の元へ急げ!!」

ざわめく階下の様子に、フィリアが悲痛な声を上げる。

「早く逃げろ……追っ手が来る……」
「嫌だ……!!……手当てをする」
「構うな……私は助からない……」
「……せっかく……やっと会えた……」

そうしている間にも足音が近づいてくる。血溜りもどんどん大きくなってゆく。
泣きそうな声で止血を叫ぶルーティの声もどこか遠く、マリーさんはただダリスだけを見つめて声を絞り出していた。

「すまん……マリー……」
「死ぬな、ダリスっ!また私を一人にするのか!」

叫ぶマリーさんの言葉に返事を返す男の声は………もう聞くことさえ叶わない。

「…………答えろ、ダリスっ!……なぁ、答えてくれ、ダリス!ダリス――――――っっっっ!!!!!」

真紅に染まった床を寝床に、幸福な記憶を再び手に入れた男は醒めない眠りへ落ちてしまった。
そんな事実を認めるにはあまりにも呆気なく全てが終わってしまっていて、どうしようもなくやるせない気持ちの渦に何もかも流されてしまいそう。

「マリー……マリー、行こう」
「嫌だ、ここにいる」
「マリー、敵が来るのよ」

それでも真っ先に立ち上がったのは、ルーティだった。

「もうどこにもいかない……ダリスと一緒にいる」

力なく項垂れるその背中を、真っ赤になった瞳で見下ろして叫ぶ。

「マリー、立ちなさい!」
「……ルーティ……?」
「ぼさっとしてないの!あんたまで死なせるなんて……そんなの……ダメだからね……っ!」

そうして自分よりも倍はあろうとするダリスの力ない体を一人で背負いながら、ルーティは言った。

「あんたの旦那も一緒だよ。さ、行こ……」

何も出来なかった私は無力だった。
手を差し伸べられたことはあっても、手を差し伸べることは出来なかった。

慕っていることを自覚しておきながら、肝心なところで甘えて、何にも出来ない。なんて口先だけ。
だからせめてダリスを抱えようとする二本の腕に、ちっぽけでどうしようもない二本の腕を差し出した。……思っているつもりだけの自分を、少しでもよく見せたくて。

誰よりもマリーさんのことを思って、考えて、行動できるルーティのようになりたくて。

「ルーティ……わかった」

涙で濡れた顔が、縋るようにルーティを見上げていた。

「さあ早く!」

そして私達は最低な気持ちで建物から脱出した。
大切なものをまた一つ、零し落としながら。





BACK   or   NEXT



09.3.23執筆
09.4.7UP