その日、私の恋心は皆(女性陣)の知るところになりました。

「あんたリオンの事、もしかしなくとも好きなんじゃないの?」

ルーティの遠慮のない暴露によって、私の大事に暖めてきた初恋は周知の事実となってしまったのです。嗚呼、哀しいかな。
皆はもうとっくに夢の中。暴露された私は相変わらずおめめパッチリ。心休まる暇もあったもんじゃない。散々遊ばれるだけ弄ばれましたよ、ええ。他人の不幸は蜜の味と言いますが、他人の恋路も楽しくて仕方がないらしいです、ええ。
あーーーーーーーーーーもーーーーーーーーーー!ルーティーの馬鹿!

布団の中に包まって今更ながらにぷりぷりと怒ってはみるものの、正面切って啖呵をきれない辺りが小心者たる所以なんだろうなぁ、とちょっと客観的に分析してたりする自分にがっかりした。
眠れない夜はまだまだ長そうだ。





事はそう、大体一時間前くらいの事か。
やけにニヤニヤしていたルーティの顔にすでに嫌な予感はしていたのだ。

結局宿泊することになったスノーフリアの宿屋でひとしきり体を休めて、さて寝るかと言う段になった。
部屋は大体ツインかトリプルで取るので、男性陣はスタン、リオン、ウッドロウさんで一室。女性陣はルーティ、マリーさんで一室、私、フィリアで一室と言う割り振りになった。んでもってちょっと話でもしましょーよとルーティ、マリーさんが私達の部屋に雪崩込んできたことがそもそもの始まりだった。

「せっかく女だけで集まったからには、アレよ!恋バナいってみよー!」

ノリノリだったのはルーティだけだったのは言うまでもない。
マリーさんはあまり興味なさげだったし、フィリアはこの手の話題が苦手なように思えた。そんなわけで、一人調子のいいルーティはマリーさん、フィリアと順に詰問を始め、私の番になった時、嬉々としてリオンの名前を挙げたという訳だ。

「え、あ、う」

咄嗟に出た言葉は、全く意味を成さない音ばかりだった。
本日あれほど露骨な態度を見せておきながら、まさか名指しで自分の恋心を暴露される羽目になるとは思ってもみなかったので、まずうろたえた。

「いや……別に!そんな!」

ここで咄嗟にルーティの恋バナにでも話題転回すれば良かったと後になって気付くのだが、この時は自分に振られた話題でもういっぱいいっぱい。

「私は、その!……別にリオンの事が……えっと!」

じわじわと熱を伴った顔色が、全てを物語ってしまっていた。
必死で両手で違うとジェスチャーしてみても、言葉で誤魔化そうとしてみても、『リオン』という言葉の響きに反応してしまう自分を隠しきれない。
例えば目で追ってしまうとか。その仕草や言葉に惹かれてしまうとか。

恋する女の仕草は、鋭い女からみれば分かりやすいことこの上ないらしい。

「前々から怪しいと思っていたのよね〜……ノイシュタット出た辺りくらいから」

それってほとんど最初から!?
半泣きになりながらフィリアに助けを求めようとして……愕然とした。恋バナが苦手に見えたのは自分の話の時だけで、人の話になった瞬間、その丸眼鏡を燦然と輝かせておられました……。

「まあ!さんもっと早く言ってくだされば、協力しましたのに」
『くすくす。でも、はこの手の話は上手くなさそうだものね』

……恥ずかしいので、勘弁して下さい……。
自分の気持ちが人に知られることが、こんなにもこそばゆいものだなんて知らなかった。熱を持ったのは頬だけでなく、どうやら頭にまで回ってしまったようだ。
おまけにアトワイトの口ぶりを聞いていたら、知るぞ人は随分前から気が付いていたらしい。頭の回路が焼ききれそうな思いだ。

「いつリオンの事を好きになったの?」
「……のいしゅたっと、の辺り……なまえ、呼んでくれたひ…」
「リオンさんのどんな所が好きなんですか?」
「……えーっと、あの、その……口悪いけど、ときどきやさしいとことか…」
「えーっ!あいつ優しいと…もが!」
「しっ!ルーティさん、余計な茶々を入れないで下さいっ!」
『せっかくだし、私からも質問良いかしら?リオンのどんな仕草が気になるの?』
「え……えと、えっと……髪をはらうとき、かな……?」
「まぁ!確かにリオンさんは綺麗な顔をしてますから、仕草も様になりますよね」
「………うん。きれいなひと、だと……おもう」
「改めて聞くわ!、リオンの事が好き?」
「……うん」
「…………二人とも、そこまでにしてやれ。が困っている」

マリーさんの制止の言葉に、ようやくルーティとフィリアの尋問の手が止められた。……のは良かったのだけれども、すでに後の祭り状態だったのは言うまでもない。あーうー…アトワイトにも上手く乗せられてた気がする……。
顔の熱が引き、話もお開きになってきた段になって、ようやく自分が口走ってしまった浮わついた発言に気が付き、こうして布団に丸まって悶絶する羽目になっているというわけである。

(ルーティもフィリアも人事だと思って……)

ニヤニヤしながら近づいてきた二人の姿は、確実にトラウマとしてインプットされた。
ここで援護射撃を要請するとかもうちょっと強かにやればいいのに、そんなことを全く思いつかない辺りが学者としては有能でも女としては初心すぎるのだろう。

布団に丸まって膨れっ面をするのも、いい加減疲れてしまった。

(のど、かわいた……)

赤くなったり青くなったり、あまり使わない回路をフル回転させた分、一向に眠くならない代わりに喉が渇く。ホットミルクでも飲めば渇きも止まるし、何より少しは眠くなるかもしれない。敵方に場所が割れている以上、明日には宿を出なければならないので、今日の休息が重要な意味を持っていることは十分承知のことだった。

(行こう)

まだこの時間帯ならカウンターくらいは開いているだろう。
そっと足音を忍ばせて部屋を出た。幸いフィリアは寝つきが良いので、ちょっとの物音くらいでは目を覚まさない。

廊下を抜けて食堂まで降りると、マスターが明日の仕込をしているところだった。
丁度お客さんがはけた所だったらしく、カウンターには誰一人としていない。注文を頼めるかどうか訊ねた後、ホットミルクをお願いして、一人ぼんやりとカウンターに佇むことにした。

数滴落とされた琥珀色の液体が、良い香りを運んでくる。熱いミルクを人肌に温めながら唇へと運ぶと、優しい味が口いっぱいに広がった。
こうしてゆっくりとした時間を楽しんでいると、さっきの出来事が細事に思えてきてくるから不思議だ。昔、一人旅をしていた頃はたまにこうして静かな時を楽しんでいたものだ。ふと懐かしくなって、思わず笑みを零したところで一人分の足音が聞こえてきた。

「……マリーさん?」

足音の主は、先ほど別れたばかりのマリーさんのものだった。
少し驚いたように目を開いた後、マリーさんは微笑んで相席を訊ねてきた。勿論、断る理由もない。

「先ほどはルーティがすまなかったな」
「そんな、マリーさんが謝る必要なんてないですよ」
「いや、今日のは少し調子に乗りすぎだったな。も嫌なことだったらきちんと伝えたほうが良い」
「……ん。嫌、だったわけじゃないから、だいじょうぶ、です」

そうして口にしてみてから気が付く。
確かに今日話したことは恥ずかしいものばかりだったけれど、決して聞かれて嫌なものではなかった。

「恥ずかしかった、だけ」
「なら良かった」

くすりと微笑を漏らしたマリーさんの横顔がひどく大人びて、思わずどきっとした。
……変なの。よく考えたらマリーさんはもうとっくに大人の女性なのに。多分、いつもどこか抜けているような不思議な空気を纏っているから、あまりそういうことを意識していなかったんだろう。

今日垣間見ることの出来た、魅力的な大人の女性の姿をそっと心の引き出しに仕舞い込むことにしておいた。将来、こんな素敵な人になれたらいいなぁ。

「そういえば、マリーさんは気になるなって人とかはいるんですか?」

どうしてこんなことを聞いてしまったのかは分からない。
先ほどルーティが全く同じ質問をマリーさんに投げかけたばかりだったというのに、重ねてこう聞いてしまったのは。答えが分かっている問いに対して、別に訊ねる必要なんて無いのに。

「多分、いる」
「………え?」

だから、先ほどと返答が違うマリーさんの答えに驚いてしまった。

「これはまだ誰にも言っていないことだから、と私だけの秘密にしておいてくれないか?」

そう前置きをして、マリーさんは言った。
今にして思えば、これはあの結末を予期するワンピースだったのかもしれない。

桜を持って帰ってきてくれた人。
マリーさんが大切に想っていた誰か。

とつとつと語ってくれるマリーさんの表情はすごく柔らかくて、失くした記憶の欠片をどれほど切望しているのかを今更にして思い知る。
記憶がないことによって、マリーさんは一体どれだけの不便を感じていたのだろう。普段おおらかな人柄が見せる様子に誤魔化されて、私はあまり事態を深刻なものとして捉えていなかったのかもしれない。

記憶を失った女。雪。桜の枝。ポワレ。

ピースは確実に揃いつつあった。
後はそれがはめ込まれる瞬間を待つだけ。





BACK   or   NEXT



09.3.9執筆
09.4.3UP