おい、こっちに金髪の男と銀髪の女、それからその仲間らしき不審な奴らを見なかったか。こっちの方へ逃げていったのは確かなはずなんだが。
暗闇の中でも追っ手の声はよく聞こえた。声が近づいてくるにつれ嫌な汗が背中を伝ったの分かったが、こうして身を潜めることになってしまった以上、それ以外の行動の選択肢はもはやない。
せわしない運動を続ける心臓に念仏のように静まれと繰り返しながら、は追っ手がいなくなってくれることを祈った。

「恐らくここらに潜んでいるはずだ。探せ!」

その言葉に、さっと血が落ちるのを感じた。足音が段々と近づいてくる。もう駄目だ―――諦めが頭の中を過ぎったまさにその瞬間、朗々とした声が場に広がったのをは聞いた。

「いやぁ、俺はさっきまでずっとここにいたんだが、そんな目立つなりの奴らは見かけなかったぜ」
「………隠し立てすると貴様の命はないと思え」

そりゃあ怖い怖い。どこか間延びした独特の声は、ちっともそんなことを思ってないような口ぶりで矛盾した言葉を告げる。そうして不思議な音色の楽器を軽やかに鳴らした。

「そんなことより衛兵さん。わざわざこんな所まで俺の歌を聴きに来てくれたんだろう?来てくれた客に俺の歌を披露しないってのは失礼な話だ」

は?と呆気に取られた衛兵の声が聞こえたと思ったが、声の主は彼の様子なぞ関係ないといった様子だ。なにせ俺の歌には人を惹きつける魅力があるからなぁ、と慢心ともとれるような台詞をしゃあしゃあと抜かすのだから大したものだろう。訳が分からないといった衛兵の声を一切無視して声は高らかに上げられた。

「それじゃあリクエストにお答えして……いくぜ、ジョニーナンバー1!ゴー!」

勝手に歌い始めた声の主に呆れて、衛兵達が立ち去るまでものの三分もかからなかった。
けれど、だけは声の歌に呆れることなんてなかった。―――けして、決して。



























Tales of destiny and 2 dream novel
20 もう一度あの歌を






「ジョニーさん!」

身を潜めていた小船の下から這い出してきた一行の中で、たった一人だけ声の主に対して不信感を持たない人間がいた。這い出してきて早々に感極まったように声を挙げ、男に飛びついたのだ。

「ししょう、ししょう………やっぱり、師匠だ……!」
「まさか、と思ったがドンピシャだったみたいだな」

飛びついたのはしゃいだ声に、男もまた目を丸くして、そうして嬉しそうに返事を返した。ぴょんぴょんと飛び跳ねるもまた相当に嬉しそうだ。信じられない、でも本物だ。何度も同じような言葉を繰り返しては、男の風貌と声を確かめるように見上げ直す。

「「久しぶり!」」

見事なまでに息をピッタリと合わせられた再会は、と同じように小船から這い出してきた一行を唖然とさせるには十分すぎる材料だった。


今からずっと昔の出来事だった。
一人の少女は旅先で吟遊詩人に命を救われる。まだ旅に慣れていなかった少女は、そのままなし崩しに男に生きる術を教わった。そうして生活するための生業と世を渡る術を男の下で学んだ少女は、再び旅に漕ぎ出すことになる。

はジョニーとの出会いを完結に説明した。旅するキッカケになった母の死と、ノイシュタットで生きる希望を失くして命を絶ちかけたことには一切触れず。時折の説明をフォローしてくれたけれどもジョニーもそのことには触れなかったので、もう察しているのだと思う。
今のには生きるための意味を見出している。つまり、それで十分だと言うことだ。

「でもまさか、師匠がこんな所にいるだなんて思わなかった」

だから私の師匠。昔旅の途中で読んだ本に書いてあった、師弟関係とはどういうものか。丸ごとその本に影響された幼いは、それからジョニーのことを師匠と呼ぶようになったという件を説明していたので、もはやその呼び名に対する疑問の声はない。
ジョニーはもう離れて随分経つから普通の呼び名でいいと言ったけれど、にとっての師匠はジョニーただ一人だ。今更師と仰ぐことを止める気はない。

「俺だってがこんなところに来ているとは思わなかったぜ。……いやあ昔と違って随分別嬪さんになったもんだ」

もー、師匠ったら!気が遠くなるほど結ばれた関係は昔の出来事だったけれど、分かれた日がまるで昨日のことのような親しさで、はばしばしとジョニーの背中を叩いた。
手癖が悪いのも慣れた内。ジョニーも大してそれに気にした様子もなく、照れるをはやし立てる。
普段よりもずっと遠慮のないの仕草に、仲間の方はと言うと目を丸くして二人のやり取りを見つめていた。

「仲良しなんだな」

だからマリーが率直な感想を漏らしたのも、不思議なことではなかった。そんな彼女の言葉にとジョニーはきょとんとして、それから二人で向かい合ってケラケラと笑い合った。
だって師匠ったらすっごいだらしなくてさー、とか、よくこいつ迷子になって泣きべそかいてたとか。お互い暫く生活していたことが確たる信頼感を生んでいたのだろう。二人揃ってお互いを貶し合いながら、それでも楽しそうに面倒を見合った過去を語った。

「おい、昔話を話すなら勝手に他所でやってくれ。ジョニーと言ったな。お前、が追いかけられていたから僕達を助けたと言うわけでもないだろう」

まるで数年来ぶりに訪れた同窓会で話が止らないと同じようなノリで、途切れなく話す二人を遮るかのようにリオンが言葉を告げる。よく考えてみれば、完全な内輪ネタで盛り上がっていたせいで周りは随分置いてけぼりになっていたのだろう。

「単刀直入に言う。―――目的は何だ」

そんなリオンの言葉に、ジョニーはニヤリと口角を持ち上げた。

「質問をそっくりそのまま返すぜ。何の目的でこんな大所帯でこんなところまでわざわざおいでなすった?セインカンドの客員剣士に銀髪の風使い、神官さんに、綺麗なねーちゃん。あとその他護衛ってわけでもなさそうな奴」

さっきまでの温和そうな雰囲気はもうすっかり姿を潜めてしまっていた。顔は笑っていたが、ジョニーは探るような目つきで一行を見渡す。

「神官服であるフィリアは置いておいて―――……貴様、なぜ僕達を知っている?」

リオンの鋭い眼差しとジョニーの人を喰ったような視線が絡み合う。不穏な空気が流れたかとも思ったが、膠着状態はほんの一瞬で終わった。ジョニーがふっと表情を緩ませたからだ。

「それはご自分の服装をよーく見てから言って貰えないか?」

俺はこいつを知ってたんだぜ?客員剣士殿。そういって片手でを指差して、へらっとジョニーは笑った。

「………カマをかけられたということか」

ジョニーが示唆したことだけで、リオンには十分すぎるくらいの説明になったらしい。目を瞬かせるスタンやマリーに向かって「銀髪の風使いとリオン=マグナスの組み合わせって結構有名なのよ」とルーティが補足をしていた。

「こんな時期にわざわざ敵国に乗り込んでくるセインガルドの客員剣士。馬鹿弟子含めて色々事情がありそうな面子。こりゃあ何かあると踏んでもいいと思うんだけどなぁ?」
「―――おい、さっさと行くぞ。これ以上無駄話をしている暇は僕達にはないんだ」
「まあまあ、無視しなさんな」

そう言って、何気ない仕草でリオンの前にジョニーは体を滑り込ませた。派手な服装と飄々とした物言いからいい加減そうな印象があるが、どうしてなかなか抜け目がない。

「あんたたち、バティスタとはどういう関係だ?」

剣呑な光を瞳に宿しながら、低い声でジョニーが尋ねる。さり気なく握られた楽器に力が入っていることも見逃せない。楽器は武器として使うものではないだろうが、それなりに体格のいいジョニーが振り上げれば十分な武器となるだろう。
そんなジョニーを真正面から見つめ返す形となったリオンが浮かべた表情は―――笑み。もちろん無条件な好意などではなく、寧ろ今にもシャルティエで斬りかからんとするばかりの暗澹とした雰囲気だ。

二人をこのままにしていたら、衝突する。どちらに対しても知り合いで、少なからず交流がある。おまけにジョニーは命の恩人で、リオンはにとって……かけがいのないほど大切に思っている人だ。そんな二人が対面早々いがみ合うことに、が口を挟まないわけがなかった。

「えと、その!私たちは確かにバティスタを追ってきたけど、別にあいつと仲がいいとかってそんなわけじゃなくて、え〜〜〜っと……」
「余計なことを言うな」

こんな時どう言えばいいのか。険悪な空気を遮って言葉を選ぶことは、にとっては至難のものに違いなかった。神の眼を伏せようとすればするほど、支離滅裂な言葉が口から飛び出してしまう。
結局あっという間に鋭い眼差しのリオンに一蹴されてしまい、しゅんとして口を噤んでしまった。

リオンは――ずるい。
はもうどうしようもなくリオンのことを好いてしまっている。彼が一言やめろと言えば、どうしようもなく体が反応してしまうのだ。誰だって好きな人には嫌われるようなことはしたくない。例え相手が師と仰ぐ人であっても。

「まあそういきり立つなって。俺はお前さん達がバティスタの手の者かそうじゃないかはっきりすれば良かったんだ」

空気が、緩む。
剣呑な雰囲気は既にそこにはなかった。ジョニーは眼差しを穏やかなものにすると、に向かってしょうがないな、といった様子でへらりと笑う。そんな師の微笑に釣られても締まりなくへにゃっと笑った。直後、リオンに睨まれたけれども。

「寧ろどうやら敵対してるようだな?」

そりゃあ俺にとっても都合が良いんだ。確認するかのように告げられた言葉に、リオンは反論しない。ジョニーにとってはそれが十分すぎる返答だったようだ。

「だったら一つ提案があるんだ。………俺の親友とその嫁さんが奴に捕まっている。どうしても二人を助けたい」

そうしてジョニーは酷く真剣な眼差しで一行を見渡して、言った。

「―――俺と手を組まないか?」





BACK   or   NEXT



07.4.27執筆
07.4.29UP