最期にリオンに問いかけをして、ティベリウス大王は死んだ。
それが意味することの答えは今の私の手の中にはない。結局謎は残されたまま、釈然としない気持ちを抱えてアクアヴェイルを離れることになった。
目的地は極寒の土地、ファンダリア。神の目を持つグレバムを追って、いよいよ私達は世界を回ってしまうわけだ。そこまでの海路はフェイトさん率いる黒十字軍が送ってくれることになった。

「……一緒に行くのか?」

潮風が気持ちいい。
青い空に白い雲。風もあるし、良い条件の出航になるだろう。

そう言っていた折、フェイトさんは静かに師匠に問いかけた。

「いや、俺はここに残る」
「………そうか」
「ジョニーさん!」

てっきりこのまま一緒に旅してくれるものだと思っていた。きっとスタンも同じ気持ちだったのだろう。
咄嗟に引き止めるように名前を呼んだスタンと並んで、縋るように師匠を見上げる。

「悪いなスタン。この惨状を見ちまった以上、今ここでアクアヴェイルを出ては行けないさ」

そう言ってぽんと頭に乗せれた手は温かい。けれど告げられた離別の言葉は、どうしようもなく胸に痛みを与えて離してくれなかった。

「もう、目と耳を塞ぐのはおしまいだ」

師匠は困ったように笑って言った。

「―――これは前に向かって進むための別れ、って言ったら分かってもらえるか?」
「師匠……」

そんな風な顔をしないで欲しい。
トウケイ領をじっと眺める師匠の横顔からその内に潜む決意が見えてしまって、引き止めることが出来なくなってしまうから。

「そんな顔するなって!俺とお前は生きている。望めばいつだって会えるだろう?」
「………私の方向音痴知ってるくせに」
「おいおい、それ本気で直ってなかったのか」
「しまったあぁーっ!」

思わず頭を抱えて悶えたら、師匠はいきなり噴き出した。

「やっぱそれが俺ららしいわ」
「……うるさい」
「はいはい」

確かに、しおらしい別れよりもこっちの方が私達らしい。
少しだけむくれるフリをしてみたけれど、師匠も私のご機嫌を建前上は伺ってるみたいだから許してあげないこともないんだから。

私達はお互いに傷つき、疲れ果てた折に出会った。
だからたった一ヶ月の間で、あれほどお互いのことを分かり合えることが出来たんだろう。傷を庇いながら、触れてしまわないように、これ以上悲しい思いをしないように笑って……そうして馴れ合った。その微妙な距離感が心地良かったんだ。
その関係が良いものだったとは言えないかもしれない。けれどもそれは、私達にはきっと、いや、間違いなく必要な時間だった。お互いの傷にかさぶたを作るために、欠かせない時だった。

でも、もうあの時と違う。

十年経った。
まず、私は大きくなった。経験を積んだし、たくさんの人と触れ合った。友達が出来た。好きな人も出来た。生きるために必要なことも身に着けたし、泣けるようにもなった。
師匠は大人になった。歌は相変わらずへたくそだったけれど、世渡りが上手くなってた。人を、自分を楽しませることを覚えてた。ずっと抱え続けた心の膿と、ようやく決着をつけることが出来た。

今度こそ私達は新しい関係を築くことが出来るのだろう。そのスタートラインは、目の前にある。

「もう師弟関係はなしな」
「うん、それ私も今言おうと思ったところ」

とか思ってたら、師匠もまったく同じように思っていたみたい。やっぱり私達は似たもの同士だったみたいだ。
そもそもお前、十年前の最後はちゃんと俺の名前を呼んでただろうと突っ込まれたけど、だってクセだったんだもん。咄嗟に出てしまうのは仕方がないと言うものでしょう。

「……なんて言ったらいい?スタンに習って、ジョニーさん?」
「やめろ、余所余所しい」
「ええ!?俺、余所余所しいですか!?」
「あんたは余計なところで突っ込まないの!」

後ろで面白そうなコントをやってるけど、あの二人はあれで仲が良さそうだから邪魔しちゃ悪いよね。

「ジョニーでいい」
「了解っ!」

別れが新しい始まりになるというのならば、私は笑って別れたいと思うんだ。

「ありがとう、ジョニー」
「ああ」

そう言えば、ジョニーも笑って返事を返してくれた。
遠くからフェイトさんが呼んでいる。……そろそろ私も行かないといけないみたい。
それを察したか、ちょいちょいと師匠が手を振って呼んだ。すでに近い所にいるのに呼ぶってことは、コッソリ言いたいことでもあるのかな?耳を寄せれば、案の定ジョニーは小声で言葉を続ける。

「―――今度会う時は新しく始めようぜ。それまでに決着つけてなかったら攫って行くからな、

そして頬を掠めていく、感触。

「ほい、コイツ頼むわ」
「あんた確信犯でやってるでしょ」
「まあまあ。これで楽しくなるってもんよ」
「確かに見てる分には面白い展開だけど」
「ならいいじゃねぇか。じゃ、皆、これからこいつのことを頼むわ」

とか言って、ルーティに私を押し付けてヒラヒラ手を振っている。
………ちょっと待って?新しく始めるのはいい。でも決着って何ですか、攫うってどういうことですか。師匠は……じゃない、ジョニーは私がリオンのこと好きって気づいていたわけ?それに攫うってまさか人攫いじゃあるまいし、いやいやいやいやまさかそんなねぇ……?
それにそういや私、イマサッキナニヲサレタ……?

「じゃーな、ベイビーたち!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

青い青い空に、私の色気のない悲鳴が響き渡ったのは仕方のないことだと思って欲しい。





「行っちまったなぁ」

フェイトが皆を乗せた船は、すでに地平線の彼方に消えた。
本音を言ってしまえば、俺だって一連の騒動を持ち込んできたグレバムに落とし前を付けてやりたい。けれど。

「……このままにしておくわけにゃーいかんだろう。シデン家の人間としては」

すでに俺の評判が地に落ちていることは知っている。
『道化のジョニー』。自分で演じておいて言うのもなんだが、相当板についちまっている。

それでも、俺はシデン家の人間だ。
兄貴とは違って気楽な身ではあるけれど、ティベリウスの手によって滅茶苦茶になってしまったこの街を何とかしたい。俺一人では出来ることなんてたかが知れている、そうやって何もしないでいるのはただの甘えだ。俺にだって出来ることはあるはず。まずはそれを探したい。―――もう、ティベリウスはいないのだから。


復讐しようと思った。
ティベリウスを殺せば、エレノアは浮かばれると思った。自分はこの苦しみから解放されると思った。それが間違いだと気づいたのは、一体いつの頃だったか。

ある時、街で長い銀色の髪の女を見かけた。
もちろんそれはではなかったけれども珍しい色には違いなかったから、昔一緒に旅したアイツを思い出した。そういやアイツ元気にしてるか、ちゃんとメシは食ってるのか、もう大きくなっただろうか?考えてみれば懐かしくなったものだ。涙もろいくせに、頑固で、初めて会った時以外ではどんなにしんどい時でも泣かなかった。そしてその年の子供にしては大人びていて、触れていい領域をよく理解した子供だった。いい奴だった。
アイツからは何で一人あんなとこにくすぶっていたのかは話さなかったが、そこはまがりなくても一回り年上だ。察していたつもりだった。その頃の俺は失恋したばっかりで、結局のところ自分のことしか考えられなかったクソ野郎だったわけだ。無理してるってすぐ分かるもんだったのにな。……思い上がっていたその考えが間違っていると思い知らされることになったのは、当然のことだった。

旅を始めてある晩、はうなされていた。
多分無意識だったから零れたのだろう、たくさん涙を零しながら喚いた。『おかあさん』と。何度も、何度も。
その泣き声があんまりにも切ないもので、いつもの明るいとかけ離れた声音だったから衝撃を受けたのを覚えている。分かったつもりであの時の俺は全然分かっていなかったんだ。かけがえのない人を亡くした人の気持ちを。

エレノアを失って、初めてそのことを思い出した。

そして母をなくしてもなお、生きる気力に満ち溢れていた小さな子供と自分を比較して、初めて敗北感に打ちひしがれた。……俺は復讐しか頭になかったのだから。

エレノアは俺がティベリウスを殺すことだけを考えて生きることを望む人だったか?
どうやって復讐するかに全てを捧げて、自分を殺すような真似をする奴を許す人だったか?

ようやくそのことに気が付いた。それが何度も何度も説得をしようとしてくれた親友じゃなくて、一ヶ月しか一緒にいなかった随分昔の……それも幼女だなんて言ったら笑っちまうじゃないか。なんて滑稽な。いや、復讐することだけにその身を焦がしていた俺こそが、まさしく『道化』だったわけだ。

「……おまえがいてくれて良かった」

エレノア。
君が大切だった。誰よりも護りたい人だと思った。その気持ちは未だに一点の曇りもない。こんなにも未練たらしい男だけれども、ようやく彼女のことを過去の人として想うことが出来そうだ――。

この気持ちを整理することが出来たら、新しいスタートを切ることができそうな気がする。
それまで一体どのくらいの時間がかかるかは分からないけれども、その時は次に始まる恋の予感に全てを捧げてみてもいいかもしれない。には悪いが、彼女の想いは未だ届く素振りはなさそうな感じだ。それまでに振り向かせてみせる自信だってある。……だから。

復讐に全てを捧げる馬鹿な道化の物語は終わった。
これからをどう生きるか。まずはそこから始めてみようじゃないか―――…

「さあさあお立会い!新しい未来が開けるトウケイに捧げる曲を一曲いこうじゃないか!
―――いくぜ、ジョニーナンバー0!ゴー!」





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09.1.17執筆
09.1.18UP