十字を模った飛び道具を紅月で叩き落す。
師匠によるとこれは『しゅりけん』というものらしい。そしてこの『しゅりけん』を使う奴らは、隠密行動を得意とする『にんじゃ』と言う人達だそうだ。
『にんじゃ』の使う道具には痺れ薬や毒の粉を塗りつけてあるから特に注意しろと言われていたから、紅月を使った中距離攻撃と晶術を主体とした攻撃をするつもりだったけど。

「コソコソチョコマカと……」

がしりと相手の頭を一掴み。

「うっとうしいんじゃーーーーーーーーーーーーい!!」

斜め下から溜めた拳を一気に突き上げる。
渾身のアッパーカット。相手が向こうの壁まで吹っ飛んでいくのを、やさぐれた気分で見下ろす。

「さっさとグレバム出せって話なのよ」

「……が怖い……」
「あれは相当キてるわね……」

後ろでスタンが怯えて、ルーティは大きなため息を吐く。
ちなみにリオンは頭を押さえて、師匠はゲラゲラ大爆笑してました。

「危ないっ!」

倒した相手に背を向けたところで、誰かが声を上げる。
反射的に顔を向ければ、『しゅりけん』が眼前まで迫る。苦し紛れの最後の一撃か―――避けられない!

「ストーンウォール!」

石の壁に阻まれ、『しゅりけん』は音を立てて地面に落ちた。

「……もう足手まといにはなりませんわ」

クレメンテを抱えたフィリアが凛とした表情で言う。
トウケイ城内もほぼ攻略したと言っていいだろう。やっと追い詰めたグレバムは恐らくすぐそこ――…





「見つけましたわ……グレバム!」

城の王座には二人の男が佇んでいた。神官服の男と、アクアヴェイル独自のゆったりした民族衣装に身を包んだ大柄な男。恐らく神官服の男がグレバム、もう片割れがティベリウス大王なのだろう。

あいつが……グレバム。
驚愕に表情を歪ませた男の顔を、瞳に刻み付けるかのように睨みつける。いや、あいつのしてきたことを考えれば睨みつけるくらいじゃ全然足りない…!

「フィリア、お前が何故!?……ティベリウス大王、奴らを!」
「分かっている。任せておけ!刀の錆にしてくれるわ!」

会遇は刹那。あっという間に奥へと姿を消してしまったグレバムの行く末を阻むのは、この国の王を冠する男。前大王を殺し、覇者となったティベリウス。

「……こいつは俺の獲物だな」
「シデンの三男坊かっ!」

師匠の姿を目にしたティベリウスは驚いたような声を上げたけれども、直後、愉しくて仕方がないように口元を歪めて笑った。

「こいつはいい……全員、まとめてかかってこいッ!」
「腐ってもこいつは武王とまで言われた男だ。皆、気をつけろ!」

言われなくても、すでにアドレナリンは大放出。ここでグレバムと決着を付ける気満々だったのだから、どれだけティベリウスが余裕の表情をしていようが堪えるわけなんてない。
今に後悔させてあげるんだから。……そして、グレバムも。ここで決着をつけてやる!

「来ぬならこちらからいかせてもらうぞ!」

獲物の大剣を構え、一気に突っ込んできたティベリウスをマリーさんの斧が弾く。
鈍い衝撃音が部屋を包み込む頃には、もう体の準備は整っていた。恐らく、皆も。

「攻撃が重たい!ティベリウスの直接攻撃はスタンとマリーで防げ!僕、がヒットアンドウェイで援護する。ジョニーは相手の効能を下げることを優先に!ルーティ、フィリアは後衛で晶術と回復に徹しろ!」
「了解っ!」

リオンの的確な指示が飛ぶ。
何度も潜り抜けてきた戦闘から、皆のクセや特技を知り尽くした配置だった。咄嗟の判断はやっぱりリオンが一番早い。そしてそれを骨身に染みてよく分かってるから、迷わずに大きく頷く。

紅い軌跡を残して、空を切り裂いてゆく紅月。
鍛え上げられた剣は鋭い音を鳴らす。
水流と雷鳴が城内に轟き終えた頃に、朗々とした声が響き渡った。

「――――覚悟しやがれ、ティベリウス!」

姿を偽り、その力すらも隠し通した『鷹』は獲物を捕らえる。
ティベリウスの胸に深々と突き刺さったのは一振りの剣だった。ぽたりぽたりと滴り落ちた紅い玉が、その剣がただの飾りではなかったことを指し示す。

「………ククク、クハハハハハハハハハハハハハ!」

ごぽり、と口から血を吐きながらもティベリウスは嗤っていた。

「道化のジョニー……まんまと騙されたわ。こんな牙を隠し持っていたとはな」

そうして、血を吐きながらもティベリウスは謀られらことを忌々しげに吐き出した。
セインガルドへの侵略を計画していた事。そこへ神の目を目を持ったグレバムに協力を持ちかけられた事。利用してやるつもりで、逆に利用されていたと言うこと。

「グレバムはどこにいる」

仕切られたカーテンの向こう側。玉座の間の裏側には巨大な穴が開いていた。
そうして再び神の目とグレバムを逃してしまったことを私達は知った。その落胆は大きく、唯一その手がかりを知るのはティベリウスのみ。
問いかけるリオンに、饒舌になったティベリウスは嗤う。……恐らく、自分の最後の期を知ったから。

「こうなった以上、俺が奴に義理立てする必要はない………ファンダリアだ」

そうしてまた、血を吐く。

「……セインガルド侵略などという夢物語に躍らされやがって」

どこか疲れた様にティベリウスを見下ろしたジョニーに、大王は再び口角を上げた。

「夢物語?……違うな」
「なに?」

そうして、ジョニーから視線を剃らせたティベリウスは確かに言った。

「これは近い将来にやってくる現実だ。暴走する悪魔を止められるか?セインガルドの少年剣士よ」

リオン=マグナスに向かって。
最初は気のせいかと思った。けれど視線を合わせて、言葉でリオンを指したティベリウスの話には何か見落としてはならないものがあるように感じられた。
私がリオンのことを好いているから……それは余計に感じられたのかもしれない。

「奴はすべてを巻き込み、破壊し、食らい尽くすぞ」
「黙れ!」

冷たい瞳で見下ろしながら、リオンが叫ぶ。

「たとえ俺の命がここで果てようと、セインガルドもすぐ後を追うことになる。グレバムと神の眼によってな!クハハハ……」
「黙れ下衆野郎!」

止まらなかったティベリウスの言葉は、直後、打ち切れた。

致命傷とあれほどの出血から、放っておいてもきっと彼は死んでいただろう。けれどティベリウスの言葉は不恰好に途切れたまま、事切れた。―――だってリオンがその首を落としてしまったから。





BACK   or   NEXT



09.1.17執筆
09.1.17UP