モリュウ領主にはバティスタの手によって監禁されていた前領主、フェイト=モリュウが再び就くことになった。
乱れた治世もこれでなんとかなるだろう、そう言ったジョニーはさっぱりした表情で町並みを眺めている。海の上にぽっかりと浮かぶ三つの島。今、達はモリュウ領を離れ、グレバムが潜んでいるというトウケイ領へと進んでいた。

「……具合はどうだい?」
「酔いもありませんし、私は問題ないです。それよりもフェイトさんがここまで来て良かったんですか?」

トウケイ領へは陸路を使うことが出来ない。そのため海路から上陸しなければならないのだが、現在はクラーケンと言う魔物が海域に潜んでいるため、フェイトが持つ『黒十字軍』の船団の力を借りることになった。……そこまではいい。

「だってモリュウ領は領主交代の混乱が収まったとは……その…」
「うん。本来ならば新領主がこの時期に領土を離れることは良いことだと思わないね」
「じゃあどうして……」

数日に渡った監禁生活のために、肉の削げた腕が否が応でも目に入ってしまう。
こんな状態で、ましてや領土の治世が落ち着いているとも言いがたい状況で、仮にも領主が安易に離れてしまう意味がにはよく分からない。
フェイトは柔和な顔立ちを意味深に微笑ませて、周囲の様子を伺った後、静かに告げた。

「――――私怨のため、と言ったところかな?」





アクアヴェイルのお話の始まりは、いつも『むかしむかし、あるところに』から始まるんだよ。
そう笑ったフェイト=モリュウは一つの物語を語り始めた。それはまるで吟遊詩人のように。


むかしむかし、あるところに仲の良い三人組がおりました。
やんちゃ盛りの二人の少年と、それは美しい娘です。
彼らは嬉しい時や悲しい時、辛い時や苦しい時、どんな時も一緒に乗り越え、分かち合い、かけがえのない時間を育んでいきました。

ところが年月と共に育まれたの絆だけではなかったのです。
美しく、聡明で心優しい娘に、成長した男達ははどちらも惹かれるようになっていたのです。

やがて一つの恋が成就します。
一人の男と娘は恋仲となり、将来を誓い合いました。

恋に破れたもう一人の男は、男に言いました。
娘と二人で必ず幸せになれ。二人が幸せな姿を見ることが親友である自分の幸せでもある、と。

ところが、その約束は破られてしまいます。
美しいと評判だった娘は、乱暴で強い王様に強引に娶られてしまったのです。

娘は嘆き哀しみ、彼のものになってしまうのならばいっそ―――そうしてその命を散らしてしまいました。


「……慣れないことはするもんじゃないね」

愁いを帯びた瞳で、小さく微笑んだ男は言った。

「将来の相手を奪われ、絶望した男には後に彼を支えてくれた素晴らしい女性との出会いがあった。そして男は彼女のことを愛している」

……でも、もう一人。
愛した女を失い、心を壊しかけた親友をただ見つめることしか出来なかった男は―――?

「………どうして」

その謎は、すでに語ってくれた。

「どうしてこの話を私だけにしようと思ったんですか……!」

爪が食い込んだ手のひらの痛覚すら忘れてしまいそうになる。それほどまでに今の物語は衝撃的で、すでにあるパズルの欠片が、一枚の図式を静かに完成させてゆく。
詮索するつもりなんてなかった。自分にも語りたくないことがあるように、彼の語りたくないことを知ってしまうつもりはなかった。でも……分かってしまった。

「今から丁度十年前、恋に破れた男は島を出て行った。……帰ってきた時は驚いたものだよ。道化の真似事を始めていたんだから」

……ああ、そういうことだったのだ。

「そうして、あいつは久方ぶりに笑顔を見せて言ったんだ。旅先で毛色が珍しい子供と旅をしたと。
―――…それは君のことだったんだね、





「……それがどうしたっていうんですか」

とっさに握り締めた手のひらを、目の前のこの人に叩き付けなかっただけでも自分を褒めてやりたい。

―――何それ。
何よそれ。
何のつもり?

「ええそうです、私は師匠と昔会ってます。命を救ってもらった!一緒に旅だってした!たった一ヶ月の間だったけど、私は師匠と一緒だった!!」

一ヶ月なんて本当にあっという間の出来事だった。
たったの31日。ただそれだけの期間だったけれど。

一緒にご飯を食べた。
寂しい夜はへたくそな子守唄を歌ってくれた。
街頭に二人で立って、歌って、路銀を稼いだ。
ブーイングが飛んだけど、そんなの気にせず歌いつくした。
馬鹿みたいに笑った。楽しかった。
生きるために、初めてモンスターを殺した。
怖くて震えた私の頭をずっと撫でてくれた。……抱きしめてくれた。

「どうして信頼してあげないの!たった一ヶ月しか一緒にいなかった私に託そうとするの!?親友なんでしょ?ずっと一緒にいたんでしょっ!!?」

領主様に怒鳴りつけている私を止めようと、船員が走ってくる。けれど、やめろと視線で合図するくらいの余裕があるこの人が憎らしい。親友だと言ってるくせに、肝心なところで師匠を信じきれてなかったこの人のことが悔しい。

『私怨のため、と言ったところかな?』

そんなことなかった!
そんなことって違う!
だって師匠はあの時確かに言った。





『間違えた後、どうするか。どう考えるか。後ろばかりを振り返っていたら、前を向いて歩いていくことは出来やしないさ――――そうだろ、エレノア?』





「師匠は前を向くために決着を付けに行くんだ。復讐に取り付かれてなんかいない!……取り消して師匠に謝れッ!」

誰よりも彼と、その奥さんのことを案じていたのは師匠だった。今なら分かる。あの人は、例え私達がいなくてもフェイトさん達を救おうとした。それぐらいやってのけてしまう人だ。
それぐらい師匠の気持ちはこの人達に向いているのに―――…悔しい、哀しい。

「……領主に向かってどんな口聞いてるんだよ、この馬鹿弟子」

突然、頭の上にぬっと落ちてきた手のひらがわしわしと乱暴に髪をかき混ぜた。

「いたいいたいいひゃい!」
「本当はこれぐらいで済むもんじゃないんだからな、全く!」
「……ししょう」

相変わらず師匠はでかい。
ぬっとした体と派手な衣装がぴかぴかと太陽の光を浴びていて、船団の中ではちょっと……いやかなり浮いてる。
いや、そんなことはどうだっていい!何で抗議してる私を師匠がとーめーるーのーっ!





じたばたするを腕一本で押さえつけながら、ジョニーはフェイトに向かって苦笑を漏らした。

「……不器用な奴だろ?昔っからそうなんだわ。まっすぐで、偉い人苦手なくせに、すぐ頭に血が上る」
「はは、でもいい弟子じゃないか」
「………そうだな」

はーげーるー!
相変わらずじたばたするの声だけが、間抜けにも緊迫した空気の間をすり抜けていった。

「………すまなかった」
「お前は考えすぎなんだよ、フェイト」
「いいや。きっとお前が変われたのは……その子のおかげだったんだな」
「―――買いかぶりすぎだ」

笑い声が空へと吸い込まれてゆく。

この後、黒十字軍は海を封鎖している原因となったクラーケンを撃破。
一向はグレバム及び、手を組んでいることが判明しているティベリウス大王を討つためトウケイ領に乗り込むことになる。





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09.1.13執筆
09.1.15UP