バティスタはモリュウ城の最深部にいた。

「……そこはあんたの席じゃあない」

低い声を漏らしたジョニーの言葉が示すように、恐らく達の感性で言えば謁見室、と呼ばれるはずの場所で最も豪奢な椅子にバティスタは身を沈めていた。口元を歪めて笑みを浮かべながら。

「俺は今この国の領主なんだぜ?……前領主をここから引きずり落としてな」
「……フェイトは生きているんだろうな?」
「さぁな」

鋭い視線を送るジョニーを歯牙にもかけないといった様子で一瞥した後、バティスタはジョニーの後ろに立っている達を目を細めて見渡した。

「もう一度会えて、嬉しいぜ?」
「こっちも会えて光栄だな。輸送船襲撃の首謀者もとい即席領主」
「そりゃ感激だ」

皮肉に関してはやっぱりこのパーティの中で1、2を争えるんじゃないの?次点としてひっそり挙げられるルーティを除くメンバーの舌の回り具合を思い出しながら、リオンとバティスタの嫌味の応酬には違った意味で感心をしていた。
よくもまあ、こんな風にぽんぽんと言葉が飛び出すものだ。
ぴりぴりとした緊張感が肌に刺さるのを感じながら、今のところは比較的穏やかな(この状態を穏やかと言っていいのならば)状態を黙って見守ることにした。

「バティスタ!」
「……フィリアか」
「もう……もうこんな真似はやめてください!これ以上の貴方の行いを神はお許しにはなりませんわ!」

リオンの前に飛び出すようにフィリアが体をねじ込んだ。
大人しい彼女の強引なまでの姿は、これまでに何度か見ていた。そしてそれだけ、想いが強いと言うことも。
叫ぶように上げられるフィリアの悲痛な願いを、声を、この時だけは誰も止めなかった。あのリオンでさえも。もしかしたら、何か思うところがあったのかもしれない。

「誰かを傷つけたり、貶めたりすることは消して許されることではありませんわ。お願いです、バティスタ。これ以上貴方の手を汚すような真似はしないで……っ!」

あの頃に帰れなくてもいい。それでも、これ以上下手くそだった優しさを自ら握りつぶすような真似はしないで。
イレーヌの屋敷で喘ぐ様な吐息と共に吐き出された思い。それが痛いほど伝わってきたからこそ、には分かる。フィリアはバティスタにこれ以上の罪を重ねて欲しくないのだ。その手を血で汚して欲しくないのだ。

「……もう何人もの人間を殺めた俺が、今更そちら側へ帰れると本気で思っているのか、フィリア?」
「帰れますっ!神は悔い改める者を咎めることは決してありませんわ!」
「…………だからお前は甘ちゃんなんだって言うんだよッ!」

バティスタが鉤爪を抜いた。それが境界線。

あの頃へは、もう帰れない。





「ウィンドスラッシュ!」

鋭く研ぎ澄まされた風が、バティスタの肌を裂くように突き進む。

「効かんわッ!!」
「嘘!?」

バティスタの声と共に風は四散する。思わず驚きに声を上げたが、つまりは下級晶術程度ではもはや相手にすらならないと言うことなのだろう。
6対1と状況はどう考えても達にとって優勢なはずなのに、バティスタはまるで引けを取らない動きをする。一体どういうことなんだろう。前回とはまるで動きが違う。

「ティアラはどうしたっていうのよ!?」
「もう何度となく押しているッ!……ティアラを外すことはできなかったようだが、遠隔操作は受け付けないよう細工を施したな」
「ああもうっ肝心な所で役に立たないのね!」
「文句はティアラを作った奴に言ってくれ!」
「ええ、そうするわ!」

そう叫ぶように声を上げたルーティが、続けざまにヒールを唱える。
前線で戦うスタンに刻まれた切り傷が癒えてゆくのを目で追って、はどうしても違和感を拭えなかった。

「………おかしい」

だから、低く漏らしたリオンの声に反応するのも人一倍早かった。

「バティスタの動きと、持久力?」
「ああ。どれほど鍛えられた人間だろうと、これだけの手誰相手にこの動きはおかしいを通り越して、もはや異常だ」

ましてやこちらは一度バティスタを打ち負かしたことがあるのだ。
相手の技量は把握しているはずだったのに、この状態。これは何かあると勘ぐるのが当然の流れだろう。

「良く分かったな」

リオンとの会話に耳を澄ましていたのだろう。バティスタは鉤爪でスタンの一撃をいなしながら、薄い唇を持ち上げた。

「ただ逃げるのも癪だったからな。良い物をくすねさせてもらった」

そう言って、バティスタは器用にも『それ』をリオンに投げつけた。反射のように投げつけられたものを手にしたリオンは、瞬時に顔をしかめる。
慌ててリオンが手にしたものをも覗き込んで、ようやくバティスタの強さの秘密に辿り着いた。

リオンが受け取ったものはすでに空になっていた小瓶だった。そしてその小瓶には自身、見覚えがある。

「試作段階の身体能力強化剤……」

『それ』の研究には初期段階でごく僅かながらも関わっていたのだから、見間違えるはずがない。
オベロン社がオベロナミンの販売を行っているのはすでに周知の事実だが、最近ではそれに次ぐ新たな商品を売り出そうという動きが活発になっていた。そのほんの一例が目の前にあるだけだ。試作段階の身体能力強化剤。おそらくイレーヌの屋敷で保管されていた薬品の一部なのだろう。ただし、この薬は……

「バティスタ!あんたこれをまさか全部一人で……っ」
「それがどうした!」
「これは……この薬はまだ開発中のものだったはずだよ!確かに効果は得られるけれど、使用後はその副作用で……っ」
「うるせえ!その前に貴様らを始末できりゃあいいんだよっ!!」

思わず声を震わせたに、鋭い鉤爪が向かってくる。
狼狽したは咄嗟の対応が出遅れた。眼前に迫り来る鋼鉄の爪が、まさにに襲い掛からんとするタイミングでガキンと鋭い音が響き渡った。

!お前が動揺してどうする!」

咄嗟に割って入ってきたのはリオンだった。シャルティエでバティスタの鉤爪を真正面から受け止めて、彼は叱咤の声を上げる。
その声にようやくは我に返って、慌てて晶術を唱えなおした。体格的にバティスタに劣るリオンが、身体能力を強化させたバティスタ相手にいつまでも競り合うことは出来ない。

「トラクタービーム!」

援護は思わぬところから出た。

「大丈夫ですか!?リオンさん、さん!」
「ありがとうフィリア!」

クレメンテを抱くようにして持ったフィリアが声を上げる。
後方支援に徹していた彼女は先ほどから補助系の晶術の使用に徹していた。フィリアの心情を考えれば、それは仕方のないことだろう。
もう引き戻せない。それが痛いくらいに分かっていたからこそ、フィリアの行動にリオンすらも口を挟まなかった。

そんなフィリアがバティスタを攻撃する意図を持って晶術を使った。
フィリアはフィリアなりにこの戦いの中で覚悟を決めたのかもしれない。

「皆さんを傷つけることは、許しませんわ……」
「ほう、あの甘ちゃんがどこまで出来るんだか」

背筋を伸ばして、凛とした眼差しでフィリアはバティスタを見つめて立つ。そんな彼女を少しだけ意外そうに目を丸くして見て、バティスタは挑発的に声を上げた。

「おいおい、俺のこと忘れてもらっちゃ困るんだぜ?」

バティスタの背後で、飄々とした男の声が響いた。
リュートを持った金の髪の男。親友を取り戻すべく、敵対関係にある他国の人間と手を結ぶほどに形振り構わない手段に出た男がバティスタの見せた隙を逃す訳がない。

生々しい肉を裂く音が響き渡る。
それが、この戦いの幕を閉じる最後の音だった。





「ジノのおっさん達の無念、この程度で終わらせられると思うなよ」

が今まで見たこともないような冷たく、鋭い眼差しでジョニーは倒れたバティスタを見下ろしていた。
モリュウ城は突然現れた男の襲撃によって、一晩の内に乗っ取られてしまったという。予告もなく、突如として起こった襲撃によって命を落とした人はきっと数え切れないほどいた。
ジョニーの口から改めて突きつけられた事実に、今更ながらに腹の底が冷たくなるような感覚がを襲う。

―――もし、ノイシュタットでバティスタを逃がさなければ、“ジノ”さんは死ななかった?

見ないようにしていたのかもしれない。耳を塞いで、目を塞いで。それで一体何になるというのだろう。
バティスタを逃がしたのは私達。その事実は変わらないというのに。

彼が領主になるために落とされた数も分からぬ命は、少なからずジョニーが憎しみを覚えるほどに親しみを感じていた人間も入っていて。彼によって奪われた命がある。とてもとても今更な出来事が、ジョニーの口から語られることによって実感するなんて、なんて身勝手。
知っている人が関わらないと、そんな当たり前のことすら気付けない私は何だ。馬鹿だ。どれだけ傲慢なんだ。

見知らぬ命が刈り取られたことを今更ながらに思い知らされて、膝が崩れそうになった。
師匠は一体どんな気持ちだったんだろう。そして、バティスタを逃がした犯人が私達だと知ったら一体どう思うのだろう。一度は捕らえていて、そのまま拘束してさえいればこんなことは起きるはずもなく、親友であるフェイトさんも領主の座を奪われることもなかった。軽蔑されてしまうかもしれない。今更ノコノコ現れて弟子だなんて言う資格なんてなかった。

ジョニーの前にフィリアが立ちふさがって何かを言っていた。けれど、思い知らされた事実ばかりがの頭の中を占めて、目の前のやり取りをまともに聞き取ることすら出来ない。

ごめんなさい。ごめんなさい。謝ってすむことじゃないけれど、私、師匠にとんでもないことをしてしまった。

「―――バティスタを逃がしたのは僕の判断だ。考えるな」

だけに聞こえるような小さな声だった。立ち尽くしたの隣をすれ違い様にリオンが囁く。まるでの考えを見透かしたように彼は一言言うだけ言って、背中を見せた。
思わずはっとして顔を上げる。けれどすでにリオンはの場所から離れた場所へ行ってしまっていた。

責任はにはない、と言いたかったのだろうか。
選択一つ間違えただけで人の命を落としてしまった罪の意識に顔を歪ませたを気遣っての言葉だったのだろうか。

……だとしたら、なんて不器用な。

思わず瞳にじわりと涙が滲む。慌てて俯いて、涙が零れないように堪えた。
ノイシュタットで泣いてから自分はどうも涙もろくなってしまったような気がする。

ねぇ、私に責任がないと言うのなら、バティスタを逃がした事実を持つリオンはどれだけ罪の意識に囚われるのだろうか。それもたった一人で背負って。





「フィリア、甘ちゃんだな。世の中優しさだけでは生きていけねぇんだぜ……」

バティスタを切り捨てようとしたジョニーの前に体をねじ込んで、フィリアは彼を救うと言った。非難を色濃く移したジョニーが、鋭い眼差しでフィリアを射る。以前のフィリアだったらそんなジョニーの鋭い眼光に怯んでろくな言葉すら漏らすことなど出来なかっただろう。けれど彼女はこの旅で何かを知り、学んだ。そして成長していた。

嘲る様な口調で告げられたバティスタの言葉を真正面から受け止めて、フィリアは高らかに言った。

「優しさをなくしてしまったら私は私でなくなってしまうわ」

それはいつかスタンがフィリアに向かって告げた言葉。
その言葉をフィリアがどう受け止めて、どう感じていたのか。少なくともフィリアはあの時よりも、悩み、傷つきながらも前に進んでいた。

「私は私のままよ。あなたの指図なんかもう受けないわ」

凛とした口調で告げられた言葉。それにバティスタは呆気に取られたように呼吸を止めて―――……そうして高らかに笑い声を上げた。

「………強くなったなぁ、フィリア」

細められたバティスタの瞳は酷く柔らかで、ああ、これが本来の、ぶっきらぼうの仮面の中に隠れていた不器用な優しさなんだろうな、そう感じざるを得なかった。それほどまでにバティスタの表情が今まで見た中で一番、柔らかいものになっていたから。

もしかしたらバティスタは、何だかんだ言いながらフィリアのことが好きだったのかもしれない。そうだとしたらこの結末は酷く哀しいすれ違いだったけれど。
ううん、違った。終わりなんかじゃない。フィリアはバティスタのこれからを見据えて、前を見て言葉を続けている。これは終わりなんかじゃなくて、きっと始まり。

「自分に正直になっただけよ。さぁ、グレバムはどこなの!」
「―――ここじゃねぇさ」

ノイシュタットであれほどの尋問を受けてなお欠片たりとも情報を漏らさなかったバティスタが、情報を渡した。
それは具体的なものではなかったけれども、間違いなく彼は彼の中で折れ所を見出したということなのだろう。それ以上の言葉を続けることはなかったけれど、バティスタの表情は以前よりずっと穏やかに見えた。

「おい、そこのトサカ頭!こいつを受け取りな」
「……これは」

バティスタから何かを受け取ったスタンが慌てたようにジョニーにそれを見せる。ジョニーは受け取った品を目にやると、驚いたように手のひらを握り締めてバティスタを見つめなおした。

「なんのつもりだ?」
「かなり衰弱してるからな。急いだ方がいいぜ……」

それで全てを察したらしい。
ジョニーは慌てたように部屋の奥へと走り去った。それにスタンが続く。

「自分に正直、か……」

倒れたままのバティスタの体がじわじわと真っ赤に染まってゆく。このままいけば出血多量で生死が危ない。あんまりにも穏やかな調子で話すものだから、気付くのが遅れてしまった。自分のことで頭をいっぱいにしている場合ではなかったのだ。
バティスタがぽつりとそう漏らすのを耳にしながら、は自身の肩掛けに使っていた布を引き裂いた。場違いな布を裂く音が場に響くけれども、そんなことを気にかけている余裕はない。手早く裂いた布をさらに細かく裂いてゆく。

「……あんた」

ルーティがが何をしようとしているのか察して、思わず声を上げた。

「応急処置だからね。ちょっと痛むけど我慢してよ」

ジョニーに切りつけられた患部を止血するために、はバティスタの傷口を裂いた布でぐるぐる巻きにした。裂いた布は即席包帯代わりという訳だ。

「……ありがとう、ございます……っ」

そんなの腕に白い手が伸びる。顔を上げると、今にも泣き出しそうに顔を歪めたフィリアが包帯代わりの布を引っ張って固定を手伝ってくれた。

「ああもうっ!」

そんなとフィリアの姿にじれったそうにルーティは声を上げて、ぐしゃぐしゃとフィリアの頭を撫でた後叫ぶようにしてアトワイトを掲げる。

「そんな顔しないの!何もしない私が悪者みたいじゃないの!……言っとくけど、私はこいつのことなんてどうでもいいんだからね」

フィリアのためよ、裏切ったら許さないんだからっ!そう声を上げながらも、バティスタにヒールを唱え始めたルーティはやっぱり優しいんだと思った。この不器用な優しさは誰かさんにとても似ている。

「あんたら………」

驚いたように目を丸くしたバティスタの瞳に三人の姿が映りこむ。徐々にバティスタから流れ出る血の量が減り始めた瞬間のことだった。

「がはっ!!!」

バティスタは大量の血を吐いた。
恐れていた未完成の薬品の副作用が、ここへ来て姿を現したことは疑いようもない事実だった。

「バティスタ!!」

信じられない、そう言った様子で目の前に吐き出された大量の血痕にフィリアが体を震わせる。思わず固くなったフィリアの動きを尻目に、今ここで動かなければ本当にバティスタは死んでしまうことをは感じ取った。ルーティは懸命にヒールを続けている。ならば自分に出来ること何だ。

記憶の隅に追いやった薬の成分を思い返せ。何がバティスタに付加を与えているのか。どんなものを与えればそれが緩和できるのか。専門外?――そんなのどうだっていい!私は生物学を中心としてレンズの研究をしているんだろ!?じゃあ医者の真似事だって、少なくともこの中にいる誰よりも的確に出来るはずだ!
――――思い出せ、思い出せ、思い出せ!

だけど、世の中そんなに上手く回っていないものだ。
小説の中の出来事のようにドラマチックに解決方法が見つかって、患者が持ちこたえる。そんなありきたりだけど感動的なシナリオは現実の中には存在しない。

思い出すことが出来なかった。
僅かな時間の中で、劇的な解決方法が見つかるほど簡単なものでなかった。……当然だ。ちょっと考えたくらいですぐに分かるようなものだったらとっくの昔にこの薬は製品化されている。

「バティスタ!バティスタぁ!!」

目尻に涙を浮かべたフィリアが叫んでいる。ああ、そんな声がどこか遠い。

「しっかりするのよ!ここであんたが死んだら、フィリアのしてきたことが無駄になっちゃうでしょ!!」

取り乱すフィリアの背中を支えながらルーティが叫ぶ。徐々に焦点が定まらなくなってゆくバティスタの意識を少しでも繋ぎ留めるために。
そんな光景の中では―――……はらはらと涙を零していた。泣きたいわけじゃない。でもどうしてだか涙が止らない。どうして、どうして。

「……ばぁ―――か」

すっかり弱々しくなった姿で、でもその瞳には知る人にとっては見間違えるはずもない不器用な優しさに包まれた眼差しで、バティスタは声を上げた。

「だからお前は甘ちゃんだって言うんだよ」

そうして最期に、視線をフィリアの向こう側で見下ろしていたリオンに一瞬だけ向けると、バティスタは………。





「……っく…………ひっく……」

か細い泣き声が聞こえてくる。
フィリアはその白い肌にいくつもいくつも涙の粒を零しながら、押し殺すように泣いていた。先ほどの気丈な姿がまるで嘘のようにか細く肩は震え、手首は握り締められてすでに青白い。噛み締められた唇から時折漏れる呻き声にも近い泣き声は、彼女はどれほど悲しみの淵に立たされているのかを否が応でも思い知らせた。

―――バティスタは、自らその生に幕を下ろした。
頭に取り付けられたティアラを強引に外そうとして、致死量の電流を流された。それが全ての結末だった。遠隔操作で流し込まれる電流の回路は断ち切ってあったようだが、強引にティアラを外そうとした時に流される電流の回路はそのままだったようだ。

『………バティスタは分かっていたのかもしれません』

この時ばかりは無機質なシャルティエの声がやけに耳につく。

『……そうかもしれないわね』

その言葉への肯定は、ルーティの腰から聞こえてきた。人間だった頃は医療班に努めていたというアトワイトが言うのならば、なんとなくその言葉の意味が察せられる。
だけれども、そんなことで納得できるほど私はまだ人間が出来ていない。

「………いつまで泣いているつもりだ」

その言葉はフィリアに向けられたものではない。涙腺が壊れてしまったように止め処なく涙を零すに向けられたリオンからの言葉。

「痛いのはお前じゃないだろう」

言葉少なく告げられて言葉は随分そっけない。
これではまるでが痛みを感じてはいけないようではないか。あんたねぇ、とルーティが鋭い眼差しをリオンに送ろうとした所でが声を上げた。

「いい………分かってる……」

リオンの本当に言いたいことくらい、もう察せた。
その程度には付き合いは長くて、そして彼の不器用で不恰好な優しさを感じ取れるようになっている。

「行こう」

きっとフィリアはバティスタの死を受け入れる。
それはとても辛く、哀しい事だけれども―――……彼女はそれを受け止めることが出来るくらいに強くなった。

だから今、私達が彼女にしてあげることは、整理する時間を与えてあげること。
人は痛みをすぐさま乗り越えることなんて出来やしないのだ。

遠ざかる足音と、途絶えた呼吸。堪えきれない嗚咽の中で彼女は箱庭で過ごした日々を思い返しているのだろうか。

嗚呼、人は現実の前でなんて無力なんだろう。





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07.6.15執筆
07.6.15UP