ひらひらと。
舞い落ちる薄桃色の花びらが導いてくれているかのようだった。
「―――……答えが――…見つからない………」
迷子の時は、いつも助けられているね。
降ってくる花びらの雨に柔らかく微笑んで、歌を紡ぐ。
「もどかしさで……いつからか空回り……―――していた」
街を歩いていた時、どこかの家から流れてきた歌。多分、ラジオか何かで流していたんだと思う。染み渡るような歌声と哀しい歌詞がとても印象的で、胸に残ったのを覚えている。分かたれた二人の姿と、残された者の罪。その行く末が気になって耳を澄ましたけれど、その家の人は途中で聞くのを飽きてしまったのか止めてしまった。
いつか最後まで聞きたいなと思っているのだけれども、曲名が分からないからそのままになっていた歌。不意にその歌が頭の中に浮かんできて、ぽつりぽつりと呟くようには口ずさんだ。
「――違う誰かの所へ…………行く君を……」
空の青さを横切るように、絹糸のような黒い髪が散らばった光景が瞳に映る。
優しくて、女の人らしくて、おしとやか。とっても綺麗で、何でも出来て、の憧れを全て詰め込んだような、そんな大好きなお姉さん。
「………責められる……はず…も……ない」
不意に泣いてしまいたくなった。歌うことを止めさえすれば、こんな想いは味合わなくてすむのにね。
「なんとなく―――………気付いてた……」
どうしようもなく、胸が痛い。
苦しいよ。切ないよ。ねぇ、どうしてこんなにも泣きたくなってしまうの?
「―――君の………」
「…………こんなところで何をやってるんだ」
花びらの雨が、止んだ。
「………りお…ん……」
「なぜ、こんな所で寝ているか聞いているんだ」
ぼんやりとした視界の中で、その人だけはたくさんの色を持って現れた。その事実だけが、の中にストンと落ちてくる。思い知らされる。
「………こけちゃった」
「……は?」
「走ってたら、そこのでっぱりに引っかかってこけちゃったの」
そう言っては器用に転がったまま、少し手前の地面を指差した。
なるほど、確かに地面に小さなでっぱりがある。恐らく、桜の木の根っこが広がって広場に敷き詰められたタイルを押し上げてしまったのだろう。
「それで起きれなくなった」
「ふざける……」
な、と言いかけて、リオンは口をつぐんだ。見ればはいつものブーツを履いていない。薄い寝巻きからすらりと伸びた足が剥き出しのまま投げ出されて、その片足はくるぶしの辺りが真っ赤に腫れ上がっていた。
その姿のままここまでやってきたのか。その言葉を飲み込んで、リオンは腫れ上がった足の傍まで無遠慮に近づいた。
「………お前、馬鹿だとは思っていたが馬鹿だな」
「うん、そうだと思う」
「普通、痛みでのたうち回っているところだぞ」
「だろうねー」
「人事だな」
「うん、なんか人事だった」
「……だった?」
「今、猛烈に痛くなってきたから」
よく見れば腫れ上がっているだけではない。先ほどリオンが見た血も、やはりのものだったようだ。足の裏の皮がズル剥けていて、ぽたぽたと地面に小さな泥濘を作っている。
「やっぱり馬鹿だな」
「だから馬鹿って言ってるじゃん」
そうしてはいつものようにへにゃりと締まりなく笑った。
ああ、とても不思議だ。
さっきまであんなに最低な気分だったのに、もうそんな気持ち、吹き飛んでしまってる。それは多分。
「足を貸せ」
―――……君が、いるから。
「……わ…わ!」
「……処置をせずに歩くのは無理だな」
リオンが触れている所が、無性に熱い。
急に心臓の鼓動が早くなって、このまま触れ続けていたらきっと鼓動のリズムが狂って壊れてしまいそう。そう思ってしまうくらいに心臓がバクバクと音を立てていて、足は熱くて、胸の中がいっぱいになって。無性に堪らなくなってくる。声に出して、胸の中に湧き上がってくるこの狂おしい気持ちを開放してしまいたくなる。力一杯訳の分からない叫び声でも出したら、少しは楽になれるだろうか?
「…………肩だけなら貸してやらんこともない」
……今、リオンは何って言った?
思わず目を丸くしてはリオンを穴が開くほど見つめ返した。そんなの視線に居心地の悪さを感じたらしいリオンは、途端しかめ面になって文句があるなら放って行くが、とつれないことを言い始める。
「貸りる!貸して!こんなことなんて滅多にないんだもんっ!」
でも、どうして?だってリオンとあんなに酷い喧嘩をした後なのに。それに、任務から外すって……。
あまりにも当然な疑問を、返事を返してから今更のように浮かべたに、意外なところから答えは返された。
『……くすくす。あれだけちゃんのファンがいたらねぇ』
「……シャルちゃん?どういうこと……?」
『あははは!……いや、だってね坊ちゃんに………』
「シャル」
『説明してあげないとちゃん訳が分かりませんよ、坊ちゃん』
そう言って、やっぱりくすくすと笑い声を上げながらシャルティエは語った。
『スタンとフィリアが言ったんですよ。……ちゃんと一緒じゃないと駄目だって』
「……え?」
意外な名前の出現に、ますます目が丸くなる。そんなの様子にやっぱり楽しそうな声を上げながらシャルティエは言葉を続けた。
『戦闘中、前線で戦うのはスタンと坊ちゃん。後方で晶術を使うのはフィリア。回復はルーティ。……じゃあそんな皆の支援を行えるのは?……もし誰か一人でも戦闘が出来なくなったら、誰がその穴を埋める?全てをオールマイティにこなすことの出来る人材がこのパーティには他に誰がいる?』
シャルティエは言う。
『……スタンとフィリアは言ったよ。笑ってるが好きだって。何にでも一生懸命で、時に話を聞いてくれて、しょうもないことで笑わせてくれて』
『―――……そんなが必要なんだよって』
居なくなったら寂しいって。それはとても悲しくて辛いことなんだって。
「――――……ッ……!」
『ちゃんを置いていかないで欲しいって坊ちゃんにお願いしてきたんだ』
胸が、張り裂けてしまいそう。
「顔を合わせるたびに、何度も何度もしつこいくらいに言い続けてきたからな。ちっとも静かにならんから…………承諾しただけだ」
離れることを望むのならば、付いて来なくてもいい。言い慣れないような言葉を言ったからだろう。リオンの言葉はいつものものより若干小さなものになっていたけれど、そんなことはもはやどうでもいいことだった。
………ああ。
『――ってちゃん!!?』
驚くシャルティエの声がどこか遠い。
胸の中から突き上げてくるこのどうしようもない想いが、一気に膨らんで、弾けて。
「………いたい……いっしょに……いたい…っ………!」
―――……泣かないよ。私、泣かない。
そう空に約束した遠い日の出来事。過ぎった、あの日の誓い。
ごめんなさい、おかあさん。頑張ってみたけれどは守れそうにありません。やっぱり私は私で―――泣き虫だったみたいです。
「なれたのかな……ひつよう、なの………かな……?」
ぽたり、と透明な雫が頬を伝って流れ落ちた。
「………あの子みたいに………だれかの……ためにっ……わたしも、なれる………?」
きっとリオンには訳の分からないことだろうけれど。
それでも遠いあの日、世界から排除されたような孤独感を覚えた少女に必要だった存在のように、今度は少女が誰かのためにあることが出来るのならば。
「――――……それはお前次第だ」
そう言って、いつもよりリオンは少しだけ柔らかい響きを持っての手のひらを掴んだ。
「精々努力すればいいさ――――……」
なんて、しあわせなことなんだろう。
込み上げてくる衝動を、もはや抑えることなんて出来なかった。
肩を貸してくれたリオンにしがみ付いて、声を上げて。しゃっくりをあげて、ぼろぼろと流れ落ちる涙は止らなくて。どうしようもないくらいみっともない姿だったけれど、この時だけは気にならなかった。
必要とされたこと、誰かの支えに少しでもなれたこと。
リオンが、もう一度が共に居ることを認めてくれたこと。
それがどういう経緯で成されたものなのかはちっとも分からないし、空白の三日間は埋めることは出来ない。でも、そんなこともうどうだっていい。
ただその事実だけが広がって、胸の中の隙間を埋めるように膨らんで、の中をいっぱいに満たしてゆく。どうしようもない気持ちは驚くべきスピードで染み渡って、の体をあっという間に支配してしまう。まるで自分が自分でなくなってしまったような気分だった。
『 』
リオンの胸に寄りかかって、泣くことが彼の望むことではない事は分かってる。彼が何を渇望し、何を選んでいるのかも知っているつもりだ。
でも、この一瞬だけでいい。子供のようにみっともなくていい。情けなくったっていい。選ばれなくっても我慢できる。
どうか―――この幸せを噛み締めさせて。
―――私は、リオンのことがもうどうにもならないくらい………好き――………
しらんぷりをして、蓋をして。
ひっかかっていたけれど、ずっと誤魔化し続けた想い。………もう、誤魔化すことなんて―――出来ない。
その日少女は再び差し出された手のひらに恋をした。
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07.4.18執筆
07.4.25UP
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