「……恐怖と共に消えよ」

足元から広がる、微かな浮遊感。湧き上がる並々ならぬ力に、術の完成が近づいていることをは肌で感じていた。

「鳴け!極限の嵐ッ!!」

そして、声高らかに宣言された力は。
――…レポートに記されていた上級晶術、フィアフルストームという、嵐を呼ぶ風の晶術。


「呆けてたと思ってたのに……随分絶好調じゃないっ………ヒール!」

後方で支援に回っているルーティが、アトワイトを掲げる。
それと同時に、前線で剣を振るっていたスタンの体が淡く輝いて、負った筈の傷をみるみるうちに治癒していった。

『まさかレポート一つで、上級晶術までの解析を進めるだなんて思わなかったわ』
「ありがと、アトワイト」

にこりとアトワイトに向かって微笑んだは、再び晶力をレンズから集め始める。

「………とりあえず、色々頭の中ぐちゃぐちゃでさ。憂さ晴らしには丁度良いって言うか!」

淡い光が再びを包み込む。これこそが――…晶力が凝縮され、術として使用できるよう力が変換された証。

「フィリア、いくよっ!」

フィリアの力強い返事が返される。
そうして二人分の紡がれた言霊の力は。

「トラクタービーム!」
「バーンストライク!」

重力を無視して、何かに引き寄せられるように敵が浮き上がる。
その瞬間、巨大な熱量を持った炎の玉が大地に降り注いだ。

二人同時に晶術を唱えたことによって成立した、晶術の相乗効果だった。





「……当たりみたいだな」

幾度の戦闘の果てにたどり着いたのは、さほど大きくない一室。けれどもそこは、他の船とは大きく違う要因があった。

「バティスタ!」

フィリアの悲鳴にも似た声が上がる。
彼女の声が意味することは……直後、驚いたように口を開いた『彼』の言葉によって、判明することとなる。

「フィリアかっ!」

部屋には一人の男が立っていた。

輸送船を狙って襲撃したはずなのに、逆にその輸送船からの襲撃に持ちこたえることが出来ず、数隻の船を制圧されてしまった。そうだと言うのに、男は何故か余裕そうな表情で一行に立ちはだかる。これだけの手誰を相手に、本気で抵抗できる気なのだろうか。

「おい、こいつは何者だ?」

フィリアとバティスタ、と呼ばれた男はどうやら知り合いらしい。驚いたようなお互いの声音に、すかさずリオンが口を挟んだ。

「私と……同僚だった司祭です」

そんなリオンの言葉にフィリアは少しの間、考え込むように俯いて……それから、ゆっくりと顔を上げて確かにそう返事を返した。

「お前が追ってくるとはな……。大人しく石像になっていれば良かったものを!」

バディスタの大柄な体とは対照的に小柄なフィリア。
けれども、小さな体でバディスタを見上げたフィリアの瞳には確かな光が宿っていた。

(……同僚、か)

上司に、同僚。狭い世界の中で、フィリアと接してきた人たちばかりが彼女の前に立ちふさがる。それは一体どんな気持ちなのだろうか。……あくまで想像だけれども、きっと身を切り刻まれるような痛みに違いない。
今のフィリアの立場を例えるならば、はリオンやイレーヌを相手に対立を始めるようなものだ。あのフィリアが呼び捨てで話しかけることが出来るほどの仲だった相手と、戦いを始めると言うこと。それが苦痛なわけなんてない。

それでもフィリアは前を見て、声を上げる。

「バティスタ、答えて!グレバムはどこなの!?」
「さぁな、おまえが勝ったら教えてやるよ」

真剣なフィリアの様子を嘲笑うかのように、バティスタはにやにやと言葉を告げる。

「残ってるのはこの船だけだ。降伏するのなら今のうちだぞ」
「身の程知らずのガキどもが!貴様らなど、所詮は飛んで火に入る夏の虫よ!」

リオンの冷静な声と対照的に、声高らかに告げられたバディスタの言葉に、は戦闘体制を整える。そして、気がかりなフィリアにも。

「……無理はしないでいいと思う。私がフィリアだったら、多分耐えられない」
「……いいえ、私は戦います。そのために……クレメンテを持つことを選んだのですから……」
「……そっか」

今更なことかもしれないけれど、どうしてクレメンテが一行の中でフィリアを選んだのか。……その理由が分かったような気がした。

「いいマスターを選んだね、クレメンテ」
『ほっほっほ、もちろんじゃ』

バティスタが剣を握り締める。

「来るよ――…!」

その言葉が、戦闘への合図だった。





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07.3.31執筆
07.4.15UP