また会ったら何を話そうとか。
どうやったら喜んでくれるかとか。
練習した歌も披露したいし、皆、どれだけ字が書けるようになったのかも聞いてみたい。
考えれば考えるほどにきりがなくて。数え切れないほどの想像を繰り返しては一人で笑っていた。……でもそんなことは、再会の前ではどうだっていいことだったのかもしれないね。
「ロイ、シャーロット……みんなっ!」
薄桃色の花が咲き乱れる小さな広場で。
「久しぶりっ!」
零れるような笑顔がたくさん咲いたのは、誰もがこの再会を喜んでいたからこそだった。
久方ぶりに会った子供達の姿は随分と……その、外見が変わっていた。中には激変と言っても過言でない子もちらほらと見える。
それは何故か。その答えは只一つ。
「……成長期、恐るべし」
そう漏らさずにはいられないほどの変化だった。
「何言ってんだ?」
そうやってぼやくヤツこそ激変の対象の一人。
「……ロイ、身長伸びたね……」
「そうかぁ?」
「……うん、間違いないよ」
久しぶりに見たロイやその他数名、身長が頭ひとつ分くらい大きくなっている子供がちらほらといた。彼らはさほど栄養のつくものを口にしていないはずなのに、なぜこうもすくすく伸びたのか。女の子はさほど変化が見られないのが、さらに身体的な変化を浮き彫りにしていた。
「まっ、まだまだ私より大分小さいのは変わらないけど!」
「な、何だよっ!」
「ふふーん!」
「ふん、でもその内すぐになんか追い越してやるっ!」
「……負けないよ」
「こっちこそ」
「私にはドーピングの力があるッ!」
「……何話してますの、二人とも……」
呆れたように声を出したのはシャーロットだった。
シャーロットはが旅立つ少し前に知り合った少女だ。ロイづてに知り合った彼女は、驚くべきごとにとある資産家の娘だった。
貧民層の人間がたむろする場所にシャーロットのような人間がやって来るだけでも驚きなのに、その上、あの警戒心の強いロイとも仲がよいと聞く。はじめはあまりに突飛な事実に目を丸くして彼女のことを見ていただったけれども、次第に少し意地っ張りな所もあるけれど可愛い所だってたくさんあるシャーロットのことに好感を持つようになった。
久方ぶりのシャーロットの声も、一年前より少しお姉さんらしくなってきたような気がする。
(やっぱり、一年って大きいよなぁ……)
姿も、その中身も。たった一年の間に、子供達はどんどん成長してゆく。
の知らない間に変わった姿を見せるようになった子供達を見ると、なんだか切ないような物悲しい気持ちを覚えると同時に、離れていたからこそ気が付ける変化が嬉しい。
「よっし、久しぶりだし、何でも好きなことやったげる!」
「……言ったな?」
そんなの言葉に、にやりと笑ったロイが返事を返す。
直後、響いた歓声と共に、は子供達の下敷きになった。
「………本気で潰すか、普通……」
痛む腰をさすりつつよろよろと歩くのは、子供達に散々弄くりまわされてすっかりぼろぼろになっただった。
(お風呂入ったのが……限りなく無駄だった……)
それでも先ほどの惨状よりは幾分ましだろう。子供達にひっぱられてあっちこっちに飛び跳ねていた髪を、ミシェルとシャーロットが丁寧に梳いてくれたおかげで幾分見た目は先ほどよりもマシにはなっていた。多分、自身が梳かしていたらもっと酷い有様になっていただろう。不器用なの手先のことを熟知していた二人のフォローだけは感謝しなければならない点だった。
そろそろイレーヌさんの方の準備も終わる頃だから戻るね。研修期間の終了まであと僅かではあるけれど、終了ではない。しかも、現段階で神の眼奪還の任務についているが両手放しにノイシュタットに居つけるわけもなく、そう言って事情を話した後、は一度子供達と別れを告げた。……とは言っても、多分数日は滞在するはずだから何度かは会える筈だけれども。
もちろんそんなの事情を子供達は知る由もなく、せっかくの再会に喜んだのも束の間、再び別れなければならないと言う事実に落胆を隠しきれない様子だった。けれど、ここでも真っ先にの気持ちを察して言葉をかけたのはロイだった。
「いつでも待ってる、かぁ……」
そう言って笑って見送ってくれた小さな姿は、瞼を閉じても何度だって思い起こすことが出来る。
「……負けられないな」
見た目もだけれども、それ以上にロイは中身も成長している。そんな彼を仲間と呼ぶ以上、だって胸を張って歩けるような存在でありたい。
だからがそう囁いたのは、当然の気持ちだったのかもしれない。
「よっし、頑張るぞー!」
そう声を上げた直後、振り返る通行人が数名。
注がれた視線に気まずくなったは、大慌てでよたよたと人目につかない通路に慌てて駆け込んだ。
………のが、まずかったらしい。
「……しまった。……ここは何処だろう……」
そして、迷った。
「やばいやばいやばいぞ……そろそろ戻らないと……何言われるか」
ここ暫くの団体行動のおかげで迷うこともなかったためか、すっかり油断していた。前後左右を落ち着きなくきょろきょろと眺めたは、見覚えのない道に冷や汗を流しながら呻いた。
「特にリオン。……一体何を言われるか」
方向音痴癖がばれてしまっている相手な以上、言い訳が効かない。おまけに自分の良く知るテリトリーで迷子になったことをばらさなければならないのかと思えば思うほど、気分は絶望的だった。
スタンやマリーさん相手ならまだ気持ち的に……いや、やっぱり嫌だ。フィリア、ルーティにばれるのはもちろん論外。いい年して一体どうしたものだと思われてしまうのは何となく嫌だった。自分のことすら管理出来ないだなんて思われたくない。
「……思い出せ。冷静に、正確に。……そうすればちゃんと帰れるはず……!」
右手を眉間に押し当てて、ほぐすように動かす。けれどどれほど考えても、どこから来たのかさっぱり覚えていなかったのが致命的だった。
「………なるようになる、うん」
結局いつも通りの結論に至って歩き出そうとしたの目の前を、薄桃色の花びらがふわふわと横切っていった。
「え?」
見覚えのある、優しい色合いの花びら。
それは空中でまるでダンスを踊っているかのようにくるくると回りながら、の目の前を優雅に通り過ぎてゆく。
「………さくら…?」
誘われるかのように、花びらが漂ってきた方角へ顔を向ける。
途端、まるでそれが合図だったかのように一陣の風がの隣をすり抜けていった。
「………わぁ……っ!」
風は何枚もの薄桃色の妖精を連れて、ダンスを始める。
くるくると、ひらひらと。舞うように、艶やかに、美しく。
視界一杯に広がる薄桃色の世界に感嘆を上げて、は誘われるまま風の向く方角へと走り出す。
銀色の髪が、太陽の光と舞い降りた桜の花びらに彩られて、きらきらと光り輝きながら散らばった。けれども、それすら気にも留めずは駆ける。
――…それは、ひどく不思議な感覚だった。
どこか懐かしいような、胸の中が芯からぽっと温まってゆくような。
根拠なんてどこにもないけれど、何かが私を呼んでいる。……唐突に感じた不思議な感覚に身を任せて、目的なんてあるはずもないのに、は『そこ』に向かって踊るように駆けていた。
(……行かなくちゃ)
何かが自分を待っている。……そんな、奇妙な感覚。
桜に導かれて、は光の差し込む場所へと一気に駆け抜けた。
「………ッ」
目を焼くような眩い白。
薄暗い路地を抜けると、途端光がの目を刺した。けれど、それでも閉じた瞳を恐る恐る開いた先に見えたものは。
「うわぁ……っ!」
それは、薄桃色に彩られた世界だった。
満開の桜が咲き乱れている。
それ自体は小さな固体だった。けれど、それら一つ一つに生きる輝きは備わっていて、まるで私を見て、と言わんばかりに立派に咲き誇っている。
風に吹かれて花びらを飛ばすその一瞬まで、ずっと。美しくて、艶やかな姿を精一杯に主張する。
桜の花は短命だという。……だからこそ、こんなにも美しく感じるのかもしれない。
街のざわめきがどこか遠い。全てが霞んで見えるくらいに、桜はの心を奪っていた。
小さな花びらが、また一枚の前を通り過ぎてゆく。くるくると。
その瞬間の出来事だった。再びが奇妙な感覚に囚われたのは。
桜が咲いている。
人が歩いている。
でも、ざわめきは遠い。
「………ぁ…」
『ここ…どこなの?』
一人の少女が泣きべそをかいている。
道が分からなくて。おかあさんを助けたいのに、結局迷子になってしまった自分が不甲斐なくて。
助けてくれる人なんて誰もいない。助けてほしいのに、誰も見てくれない。こわい。
けれど、どうしていいか分からない。
の中でフラッシュバックする記憶たちは、後から後から湧き出してきて留まることをまるで知らない。大切な、これ以上ない宝物のような記憶たちを抱きしめて、は桜を見つめ返す。
『通行のじゃまだ。通路をふさぐな。』
そんな時にね、あの子は現れて――…
「……馬鹿が、そんな所で何をやっている。通行人の邪魔だろうが」
ドクン、と。
心臓が立てた音に、は体中の筋肉を硬直させて立ち尽くした。
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07.3.31執筆
07.4.13UP
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