みんなに言ってくる、そう嬉しそうに話してミシェルは一行から離れていった。仕事で今回は少しの間しかいられないのと言ったの言葉にミシェルは表情を曇らせたけれど、それでもみんなおねえちゃんに会いたがってる。そう言ったミシェルの言葉には、やっぱり一年前と変わらない偽りのない響きがあったから。
はミシェルと再び会うことを指切りして、一度目的地に向かうことになった。

「イレーヌを訪ねるんだ。彼女はフィッツガルド方面の責任者だからな。レンブラントの屋敷に行けば会えるはずだ」

リオンは噛み締めるように、一言一句はっきりと告げる。

「今度こそ、な」
「………はーい」

ミシェルが去ったと同時に頂いたげんこつのせいで頭を押さえることになったが、恨めしげに返事を返す。ちなみにマリーの頭には確かにティアラが乗っている筈なのに、彼女はお咎めなしだった。





オベロン社、フィッツガルド支店のレンズショップに彼女の後姿はあった。
紫色の長い髪がさらりと揺れる。後姿でも良く分かる大人の女性の丸みを帯びたなだらかなラインに、清潔そうな服。優しい香り。
そこに足を踏み入れた瞬間、唐突に懐かしさがこみ上げてきたは堪らなくなって声を上げた。

「イレーヌさん!」
「……え……ちゃん!?」

その声に振り返ったイレーヌは、目の前にたった人物に驚いたように声を上げる。

驚いたように見開かれた瞳の色も、その声音も。一年前に分かれた時から変わっていない。傍から見れば些細なことかもしれない。けれどそんな些細なことでさえも、の胸を一杯にさせるには十分すぎた。

「お久しぶりですっ!」

勢いよくイレーヌの傍まで駆け寄ったは、彼女の手を握り締めて興奮したかのように話し始める。喜色満面なの様子に、イレーヌも表情を笑顔に変えて嬉しそうに返事を返した。

「バルックの方に向かっていたことは報告を受けて知っていたけれど……こっちに来てくれるなんて本当にびっくりしちゃったわ。……久しぶりね、ちゃん」

イレーヌの発する言葉を一言たりとも聞き逃すまいといった様子で、目を輝かせながら見つめるにくすりと微笑んで続ける。今度はのすぐ後ろに立っている一人の少年に向かって。

「リオン君も。こちらに来てくれたのは暫くぶりね。お久しぶり」
「………すまないが世間話をしている余裕はない。今回は話があってここに来たんだ」
「あらあら。久しぶりだって言うのにつれないわね。……いいわ、ここじゃなんだから奥にどうぞ。話はそこで聞きましょう」

ちょっとここをお願いね、そう微笑んでレンズショップを店員に任せたイレーヌは自ら前に立って一行を部屋へと進める。
勧められた部屋は、にとって馴染み深い部屋。イレーヌが応接室として客人を通す時によく使う部屋だった。ふわりと鼻腔をくすぐるのは良い香り。以前それを指摘した時、彼女は確かラベンダーの香りよと言って嬉しそうに笑っていたっけ。
港に到着した時はあまり実感が湧かなかったけれども、こうやって見知った場所へ訪れれば後から後から思い出は湧き出てきて、まるで留まることを知らない泉のよう。懐かしい思いで胸が一杯になって、は顔を綻ばせた。

「嬉しそうだな」
「うんっ!……とっても嬉しいです」
は暫くここで過ごしていたのだったな」
「はい」
「そう思えるほど大切な思い出があること、羨ましいぞ」

そう言って優しく微笑えんでくれたのはマリーだった。
楽しそうなの様子につられたのだろうか、彼女も楽しそうな様子での頭をそっと撫でる。

「良かったな」

撫でてくれるマリーの手はほんのりと暖かくて、はくすぐったそうに、でも嬉しそうに微笑み返すことで返事を返した。


「紹介が遅れたわね。フィッツガルド支部を統括しているイレーヌ=レンブラントです」

部屋に通されてようやく一息がつけるような状態になった後、イレーヌは会釈をして名乗りを上げた。カルバレイス支店のバルックはもっと気さくな印象が強い紹介だったけれども、この丁寧さがイレーヌらしかった。品があって、でも堅苦しすぎるわけではない。そんなイレーヌの雰囲気はやっぱり心地が良くて、は知らぬ間に笑みが零れていた。

「……ところで、そちらの方々は?」
「スタンにルーティ、それからフィリアとマリーだ」

何食わぬ様子でリオンが皆を紹介する。

「はじめまして。スタン=エルロンです」
「ルーティよ」
「フィリア=フィリスと申します」
「マリー。イレーヌ、よろしく」
「ええ、こちらこそよろしく」

皆がリオンの言葉に続くようにして自己紹介をしていた。
その事実がやはりちくりとの胸を刺す。リオンが彼らの名前を呼ぶ度に、はずっとこんな思いを味わい続けなければならないのだろうか。

何だか、先ほどまでの幸せな気分が音を立てて萎んでゆくような思いだった。

「それからこちらの推薦でうちまで飛ばされた馬鹿一人」
「………ねぇ、絶対今私に喧嘩売ってたよね、そうだよね……」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い」
「……あまりにも…酷すぎる……」

ガックリと項垂れたの頭に、またもやぽんと乗せられた手のひらがある。
マリーだった。何だか嬉しそうに手のひらを動かしているのは……気のせいではないのかもしれない。

「くすくす。随分仲がいいみたいね」
「……イレーヌさん、本当にそう見えるんですかぁ……?」
「ええ、何処からどう見ても」
「誰がこいつと」
「……ふふふっ」

なんだか、リオンの期限が急降下しているような気がする。
半眼でこちらを眺めているリオンが怖い。あんまりだ。とても理不尽だ。被害者はどう考えてもこちらのはずなのに、まるで貴様のせいだと言わんばかりの視線が痛かった。ちくしょー。

「ところでリオン君、話って何かしら?」

イレーヌが何食わぬ顔でリオンに話題を振った。
もしかしなくともすっかりリオンの威圧に負けっぱなしになっているへ、イレーヌなりの助け舟だったのかもしれない。

「ああ。まどろっこしいのは面倒だから単刀直入に言う。イレーヌ、輸送船が襲撃されているそうだな」

任務の話となると、リオンは切り替えが早い。
イレーヌの言葉に、リオンは一息を入れた後すぐに返事を返した。それにはも慣れたもので、任務の話に入ると自然表情が引き締まる。

「……ええ、そうよ。もう耳に入ってたのね。……確かにうちの輸送船が謎の武装集団に立て続けに襲われてて……正直、参ってるわ」

輸送船の話を語りだしたイレーヌの表情は暗かった。
どうやらバルックの話していたことは本当だったらしい。イレーヌは言いにくそうに、重い口を開いた。

「うちの社員も何人かすでに犠牲になってる。出来るだけ早くなんとかしたのだけど……相手は相当の手練みたいで……」

そうして、大きなため息をついた。

「今のところ、つまりは手詰まり。輸送船の運航は暫く見合わせてるわ」

そう言って困ったように両手を挙げたイレーヌの顔を見て、はようやく気が付いた。
先ほどまですっかり浮かれてしまい気が付いていなかったのだが、イレーヌの目の下にはよく見るとクマがある。上手く化粧で誤魔化してはいるものの、影がうっすらと浮かび上がっていた。

支店の責任者であるイレーヌは、きっとこの事件に相当頭を悩ませていたのだろう。にとってイレーヌは大切な人の一人であるのは間違いないことなのに、こんなことにすぐ気が付かなかったのが恥ずかしくなった。

(ごめん、イレーヌさん……)

心の中で、ひっそりと謝罪をする。
きっとその言葉を口にしたとしても、イレーヌは何の事かとしらばっくれてしまうだろう。短い期間だったかもしれないけれど、濃い付き合いをしてきただからこそ分かってしまう。だからこその静かな謝罪だった。

「その件なのだが……実は僕達に武装集団の捕獲を任せてほしいんだ」

そうしてリオンは、イレーヌから情報を聞きだした上で話を始めた。

とある任務を受けて、一行が行動をしていること。
遂行中犯人の行方が分からなくなったが、代わりに犯人に近しい人間が輸送船を襲撃しているという情報を掴んだこと。そのため、現在は輸送船襲撃の犯人を捕らえることを目的に置いていること。

神の眼の情報は他言してはならない、すでに王にも言われていたことではあったけれども、リオンはこの情報を上手く伏せてイレーヌに事情を語った。
その上で輸送船襲撃者を捕らえるための手引きを、イレーヌに協力して欲しいということも。

「僕たちが囮になって海賊どもを誘き出す。そこを一網打尽にする」
「……簡単に言うわね。相手はかなりの手利きよ。ここ一ヶ月で、何隻やられたと思ってるの?」
「敵の親玉だけを捕らえればいい。所在さえわかればいくらでも手の打ちようはある」
「でもリスクが大きすぎるわ」

しかし、あくまでイレーヌは冷静だった。
リオンの提示した襲撃者の捕獲という件には賛成をしたものの、それを遂行するための作戦には様々な危険が含まれているという点を無視できないといった様子だった。

「僕を信用できないのか」
「そうは言ってないでしょ」

そう言って不満そうに鼻を鳴らしたリオンに対して、宥めるかのようにイレーヌは言葉を続けた。
確かに少数人数で数隻ある船の頭を捕まえるという行為は無謀なことだろう。慎重になるイレーヌの言葉にも説得力があった。……だけれども。

「大丈夫だよ、イレーヌさん。なんたって私たちは少数精鋭だから」

がリオンの言葉を引き続けるかのように喋る。

「私はここにいる皆と旅をして知ったんだ。……皆、本当に強い」

押しには弱い、お人好し。でもまっすぐで、何にでも一生懸命なスタン。
気が強くて、口もちょっと悪いけど、本当は知ってる。ルーティは優しいお姉さんだってこと。
閉じた世界から飛び出して、弱い自分と必死に戦ってきたフィリアも。
おおらかで、何もかも包み込んでしまうような包容力のあるマリーさんのことも。
口下手で、優しさを見せることがルーティ以上にへたくそな、リオンだって。

お世辞を抜きにしても、皆強い人間だと思う。
腕とか、そんな問題じゃなくって。本当に。

「傍で見てきたから分かるの。……イレーヌさん、どうか私たちを信じて下さい」

そう言ったの瞳は、まっすぐ過ぎるくらいにまっすぐにイレーヌを見つめていて。

「……仕方ないわね。分かったわ。背に腹はかえられないもの」

ちゃんの頼みだもの。そんな風に言われたら断れないわ、そう言って降参と両手を挙げたイレーヌは困ったように微笑んだ。

「でも無茶はしないでよ。ヒューゴ様に怒られるのは私なんだから……いいわね?」

ちょっぴり冗談めかして。けれど、その言葉の節々から気遣う空気を感じられたから。

「ありがとう、イレーヌさん!」

だからやっぱりは、彼女のことが大好きだった。





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07.3.27執筆
07.4.11UP