結局、あれほど苦労をしてカルビオラまで来たというのに神の眼はまたも行方を眩ませた後だった。
けれども全てが無駄足だったというわけではない。

神の眼の行方は以前はっきりとした手がかりが残されていたわけではなかったが、カルビオラの神殿で得た新たな情報によって、グレバムに関与しているであろう人間がフィッツガルド周辺の海域でレンズ輸送船を襲っているということが判明した。
グレバムの野望を実現させるための襲撃事件ならば、それに関与している人間は少なくともグレバムに近い人間なのだろう。……少なくと、今回カルビオラに残されていた神官たちのような末端ではなく。

これ以外の情報というカードが手元にない以上、フィッツガルドに向かい、輸送船を襲う犯人を捕らえることが最も神の眼に近づく手段ととれるだろう。犯人にグレバムを吐かせる。確実性は低いが、現段階ではこれ以外の手段は一行には残されていなかった。





「……うう、暑かった……」

あれから宿に一泊して体を休めた後、再びチェリクへ。
相変わらずの熱気に晒されて体はすっかりだるくなってしまっていたけれど、ようやく温暖な気候の大陸に移ることが出来るという喜びは隠せられなかった。

「フィッツガルドは程よく暖かくてとっても過ごしやすいとこだから、気候に関しては期待できるよ」
「だな!」

そうやって朗らかに笑うスタンの言葉に少し違和感を感じて、は次の言葉を質問で返した。

「……あれ?スタンってフィッツガルドに行った事あるんだ?」
「ああ、には言ってなかったっけ。俺、リーネ出身なんだよ」
「……リーネ……?」
「フィッツガルドの北の方にある村だよ。小っちゃな所だけど、いい所なんだ」
「………ああ!」
「分かった?」

そうやってキラキラとした瞳でを見つめ返したスタンに返した返答は。

「私、知ってるどころか行った事あったよ!」

まさかの訪問宣言だった。


ルーティは度々スタンのことを田舎者って言ってからかっているけれど、リーネは確かに……というか、記憶が正しければ相当に田舎だったのは間違いなかった。

以前旅の最中に山中に遭難して三週間ほど下山できなかった時のこと、偶然リーネの人が山にやって来ていたのだ。それに付いて回ってホイホイと着いたのがリーネだった。

その時は今まで見たどんな場所よりもこじんまりとしたリーネに驚いたっけ。
けれども温かい人達の素朴ながらも優しさに満ち足りたその村はとても居心地が良かったことを覚えている。
だって暫く遭難していてすっかりぼろぼろだった旅人に嫌な顔一つせず、接してくれたのだから。その代わり、他の街ってどんな所?という質問攻めにあったのは……うん、いい思い出だ。

「でもおっかしいなー。狭い村だから旅人が来てるだけでも大ニュースになるはずなのに、俺知らなかったよ」
「ちょっとの間しかいなかったからかも」
「へぇ、そうなんだ」
「うん、でもすごくいい所だったよリーネは」

そう言ってへらりと笑ったの言葉に、スタンもまた笑みを見せて。二人で次の目的地である大陸の小さな村に思いを馳せて笑い合った。

「じっちゃんとリリス、元気にしてるかなぁ……」

やはり長年住んでいた場所だけあって思い出は多いのだろう。そう言って海の向こう側を見つめるスタンの横顔は、どこか寂しそうだったのは気のせいじゃないと思った。

(……ああ)

もう、には自分の帰りを待ってくれる血を分けた存在はいないけれど。

(皆、元気にしてるかなぁ……)

代わりに、ノイシュタットでの帰りを待ち望んでくれている存在がいるから。スタンのその気持ちはとてもよく分かった。

「ほら、あんたたちも!もう船出るわよー!」
「あ、やばっ!」
「急ごう、!」
「うんっ!」

往くんだ、私たちが生まれ育った場所へ。

早足で船に向かって駆けて行くスタンの後姿を追っていたは、そこで一度だけ振り返ってチェリクの港を見渡した。


――…よそ者には、とても厳しいこの街。


それは、遠い昔の戦争が遺した悲しい遺産の一つ。

かつて、天と地を分けた戦争があった。
様々の経過を経て戦争は地上の人間が勝利したが、それは苦しい戦いだったそうだ。天上に住んだ人間達とは違い、地上の人間は厳しい環境に耐え、貧しい物資を利用しつくしてのかろうじての勝利だった。

戦争の勝者は、勝利という栄光と共に敗者から何かを奪う。
それが戦争というものだ。

居場所と資源を奪い取られ、敗北という屈辱の二文字を背負わされた天上人に残されたのは、かつての生活とまるで境遇の違う過酷な日々だった。
勝者は住みよい土地へ。敗者は痩せ、枯れ果てた土地への移住を余儀なくされた。………そして、それは今なお、彼らの子孫にまでも続いている。


昼には強すぎる熱線、夜には凍えるような寒さ。
激しい温度差に苦しい生活を強いられ、それでもなお、生きていなねばならぬこの運命。この土地にただ産まれたということだけで。

それがカルバレイスの民だった。


灼熱の土地に閉じ込められた人々は、何を思い、感じて生きているのだろう――……


ここ数日であった出来事をもう一度だけ振り返ったは、今度こそチェリクに背を向けて歩き出した。





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07.3.26執筆
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