「貴方の未来には深い絶望が見えるわ…… まだ、ジクジクとした痛みが胸に残っている。 背筋を駆け上がってくるような、あの言い知れない感覚はもう収まってはいたけれど、先ほど占い師に告げられた言葉は確実にに影響を与えていた。 先ほどの女は一体何だったのだろう。 彼女は、が瞬きをした瞬間には既に姿を消していた。まるで影のように、ひっそりと。闇の中へと溶けて消えるように。 彼女は一体、に何を告げたかったのだろう。 射るような瞳で、真正面からの瞳を見据えて。言葉を告げるだけ告げて、一体どんな意味があったのだろう。 ……疑問は、尽きない。 「ネズミが紛れ込んでいたか。まさかこんな所まで嗅ぎつけてくるとはな……」 男は憎々しげにこちらを睨みつけてそう吐き捨てた。 ストレイライズ神殿の奥深く。セインガルドの神殿と同じように、このカルビオラの神殿の中にも隠し部屋はあった。 神殿の最深部であるこの部屋はやはり同じ造りであったためか広い造りになっており、直径六メートルにもなる神の眼を十分収容できるスペースがある。 ただしこの空間に神の眼は、ない。 もしや、紛い物の情報を掴まされてしまったのだろうか。 しかしその疑問は、二人の神官を従えた目の前の大司祭を名乗る男によってあっさりと否定された。 「だが残念だったな、 お前らが探しているモノはもうここにはないのだ」 「じゃあ、やっぱり神の眼はこの神殿にあったんだな」 「その通りだ。だが、グレバム様の手により再び運び出されたのだ」 スタンからぶつけられる質問に、律儀に答える神官達は聞きもしていないのに様々な情報を吐いてくれた。 「我らはグレバム様の思想に、神の眼が世界を制する、という言葉に恭順を示したまで」 「世界を征服した暁にはカルバレイスの愚民どもは我々が完全に統治する。大いなる神の力の前では人間など無力だという事を理解させるためにな!」 どうやら彼らは、グレバムが指し示した世界にすっかり陶酔してしまっているらしい。 過程を省いたずいぶん抽象的な世界だったけれども、微塵に疑問を感じていない。自分達の手によって統治される世界という野望に燃えて、ここに残されたという着目すべき事実に全く気が付いていないのが、いっそ哀れだった。 「おまえらだって同じ人間じゃないか!」 あまりの大司祭の言葉に、スタンが吼える。 「我々は愚民どもとは違う。言うなれば、神の寵愛を受けた選ばれし存在なのだ」 そんなスタンの声でさえ、何処吹く風といった様子で彼は濁った眼差しで一行を見つめ返した。 「そんなことありません!」 敬愛する神を。誰にでも等しく愛を注ぐ存在なのだと心から信じている彼女が、大司祭の言葉に反応したのは無理のないことだった。 「否ッ!神の道とはおまえの如き小娘に理解できるほど浅きものではないのだ!」 「いいえ、神は……」 普段声を荒げることをしないフィリアが、声を上げて彼らの言葉を否定する。 けれどその言葉は、どれほど伝えようともがいても言葉が伝わらぬ異国人を相手しているかのように噛み合う事はなかった。 フィリアの信じる神と、彼らの挙げる神の違いはきっと、思想の違い。 信じるものがお互いにまるで違うこの状況で、その討論が終結を迎えるためにはいったいどれほどの時間がかかるのだろうか。当然、そんな時間はこの状況下……ないに等しい。 「いい加減にしろ!禅問答をしている暇なんかないんだ!」 イラついたように上げられた声は、リオンのものだった。 「貴様ら雑魚に用は無い。素直に答えれば見逃してやる。グレバムはどこに行った!」 「さあ、知らんな。もっとも、知っていたとしても教えるわけにはいかんがな」 腹ただしげに睨みつけるリオンに向かって、随分余裕そうに大司祭は答えた。 「我々は待つだけでいいのだ。グレバム様のモンスター軍団が世界を席巻してゆくのをな」 「モンスター軍団!?」 思いかけない単語が彼の口から飛び出したことによって、驚いたような声がスタンから上がる。 同時に、も驚きの声を上げた。こちらは専門的な意見を織り交ぜて。 「彼らはレンズの力によって闘争本能が異常なまでに高められている。攻撃的なモンスターを手懐けるのは相当難しいのは周知の事実のはず……!」 「……くっくっく。小娘、モンスターどもの命の源が何なのか知っているのか?」 「………レンズに決まってるでしょ。そんな分かりきったこと」 「そう、レンズだよ。オベロン社の輸送船を襲ってレンズを奪い、それを材料にモンスターを生産する」 「あなた、まさか……っ!?」 大司祭の言葉に、は目を丸くして声を上げた。そうしてその言葉の意味を真に理解して――…嫌悪感で胸が一杯になる。 彼が言った言葉の意味。それは。 「……命を…弄ぶ気なの……?」 生命の侮辱だった。 「ただ平穏に暮らしている生き物達に無理矢理レンズを蝕ませて、自我を失わさせる?モンスターの生産?軍団?………馬鹿にするのも大概にしてくれない……ッ?」 「くっくっく、小娘……青いな。その専門的な知識は学者だろう?ならその知的好奇心を満たしてみたいと思うわないのか?」 そして大司祭は続ける。 「自分の手で新たな生命を創造するッ!……それは神にのみ許された行為だった。それを超えてみたい……そう、我々人間は常日頃から切望しているのではないかね?」 その言葉を聞いた瞬間、は胸の中がカっと焼け付くような思いで満たされたような錯覚に陥った。 「ふざけるなッ!!!」 頭が真っ白になる。どうしようもならない衝動が体全体を支配していると思ったその時には、すでにの口からは怒りの咆哮が溢れ出していた。 悔しかった。大司祭の言葉が。 私たち学者は、探求するもの。好奇心という名の感情に突き動かされて、真実を求め、新たな創造を、発見を切望する存在だけれども。どんな強く感情を刺激されたとしても、どんな理由という名の言い訳があったとしても……超えてはならない一線くらい、見分けは付けれなければならないと思う。 それが社会で生きる私たちの、最低限のルールではないのだろうか。 「あんたみたいな人に何が分かるって言うのよ!面白半分に弄ばれた命のことを……考えることも出来ないの!!?」 「所詮、下等生物だ」 「………ッ!!」 「よしなさい、ッ!あんた熱くなりすぎよ!」 ルーティに腕を強く握り締められるまで、こんなにも敵方の前に身を晒しているだなんて気が付かなかった。 「………ぁ……」 痛いほどに握り締めた手のひらは、いつの間にか麻痺している。そんな風になるまで全く気が付かなかった。こんなに激昂したのは、きっとそうない。だからなのだろうか。 少し落ち着くんだ、心配したように言葉をかけるマリーの声が染み渡る。 こちら側まで引っ張ってくれたルーティだって。 怒りは我を忘れさせる。冷静な判断を鈍らせる。そんな基本中の基本のことがこの期に及んで守れなかったことが、少し情けなかった。 「そうして弱体化した国々をグレバム様が神の眼の力で制圧していく」 滅多に感情を爆発させることがないからこそ自身、こんな風に感情をぶちまける事になったことに驚きを隠せなかった。 怒りに震える体をぎゅっと抱きこむ。そうでもしないと――…溢れ出しそうになる感情を抑えることなんて出来そうになかった。 「驚きだな。フィッツガルドでレンズ運搬船を襲っていたのがグレバムだったとはな」 「大国セインガルドへのレンズの供給を妨害する。それだけでも意義がある。さらに奪ったレンズはモンスター生産に使われる。一石二鳥とはこのことだ」 言葉を抑えることに徹することにしたに代わって、大司祭との会話を引き続いたのはリオンだった。 リオンは小さく震えるを一瞥しただけで、いつもと同じように敵に対しては限りなく冷静に対応している。 (………私、まだまだ未熟だなぁ……) そんな彼の後姿を見れば見るほど、そう思ってしまう。 この旅に同行すると決めたあの時、もう足手まといになんてならないって誓ったはずなのに。……なんだか、無性にこんなことで取り乱してしまった自分が恥ずかしかった。 「さて、おしゃべりはここまでだ。……グレバム様の邪魔をさせるわけにはいかない。貴様らには消えてもらおうッ!」 だから、せめて。 戦いの中では無能でありたくないと切に願う。
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