あれからなんとか無事カルビオラに着いた一行は、噂の真意を突き止めるため真っ直ぐにストレイライズ神殿に向かった。

結果、神殿は黒。
フィリアの巧みな話術により、いくらかの情報を手元に集めることが出来たのだ。そうして、夜中に忍び込んで神の眼を取り戻すというルーティの案を採用した結果、誰よりも怪しまれずに神殿内に進入できるフィリアが先に神殿内に入り込んで皆を手引きするということが決まった。

神の眼奪還作戦決行は――…夜。
その身を賭して、潜入作戦を成功させたフィリアのためにも失敗することは許されない。





作戦決行の時間になるまでは自由時間にしましょ、そう言ったルーティのおかげで少し時間を取ることが出来た。

日暮れ時の街の中。
沈んでゆくオレンジ色の太陽を見つめていると、ちょっぴり物悲しい気持ちになる。……ああ、今日もお疲れ様。少しの間、お別れねって。

(……そんなこと言ったらリオンに馬鹿にされそうだけどね)

なんだか、そんな様子があまりにも簡単に出来てしまって我ながら情けなくなった。

(あ、でも、スタンとかマリーさんなら分かってくれるかもしれない)

もしかしたら共感してくれる人がいるかもしれない。そう思うと、何だか胸の奥がぽっと暖まるような気がした。

がやがやと店じまいをする露店の商人達の傍を通り抜けて歩く。
大きな壷、不思議な色のアクセサリー、瑞々しい果実、骨董品。ありとあらゆるものが小さな荷台に積み込まれてゆく。そうして荷物が一通り積み終わると、彼らは一人、また一人と岐路に着くのだ。

涼しい風が、吹き始めていた。
この土地は昼と夜の温度差が激しい。きっとすぐにこの風も寒すぎるくらいになってしまうだろう。そうなる前には戻らないとな、とどこか暢気に考えながらもはまた歩く。

何だか不思議な気分だった。

こうして、ダリルシェイドから飛び出して様々な土地を歩くようになることが。

(……おかしいな)

なんだか、無性にお腹の中がムズムズした。
何でもないことのはずなのに、思い切り笑い出してしまいたくなるような。不思議な衝動。

(落ち着いて暮らそうってやっと決めたのに………結局、また旅してる)

一年近く前ののように。
当てもなく、父と彼を探し続けたあの頃のように。


………あの日、手を差し伸べてくれたあの子の事が好きだ。


それは今でも色褪せることなく、何度も何度もの中では鮮やかな思い出として蘇る。

優しいあの子。もう大きくなっているだろう。あの柔らかかった手のひらも、きっとずっと大きくなっているのだろう。ちょっぴり口は悪かった。でも、それでもあの下手くそな優しさは誰よりもあたたかで、の心の中にあっという間に染み渡った。

今はどうしているだろうか。
元気だろうか。しあわせだろうか。


……しあわせであればいいな、そう願わずに入られなかった。


少し前まではただ、あの子を求めて一心不乱に探し続けることだけがの全てだった。
持っているものはほんの一握り。胸に秘めた願いと、父の存在。ちっちゃな頃の自分を命がけで守ってくれていた母のこと。傍に置いていた気持ちはきっとそれだけで、あとは小さなリュックの中に博士のレポートだけを大事に詰めていた。

それ以外のものは、にとってはどうでもいいことだったから。

それだけがあれば良いと思っていた。
それさえあれば、あの頃のは幸せだった。

(不思議だね)

本当にそうだと、信じきっていた。

(……あの頃と今、そんなに時間が経ったわけでもないのに)

空を見上げる。
太陽はいつの間にか地平線の奥へと消え、空には煌く星の瞬きが見え始めていた。しんと静まり返った街には光がほとんどない。だから、空の様子がダリルシェイドにいる時よりもずっと綺麗に、よく見えた。

まるで宝石箱の中身をひっくり返したみたい。
きらきらとした輝きに彩られた夜空は、それだけでの心の中を暖めた。だからその言葉が出たのは、必然のことだったのかもしれない。

「今は、大事なものがたくさん出来たんだ――…」

そっと手を伸ばしてみる。

星に手が届くわけないって、分かっているけれど。それでもは星に向かって手を伸ばした。
たくさんの星空に彩られた夜空。
それはまるで、たくさんの人々との出会いによって大切な思い出が増えたの心の中を表したかのような光景だった。

「………そこの貴方」
「……え……?」

夜空に気を取られていて、そこに人がいるだなんてまるで気が付かなかった。

慌てて振り返った先には、一人分の人影が。
少し奥まった路地の手前で、彼女は小さな水晶玉を片手にひっそりと佇んでいた。

「占い師さんですか?」

薄いヴェールを頭から被った、神秘的な雰囲気を醸し出すその女性はなぜか真っ直ぐにの瞳を見つめていた。
ただ、真っ直ぐに。全てを見透かすかのような瞳で、の琥珀色の瞳を射抜いていた。

「………なに、か…?」

その視線が急に怖くなって、は慌てて次の言葉を紡ごうとしたその時。

「貴方の願いは、報われない」

女は、静かに。
けれども確かにそう言った。

「貴方の想いは、報われない」

そうして、言葉を続ける。

「貴方は近い未来、一つの岐路に立たされるでしょう」

その言葉は寒空の下、とてもよく響き渡った。
否が応でもの心に染み渡った。

「けれど貴方は抗えない。戦えない。……ただ、流されるまま」

まるで、心臓を鷲づかみにされたかのような感覚だった。
女の言葉は淡々としているはずなのに、その言葉はまるで打ち寄せる波のように寄せたり、引いたりしての中へと浸透してゆく。
不吉としかとれない言葉が、言い知れない何かになってじわりじわりと背筋を駆け上ってゆく。

「貴方の未来には深い絶望が見えるわ……」

女はそう漏らす。

たまらなかった。逃げ出したかった。
……けれども、足が、どうしてだか動かない……。

「覆いかぶさる闇は二度と拭えない。……運命は、変えられない……」

呆然と立ち尽くすに囁くように告げた占い師は、最後にそう言い残すとひっそりと闇の中へと消えていった。





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07.3.25執筆
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