そこは、不思議な場所だった。
海の中に沈んだ、一つの都市。そこは滅びた文明の成れの果てなのだろうか、それとも何か意味があって沈められた遺産なのだろうか。
この都市が栄えた頃をは知らない。けれどもそこらじゅうに散らばった過去の遺産を見ると、どうしてもそんなことに思いを馳せてしまう。これは学者としてのもうどうにもならない性かもしれない。

「うわっ!すごいすごい、すっご〜〜〜い!!!」

興奮したかのように、くるくると動き回るのはの姿。

「……どうやら上のほうですわ」

謎の声に導かれているらしいフィリアは、懸命に先に進もうとしている。……周りを見ずに。

「「さっさと来い(なさい)ッ!!」」

結局、はルーティとリオンの二人に引っ張られるようにして先に進むことになった。
ただでさえ迷いやすそうな場所の上に、方向音痴という時間制限のあるこの状況では史上最悪な能力を持つにとっては、ある意味これが最も正しい対処法だった……かもしれない。





時間を少し遡る。

海竜の体の中は、驚くことに空洞だった。フィリアによるとその中に入れ、という声が聞こえるらしい。
フィリア以外に誰一人として聞くことの出来ない謎の『声』。果たして本当にその存在を信用していいのだろうか、という疑問が上がるのも仕方のないことだったかもしれない。けれどもソーディアンというすでに特別な存在がある以上それを一蹴することも出来ず、とりあえず六人が海竜の体内にへと乗り込むことが決定してからはや数刻。

海竜は海の底にある不思議な都市へとフィリア達を運んだ。

そして、その都市の奥の方から響くらしい『声』に向かって、行く当ても定まっていなかった一行は向かうことになったと言うわけだった。





海底都市は、驚くほど高い文明を誇っていた都市だった。
見たことのないような設備、聞いたこともないような配線、驚くような装置。そのどれもがにとっては目新しく、新鮮なものだ。これほどのものが過去の世界ですでに完成されていたなんて……。中にはレンズを使用することによって起動したと見られる機械まであった。とても興味を引く。今すぐ触って、その中身を確かめたかった。

「却下する」
「時間がないんだから、駄目よ」

黒髪の二人の御仁に、即効で却下されてしまったけれど。

「……ううう。これすごく価値あるものだと思うのに……お金になんて代えられないほどの……」
「嘘っ!?どれどれッ!!?」
「ああ触りたい……触ってみたい……」
「お金になるってどれッッ!!?」
「貴様らいい加減にしろッ!!!」

訂正。リオン一人に。

「すっげぇな〜!」

辺りを不思議そうに見渡しているスタンやマリーの方が、よっぽど都市にとっても無害だったに違いない。

「だいぶ近くなってますわ……」

大変まとまりのない集団だったに違いなかった。





「ここが中枢か?」

ようやく『声』の在り処らしい海底都市の中心部にたどり着いた時には、約束の時間まで残り半分に差し掛かるといった頃合だった。

『よく来たの、フィリア=フィリス』

ここに来て、ようやく一行はフィリアが聞こえていたというらしい謎の『声』を耳にすることになる。

「………?」

ただ一人、マリーだけが不思議そうに首を傾げていたけれども。

限定された人間にしか、聞くことの出来ない声。頭の中に直接響いてくるようなこの独特な感覚。欠けていたパズルのピースがカチリとはまったかのような気分だった。
これら要因が指し示す答えはたった一つ。それは案外簡単にの中で浮かび上がった。

『その声は!』

声を上げるのは、一人のソーディアン。
簡単な自己紹介をしたついでに、いじらせて下さい!と頭を下げてお願いしたのに大変微妙な反応を返してくれたソーディアン・ディムロスに違いなかった。

『クレメンテ老じゃん』

あっさりと声の正体を見破ったのはシャルティエ。
そりゃそうだろう。だってこの声の主は―――…

『いかにも。ワシの名はクレメンテ。正真正銘のソーディアンじゃ』

台座には一振りの剣が安置されていた。
大振りな剣。少し古びた雰囲気の漂う、レンズがはめ込まれた特別な剣。……間違いようもなく、新たな四本目のソーディアンだった。

ソーディアンであると名乗った彼は、少し年老いた声だった。
若々しい女性であるアトワイトとも、張りのあるディムロスのとも、少しおどけた言い回しをするお喋りなシャルティエとも違う。朗々と響く、貫禄のある落ち着いた声だ。

伝説の剣は本当に様々な地位の人間の人格が入っているらしい。
驚いたように声を上げるアトワイトに楽しそうな反応を返すクレメンテ。茶目っ気を織り交ぜて返される言葉から推測するに、彼もまた今までのソーディアンとは全く違う個性が入っているようだった。

「………やっぱり、今度じっくり見せてもらおう」
「……ん、見せてもらうのか?私も見てみたいぞ」

ぼそりと物騒なともとれる言葉を呟いただった。よく分かっていないマリーが楽しそうに返事を返す。本当に良く分かっているのだろうか?
そんなの呟きを知ってか知らずか、口早にディムロスはクレメンテに用件を話し始めた。

『クレメンテ、実は神の眼が奪われた』

もしかしたらクレメンテは昔、ディムロスにかなり信頼されていた人間だったのかもしれない。
真面目で正義感の強い性格のディムロスだけれども、意外に慎重も彼は持ち合わせている。そんな彼がこうもあっさりと重要な用件を彼に告げるのだから、きっと以前から相当に信頼していたのだろう。

『おおよそ見当はついておるよ。じゃからの、わしも目覚めることにしたのじゃ』

案の定だった。
クレメンテは頼もしいと思えるような台詞を告げ、言葉を続ける。

『フィリアと言う……新たな使い手を選んでの』

もしもソーディアンに表情があったのならば、きっと彼はウインクしていたに違いない。そう思わせるような響きで、彼は言葉を続けた。

「私にはそんな力は……」

そんなクレメンテの言葉に驚いたように声を挙げたのは、今まで蚊帳の外にいたかと思われたフィリアだった。
突然ソーディアンから名前を出された上に、まさかの『ソーディアンマスター』に選ばれてしまったという事実。今までスタンやルーティ、リオンというソーディアンマスターを間近で見ていたからこそ、自分が選ばれたということに驚きを隠せないといった様子だった。

『ワシの声が聞こえるじゃろ?』

驚きのあまり、ぱくぱくと口を動かすフィリアに向かって優しくクレメンテは言った。

『じゃあ大丈夫じゃ。お主には眠れる才能があったのじゃ。ワシはそれをちょいと呼び覚ましただけじゃよ』
「でも、なぜ私なんかを……」
『やっぱり使い手は若くて美人の女の子がいいからのぉ』

なおも信じられないといった様子でクレメンテを見つめ返したフィリアに、彼は茶目っ気たっぷりに返事を返した。

「すけべじじぃ……」
『おぉっと、これは失言じゃたわい』

ルーティが半眼で、目の前の剣を見つめ返す。それに対して相変わらず楽しそうな声の響きで、クレメンテは言葉を漏らした。

『クレメンテ……あなたという人は……』
『そんな目で見んでくれ。ほんの茶目っ気じゃよ。さぁ、フィリアよ。わしを手に取るがいい』
「ねぇ、フィリア。本当にあんなののマスターになるつもり?」

ところが、先ほどの言葉がまずかったらしい。
警戒心を抱いたらしいルーティが、つつつとフィリアの傍に寄ってクレメンテを指差す。

『あ、あんなの、じゃと!?』
『そうよルーティ、言葉がすぎるわ!』

どうやらショックを受けたらしいクレメンテに対して、全く気にした様子もなくルーティは言葉を続ける。

「だって仮にも剣とはいえ、ただのスケベじじぃじゃない。考え直すなら今のうちなんじゃない?」

ねぇ、といってルーティはにも同意を求めて振り返った。

「え?何か悪いことでもするの?」
「………あんたに聞いた私の選択ミスだったわ」
「……ひ、ひどい……」
「冗談よ」

という一悶着があった後、ルーティは再度フィリアに尋ねなおした。

胸の前で両手を組んだフィリアは、さっきからずっと俯いていて表情が見えない。突然、ソーディアンマスターになれと言われても、やはり割り切ることが出来ないのだろうか。
ソーディアンはそれ一本で信じられないほどの能力を持つ。当然、使役する人間にはある程度の精神力と技量が求められるのだろう。その資格が彼女にあるのだろうか。今までずっと、神殿という狭い世界でしか生きてこなかった彼女に。

……もしかしたら、フィリアはそのことで悩んでいるのかもしれない。

思わず彼女に声をかけようとが口を開こうとした所で、ついにフィリアがその口を開いた。

「クレメンテは私に力を与えてくれたのです」
「でも、それとこれとは……」
「ルーティさんは強い力を持ってらっしゃるからわからないでしょう。……でもッ!」

フィリアが声を荒げたのはこれが初めてだったのかもしれない。

胸の前で組んだ手を、白い肌に血管が浮き上がるほどに握り締めて。小さな体を精一杯に奮い起こして、フィリアは言った。

「私……みなさんの足手まといになりたくないんです……。だから……」

スタンを見る。
ルーティを見る。
リオンを見る。

彼らはソーディアンマスターだった。
晶術という選ばれた力を使い、声に導かれて剣を振るう。

マリー。

彼女は剣を扱うことに関しては、とても長けていた。
強い女性だった。



後から加わった人間ながら、自力で晶術を使えた。
格闘術だって、武器だって使えることも出来た。


……この中で役立たずなのは、ただ一人。戦うこともろくに出来ず、ずっと見守るだけだった。
それがどれほど歯がゆかったことか。どれほど苦しかったことか。

裏切った司祭を止めたかった。でも止められなかった。
責任を感じていた。何とかしたいと思った。願った。……でも、今まで神殿の世界でしか生きてこなかったフィリアはあまりにも無力だった。

だから、フィリアは小さな体を奮い起こして言葉を告げる。

「クレメンテ、私はあなたを受け入れます」





「何を言っても無駄みたいね……まったく、やれやれね」

あんなに必死に言われちゃねぇなんて軽口を叩きながらも、きっとルーティは分かっていた。
考えていた以上に、フィリアは彼女なりに悩んでいたこと。何とかしたいとずっと考えていたこと。その上での決断だったことを。

『うむ、フィリアや。学ばねばならん事も多いが頑張るのじゃぞ』

だって、クレメンテを両手で抱えるように抱きしめたフィリアが。

「はい」

――…零れるような笑顔を見せたのだから。





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07.3.24執筆
07.4.4UP