「賊の討伐?」

がその話をリオンから聞かされたのは、彼に懐中時計を買ってもらってから約一週間ほど経ったある日のことだった。

きらりと、銀製のフレームが光を受けて輝いている。
あの日買ってもらった懐中時計は、の大層お気に入りの品となっていた。小さな子供が宝物を何度も何度も眺めなおすかのように、懐中時計を手にとっては開いてみたり、閉じてみたり。文字盤を軽くなぞってみたり、掘り込まれた模様を飽きもせずまじまじと眺めてみたりと、とにかくの気に入りようは凄まじかった。購入した当人であるリオンが呆れてしまうほどに。

リオンがに盗賊の討伐の任務を告げた時も、当然のようには懐中時計をなぞっていた。

「……そうだ。ジェノス方面にある神殿に安置してあった宝物を盗み出した人間がいるらしい。犯人は複数。男一人に女二人だそうだ。警備兵を昏倒させ、現在逃走中との報告が入っている」
『っていうかちゃん、今日もその時計いじってるの?本当にお気に入りなんだねぇ』
「そりゃあ、これに一目惚れですから!それにリオンに買ってもらったある意味超貴重品だしね。………で、話は戻るけどその賊の討伐に今回抜擢されたのは……?」
「僕とお前だ」
「……ああ、やっぱり……」

の予感は的中していた。
やはり今回の賊の討伐も参戦が決定済みらしい。

「ちなみに拒否権は?」
「貴様にはない」
「……きゃっほーい」

なんだかこうやっていつも賊の討伐に丸め込まれているような気がする。
相変わらず淡白なリオンの仕草に、もはや反撃する気も起きないは半ばやけくそ気味に歓声を上げた。
どうせ反撃しても『銀髪の風使い』の話を蒸し返されるに違いないので、最近この件に関してははほぼ無抵抗になっていた。人間、諦めが肝心だ。

……私、本当はここにレンズの研究をしにやってきたんだけど。
喉元まで出掛かったその言葉を深く飲み込む。

「国軍に方向音痴を理由に戦闘参加を申し出た人間とは思えぬほど消極的な声だな」
「……素敵な嫌味をありがとう」
「フン、せいぜい国のために貢献することだな」

あまり触れて欲しくない過去を、嫌味でチクチク突いてくれるだなんていい性格をしている。
相変わらず辛口なリオンの対応に、思わずから出る言葉も皮肉ったものになる。それを更なる皮肉で返されて、は今度こそ深いため息をついた。

「………ううう、坊ちゃんのクセに…」

約一年前の頃は皮肉に対して元気に言い返していたような気がするのだけれども。どうやら、この一年間でとリオンの立場は変化してしまっていたらしい。それも悪い意味で。ここ最近はリオンの言葉に対して負けっぱなしのような気がするだった。

ちゃーん、それ意味分からないから』

今日も噛み合わない二人に対するシャルティエの突っ込みが冴え渡っていた。

とりあえずまずやるべきことは。
……賊退治のための旅支度からだろうか。



























Tales of destiny and 2 dream novel
14 新たなる旅路






「……ららら、私学者なのにぃ〜」

サクサクサクサク。

「なんでぇ〜どぉして〜わっからなぃい〜」

サクサクサクサク。

「あ〜…………ふ。なんでこんな阿呆な歌歌ってるんだろう……」
『坊ちゃん、無視するからちゃん自分で自分に突っ込み始めましたよ』
「…………知るか」
「うわーーん、森のバカヤローーー!」
『うん、ほんと面白い子ですよねぇ、ちゃん」
「森なんて迷うだけの場所なんだ!たまにはいいとか思っちゃうけど、よく考えたら苦い思い出ばっかりだよ!」

サクサクサクサク。

「あー、なんか急に叫びたくなった、叫びたい!叫んでいいかな、うんいいよね!せーのぉっ!」
「うるさいっ!」
「……あ、やっとリオン喋ってくれた」

だんまりを決め込んでずっと歩き続けていたリオンだけれども、付かず離れずの距離でこうも喧しく騒ぎ立てられてはたまらない。そもそもリオン自身、気は短い方なのだ。結局草を踏みしめて進むことに専念していた筈のリオンは、ある意味の希望通りに怒鳴ったがために強制的に会話に引きずり込まれる羽目になった。

「……だってリオン、いつもに増してだんまりなんだもん」

そうやって口を尖らせるに対するリオンの反応は、対照的に冷ややかなものだ。

「貴様は賊の討伐をピクニックと勘違いしていないか?」
「いやいや、まっさかー」
「……少しは落ち着いてほしいものだが」
「リオンがもう少し喋ってくれたら落ち着く」
「…………」
「うわあぁい、また無視だー」

ここ二、三日少しリオンの口数が減ったような気がする。
間延びした声を上げながらも、はいつもとは微妙に違うリオンとの会話のテンポに違和感を覚えていた。

……機嫌でも悪いのかな。

リオンは気分が優れない時はいつもに増して冷淡な物言いをする傾向あることを、はこの10ヶ月の間で学んでいた。そういう時の彼は、大抵の場合放っておいてあげた方がいい。下手に気を使ったりしようものなら、八つ当たりをされた挙句、徹底的なまでに嫌味の攻撃を喰らってしまうのだ。大変嬉しくないことに。

原因の八割くらいは、自爆傾向が見られる自身の言葉選びのせいだということに全く気が付いてはいない所が最大の問題点なのだろうが。

「目撃情報によると賊はハーメンツに向かっている。そこで一気にカタを付けるためにも、余計なお喋りをしている暇などないぞ」
「……あれ、ハーメンツって小さな村でしょ?そんな所に用なんてあるのかな」
「……あそこにはウォルトという富豪がいる。表向きは独自の事業で成功した実業家だが、裏では希少価値の高い武器を密輸入しているらしい。賊はまず間違いなくウォルトに宝物を売却するつもりなのだろうな。盗まれた宝物は年代物の杖だという報告が入っている」
「げ。そんな所に売られちゃったら、回収なんて難しいんじゃない?」
「そうだ。ウォルトは金もあれば権力もそれなりにある。そんな奴の所に売られてしまったら、回収はまず不可能だろうな。商談自体を揉み消すだろうから」
「……そういう意味でも賊の捕獲が優先なんだ」

話が読めてきた。
ウォルトという人間がその道でそれなりに名が通っているのだとしたら、政府側としては何とかして検挙したいのだろう。しかし証拠が揉み消されてしまっては、捕まえる理由にならない。
だから今回は賊の捕獲が優先的なのだ。賊がウォルトに武器を売ったことさえ自白してくれれば、証言として十分な証拠となるだろうから。

これならば、わざわざダリルシェイドにいるリオンとがこんな小さな村にまで飛ばされた理由も納得できるというものだ。

「現地の兵がすでに討伐に向かっているそうだ」
「へぇ〜……じゃあ案外、私達に出番がなかったりね」
『それなら坊ちゃんの仕事も少なくて楽にすむんですけどね』
「……一度は賊を逃してしまった連中だ。期待できるとは思わんがな」
「相変わらずきっついことで」
「僕は事実を言ったまでだ」
「はーい」



しかし、このリオンの台詞はあながち外れたものではなかったことが翌日、判明することになる。



ハーメンツの村は大陸セインガルドの西側に位置する。周囲は豊かな緑と水に恵まれ、のどかながらもどこか落ち着きのある景色が広がっている。また、この村はファンダリアとセインガルドを繋ぐ国境ジェノスからも近く、ストレイライズ大神殿への参拝者が休憩していく中継地点としても利用されていた。

行く手を阻むモンスター達を相変わらずの見事な腕前で仕留め、早朝、無事ハーメンツに到着した二人の内一人は、案の定ハーメンツの景色に歓声を上げていた。

「うわー!いいねぇ、のどかで気持ちがいい!」

澄んだ空気を肺一杯に吸い込んで、は朝から絶好調だった。
ハーメンツに到着したのはつい先ほどのこと。一晩の野宿を行い、日が昇ると同時に出発をしたおかげかハーメンツには出発からわずか1時間半ほどで到着することが出来た。
野宿した地点からどうやらさほど遠くない位置に村はあったようだ。こんなことなら野宿せずに村に一気に進めばよかったねと言ったに対して、夜間の強行軍は出来る限り避けるべきだと冷静に突っ込んだリオンとの会話があったことは余談だ。

「……フン、こんな田舎のどこがいいんだか」

相変わらずの憎まれ口を叩くのは、案の定リオンだ。
そんなリオンをシャルティエと一緒になって窘めながら、は村に対する賛辞を述べることを止めた。どうやらこちらからまず止めないと、この憎まれ口、止らないようだと悟ったからに他ならない。

何か話題を変えよう……このままだとまた文句の一つや二つ、飛び出しかねないリオンを尻目に、周囲を見渡し始めたはそこで丁度良さそうなものを見つけた。

「あ、ほらほら!賊の討伐ももちろんだけど、その前に見て!あそこに宝箱があるよー………ってあれ?」

この世界の暗黙のルールとして宝箱、というこれまた大層なものが世の中には都合よく落ちている。
……というかもっと正確に言うと、村や街道に設置された一部のそれは、旅人が無事に旅の道のりを進むことが出来るよう親切な商人達が商品の一部を無償で提供してくれているといったものだ。

もちろん全てがタダで商人達が損をするようなシステムにはなっていない。
確かに無償ではあるが、実は宝箱には隅に小さく設置者の銘が彫ってあり、旅の途中にそれらの物品で命を救われたりした冒険者が次に街に立ち寄った時、その店で商品を買い込んでくれるようPRする意味で設置がされているのである。
もちろん全ての宝箱が彼らによって設置されたものではない。中には正真正銘、天地戦争時代や数十年前に隠されていた遺産や財宝が出てきたりする時もあるが、そんなものはよっぽど奥深くのダンジョンにしかない。

今回のように村のど真ん中に設置されたこれ見よがしな宝箱は、無論前者のものであり、旅人であれば誰であろうと手にとって構わないものであることは確かなのだが。

「……残念、開けられちゃってるね」

案外、こういうことはよくあることなのだ。
取ろうと思った宝箱は、すでに他の冒険者の手によって開けられてしまっていることは。

空の宝箱を残念そうに眺めるは、せっかくの話題転換の機会を潰されてがっかりしたようにため息をついたのだが、対するリオンはその様子を見て一気に顔の表情が強張っていった。

「……?どうしたの?」

その明白な変化に気が付かないほどは愚鈍でもない。
こちらも少し声のトーンを落としてリオンに語りかけたところで、またはいつものようにリオンに馬鹿にされてしまった。

「貴様、こんな分かりやすいことも分からないのか?」
「………あ」

指摘をされてようやく気が付く。

そう、リオンの言っていたようにこの村は確かに人通りの多い場所ではなく――…要は田舎なのだ。
そんな場所に冒険者が頻繁に現れる訳もなく。……まあ、この村はストレイライズ大神殿への参拝客が時折訪れるため全くのゼロではないだろうが、この絶妙なタイミングで現れる旅人といえば……。

「賊!」

声を上げるに、急かすようにリオンが言葉を続ける。

「いつ頃到着したのかは分からないが、すでにハーメンツにまで来ていることは間違いない。ここを出発するまでに聞き込みに入った方がいいな」
『特に宿屋とヴォルトの屋敷は早めに抑えた方がいいですね』
「……だな。おい、どうせおまえはヤクザ相手にろくに仕事が出来ると思わんから、さっさと宿屋に行って男一人に女二人の冒険者が宿泊していないか聞き込みをしてこい」
「うぐ、すぱっと見抜かれてしまっている……」
「余計な話は後だ!もし賊らしき人間がいたら、宿で引き止めろ。屋敷に聞き込みに言った後、一度宿屋に向かうようにする」
「……もしいなかったら?」
「村人に聞き込み調査だ。一刻後、この空の宝箱の位置で集合」
「りょーかいっ」

どうやら悠長なことは言っていられない事態らしい。
スイッチが切り替わったかのように指示を飛ばすリオンの言葉に頷いたは、威勢ばかりはよい返答を返した後、宿屋に向かって駆け出す。その後ろでマントを翻して進むリオンの足音が遠ざかって行ったのもほぼ同時のことだった。





「隊長!村人の証言では賊はこの宿屋に!」
「……おお、やはりか!ではさっそく……」

もしかしてナイスタイミングだったりする?
息を切らせながらも宿屋に到着したは、宿の外に群がる兵士達の姿を確認して、自分のタイミングの良さに思わず心の声を漏らしかけた。

しかも、彼らの話から判断するにこちらが当たりくじだったようだ。
らっきーと小声で歓声を上げたは、そのまま兵士の集団の方角へ突き進む。

……どうやら賊はまだ捕らえられてはいないらしい。
与えられた任務をとりあえず実行することは出来そうだ。

「……すみません」
「ん、なん……」
「こちらの分隊の責任者はどなたでしょうか?お伺いしたいのですが……」

そこまで話しかけたは、相手がぽかんとした様子でこちらを凝視していることに気が付き、言葉を切った。

「あの、どうかしたんでしょうか?」
「い…いや!なんでもない!……すまないが現在我々は特別任務中なのだ。隊長と今話すことは出来ないのだが……多分数刻もすれば方が付くと思う。君、村娘だろう?どうかな、後で隊長なんかよりも俺とお茶でも……」
「え?……あ、あのー…?」
「いやー、こんな辺鄙な村にこんな綺麗な子がいるだなんて思っていなかったよ!是非一緒に!」

……なんだか、話が変な方向にそれてしまってはいないだろうか?
やけに熱心に瞳を輝かせて迫ってくる若い兵士の言葉に、は困惑の声を上げた。

の今回の任務は賊の討伐である。しかしこの10名程度で構成された分隊はおそらく、事前連絡のあった賊に侵入された神殿の警備兵達なのだろう。
彼らとの目的が同じである以上、獲物を横から掠め取ってしまうのは彼らの面子を潰してしまいかねない。そう言った意味でも、事前に交渉を行っておこうと思って話しかけたのだが。

「すみません、任務中の無礼を承知でお願いします。隊長さんを出して頂けないでしょうか?とても大切な話があるんです」
「ははは、何言っているんだい?君みたいな子がうちの隊長にどんな用があるって言うんだよ。……それよりも、返事を返してほしいかな?俺、ジェノスで警備兵をやっててさ……」
「あの……」
「そんじゃそこらの奴よりは、絶対楽しい時間を過ごせるって!ね、一緒に……」
(……話、聞いちゃいない……)

一向に話を聞こうとしてくれない相手に、の不満が募り始めたのは当然のことだった。
しかも相手の兵士はのことを単なる村娘と勘違いしているようである。指名を受けて、わざわざダリルシェイドからこの任務のために派遣されてきたとしてはあまり面白くない自体であったことは間違いない。これでも一応、にだってプライドの一つや二つあるのだ。この仕事を引き受けた以上は。
自分の立場を誰かにひけらかしたい訳では断じてないのだが、リオンと文句を言いながらも数時間かけて歩いてきた道のりと時間を、こんな事で潰されてしまうのはあまりにも悔しい。

(……なんかこーいうの、あんまり好きじゃないんだけど)

そうして、差し出すのは一枚の証書。

「私、セインカンド王より正式に賊討伐に派遣された『銀髪の風使い』のと申す者です。今回の討伐の件に関して、こちらの分隊隊長と打ち合わせをしたく参上いたしました。……どうかお引き合わせを」

直後、兵士の態度が豹変したことは言うまでもない。





話はたった数分で片が付いてしまった。

元々目的は同じなのだ。横からしゃしゃり出てきた小娘を仕事に関わらせることについて、兵達がどう思ったかは分からないが、ともかく王から以前持たされた証書のおかげで比較的楽には分隊の中に加えてもらうことに成功していた。

自体は客員剣士であるリオンをサポートする名目で参戦が認められていたため、階位は特に定められていない。そのため、今回はこの隊の指揮権を持つ隊長の次に証書を持つの発言権が強いということで決着を着けた。
本来ならば王直々の証書を手にしているは、階位はないもののこの中では最も強い発言権を持つものとしてみなされる。だが、分隊の指揮官のプライドを折ってまではトップに立ちたいとは思っていなかった。急ごしらえの頭で隊の統率を取れるほど、優れた指揮官ではないことは自身十分に理解している。

(ま、私は人を上手く使える器用さはないですよーだ)

そんなことを言えばまた某客員剣士さんに嫌味の一つや二つ言われそうなものだが、この場に彼はないのだからよしとすることにしよう。
奴はまた別格なのだ。

「ええ、その三人でしたらお泊りですが、それが何か……?」

この宿の経営者の娘なのだろうか。
話を聞きつけて奥からやってきた主とそっくりな顔をした受付の娘が、不安そうに人相を尋ねる兵士に返事を返していた。

どうやら、やはりこちらで間違いはなかったようだ。
報告にあった通り男一人に女二人、ウォルト名義で予約された一室で宿泊しているらしい。ウォルト名犠だなんてなんと親切なのだろう。賊と彼を関連付ける証拠の一つになりそう、と疑惑を確信にが変えたところで、甲高い女の声が宿屋に響き渡った。

「なになに?何のさわぎなの?」

どうやら急に騒がしくなった宿の様子に不信感を持った客の一人らしい。
それにしても兵達がたむろしているところに、ここまではっきりとした物言いで突っ込んでくる女性も珍しい。宿の二階から降りてきたのは、ショートな黒髪で少し釣った目元が特徴的の気の強そうな女性だった。腰元に短剣を指しており、動きやすさを重視した軽装をしている。
偶然宿泊していた旅行客だろうか?暢気に兵達の後ろから様子を伺っていたの視界に、直後どやどやと降りてきた赤毛の女性一人とボサボサの金髪頭の男性が飛び込んでくる。

「うるさいぞ!そこの女……」

兵が女性に文句を言っているのが右から左耳へと抜けていくのを感じる。
あっれぇー?……た、確か賊は女二人に男一人……じゃなかった……け…?……なんて想像していた賊の姿とはまるで違うものの報告にあった特徴と酷似する三名に、は背中にどっと冷や汗をかき始めたのを感じていた。

(……私とそんなに年の変わらない人たちじゃない!)

それもうち一人は、犯罪なんて無縁ですよーといったぽややんとした感じの青年まで混じっているではないか。あっちこっちに飛び跳ねている元気な金髪をぽろぽりとかきながら、不思議そうにこちらを見つめている青年の青い瞳がかち合う。
……何故か子犬のようなものが連想されてしまったのは、きっと気のせいだと思いたい。あんなに図体が大きいのに。

「おっ、お、あれ!」
「ああっ!」
「ん?なんだ、おまえたち」
「いたぜ、あいつらだ!」
「間違いねぇ」
「そうだそうだ!」

(ああ、やっぱり!!)

特徴が合っているだけでなく、その上顔を見たと証言する兵の一人が人相が一致したと言ったのだ。間違えようがなかった。

「???」

不思議そうに首を傾げる青年。
そんな様子に首を傾げたかったのはの方だった。
これならノイシュタット到着直後に顔を合わせたロイの方が……大変失礼だが、悪いことしていますといった人相だった。

「おい、おまえたち。持っていた物を返してもらおう」
「あーっ!あんたたち、この間の盗賊!」
「誰が盗賊だ!」
「我々はセインガルドの兵士だ」

何だかコントのようなやり取りが目の前で展開されていた。

(えーっと、目の前の三人が盗賊のはずなのに兵士さん達が盗賊扱いされていて、金髪さんが不思議そうにこっちを見ていて、赤毛のおねーさんは面白そうに窓の外を眺めていて、黒髪の女の人が抗議している……??
あー!もうややこしいったらありゃしない!)

「よせ!まあ、いい。それよりもおまえら、あの神殿は王国の管理下にあると知っての所業だろうな?」
「ええっ……!?」

隊長の言葉に驚いたように声を上げているのは先ほどの青年だ。澄んだ蒼玉をこれ以上ないくらい大きくさせて、手前に立っていた黒髪の女性に抗議の声を上げる。

「……ちょ、ちょっとルーティ?」
「ねえ、スタン、あなた知ってた?」
「し、知っているわけないじゃないか!」
「あら、そう?」

(うん、なんとなーく事情が読み込めたかも…しれない……)

自分なりの結論がつきつつあったは、深いため息と共に再度目の前の三人組を見つめ直した。

「というわけで知らなかったみたいよ」
「こ、こいつら、よくもそんなでたらめを……」

ご愁傷様、と驚きにうろたえている青年に心の声で囁きかける。……当然、聞こえてなどいないだろうが。
どうやらどこかのおのぼりさんが、さっそくよくない人に騙されてしまったらしい。
分かる、分かるよそんな貴方の気持ち!!目一杯頷きたくなる衝動をぐっと抑えて、は青年にエールを送る。騙されやすい上に数限りない失敗を繰り返した人間の部類に立つは、自身の苦労を思い起こしながら苦労を背負い込んでしまったであろう青年に同情した。

要は、青年――…彼はこの気の強そうな女性にすっかり丸め込まれてしまったに違いない。

「ん?お前は確か……ルーティ=カトレット?」
「あら、そんなに有名?」
(ルーティ=カトレット!!?)

おまけにサプライズはまだまだ続く。

ルーティ=カトレットの名にはも聞き覚えがあった。
一応、これでも一時期『銀髪の風使い』関連の噂を収拾していたのだ。その時集めた噂に混じって超お金に関してはドケチで、しかもがめつい。強欲の魔女やら悪魔やら様々な通り名を持った、金に煩すぎるくらいのレンズハンターがいるという話を以前耳にしていた。

彼女が『あの』ルーティ=カトレットだとしたら、こんな所で遭遇するだなんて夢にも思っていなかった。
かつて耳にした事のある噂の人物とこのような形で出会うとは、人生何が起こるか分かったものじゃないものである。

「いろいろと悪どい噂は聞いているぞ。とにかく城まで一緒に来てもらおう」

そう言葉を続ける隊長に対して、黒髪の女性――…ルーティはにっこりと笑顔で。

「スタン……」
「な、何……?」
「逃げるわよ!」

スタンという名らしき青年に向かって声をかけた後、見事なまでの蹴りを炸裂。
隊長のドコにって、そりゃあもう男性にとっては致命的な所に。……うん、私は何も見なかった!!

「えっ!?」

驚き、慌てる青年が出口に向かって走り去るルーティと赤毛の女性の背中を追うようにして駆けている。

「ちょ、ちょっと!ま、待てよっ!」

最後まで、事情が飲み込めていないらしい彼の姿は妙に自身と被る所があって物悲しくなったのは気のせいだと思いたい。

「あーあ。……自白してくれたら、まだ罪は軽くてすんだのに……」

彼らが出て行った先に何があるかすでに知ってしまっているは、ため息と共にそんな台詞しか吐くことしかできない。
ちぐはぐな三人組のやり取りを見るのも面白かったし、青年が女性にダシにされてしまっていたのは正直可哀相に思ったのは事実だ。

「た、たいちょう〜。大丈夫ですか?」
「ばっかもーん!逃げられたではないか!何をしている、早く取り押さえるんだ!」
「そ、そうだそうだ!」
「囲めっ!」

だが、しかし。
今回はは客員剣士として派遣されたリオンをサポートし、共に戦う役目を授かってここまでやって来たのだ。
屋敷に住まわせてくれているヒューゴのため、屋敷で待ってくれているだろうマリアンのため、笑顔で見送ってくれたノイシュタットの皆のためにも――…賊は捕まえなければならない。

「待ち伏せされてる!?」
「これはどういうことだよ!悪事には手を出さないって言ったじゃないか!」
「ああん! もうごちゃごちゃ言ってる暇なんかないでしょ!予定が狂っちゃったわ……」
「こうなったら強攻突破よ!マリー、アトワイト、いくよ!」

剣を抜く女性の姿が、扉をくぐった先で見えた。

「マリーさんもルーティ、止めて下さい」
「くっくっくっ、さあ来るなら来い!」
「え、ええっ!」

案外好戦的な赤毛の女性は、一振りの剣を抜く。

「リリス、ごめんよ。兄ちゃん、一生家に帰れないかもしれない……」

最後までうろたえていた青年までもがやけくそ気味に一振りの――…色鮮やかな真紅を纏った剣を抜いたことを確認したは、反射的にグローブを握り返していた。

「なにぶつぶついってんの、来るわよ!!」

女性の言葉を皮切りに、その戦闘は幕を開けた。





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07.12.24執筆
07.12.24UP

どう考えても宝箱エピソードは私の捏造です。
さてこの宝箱、PS版Dをプレイされた方は苦い思い出があるはず。
ええ、そうです。子供に全財産とられたプレイヤーがここにいます(笑)