カチリ、という時計針が立てた音で、クリスはまどろみの中から穏やかな目覚めを迎えた。
どうやら短い間だったようだが、うたた寝をしてしまっていたらしい。徐々にはっきりしていく意識の中で、クリスは壁に掛けられた古時計の時刻を見、思わず声を上げた。

「まぁ、もうこんな時間!」

そもそもクリスはうたた寝をするためにこのソファーに座っていたのではなく、とある待ち人を出迎えるまでの時間をここで潰すつもりだったのだ。
それがどうしたことだろう!
少しの間ここで時間を潰すつもりが、もう約束の時間を5分も切ってしまっているではないか。
大慌てでクリスが乱れた髪を手櫛で梳かし、身なりを整えた瞬間、狭いボロのアパートいっぱいに元気な大声が広がった。

「やっほクリスー!元気してた!?」

見れば、待ち人は勝手に玄関のドアを開いて仁王立ちしているではないか。これではドアを備えている意味などまるでない。

「……一応、ノックしてくれると嬉しいんだけど?」
「いやー、ごめんごめんってクリス!でもさ、鍵をちゃんとかけてないクリスにだって問題があると思うわよ?ただでさえあんたは今、身重でしょう?危機管理がなってないわよ」

もしこのアパートに押し入り強盗でもやってきたらどうすんのよ、とぶつくさ小言を言いながら彼女はずんずんと部屋の中まで入ってくる。

「……そりゃ、それは私が迂闊だったとは思うけど、それを理由にノックなしで上がってくるのはどうかと思うわ」
「え?今更じゃない。私とクリスの仲だし。他の人にはこんな無礼な真似しないわよ」

そんな相手のあっけらかんとした様子に、クリスはため息しかつくことが出来ない。
ああ、こんなやりとりも久しぶり。昔は毎日のようにしていたのにな。過ぎ去った過去を懐かしげに思い浮かべようとしたクリスだったが、どかどかと上がり込んだ女性はその勢いのままに部屋の中を動き回るものだから、一向に落ち着いて考えることが出来ない。

「そっちはそっちで相変わらずみたいね、ステア」

久方ぶりの嫌みのつもりで言った言葉に、親友の方はやけに笑顔でにっこりと笑い返してきた。
確信犯だろうな。お互いの腹の内を知り尽くしているからこそ、分かってしまうのがなんだか妙に可笑しかった。




























Tales of destiny and 2 dream novel
13 終末へと向かう時計針






「……というわけで、クリス!大人しく私にお腹の子を見せなさいっ!」
「見せれるものでもないし、子供が出来たって分かってからまだ3日しか経ってないんだから触っても何も分かりゃしないわよ」
「いーのいーの!それでもおめでたなんだからっ!子供が出来たクリスのお腹に触る最初の人は私なの〜〜〜!」

じたばたじたばた。
つけるならまるでそんな擬音を立てながら、ソファの上で年甲斐もなく暴れまわる大きな子供が一人。そんなステアの様子をジト目で見ながら、クリスは言葉を続ける。

「……もう私達もいい年なんだから少しは落ち着いたらどうなの、ステア?」
「だからクリスの前だけだって、こんなことできるのは〜」
「それは嬉しいことだわ、親友さん。あと訂正しておきますけど、分かってから最初にお腹に触れたのはお医者様を除いてあの人なんだから」

そう言うと、案の定ステアは大げさな動作で憤慨した。

ここら辺なんてちっとも学生時代から変わってないんだから。これがダリルシェイドではそれなりに名の通った研究所の期待の新人エースだなんてやっぱり信じられないわ。
……まあ学者には変人が多いって言うから、その点だけはこの子はクリアしているといっても過言ではないと思うけど。

今この場にいないことを良いことに、クリスの旦那に対して散々恨み言をぶちまけたステアだったけれども、それもどうやら落ち着いてきたらしい。息をついた後、ようやくステアはクリスとまともに話す気になったようだ。
それにクリスは慣れたように苦笑を漏らす。
これが学生時代からの二人の付き合い方だった。暴走するステアを止めることなく、とりあえず気の済むまで勝手にさせる。騒ぎ立てるステアを止めることは時間と労力の無駄遣いと知ってから、クリスが取り始めた解決策がこれだった。

「……ようやくテンションダウンしてくれたわね」
「いやいや〜、久しぶりにクリスに会うもんだからついつい嬉しくって」
「はいはい。でももう少し落ち着きを持ってくれたら嬉しいものだわ」
「善処シマス」
「あまりやる気ないでしょ」
「あはは、さすがしたたかというかお賢いクリス様!」
「それは関係ないでしょう!!」
「ステアさんは知ってるもんねー。学生時代、色んな男の人を手玉に取ることを少しばかり楽しんでたクリスさんのことをー」
「もう!人聞きの悪いこと言わないでよ!」
「ふふふ、でも今は旦那さん一筋なんでしょ?」
「……勿論よ。ステアに言われるまでもなく、あの人と私はラブラブなんだから」
「……うわぁ、お熱いことで!」

まるで学生時代に戻ったようだった。

クリスもステアも年を少し取った。雑談を交わす場所は、生徒達がたむろする教室ではなくて、ぼろぼろの年季の入った小さなアパートだ。クリスはパートナーを見つけて、ステアは夢を実現させた。
社会を知らず、ただ無邪気な少女だったあの頃とは何もかもが変わってしまった。けれど、二人で話す時間だけはまるであの頃と同じで。

授業中、こっそり手紙を回した。先生が目を光らせているのを掻い潜って、こっそりお喋りをした。
あの瞬間と同じように、言葉はいくつもいくつも胸の中から溢れ出して。まるで尽きることをしらない泉のようだ。

「………やっぱり、クリスと話すのは楽しいわ」

どうやらそう思っていたのはクリスだけではなかったようで。
ぽつりと落ちたステアの言葉が、クリスと気持ちが同じであったことを示す確かな証拠だった。

「そうね、ステアといる時間はいつもあっという間」
「おお、クリスがいつもに比べて素直!」
「……あら、私はいつだって素直よ?」
「………こればっかりはヒューゴのおかげなんだよなぁ……」
「ふふ、あの人に対して意地張っても仕方ないって分かったからね」
「もうおノロケ話はいいですよぉ〜だ。今まで換算して何十時間、クリスのヒューゴエピソードは聞かされたんだから」
「私はまだまだ話し足りないくらいなんだけど」

そうしてクリスはくすくすと笑う。
そして、何かを思いついたらしくいたずらっ子のように目を輝かせて言葉を続けた。

「そう言うステアはどうなのよ?噂の先輩とその後は?もう私、気になって気になってしょうがなかったんだから!」
「……うわ、ちょっといきなり私の方にくるの!!?」
「当ったり前よ!親友の話を聞きたいと思うのはそんなに変なことかしら?」
「……へ、変じゃないけど、えーっとその……」

言葉を濁すステアの姿に、クリスは確信にも似た叫び声を上げた。

「その様子だと何かあったのね!!?」

いつもこの手の話に入ると、ステアは真っ赤になって「私なんて全然進展なんてないんだからっ!」と言ってははぐらかし続けていたのだ。まぁ、それでもクリスは無理矢理ステアに吐かせてはいたが、それでもこのステアの態度の違いには『何か』があったのだと期待を膨らませる要素がありすぎる。
実は他人の恋愛沙汰に興味津々なクリスは瞳を輝かせてステアに詰め寄る。

「さ〜ぁ、ステア。洗いざらい全て話してくれなくっちゃ。私達、親友でしょう?」
「あ……あははは……ああ!私クリスのお腹触らせてもらってないわ!新しい生命の誕生を喜ぼうと思ってここまできたのに……」
「それはありがとう。とっても嬉しいわ、ステア。……で、タナットさんとの件なんだけど
「クリス〜〜!」
「あーら知らないわ、聞こえない。私があの人と付き合い始めた頃、恥ずかしがる私を無視して散々言いふらしてくれたのはどなただったかしら、おほほほほ」
「……もー、その話はなしって言ったのに〜〜〜!」

真っ赤になって呻き声を上げるステアにさらにクリスは詰め寄る。
普段は元気一杯、猪突猛進型の暴走娘のくせにこういうところはステアは弱いのだ。そんなステアがうろたえ、慌てる様を見るのは、これ以上ない娯楽である。
ニヤニヤと楽しそうに口角を上げるクリスがステアに詰め寄るステアはソファの端へ逃げ込む。
当然、それほど大きくないソファの端にステアが行き着き、万事休すと思われた瞬間。

「ただいま、クリス………って君は何をしているんだい?」

クリスの旦那である、若き考古学者、ヒューゴ=ジルクリストが帰宅してきた。

「ヒューゴ!」

思わず涙目で歓喜の声を上げたのは、もちろんステア。このスキに話題をすり替えて、はぐらかしてやろうとステアは策を巡らしたところで。

「……お邪魔するよ」

クリスにとっては聞きなれない声。ステアにとってはこの場で最も聞きたくない―――…

「あら、貴方は……?」
「お初お目にかかります、ヒューゴ氏の奥様。ヒューゴ氏とは先日よりお仕事でお付き合いさせて頂いているタナット=と申します。そして、この度はおめでただそうで……。お祝いを申し上げにと……ああ、それからうちの家内を迎えに参りました」

丸メガネをかけた優しげな風貌の青年の隣で、少し長めの銀髪を背中に垂らし、端麗な顔つきをした青年の。

「タナット!?なんでここにーー!!?」

タナット=の姿がそこにはあった。

「あら、あなたがタナットさん?お噂はかねがねよりお伺いしていましたわ。……もう、あなたったら、お客様がいらっしゃるなら事前に連絡してくれたらよかったのに」
「いえ、奥様。どうぞお気になさらずに」
「クリス、でよろしいですわ。ささ、こんな汚いところですがどうぞおくつろぎに……って……あの、私の聞き間違えでなかったら先ほど『家内』と仰られたのをお聞きしたよーな気がしたような、いやそんなまさかって……えーーっとそれは……?」

タナットの言葉に、目を丸くして恐る恐る尋ねるのはクリス。そしてクリスに詰め寄られた挙句、噂人が実際に現れて真っ青になっているステア。さらに玄関口で、のほほんと状況を理解しきれておらず「ステアさん来てたんですねぇ」だなんて暢気なことを言っているのはヒューゴ。

三者がそれぞれの反応を見せる中、色々な意味で注目されていたタナットがついにその口を開くと思われた所で。

「ちょーーーっっっと、タナット、今日はとお〜〜〜ってもいい天気ねぇ!!」
「ハイハイ、あんたは口を出さない。シャラップよ」

最後の抵抗とばかりに必死に声を上げたステアの口をクリスが塞ぐ。むがー!という呻き声が聞こえたような気もするが、クリスは爽やかに無視を決め込んで、再度タナットに尋ね返す。
するとタナットは二人のその一連の動作だけで全てを悟ったかのようで、大きなため息を吐いてからクリスに押さえ込まれている女性に向かって口を開いた。

「―――…まだ言っていなかったのかい、ステア。今日はお祝いとこの件を話しにクリスさんの所に行くのだと行っていただろう」

むがー!とまたステアから抗議らしい呻き声が上がったのだが、生憎クリスに口を塞がれているためどうやら弁明することは叶わないらしい。
呆れたようにタナットが半眼になった。

そんな少し砕けた表情になったタナットの表情に、クリスはおや?となる。確かステアの話ではタナットという憧れの先輩は冷静沈着、どんな時でもポーカーフェイスを崩さないちょっとお堅い感じの人だ、という自分の旦那と真逆の性格だと聞いていたのだが、どうやらそれは少し違うらしい。

「ああ、そこにいる彼女は、先日私と入籍して――…妻になった女性なんですよ」
「あら、そうなんですか……………ってえええええええええええええええええええええ!!??」

少しばかり思案していたばかりに、クリスはタナットが語った唐突には信じがたい話を流しかけて……大慌てで気が付く。
目をこれ以上ないくらい見開いて客人の前だというのに己を繕うことも忘れ、ステアの襟首を掴んで思いっきり詰め寄って叫び声を上げた。

「ちょ、ステアあんた一体どういうことなの、あんたこの間まで付き合うのも無理とかなんかそんなことばっかり言ってたじゃない!!何私を差し置いて勝手にそんな話進めてたの!!!???」
「……と、とりあえずクリス…」
「あなたは黙ってて!!!これは私とステアの真剣な話なんだからっ!」
「いや、違……」
「も〜〜う、あなたは自分の色恋沙汰に関しては喋らない子っていうのは知ってたけど、入籍したっていう重要なことを話さなかったって一体どういうことなの!!?もちろん式はまだなんでしょうね、っていうか式すでに終わらしてたら私達絶交よっていうか、あんたら付き合ってもなかったくせに何でいきなり入籍なのよおおおおおおおお!!!!」

ぜーはーぜーはー。
ステアの首を未だ絞めつつ、鼻息荒くクリスが絶叫した所でなんともタイミングよくタナットが口を挟む。

「クリスさん、よろしかったら私の妻の首をそろそろ離して頂きたいのですが……」
「クリス、ステアさん顔、紫色になってるから止めた方がいいって……」

後からヒューゴも助言に回る。
先ほどから必死に訴えていたのに、妻には相手にされなかったことが少しショックを受けつつあるようだが。

「あら?」

二人に指摘され、ようやく締めていたステアがぐったりしていることに気が付いたクリスは目をぱちくりさせた後。
また、このボロアパートに悲鳴が響き渡った。





「お恥ずかしいところをお見せしてしまって申し訳ありませんわ」
「いや、何も話してなかったステアが悪いんですから、クリスさんの驚きもごもっともですよ」
「僕もタナットさんと偶然仕事で一緒になって話しを聞いてホントびっくりしたよ」
「あなたももっと早く言ってくれてもよかったじゃない」
「ああ、ごめんねクリス……。すぐにステアさんがクリスの所に報告しに来るって聞いてたから……」
「…そう。なら仕方ないわね……要は悪いのはステア、と」
「……ううう」

クリスの絶叫が響き渡ってから、数十分後。
顔が真っ青を通り越して紫色になるまで締め上げられていたステアを懸命に介抱し、意識が戻った後、こうして四名は小さなテーブルを囲んで座っていた。

元々この部屋自体が小さいものであったため、大人四名がテーブルに集まっただけでもぎゅうぎゅうだった。おまけに椅子が足りず、部屋の奥から踏み台用の小さな丸椅子を持ってくることになったりと、この間だけでも一悶着があったのだが、とりあえず腰を落ち着けて話すことが出来るようになったのは先ほどのことである。

生憎揃いのティーカップの数が足りなかったため、出されたカップに統一感はまるでなかったが、それでも使い込まれたカップから、この夫婦がどれだけ大切に物を使い込んでいるかということが窺い知れる。
安価の葉ではあったけれども味を十分に引き出して注がれた紅茶は、それだけクリスが客人を丁重にもてなそうとした気遣いを感じられた。

「まあまあ、クリスさん。そうステアを問い詰めないでやってください。今回の件は一気に進められたものなので」
「あら、そうだったんですか?」
「……この狸女」
「何か仰ったかしら?親友に何も言わずに入籍しちゃったステアさん?」
「うぐっ!……だって付き合う段階すっ飛ばして急に入籍したってどう説明したらいいのか分からないじゃないっ……」

その間、一応形式として簡単な自己紹介をそれぞれ交わした。
クリス、ヒューゴの夫婦にとってレンズ学者であるタナットとは面識の薄いものであり、増してやクリスは彼と会うのはこれが初めてのものだったためである。

銀の髪を持った青年は先ほど彼が名乗った通り『タナット=』と呼んだ。
世間一般では学者、とは室内でぼそぼそと研究を行っている……いわゆる一部の方面に関しての物好き(=オタクといっても過言ではない)というあまり良くはないイメージを持ちがちであるが、彼はあまりそう言ったものを感じさせない風貌を持った人間だった。
意外に締まった肉体と、端正な顔立ちを持った――…まぁ、俗に言ういい男と言う奴なのだ。話してみれば学者らしく思考回路が一般人のものとかなりズレているらしいことは分かるのだけれども。
だが、それを差し置いてもタナットという男性は随分魅力的な男性であったに違いない。
うちの主人とは正反対のタイプね。思わずクリスが内心でそう零してしまったくらいには。

彼は現在、考古学者としてのヒューゴが心血を注いで探している天地戦争時代の遺産探しに協力を申し出てくれた数少ない協力者なのらしい。現在、ヒューゴによるとかなり信憑性の高いと言われている過去の文献から、どうやらお目当てのブツがついに発掘に取り掛かることが出来るらしい。
これがまたクリスはてっきりおとぎ話のものであると思っていたのだが、天地戦争時代で使われていた一振りの剣だそうだ。……とは言ってもクリス自身が考古学者ではないため、それほどヒューゴが探しているものに対して関心があるわけではない。
だが、本当に楽しそうに遺産について語るヒューゴの表情がクリスは好きだったので、見つかればいいなと思っていた。

紅茶から立ち上る、品の良い香りが鼻腔をくすぐる。

「ふむ、なかなか上手い紅茶ですな」
「…ふふ、ありがとうございますわ」

白い湯気が、開け放たれた窓の向こうへとゆっくりと流れていくのがどこか印象的な光景だった。

「大体っ!タナットが悪いのよ!……私はただ普通にしたかっただけなのに……こういうことは早めに済ましておいた方がいいって、付き合ったその日に役所に婚姻届を出す、普通!!?」
「万人の考え方に捕らわれること自体がすでに固定概念に縛られている証拠だ。学者であるのならば、そういったものを捨てるところから始めるべきだな」
「常識くらいは捨てないでよ、タナット!!」
「………どこから突っ込んだらいいのかしら、あなた……」
「……う〜ん、タナット氏も凄いけど、それをOKしたステアさんも凄いよねぇ」
「………ほら、あの子もちょっとおかしいから……」
「それはステアさんにちょっと失礼じゃないかい?」
「いーのよ、これくらいっ!……ああ、もう一体何なのよっ」

一組の信じられないほど色々なものを無視した夫婦の言い争いを背景に、比較的まともにステップを踏んでゴールインした夫婦は呆れながらも言葉を交わす。

「……ねぇ、二人は本当に結婚しても良かったの?結婚って、人生の一大イベントなのよ?責任だって付いて回るし、これからの人生を共に歩むパートナーなの。それをそんなに簡単に決めてしまっても良かったの?」

もっともな疑問が口から出たのはクリスだった。

何も彼女はステアのめでたい話にけちをつけたくてこのようなことを言った訳ではない。
クリスにとって、ステアという女性は憎まれ口を叩いたりする時もあるけれど、真の親友であった。
学生時代、クリスはその美貌から他の女学生に妬まれたりした時期がある。けれどどんな時だってステアだけはクリスの傍で誰よりも彼女を支え、共に歩いてくれた。だからステアはクリスの自慢で大好きな親友なのだ。
そんな大切な友人が、あまりにも短慮に物事を推し進めてしまったために、将来不幸になってしまうのではないか。また辛酸を嘗めることになるのではないかという不安で、ステアの幸せを願っての苦言としてそう言ったのだが。

「うん、まぁそれは後悔してないんだよクリス」
「当然だな」

えらくあっさりと二人に言葉を返されてしまって、拍子抜けしてしまう。

「………もう、一体何なのよ……」

クリスの様子を伺うように見上げるステアの表情には不安が滲んでいて、あっけらかんと振舞ってはいるものの、本当はどうこの話題を振ればいいのかに悩んでいたに違いない。
そりゃそうだ。
結婚の話が出る以前に、数週間前まではステアはタナットと付き合ってすらいなかったのだ。それが、まさかまさかの大成功で、おまけにいきなり入籍ときた。話される方も訳が分からないだろうが、話す方だってどう説明すればいいか迷うに決まっている。……よっぽどのド変人でもない限り。

どうせステアのことだから嬉しさと動揺で高ぶった気持ちのまま、そのまま一気にゴールインしてしまったのだろう。あの子は周りが見えていない時があるから。おまけに、意外に押しにも弱いので、告白されるかしたかは分からないけど、成功した時にその場の雰囲気で相手に押し切られてしまったら、断れなかったに違いない。

……ああ、もうあの子ったら…!

けれど、ステアがクリスだって見たこともないくらい幸せそうにタナットの隣で微笑んでいるから。

「だから言い難かったんだってばっ!……クリス、怒ってる…?」
「ううん、呆れてる」
「……そっか」

……ああ、やっぱり私はこの子に甘いんだわ。
クリスはそう思わずにはいられなかった。

文句は山ほど言いたいし、何の予告もなく大親友を横からかっさらっていってしまった抜け目のない男にだって果たし状を突きつけてやりたいくらい。……もちろんステアの恋愛にはとっても興味はあって応援はしてたけれど!こんな風に持っていかれるなんて思ってなかったんだからっ!

「でも、言っても聞かないんでしょ?」
「………え……う、うんっ!」
「しょうのない子ね。…ちゃんと式には呼んでよね」
「もっちろん!」

だから、クリスが言えることと言えば。

「おめでとう、ステア。……絶対に幸せになりなさいよ」

きっと、ステアの大親友として、彼女を祝福する言葉に違いないのだ。

「……ありがとうっ……!」

匂い立つような艶やかさを兼ね揃えた顔立ちのクリスに比べて、ステアはそれほど目立つ女性ではなかった。
けれでも、この時ステアが零した笑顔はきっと。
誰が見たとしても、眩しくて、でもどこか温かな気持ちになれるに違いないような……そんな笑顔に違いなかった。

「よかったね、ステアさん」
「ありがとうヒューゴ」
「おめでとう、タナットさん。ステア」
「おめでとう、クリス」
「ああ、そうだった。クリスさん、そしてヒューゴ氏もおもでとう」

おめでとう。

それはきっと祝福の言葉。


新たに生まれてくるであろう、子供と。
それから誕生したばかりに一組の夫婦に向けて。


最高の祝福を!










その日、小さなアパートには笑い声が満ち溢れていた。
誰も彼もが笑顔で、微笑んでいて。とてもとても幸せそうで。

――…その現実があまりにも夢のように眩しかったから、だからきっと誰も気が付くことができなかった。
彼らが見つけ出してしまうものは価値ある宝物ではなくて、おぞましき終末を迎えるための時計であったことに。

誰も、誰一人でさえ。


それから数ヵ月後、とある洞窟の中で天地戦争時代の遺産、ソーディアン『ベルセリオス』が発見された。
夢のように幸福な時間は、瞬間、音を立てて崩れ落ちる。

それはたった一本の剣のために。





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07.12.4執筆
07.12.4UP


クリス、ヒューゴの若き日の資料が手元にほとんどなかったので、ほぼ捏造です。
オリジナル設定でどうやら二部も驀進する予感がひしひしと。ス…スミマセ…っ!