腕に自信がないわけではなかった。

今まで、何人もの賊を捕らえてきた。モンスターとの戦闘だって、始めこそおっかなびっくりだったけれど、それでも倒し続けてきた。研究のためにレンズは必要不可欠だったから。
何年も旅を続けてきたおかげで、人よりは場数を踏んでいると自負していたけれど。

(……この人たち、強い……!)

正確に言うと、前線で果敢にも数名の兵士相手に剣を振るう赤毛の女性、と言った所だが。先ほどまでの印象では大らかで優しそうだと思っていたが、いざ戦闘になるとまるで違う印象だった。咆哮と共に繰り出されるその一撃一撃が重い。女性であるというのに、兵達相手に力押しできるその技量は目を見張るものがあった。
戦闘の中心で武器を振るう彼女についつい視線を集めてしまうが、後方でサポートしているルーティ=カトレットも侮れない。赤毛の女性は比較的大振りな動作で剣を振るっているのだが、その隙を上手くカバーするように動いている彼女の支援も戦闘を長引かせている大きな要因の一つだろう。
金髪のお兄さんの動きは、二人のそれに比べれば比較的読みやすい。やはり先ほどまでの困惑を引きずっているのだろう。それでも、時間が経過するうちにやけになってきたのか吹っ切れたのかは分からないけれど、格段に動きが良くなっていた。

(………まずい)

一言で言ってしまえば、今の達分隊は劣勢だった。
たった三名相手のはずであったのに。

相手は思い思い、自身の特性をより効果的に引き出せる戦い方をしているに対して、こちらの状況は対照的に最悪だった。
まず、兵達の統制がとれていない。真っ先に隊の隊長である人間が討たれてしまった。そのため、指揮権は始めの公約通りに移るはずだったのだが。

……例えば、仲良しグループが一つあったとする。そのグループにはリーダーが一人いた。けれどもある日突然よそのグループのリーダーがそのグループのリーダーの座を陣取り、言うことを聞けと言えば、そのグループの人間は本当に言うことをきくだろうか?

答えは否、だ。
いくら王の証書が手元にあったとしても、自分よりも明らかに年下で非力そうな小娘一人の言うことを誰がまともに聞くだろうか。

指揮は狂う。まともに指揮を取った経験のないは焦る。焦りは、自分の戦い方を見失う。
分隊は確実に三名の賊に押されていた。

「あら、あんたさっきいたっけ?」
「………っ!」

思いの他近くから声がして焦る。
ああ、いつの間に敵にここまでの進入を許してしまったのだろう。彼女は基本的に後方支援だったはず。……だとすれば。

「ルーティ!こっちは片付いたぞ!」
「これで残りはあんただけよ。……あんたみたいな綺麗な女の子に怪我を負わせるのは忍びないわ。ここで引いてくれたら見逃してあげるわよ」
「………冗談っ!」

近距離でルーティが握っていた短刀を、蹴り上げて吹き飛ばす。
キィン、という金属特有の音を上げて、短刀は茂みの方へ飛んでいった。

「あっ!」
「これであなたは丸腰ね」
「……くっ」

先ほどまでずっと回らない指揮に振り回されっぱなしで、ろくに武器だってかざす事が出来なかった。そこにきて、思わぬ体術の反撃。意図したものではなかったけれども、これはルーティにとって意表を突いた形になったようだ。
先ほどまでずっと紅月を握り締めていたから、きっと中距離専門の兵とでも思ってくれたのかもしれない。

ちらりと辺りを見渡す。
辺りには、何人もの打ち倒された兵達がいた。

仮定の話だが。もしもが優秀な指揮官で、有無を言わせぬはっきりとした指示で彼らを動かすことが出来ていたならば、戦果は変わっていたのだろうか?

(……リオンだったら)

変わっていた。
リオンだったら、間違いなく賊を押さえていた。だって、時々だったけれど見ていた。同じ年なのにはっきりと淀みない指示を飛ばして、半信半疑だった兵士達の信頼を勝ち取った。
リオンならば冷静に周りの状況を読んで、相手よりも先手を先に打ったに違いない。

(……悔しい)

不甲斐ない自分に。
いたづらに兵を分散させてしまい、傷つけてしまった事実に。

天才、と称されてこそいるけれど、リオンの技術にはいつだって裏打ちされた努力があったのを知っていた。努力を見せることを嫌うリオンだから、滅多にその姿は見られないけれど。
冬の寒い日に裸足で素振りを繰り返していた。夏の暑い日に防具を着こんで稽古をしていた。戦術のイメージトレーニングだってきっとやっていたに違いない。

本業は違うことくらい分かってるけれど、それでも彼と同じように指名されてここにやってきたんだ。
こんなところで負けるわけにはいかない……!

「私一人でも十分戦える!」

相手は三人。
そうだ、たったの三人だ。油断は出来ないけれど、一人で何人も相手にしたことなんて腐るほどあるじゃない……っ!

「ずーいぶん強気ね」
「……そんなハッタリ言ってる場合じゃないんじゃない?」

冷静になれ。……冷静になるんだ。焦っちゃ駄目なんだ。
まずは武器を奪って丸腰なルーティから攻めるのは定石、だけど。

「はぁああ!」

死角から現れた赤毛の女性が振り下ろした剣の軌跡ギリギリではそれを避けた。
気配を感じたとか、揺れる空気の振動を感じたとかそんなものではない。それは幾戦も潜り抜けた戦闘による経験からの直感だった。

くる、と思ったそのタイミングでまさしく女性の攻撃を避けたのだ。

力押しであれば、先ほどの戦闘を見る限りでは彼女の相手にならない。また、相手をしている瞬間背中を攻められてしまえばひとたまりもないことは明らかだ。このの判断は正しいものだったと言えるだろう。

「……ほぉ、やるな」
「そりゃどーも!」

振り下ろされる。横ステップで避ける。突きが入る。上体をそらす。なぎ払われる。バックステップ。

まるで軽業師のような身のこなしで避けるに、ひたすら強力な攻撃を加えようと剣を振るう女性の攻防が繰り返される。

視界の隅で何かが動いた。……武器を奪われたルーティが、武器の回収に向かっている!

「させないっ!」

放たれるは、紅い月。
孤を描いて宙を裂いてゆく上弦が、ルーティの行く手を遮った。牽制のつもりでかけた一撃は、その効果を十分に果たしてくれたらしく、ルーティが思わず歩みを止めたのが見て取れた。

ともかく、集団戦だけは避けなければならない。
数だけなら確かにこちらに分はあったが、連携は格段にあちらの方が上だ。おまけにこちらは援護がない。意表を突くために晶術が使えれば有利にはなるだろうが、詠唱時間の問題を考えるとまず無理だ。出来ることなら各個撃破で望みたい。

主戦力であるこの女の人さえ抑えれば、あとはきっとなんとかなる。ルーティはまだ丸腰だし、あのお兄さんは………って待って?そういえばさっきから何を……

「ファイヤーボール!」

真っ赤に燃え滾った火だるまが、立ち尽くしたのすぐ脇を通り抜けていった。

「………え?」

炎はの背後の木に燃え移り、パチパチという爆ぜる音を立てる。
それは、本来ならばありえないはずの超現象。必死の研究によって手に入れたの奥の手のはずであり、誰でも使うことが出来るはずのない技のはずだった。

「……お願いだ!引いてくれ!」

お兄さんの持っている剣の柄の装飾が紅く輝いている。……不思議な形。戦いのための道具のはずなのに、装飾過多にも見えるその剣はひどく美しかった。

「馬鹿!周り見てそれ使いなさいよ!」

じゅう、という音が立ったと思った次の瞬間、燃え盛っていた木は炎を消した。後に立ち上っているのは湯気ばかり。熱く燃えた炎にまるで水でもかけたようだった。

いつの間にかルーティが短剣を取り戻している。
小ぶりながらも洗練されたデザインだ。淡く光っているさまがお兄さんの剣同様、とても綺麗だった。

呆然として、はその二振りの剣を交互に見つめる。
太陽の光を受けて反射している、中核のあの丸い物体。自分は誰よりもそれに馴染みがあるじゃないか。

「……ソーディアン?」

思わず声が掠れてしまう。
天地戦争の遺産と言われ、合わせて6本しかないと文献にも残される伝説の剣。その一本が国宝級に値するという。現在、そのほとんどが行方知らずと聞いていたけれど……。

『あら、私たちの事をちゃんと分かってくれる人もいるじゃない』

頭に直接響くような声が聞こえる。そう、シャルティエと同じように。
なぜあれほどの歴史的にも価値としても最高ランクの物が、賊の手にそれも二本もあるのかは甚だ疑問ではあるが、疑いの余地などまるでなく『あれ』は天地戦争時代の遺産だった。

「ちょ……っ
「ちょっとそれ研究させろとか言う気じゃないだろうな、この馬鹿者が」

息が詰まる。もはやそれは衝動といっても過言ではないだろう。
目を輝かせて、勢いよく足を踏み出そうとしたの首根っこをひっ捕まえて、冷静に突っ込みを入れるのは聞きなれた声だった。

「あ」
「貴様、僕がいない間にこのザマは何だ。それで出て行こうとするなんて馬鹿も大概にするんだな」
「……え…えー……っと…」
「フン、使えない奴。もういい、ここは僕が片付ける」

見慣れたマント。突き放したような言い方。
先刻、ヴォルトの家に向かうと言って分かれたリオンの姿がそこにはあった。

「……え、私は……?」
「周りで寝ている馬鹿者どもを叩き起こしてでもこい。足手まといだ」

困惑するの言葉をあっさりと切り捨てて、リオンは言葉を続ける。

「この程度の相手、僕一人で十分だ」

そうして掴んでいたの襟元を離し、さっさと相手に向かって進んでゆく。酷くあっさりとした口調だった。

「……国軍に反抗する馬鹿共が。大人しくしていれば手荒な真似はしない。さもなくば……どうなるか分かっているだろう?」

揺れるマント。
叱られるならば、いつもみたいに怒鳴られる方がよっぽどましだった。リオンの後姿を見るのが無性に辛い。

(そっか。……期待なんて最初からしていないから)

自分なりにプライドを持って仕事に取り組んでいたつもりだった。……でも、それは『つもり』でしかなかったのだ。
現に今、こうして統率がとれなかったばかりに傷つけた兵達がいる。たった三人の賊に追い詰められて、一人で窮地に陥っていた。相手がソーディアンマスターであったことは確かに意外なことだったかもしれない。でも、相手がソーディアンマスターだったから任務に失敗しましたなんて一体誰が言えるのだろう?
仕事を与えられた以上、には期待が寄せられていたのだ。それすらも満足に返せなくて、一体どうしてはリオンと同じように肩を並べて歩くことが出来るのだろう。

「ふーん、たいした自信じゃないか」
「仲間割れしてるようなガキなんて引っ込んでなさいよ。怪我するわよ?」

に出来ることは、リオンの言ったように傷ついた彼らを介抱することなのだろう。彼ならきっと、こんな状況でも一人で打破できてしまうに違いない。

「警告に従わないと言うならそれでもいい……悪人に人権は無い。実力行使だ!」

握り締めた手のひらに、爪が食い込んでいた。





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07.2.1執筆
07.2.2UP