全てはあっという間の出来事だった。

盗掘者である賊三人に対して客員剣士であるリオンは一人。
しかし、勝負はリオンの圧勝だった。





「お疲れ様でした」

最敬礼。
やリオンよりもずっと年齢は上だろうに、城の兵士はこれ以上ないくらい丁寧な様子で二人の帰還に労いの挨拶をかける。

軽い会釈をしては彼の隣を通り抜けた。チクリと、言葉が胸に刺さる。
その言葉は任務をきちんとやり遂げたリオンに向けられるものであって、今回ほとんど役に立てなかったに向けられるものではない。そんなことは自分自身が一番分かっていて、だからこそリオンの隣を並んで歩くのが今日に限って苦しかった。
手のひらをきつく握り締める。その程度でこのどうしようもなく居た堪れなくなる思いが薄れるわけがないけれど、それでもせざるを得なかった。

多分、のことを誰も責めはしないだろう。
彼女の本職はあくまでレンズ研究の学者であること。本来ならば専門外のこと。だから、『仕方がない』。

でも、は『仕方がない』という一言で全てを終わらせて欲しくなかった。
例え専門外のことであったとしてもは期待を受けて、その期待に応えるために話を受けたのだ。例えその過程が渋々だったとしても、選んだのは自分自身だ。責任はちゃんと取りたい。そう思う程度にはにも責任感がある。

沈んでいるに対するリオンの様子はあくまでいつも通りだった。
喋らない。ただ、黙々と目的地へ向かって歩いているだけ。

……そうだ、いつだってリオンはこっちから喋りかけない限り、雑談なんてしなかったんっだけ。
ごくごくありふれた日常と化していた光景。でも、それは独りよがりのものだったのだろうか?

なんだかその事実にやるせない思いがこみ上げてくるのを感じながら、は下唇を噛んで長い廊下を進み続けた。















リオンが捕らえた盗掘者達は、名をスタン=エルロン、ルーティ=カトレット、マリー=エージェントと言った。
見るからに個の強いその三人の内二名、スタン=エルロン、ルーティ=カトレットはソーディアンを扱うごく稀な資質を持つ人間だった。ソーディアンを扱うことの出来る者は、レンズとの波長が合うものでなければならない。それは個人の努力とは一切関係なく、産まれながらに持ち合わせたもの。ある種の才能。

そんな天から授かったとも言える才能を王の右腕とも呼ばれる側近、ヒューゴ=ジルクリストは見逃さなかった。


突然告げられたストレイライズ大神殿襲撃の報告。
歴史的にも非常に価値ある遺産が収められていると言う神殿の調査に、急遽編成したパーティに彼らは盛り込まれることになった。その才能の価値を見込まれて。

無論彼らは囚人のため、ただ野放しにされるわけではない。囚人監視用の装置を身体に取り付けられることを条件に、リオンの監視下の元、調査隊として派遣されることになった。


そして、その調査隊にの名が連ねることはなかった。















「神の眼、かぁ……」

窓から差し込む斜光をぼんやりと眺めながら、は小さく呟いた。
思い出すのは、玉座の間でのやりとり。

この期に及んで白をきり通そうとするルーティに、怒り心頭のセインガルド王。そんな彼女らの裁きに割って入ったヒューゴのこと。
切り出された、ストラレイライズ大神殿に収められていた古の戦争の最終兵器。事を密やかに進めたいとする思惑に、新たなマスター達。

新たに編成された調査隊に、は参加しなかった。
君には別件で頼みたいことがある。そう言ったヒューゴの言葉は沈んだの心に容易く染み込んで、気まずい気持ちのままにリオンとシャルティエと別れてしまった。

でも、これで良かったのかもしれない。
あんな気持ちのままですぐに次の仕事に取り掛かったのなら、今度こそ失望されてしまうようなことをしてしまうかもしれないから。
だから、ヒューゴがどんな思惑で言った台詞なのかはには分からなかったけれども、告げられた言葉がどんな言葉よりも甘美な響きを持っていたことだけは確かだった。


……何がいけなかったんだろう。
気が付けば、そんなことばかり考えてしまう。


指示が飛ばせなかったことだろうか。
戦闘中だというのに、自分の好奇心に負けてしまったことだろうか。

どちらものような気がした。





「僕は拒絶しているのに……近づかないで欲しいのに……っ!でも振り払っても振り払ってもへらへら笑って!近づいてきて!」





まだ、耳に残っている。あの声が。あの叫びが。

駄目だ、忘れるって決めたじゃないかあの日のことは。
傍聴者があの場にはいるはずなかったんじゃないか。だってあそこには一人の男の子と、ただ優しい女の人がいただけだった。その時間はきっとどんなものよりも彼にとっては尊いもので、それを侵す存在はあってはならないはず。

だから私は聞かなかった。知らなかった。

……ねぇ、そのはずなのに。
しらんぷりの笑顔が上手に装えなくなっているような気がするのは、どうして?

一体、いつの間にこんなにも臆病になってしまったのだろう。

彼の期待にただ、応えられなかっただけのことなのに。
自分はただ、自分らしく在っただけのはずのことなのに。

ただそれだけのことのはずなのに。そう思い込んで必死で蓋をしている胸の痛みに今更悩んで、はそっと天井を仰ぎ見た。



かけられた言葉に気が付いて、は声の主に顔を向けた。

「ヒューゴさん」

言葉は、思いの他いつも通りの響きで伝えられた。
何かに脅える不安定なの心を上手く隠しきれた、いつも通りの声。いつも通りに笑う、自身の姿。

「こちらに来なさい」

だからはいつも通りにヒューゴの声に従って彼の元まで歩み寄った。ただ、それだけのこと。





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07.2.22執筆
07.2.22UP


主人公の感情は恋、というよりもせっかく得たと思った近しい人が遠のいたのではないかという不安です。
事が事だけにいつもみたいに茶化すことが出来ず、どう対応していいか分からない。失望されてしまったらどうしよう。
主人公の築いた不器用な関係が、今更ながらに恐くなってしまった。そんな雰囲気を感じて頂けると嬉しいです。