神の眼の安否を気にしてざわめく王城に、調査団の帰還が迎え入れられたのは数日後のことだった。

「ストレイライズ神殿より神の眼が奪われました」

どうか無事であって欲しい。そう願い続けた期待は、リオンが告げたたった一言で脆くも崩れ去ってしまった。
調査団が現地に向かった時にはすでに神殿内にモンスターが徘徊しており、外部からの進入を拒む結界が張られていたらしい。つまり、すでに手遅れだったということ。
密やかに神殿内に安置されていた神の眼は、造反した大司祭グレバム=バーンハルトの手によって持ち出された後だった。神の眼が安置されていた場所に残されていたのは、説得を試みたものの失敗し、石にされていた司祭だけだったらしい。

石にされていたという司祭は、若い女だった。
白を基準にした清楚な神官服をきっちりと着こなしていることから、真面目な性格で、従順に神の教えに従ってきた司祭なのだろう。小さな顔なのに大きな丸メガネをかけているのが印象的だった。

「フィリア=フィリスと申しますわ」

城に入ってきた時も、それからもずっと彼女は思いつめた顔をしていた。信じていた大司祭に裏切られたのだ。突然の謀反はきっとショックなことだっただろう。どうか届いて、そう願った説得が届かなかった時、どれほどの失意を感じたのだろう。彼女は部屋の中で石になっていたという。その身を石に変えられる瞬間まで、大司祭に呼びかけ続けた彼女は今まで一体どんな思いでここまでやって来たのだろうか。
グレバムを止めることが出来なかったことに責任を感じ、神殿を飛び出してまで付いてきた女性。

それでも自己紹介として名を告げた瞬間の、ささやかな笑みと差し出した手のひらの温かさは本物だった。

「私はって言います。よろしくね、フィリア」





時刻は一時間ほど前の出来事まで遡る。

王城へ報告に上がる前に一度ヒューゴに報告するため戻った一向には、一人、見知らぬ人間が増えていた。その件に関して簡単な状況説明を行った後、ヒューゴから直々にも調査団に加わるように申し渡されたのだ。

神の眼が強奪されたとなると、もちろん奪還しなければならない。それも早急に。そして密やかに。
七将軍が表に出れば事が公に漏れてしまいかねないことから、神の眼奪還の任に調査団一行が引き続き就くことになるだろう。ソーディアンマスターが3人もいるということは大きな強みではあるものの、これから一向は神の眼を奪ったグレバムの潜伏先を割り出し、そこを叩かなければならない。そのための人員は多いほうがいいだろうという、ヒューゴの判断からだった。

事前にその旨を伝えられていたため、は驚いたりはしなかった。リオンは少し眉をひそめたけれども、ヒューゴの申しつけなら、と首を縦に振る。

こうして神の眼の奪還の任に付いた一行に、も遅れて参加することになったわけだった。



とにかく報告が先だ、ということで先延ばしにされていた自己紹介が終えた後、は見すぎているくらいにこちらをじっと見つめている視線に気が付いて首をかしげた。

「……ん、どうしたの?えーっと……ルーティ」
「んー。その容姿、どっかで見覚えがあったような気がしたのよねぇ〜」
「……私?」
「そうよ、あんた以外誰がいるって言うのよ」
「むー……リオンとか……?目立つし」
「あんたら二人で目立ってるのよ」

そうなの?とぱちぱちと瞬きを繰り返した後、はルーティを心底不思議そうに見上げた。
そんなの様子に、あんたら二人はぱっと見目を引くでしょと呆れたようにルーティは息を吐いた。そう言ったはいいものの、やっぱりはルーティが言ったことにいまいちピンときていないらしく、困ったように少し目線を泳がせて笑った。

「おい、無駄話をするな。船員からここ数日前の内に大きな積荷があったことを聞き出した。証言の形状と、取り扱い方から多分神の眼だろう。行き先はカルバレイスだそうだ。とにかく一度王城に報告に行くぞ」

怪物騒ぎのせいで今すぐに出航できるわけではないしな、と付け加えたリオン。尊大な口調で告げられた言葉にはーいと真っ先に返事を返したのはだった。
そんなの慣れた様子に、ルーティはよくあんなクソガキの言葉に素直に返事が出来るわねとぼやく。えへへ、慣れたの。へにゃりと締まりなく笑ったの笑顔に、今度は違う意味でルーティはため息を吐くことになったのはまた別の話だ。

「あ。思い出した」

ぽん、とルーティが手を打つ。

「あんたあの『銀髪の風使い』でしょ」
「え、何々?ってそんなカッコイイ通り名なんてあるの?」

どこからともなく面白そうな会話の流れを嗅ぎつけてか、スタンまでもがやって来る。ああ、俺スタン。よろしくな!といかにもな好青年な様子で自己紹介を受けてから、は彼に対して好印象を持っていた。

最初の出会いを考えたら、スタン、ルーティ、マリーに好意を向けてもらうことは難しいに違いない。そう考えていたのだけれど、のその予想はいい意味で外れてくれた。案外すんなりとこの三人はのことを仲間として受け入れてくれたのだ。
「あのクソガキに比べたらあんたはずっと素直で可愛いわよ」そう言ってくれたのは確かルーティ。ひねくれ者で優しさを見せることを隠すような節のあるリオンが、初対面の相手に対して好意的に振舞う様子は想像出来ないけれど、案の定いつも通りに振舞ったらしい。リオンもあれでいいところがあるんだけどね。そう付け足したものの、リオンの対応との違いで三人が自分を好意的に受けとめてくれたという事実は複雑だ。結果的には三人が好意的にを受け入れてくれたから、それは感謝すべきなんだろうけれど。

「よく知ってるね。……ってルーティは確かレンズハンターやってたんだっけ」
「そうよ。レンズハンター足るもの情報収集を怠ってちゃ話にならないわ!それくらいのことは知ってるわよ」
「へえぇ〜〜って有名人だったんだ。俺、知らなかったよ」
「ま、私と違って田舎者のあんたは知らないでしょ」
「田舎は関係ないじゃないか!それにリーネはいいところだぞ!」
「へぇ、どんなところがいいってのよ?」
「く、空気が美味しいし、食べ物も新鮮で美味しい、とか……」
「それが田舎って言うのよ」

ぱちぱち、とは瞬きを繰り返す。
いつの間にか話が田舎、田舎は関係ないに脱線してしまっている。これでいいのかな、と置いてけぼりをくらってしまったは目の前で繰り返されるスタンとルーティのやりとりを眺め続けていたけれど。

「うん、スタンもルーティも仲がいいな。羨ましいぞ」
「「よくないっ!!」」

なんだか、とても楽しいからこれはこれでいいのかもしれない。

「マリー!それに何まで笑ってるのよ!」
「あはははっ!ごめん、だって……二人とも息がピッタリだから……っ!」
「「だから違うって(わよ)!!」」
「ほら、それが」
「な」

マリーとは示し合わせたかのようにしてスタンとルーティを見る。それに二人は大抗議をする。そんな些細なやり取りがにとってはとても新鮮で楽しかった。

「み、皆さん……。そろそろ行かないとリオンさんが……」
「あ、やばっ!忘れてた!」

こうやって、慌てることでさえも。





「珍しくしょげていたかと思えばこれか」
「えへへ」

すれ違い様にリオンが零した言葉に対して、は締まりなく笑った。

「落ち込んでいる暇を作るより、前に進もうって思ったんだ」

くるりとターンをして、珍しく声をかけてきたリオンに向かっては言葉を続ける。動いた時に揺れた髪が、銀の軌跡を描いて散らばるのが印象的な光景だった。

「……ううん、そう思えるようになった。ヒューゴさんのおかげ、かな?」

真正面からリオンの瞳を見つめなおして、は答えた。

「今度こそ足手まといにならないように、リオンをサポート出来るように……私、頑張るよ」

仕事を引き受けた以上、それは自分の責任だから。それをリオンに押し付けるような真似はもうしない。そのための努力をすることが今の私に出来ることだから。そう、信じていたいから。

真っ直ぐすぎるくらいに真っ直ぐで真摯な瞳。
琥珀色を彩ったまん丸な瞳が、アメジストの瞳を見つめる。

「……だから、今度こそよろしくお願いします」

ぺこりと下げられた小さな頭に対してリオンが告げた言葉は。……結局、いつも通りの捻くれた分かりにくい、けれどどこかにそれを許容する意味の込められたものだったのは語るまでもないことかもしれない。




BACK   or   NEXT



07.3.3執筆
07.3.3UP