2017.7.25 更新

ランジェリー戦記

 風車によって霊勢を管理しているカラハ・シャールは、その過ごしやすい気候と立地から、領民が増え、街として大きな発展を遂げた。出会いと別れの街――旅人が街を気に入り、装備を置いていくことからそう呼ばれるほどのものだ。つまるところ交易の拠点ともなっているこの街は、様々な物資が集中しているとも言える。
 カン・バルクの凍らない糸で織られたという祈念布や、イラートの特産であるアケボノと名付けられた清酒。ル・ロンドの鉱石。それぞれの特産品が集中する市場は、領民たちも自慢の活気ぶりだ。氷の精霊達の加護を受けた、冷たくて甘いアイスキャンディーはいかがですか。売り子の盛んな掛け声が飛び交っている。
 カラハ・シャールに寄ったのは、物資が心もとなくなっていたということ、それからエリーゼが領主であるドロッセルを恋しがっていたからだ。久方ぶりの休息日という名目で訪れたカラハ・シャール。様々な物資が集まるこの場所で、年相応に目を輝かせたのはレイアだった。
「お買い物しようっ!」
 ミラとエリーゼを前にそう唐突に切り出したレイアの右手には、すでにお馴染みの財布が握られている。レイアらしい黄色の、少し丸みを帯びた可愛らしい財布だ。いつもの彼女らしく溌剌とした口調で続けられた言葉に、告げられた相手であるミラとエリーゼはぱちくりと瞳を瞬かせた。
「買い物? 旅で必要になる物資は、ローエンが手配すると言っていたが」
 不思議そうに首を傾げるミラの言葉に、レイアが違う違うと首を振る。そうして擬音を付けるのであればびしっとでも言うかのように、人差し指を突き出してみせた。
「もちろん、グミとかボトル類も大事だけどさ。それが以外の買い物もあるじゃん! 例えば替えの服とかアクセサリー類とか、あと下着も!」
「今ので十分じゃないのか?」
「消耗品だから替えは必要だよ!」
 唇に手を当てたミラを前に、トレードマークの青い花飾りを大きく振ってレイアが声を上げる。何より普段、男子の目があったら買いに行けないじゃない。あと、大きい街じゃないと、可愛いデザインのって売ってないし!
「そういうことなら私に任せてちょうだい!」
 一体どこから聞きつけてきたのだろう。レイアの言葉に俄然やる気を出して目を輝かせた人物がいた。言わずもがな、このカラハ・シャールの領主であるドロッセル・K・シャールだ。栗色の髪を束ね、桃色の装束に身を包んだこの街の令嬢は、この時ばかりは相応の娘らしく目をきらきらと輝かせている。
「わーい、ドロッセルだー!」
 自慢の柔らかボディをくねらせてティポが、続いてエリーゼがドロッセルに飛びついた。そんな親友を両腕で抱きとめたドロッセルがにっこりと笑う。
「行きましょう、下着屋!」
 謎の有無を言わせぬ響きがある。もしかすると、領主になってからというもの、なかなかこういった機会に恵まれないのかもしれない。ドロッセルの言葉に同意するように、エリーゼはこくこくと頷いてみせる。
「ドロッセルが教えてくれるなら、きっといいお店が見つかるね!」
 気を取り直して、レイアが右手を握り締める。そんな彼女の前向きな言葉に、ドロッセルはにこにこと「ええ、もちろん」と楽しそうだ。
「それじゃ、行ってみよーう!」
「「「おー!」」」
 かくして領主制をとっているはずなのに多数決の民主主義が採決された結果、否定派のミラだけが彼女らに引きずられる格好になって、下着屋へ向かうことが決定事項になったのである。

   * * *

 煌びやかな照明に照らされて、色とりどりの下着が浮かび上がっている。女性を模した滑らかな質感のマネキン装えば、商品がいっそうに魅力的に見えてしまうのはどうしてなのだろう。ハートハーブやプリンセシアの花を模した豪奢な刺繍。フリルで縁取られた繊細な造形。ひと針ひと針が丁寧に縫い込まれた職人の技巧とも呼べる。男児禁制の女の花園。領主自らがお気に入りなのだと豪語する下着屋は、確かに品ぞろえ、品質をとっても最上級と呼べるものだろう。
「すごい……」
 それなりの広さを確保した店一面に広がる下着。あらゆるニーズに応えることができるよう、カップの大きさや色、形。実に様々な種類がある。圧倒的な物量を前に感嘆の声を上げるレイアの隣で、ドロッセルがにっこりと微笑んだ。
「すご~い、いっぱい~~!」
 エリーゼの興奮を代弁するかのように、ド派手な桃紫が飛び回る。ティポが大騒ぎをしてしまうのも無理はない。目移りするほどの下着なんて、生まれてこの方見たこともなかったのだから。
「ひゃー、目がちかちかする~」
「確かにすごいな」
 思わず目を瞬かせるレイアの隣で、ミラもまた感嘆の溜息を吐いた。彼女の視線の先には繊細なレースに縁取られた、ほぼ半透明の大胆な下着がある。いや~んと、ティポが恥ずかしげ柔らかボディをくねらせた。
「これなんてほとんどヒモです……!」
「刺激的すぎるよ。こ、こんなの履く人なんているの?」
 もはや当初の目的を忘れて、エリーゼとレイアがスケスケヒモ下着を手に取り恐れおののいている。しかし、野次馬根性丸出しの彼女たちとは対照的に、さっさと商品に延ばされた腕があった。
「えっ」
「あら」
 光るのは銀縁フレームのメガネだ。長い栗色の髪が見事な凹凸を描く抜群のプロポーションを飾っている。その整った美貌を惜しげもなく前面に押し出した、青い装束。下手すると痴女。まさしく四象刃が一人、「百識のプレザ」の姿がそこにあった。
「マクスウェル!」
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