キジル海瀑。

異なる霊勢がぶつかる位置にある影響で岩が鋭く切り立ち、それが独特の景観を作り出している。
人の進入を拒むかのような複雑な地形と多数の段差を乗り越えれば、抜群の透明度を誇る美しい海が出迎えてくれる。





「ぅ……わあ!」

光る水面に、真っ先に目を輝かせたのはエリーゼだった。

「すごいです!キレイ!」
「すごいすごーい!ピカピカのキラキラ〜」
「わたしもこんな透明な海初めて!」
「まさかこのように見事な景色が存在するとは……」

初めてキジル海瀑を目の当たりにした面々は、想像以上の美しい景観に感嘆の声をあげた。
嬉しそうに声を上げるエリーゼやレイアはともかく、老練なローエンでさえもが驚きに目を見張る透明度は、一行の心を沸き立てるには十分すぎたようだった。

「お願いした甲斐あったね、エリーゼ」
「はい。……ミラがいいって言ってくれて良かったです」

というよりは、正確に言うとこの二人に押し切られたと言うのが正しい。
以前、二・アケリアへ向かう旅路で綺麗な海を見たという話をしてからと言うもの、二人はことあるごとにミラに『お願い』を口にしていたのだ。
今回たまたまハ・ミル方面まで足を運ぶ用事が出来たので、さらにもう一足。このキジル海瀑で海を堪能しようという話になったのだった。

「成すべきことを成さねばならないが、たまにはこうして一息入れてもいいかもしれないな」
「あんたがそんなこと言うなんて、変われば変わるもんだな」
「ああ。適度な休息は、人の心と体に良い影響を与えるのが分かったからな。現にエリーゼやレイアを見てみろ」
「……ものすごい張り切ってるな」
「そういうことだ」

微笑ましい顔で二人を見つめるミラは、確かにアルヴィンが言うように変わった。
成すべき使命にただ固執するのではなく、自分を支えようとしてくれる仲間たちへの気遣いを覚えた。精霊の主としてマクスウェルを名乗っていた頃ともまた違う、穏やかさも併せ持ったミラ・マクスウェルがそこには在った。

「ミーラー!着替えようよー!」
「分かった。行こう」

レイアの言葉に、素直に頷く。
そうしてエリーゼとレイアを連れ添って遠のいてゆくミラの姿を見ながら、アルヴィンは零すように呟いた。

「ホント、変われば変わるもんだこと」

いい女にますます磨きがかかっちゃって。
こりゃジュード君も心配で適わんわ。
ん?…………そういやジュードの奴、どこ行ったんだ?

ここに来てアルヴィンは、冒頭から黒髪の青少年の姿が見えないことに気がつく。
そう言えば彼はどこへ行ったのだろう。キジル海瀑に来る時もあまり乗り気ではなかったように見えたけれども、まさか一人帰ったりすることもあるまい。
そうしてアルヴィンは人気の少ないビーチをうろうろと散策して、ようやくジュードの姿を見つけた。

「……何やってんの、おたく」

一番乗り気でなかった奴が、どうしてシュノーケル付けて真っ先に海パンになってるんだよ。

「えーっと……」

照れたように俺を見上げるな。
っーか、そういうのは女子がやってくれよ、マジで。

と身も蓋もないような酷いことを思いながら、表面上は勤めて平静にアルヴィンは続ける。

「そんなに泳ぎたかったわけ?」
「う、うん。実は……」
「嘘だな」
「ええ!?」
「ものすごーく目を泳がせて言ってるようじゃ、立派な嘘つきにはなれないぜ」
「……ならなくていいよ」

半眼になって呆れたようにジュードがアルヴィンを見上げる。

「まっ、冗談はさておき」
「冗談にしては程度が低いと思うけど」
「……言うようになったね、ジュード君も」

それでもこちらが優位なことには違いない。
真っ先に海に潜る準備をしたジュードの動機に心当たりがあるアルヴィンは、水滴に濡れる肩を抱いて耳打ちした。

「ミラ様のバリボーなボディを堪能するチャンス、わざわざフイにしなくったっていいんだぜ?」
「……っなっ!!?!?」

完璧に図星だったのだろう。
みるみる内に脳内妄想で赤く茹で上がる青少年の姿に溜飲を下げたアルヴィンが厭らしく笑う。

「普段から悩殺系の露出高い服着てるもんな。これで期待するなって言うのが無理だって」

日常の格好がすでにかなりの薄着のミラは、「動きやすくて気に入っている」と自分の服を指してハッキリと断言していた。……となれば遊泳を楽しむ用途の水着は、さらに高い露出を期待するってもんだ。
そりゃあ思春期の青少年の妄想力を爆発させるわな。……と、真っ赤になったジュードを見ながら、あくまで大人の余裕でアルヴィンは分析する。
だが、素潜りの準備までして悩殺水着を直視しないようにするだなんて勿体ないこと甚だしい。あくまで持論を突っ走るアルヴィンに振り回されたジュードが、主体性なく俯いた。

「おまたせー!」

明るくはしゃいだ声が貸し切り状態のビーチに響き渡る。
言うまでもなく、このパーティの元気担当要員・レイアの声だ。

「じゃじゃーん!」
「おー!」

ブルーとホワイトの爽やかな色合いのストライプが眩しい。
形のいい胸を反らせて、スポーティな水着に身を包んだレイアがにっこりと登場すると、アルヴィンは大げさすぎるくらいに手を叩いた。

「やっぱ女子の水着はいいわ。ビーチ、マジでサイコー!」
「ほら、エリーゼも」
「……泳ぎます」

浮輪を腰にはめたエリーゼはすでにやる気だ。
花の付いたゴムバンドで髪をまとめ、フリルのついた可愛らしいビキニに身を包んでいる。普段がぴっちりと着こんでいるだけあって、こうして少女らしい動きやすさと可愛さが同居したエリーゼの姿は新鮮味があった。

「エリーゼ姫もいいね〜。バッチリ決まってるじゃないの」
「エリーゼ、可愛いよ〜!」

アルヴィンに続くように、ティポがふわふわと宙を舞う。
一人と一匹に褒められて、少し照れくさそうに微笑んだエリーゼは抜群に可愛らしかった。

「そして真打ち!」

レイアの言葉に続くようにして、砂浜を踏みしめる足音が聞こえた。

「ふむ。この衣装も動きやすくて、悪くない」

ドン、と背後に効果音をつけたくなるくらいの質量を兼ねそろえた見事な肉体を包むのは純白の水着。しかも、いつも以上に布地が少ない。腰に巻いたパレオが辛うじて布地面積を広げているくらいか。
惜しげもなくその曲線美を晒しながら、悠然とビーチに足を踏み出すミラを見て、アルヴィンもまた不意をつかれたように息を呑んだ。

「……やるぞやるぞとは思ったけど、あんたもホント期待を裏切らないと言うか……」
「ん?私の衣装に何か問題でもあるか?」
「いーえ、全くございませんよ。ミラ様のバリボーなボティに思わず見とれちまった」
「そうか。貴重な男性視点の意見、感謝するよ」
「そういう反応も想定内だ」

なっ、ジュード。と、恐らく茹で凧になっているだろう青少年をからかうつもりで振り上げた腕は、空しく宙を切った。

「ジュードなら、さっき鼻を押さえてあちらへ走って行ったぞ」
「……ああ、そう」

敵前逃亡しやがったな、アイツ。
持ち前の俊敏力を如何なく発揮して消えたジュードに、呆れ半分面白半分でアルヴィンは海を見た。
……確かに悩殺水着だった。でも見ただけで鼻血が出るようじゃ、まだまだ青いな。
と、ジュードには悪いが勝手に青少年の恋路の行方を杞憂してみたりする。

「さあ、皆さん。泳ぎますよ」

素足で砂を踏みしめる軽い音がする。
聞き慣れた声が聞こえて、思わずアルヴィンは振り返り――――そうして、振り返ったことを全力で後悔した。

「オチはあんたが持っていくのね……」
「ほっほっほ。『潔く魅せる円熟の肉体は、年齢を刻んだ者だけに許されるいぶし銀の存在感』。ついでにサラシの白さに息を呑んでもいいんですよ、アルヴィンさん」
「………遠慮しときます」

純白のふんどしとさらしに身を包んだローエンがにっこりと微笑んだのを見て、アルヴィンはげっそりとした息を吐いた。










(テイルズオブエクシリア パーフェクトガイドブック
テイルズオブエクシリア ファンズバイブルより一部抜粋)





12.10.03執筆