――――…ずっと、眩しかった。
強い意志で自ら選択し、まっすぐに行動するミラの生き方が、ずっと。

「ミラ、泣かないで」

ようやく手を伸ばせた彼女のてのひらは、思っていたよりも小さかった。
やっと届いたというのに、温かな手のひらを包み込めるのはこれが最期なのかもしれない。
そう思えばやりきれないほど胸は痛いはずなのに、今の僕の気持ちは凪のように穏やかだった。

はらはらと零れる透明の滴が、空から降り注ぐ光に照らされてとても綺麗だ。

「私はミラ・マクスウェル。精霊の主だ」

ミラはその雫を拭うことなく、ただ照らされる光を眩しそうに見上げて言った。

「泣いてなどいない」

……ああ。
彼女の気持ちが痛いほどによく分かる。
分かるからこそ、その決意にかける言葉が見つからなくて、僕も空を見上げた。

ミラの小さなてのひらが、絡めるようにして僕のてのひらを握り直す。

そうだ。
これはおしまいなんかじゃない。新しい僕たちの世界の始まりなんだ。


               * * *


すっかり見慣れたイル・ファンの街並みを歩いていると、時々、ふとミラの手のひらの感触を思い出す。
最初は確信が持てなかった。
けれど、ふわりと掠めるその感触は、今日のように講義に疲れ切った僕を励ましてくれているのもまた事実で。
……きっとミラは世界の一部となって僕らを見守ってくれているんだと、そう強く思えるようになった。

「……うん。僕も頑張ってるよ」

隣を通り抜けようとした人が驚いたように振り返る。
こんな場所で独り言なんて変な奴、とでも思われたかもしれない。けれど、そんなことは今更気にすることじゃない。

また、ふわりと感触を感じた。

きっとミラも笑っている。
彼女の屈託のない笑顔を思い出せば、気持ちも自然と上を向くものだ。

「一緒に頑張ろう」

この声はきっと、彼女に届いている。
だから――――…ようやく夜明けが始まった世界を、僕らはそれぞれの道で歩いて行こう。

しゃらん、と胸元で青いガラス玉が揺れていた。





12.09.29執筆