2014.05.12 執筆

火葬

 白い筋になって、煙はもくもくと空へと昇っていった。
「焚き火だろうか。……それにしては、ずいぶんと煙が大きい気がする」
 目ざとく煙を見つけたミラが、不思議そうに頭を捻る。そんな姿を認めて、ジュードは小さく苦笑を漏らした。
「あそこはね、火葬場があるんだ。だから、焚き火じゃないんだよ」
「火葬場ということは、あれか。亡くなった人を燃やすという……」
「うん。リーゼ・マクシアだと、亡くなった人は火葬するのが一般的かな。公衆衛生の観点から見ても、土葬より衛生的だし、何より」
 青空へと昇っていく、白い煙。目を細めて見つめたジュードは、ミラへと振り返って続けた。
「煙と一緒になって、魂は精霊界へと昇っていくって伝えられているんだ」
「煙は煙でしかない。精霊界に通じるマナを発するわけではないと思うのだが……」
 むむむ、と困惑したように首を捻るミラを前に、思わずジュードは吹き出してしまった。何もそこまで首を傾げなくたって。この人間好きな精霊は、どうやら人の風習に対していたく関心を示したらしい。
「そりゃあ言い伝えだもの。でも、僕はなんとなく分かる気がするなあ」
「ほう」
「死んだら、魂は精霊界へと行くんでしょう。でも、その標となるものを、生きているうちは知ることができないじゃない。だから、昔の人たちは、煙と一緒に昇っていくって考えたんじゃいのかな」
「そういうものか?」
「……多分」
 腰に手をあてたミラは、空にけぶる白い筋を見上げて、ゆっくりと目を細めた。
「君も、いつかあの煙と同じように精霊界へと登っていくのだろうか」
「うーん、多分、そうじゃないかな」
「なんだ。はっきりとしないな」
「だって、死ぬことなんてまだ分からないもの」
「それもそうだな」
「でしょう?」



 そんなやりとりをしたのは、一体いつのことだったか。
 ずいぶん昔の出来事だったのかもしれないし、そうでなかったかもしれない。けれど、彼と交わした数え切れないほどのやりとりを思い出す度に、胸の内に温かなものと、一抹の寂しさを思い出す。
 白い筋は、断界殻(シェル)を取り払われたどこまでも続く青空の中に、静かに消えていく。
 あれから数節の時が流れた。研究者として生涯独身を貫き通した彼は、子を成すことはなかったが、その知識を継ぐ後継者は現れた。その子がまた子を成し、知識を伝え、また、人の生は巡ってゆく。
「不思議なものだ」
 煙がマナを発することはない。しかし、魂は確かに輪廻の中に組み込まれ、オリジンの魂の浄化を経て巡りゆく。
 変わりゆく文明の中で、変わらぬ教えを守って、世界を動かしていく。だからこそマクスウェルは人間が愛おしい。
「不思議なものだ」
 目を閉じれば、鮮やかすぎるくらいに彼と過ごした日々を思い出す。
 まだ分からないと、そう言って笑った君。今度、再びみまえる時は、その答えを教えてくれるだろうか。
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