ん〜、今日もいい天気!
ぽかぽかと温かい街並みには、気持ちのいい風が吹いている。
こんな日はおめかししてどこか出かけたくなっちゃう。
いつもの元気いっぱいで、わたしは大(おお)先生の治療院の扉を開いた。

「おっはよ〜ございます!」
「おお、レイアか」
「ミラ!」

扉を開いた先には、数日前に幼馴染が連れてきた――――…綺麗な女の人の姿。
ミラ・マクスウェルと名乗ってくれた彼女が、手すりを支えにしてふらふらと立っている。

「ってもう医療ジンテクス付けてるの!?」
「ああ。私は一刻も早く、イル・ファンへ行かねばならないからな」
「でもでもっ、まだかなり痛いはずだよ!昨日も遅くまでリハビリしてたのに……」
「ありがとう、レイア。だが、何度も言うように私への気遣いは無用だ」
「も〜っ、ほんと無茶しないでよね……」
「ふふ、では私が倒れそうになったら頼むぞ、レイア」

そうやって何もかもを見透かしたような顔で笑えちゃうから、ミラはすごい。

「……ジュードったらこんな時に何やってるんだろ」
「ジュードは痛み止めになる薬草を探しに行くと。……まったく、彼もお人よしが過ぎる」

口では困ったように、けれどとても柔らかな表情でミラは言う。

……う、墓穴掘ったかも。
ともすれば冷たくもさえ見えるミラの美貌で、あんな風に笑われたら思い知らされてしまう。ジュードがミラのことを大切にしているのはもちろんのこと、ミラだって、ジュードのことをよく思ってるってこと。
う〜〜、わたしだってちっちゃなときからずっと、ジュードのこと見てきたのにな。
そんなこと考えても仕方がないって分かっているのに、やっぱり思っちゃう。嫌な子だ、わたし。

ふわふわした長くて綺麗な金色の髪も。
女子のわたしでもどきっとしちゃうような、綺麗な顔も。
まっすぐに自分のやりたいことを貫ける意志の強さも。

全部全部わたしにはないもので、だから余計に思い知らされてしまう。

「……レイア?」
「う、ううん、何でもないのっ!……気にしないで」

あーーー!もうっ!
ミラは一生懸命リハビリしてるっていうのに、こんな暗いこと考えるなわたしっ!

「今日のミラのリハビリは私が付くよう、大(おお)先生に頼んで来る!」
「ああ、よろしく頼む。実はこっそり抜け出してきたのでな」
「もう、ミラってば」
「私には成すべきことがある。こんなところで立ち止まってはいられないよ」

そうやってハッキリと言えちゃうところも、素直に適わないなぁって思っちゃう。


               * * *


「なぁ、レイア。そろそろいいだろう」
「う〜ん、もうちょっと。もうちょっとだけ!」
「……むう」

事の発端は、ミラが髪の毛を木の枝に引っかけてしまったことが始まりだった。
せっかくの綺麗な髪なのに!
絡まった髪をなんとか外すことは出来たけれど、また同じことが起きたらきちんと外せる自信はない。だったら事前に対策を取ろうと言うことで、ミラの髪を結う役目を買って出たのだ。
気分転換も兼ねて、宿泊処ロランドまで移動したのが半刻前。(もちろんミラには車いすに乗って貰いました!)
触り始めると、あれもこれもとやりたくなってしまうのが女子の性だと思う。

「おや、レイア。なんだか楽しそうなことをしてるねえ」
「そうなのお母さん。ミラってばどれも似合っちゃうから悩む〜」

あとはリボンをつけるだけで完成なんだけど、肝心の色が決まってない。

「私はこれで十分だ。だから早くリハビリに……」
「リボンだったら、瞳の色に合わせてこのピンクなんてどうだい?」
「やっぱりそう思う?じゃあこれで行こーっ!」
「だから私は……」
「はい、ミラ。じっとしててね」
「……むう」

ふくれたってだーめ!
せっかくこんなふわふわの綺麗な髪なんだもの。せっかくだから可愛くおめかしして、それで、ちょっとでも辛くて痛いリハビリを紛らわして欲しい。

だって、こんなにいい天気なんだよ?
ちょっとくらいお洒落して、わくわくすることがあってもいいと思う。
……毎日痛い思いをしながらリハビリするのがすっごく大変なこと、わたしは知っているから。だから、せめてこれくらいはって思うの。

「ああ、やっぱりいいね。あんたにしちゃ上手に結いあげたじゃないか」
「でしょでしょ!?わたしの会心作!」
「終わったのなら、リハビリを……」
「せっかくだから紅も差して、雰囲気を変えてみてもいいかもしれないね。ちょっと待っておいで」
「燃えてくるね!」
「………まだやるのか………」

そうしてもう半刻くらい時間をかけて、やっとできましたわたしとお母さんの会心作!
いやー、ミラってば元がいいから、美人度がさらに拍車がかかったと言うかなんというか。とにかく綺麗。うん、もう絶世の美女!ってくらいのすんごい仕上がりなの。
松葉杖を付いて、ゆっくりと歩くミラを振り返る人の多さと言ったら!
ふふーん、すごいでしょ。今日のミラはわたしがメイクアップしたんだからっ!

がさっと何かが落ちる音がした。
何だろうと思って前を見れば、顔を真っ赤にして口をパクパクとさせているジュードが立っていた。

「み、み、みら……?どうして……?」
「おお、帰ったのかジュード。これはレイアがやってくれたのだ」
「す、すごく……その、似合ってるよ。綺麗になってて……ビックリした」

む。わたしにはそんなこと言ってくれたこと、一度だってないんですけど。
あんまりにも分かりやすい幼馴染の反応に、ちょっとカチンとなる。

「ありがとう」

多分精一杯捻り出したジュードの言葉を、ミラはとてもあっさりとした返事で返した。
そうして、わたしの方に振り返って。

「私はいいと言ったんだ。だが、気分を変えると言う意味では、こういうことをしてみてもいいのだなとレイアに教えて貰ったよ」

ふわりと微笑んだその横顔に――――…敵わないなあって思った。

「ね、たまには気分も変わっていいでしょ?」
「……そうかもしれないな」
「また、ミラの髪を触ってもいい?」
「今度はもっと短い時間で頼む」
「やったぁ!」

ねえ、神様。ミラは一生懸命頑張って、足のリハビリをやってるんだよ。
だからミラの足をちゃんと動けるようにしてあげて欲しい。
ジュードやわたしが憧れたミラの希望を、奪ったりしたら許さないんだから。

晴れた空を見上げて、思う。
いつかミラが旅立つその日が来るまで、わたしも傍で支えてあげたい。そう、強く思ったんだ。





12.09.30執筆