男らしくない、と言われることはよくあった。 勝負事に興味はないし、戦うことは好きじゃない。困っている人を見たら放っておけなくて、何かと手を焼いてしまう。マメ。料理は得意。ついでに女々しい。 ちょっと関係ないのも混じっちゃったかもしれないけど、男らしくないと言われた要素は結構ある。 しょうがないじゃないか。僕はそういうのを含めて僕なんだから。 開き直りにも似た諦めがあったのは間違いない。だから、『君は君らしくあればいい』……そう僕に教えてくれたミラの言葉が、とても胸に響いたのを覚えている。 でもね、思うんだ。 一応僕だって男なんだから、気になる女性くらいリードしてあげたい。ううん、してあげなくっちゃ。 ミラにちょっとでも男らしいところを見せたいんだ。 ……でも、一体どうやってリードしていけばいいんだろう? Take-1 本で勉強してみる とはいっても、僕には経験も知識も足りないのは間違いない。 分からないならば、調べるまでだ。授業だって予習をして挑むのとそうでないのとでは全然違う。そういうわけで予備知識くらいは自分で仕入れようと、ものすごく恥ずかしかったけれど、コッソリ本屋さんで恋愛小説を買ってみた。 『――――足元からしんと伝わる冷たさに、ユリアは思わず小さく身震いをした。 ここはなんて寒い場所なのだろう。貴族令嬢として蝶よ花よと育てられた彼女には、素足で触れた石の床に慣れるわけがない。ランプすら灯されない部屋には、ただ月明かりだけが細く差し込んでいる。 ああ、どうしてこんなことに。 頬の上を涙が滑る。 昨日までのユリアは確かにラヴール家の淑女だった。それがまさか、一夜にして牢に囚われる身へと墜ちるだなんて、一体誰が思ったのだろう。 「誰です!?」 固い靴音が聞こえて、ユリアは鋭い声を上げる。 振り返った先には、月明かりを背に、銀色の髪を持つ美しい青年が立っていた。 すっと通った鼻立ちに、全てを見透かしてしまいそうなサファイヤの瞳。すらりと伸びた背は高く、マントを翻すその悠々たる立ち居振る舞いは、彼が牢番ではないことを知らせるには十分だった。 その瞳が真正面からユリアの姿を捉える。 途端、ユリアの体には電流にも似た何かが駆け巡るのを感じた。』 「……いや、これおかしいって」 開始10ページにも満たない状況で、堪え切れずに突っ込みの声を上げてしまう。 いや、だっておかしいって! 囚われてこれからどうなるのかも分からないような状況で、主人公は不安なはずじゃなかったの? 出てきた男の身なりをじっくり観察してる余裕なんてないと思うし、そもそもどうして登場しただけで体に電流が走るの?物理的におかしいし、それを証明する地の文章もない。 「………」 駄目だ。根本的にこの本がターゲットとしている人間と視点が違う気がしてならない。 恋愛小説をそもそも参考にしようとしたのが間違いだった。こういうのは人生経験豊富そうな……。 Take-2 ローエンに聞いてみる 「ローエン!」 「おや、ジュードさん。どうかしましたか?」 「あの、ローエンにちょっと……質問があって……」 「私でお答えできることであれば、なんなりと」 こういう時のローエンは頼もしい。 畏まっておじぎをするローエンに、切り出そうとして……どうやって話し始めたらいいのか戸惑う。 「ええと……その……」 「ははぁん。ジュードさんのその様子、恐らくミラさん絡みでしょう」 「……そう、見える?」 「ええ。見えますとも」 やっぱり彼は頼りになる。 ローエンはあっという間に僕の胸の内を見抜いてくれた。 「……要するに、ジュードさんはミラさんをリードしたいと、そういうことですか」 「そういうこと、です」 説明している僕の方が真っ赤になるってどういうことなんだろう。 思わず熱を持つ耳をかいて、ローエンを見る。そんな僕を微笑ましいものを見るようにローエンは目を細めて、口を開いた。 「ジュードさん」 「はい」 「女性をリードしたいと思うこ「おーい、ローエン!」 ローエンの言葉を遮るようにして横から現れた人影に、僕はぎょっとして声を上ずらせた。 「ミラ!」 「おや、ジュードもここにいたのか。精霊術について、論理的な話を聞きたいのだが……」 「え、ええと……ローエン!この話はまた今度でいいかな?」 「はい。大丈夫ですよ」 「いいのか?ジュード。私は気にしないから、話を続けてからでもいいのだぞ」 「いや!だ、大丈夫だよ、ミラ!」 当の本人を前にして話す度胸は流石に持ち合わせていない。 「別にあんな逃げるように出ていかなくとも……」 「ほっほっほ、若者には若者なりに葛藤があるものなのですよ」 「意味が分からないぞ、ローエン」 「ジジイの戯言です。気にしないでください」 「そうは言ってもだな。……ん?これはジュードの落し物か?」 「本ですね」 なので、落し物をしたことに気がつくはずもなく。 脱兎のごとく逃げ去った先で、僕は……。 Take-3 アルヴィンに聞いてみる アルヴィンを見つけた。 正直、爆弾のようなものだと思う。アルヴィンに……その、女性関係のことを聞くって言うのは……。 「ん、ジュード?」 「な、何でもないよ、アルヴィン!」 「……俺、まだ何も言ってないんだけど」 途端、ものすごくイイ顔をしてアルヴィンが僕の肩の上に圧し掛かってきた。 「んー、ジュード君。何かお兄さんに質問があるんじゃないか〜い?」 こういうところはやけに勘がいいのってどうなんだろう。 睨むように見上げてみても、アルヴィンの方は楽しそうににやにやとするばかりだ。 「別に僕はミラのことでなんて……あ」 「ほうほう。ミラ様のことで、ね」 しまった。ハイエナに餌を与えてしまったようなものだ。 ……結局、洗いざらい吐かなければならなくなってしまった。 「そういうことなら俺に任せろ」 「……不安しかないよ……」 「まあまあ、そう言うなって」 そう言ったアルヴィンは得意げに手を振った。 「女っていうのはサプライズに弱いんだ。だから、相手が欲しいものを事前にリサーチしておいて、サプライズの演出と共に渡してみなって。そこまでいきゃ、後は流れのままうまいこといくから」 「そんなことでリードできるものなのかなぁ……」 「何もしないよりはマシだろ」 「……そりゃあ、そうだけど」 確かに何もしないでいるよりはいいかもしれない。 けれど、相手はあのミラで、ミラが欲しがりそうなものなんて……簡単に思いつく、わけ? 「ジュード!」 聞きなれた声が耳殻を叩く。 反射的に振り返った先で、僕は体中に電流が走ったような衝撃を覚えることになる。 「落し物をしていたぞ」 「み、ミラ!!?」 ミラがぶんぶんと振りたくっているその本は――――…見間違える筈もない、本屋でコソコソと隠れるようにして買った例の恋愛小説だった。 「しかし、驚いたぞ。君がこのような類の本を嗜むとはな」 私も少し読んでみたが、なかなかに興味深かった。とかなんとか言っているミラの声はすでに、右から左に通過するだけとなっている。 あんまりにも衝撃が過ぎた。これをサプライズと言わずになんと言えばいいものか。 「しかしこの本のユリアとダルタニオンの男女の駆け引きは興味をそそられる」 あ、銀髪の男の人ってダルタニオンって言うんだ。 混乱する頭の中で、どこか冷静な部分がすごくどうでもいいところだけをキャッチしてくる。 ……いや、いやいやいや!そうじゃなくて! 「ミラ、この本読んで……?」 「そこでだ」 突然、至近距離にミラの顔が迫った。 それは本当に唐突だった。気が付いた時には肩を掴まれ、鼻先がくっつきそうなくらい近い場所に彼女の顔がある。 「私にその本を貸してもらえないだろうか?」 キラキラと牡丹色の瞳を輝かせてミラは言う。 ……なんだかいい匂いがするだとか。 ミラの顔がこんなに近くにあるだとか。 電流とか、サプライズだとか。今までの経緯がごちゃ混ぜになって、頭の中に浮かんでは消えてゆく。 もう、なんだかどうでもいいです。 「……僕は読まないから、ミラにあげるよ」 今の僕には、多分、この言葉を捻り出すだけで精一杯。 ミラをリードするにはまだまだ色んな物が足りないのかもしれない。 12.10.09執筆 |