タン、と壁に手を付いて腕の中にミラを閉じ込めた。
彼女の視線の下に僕の頭があるのが腹ただしい。もう少し背丈があったのなら、ミラを腕の中から閉じ込めて離さなくすることが出来るかもしれないのに。

「ミラ……」

怖いくらい真剣に見つめれば、彼女もまたまっすぐに視線を返す。
見下ろす瞳の強さに眩暈がしそうだ。そうして、ようやく気が付く。……きっと背丈が伸びたって、僕の腕の中だけにミラを閉じ込めておくことなんて出来やしないということを。

「ジュード?」

瞳を瞬かせて、ミラが小さく僕の名を呼ぶ。
その指先がしっとりとした頬の上を滑った時、僕は涙を流していることに気が付いた。

「……え」
「なぜ、泣くのだ」

指の腹が濡れた頬を拭うようになぞる。
困ったように落とされた言葉に、僕の方が困惑した。

「ミラが、無茶ばかりするから……」

どうして、怒っていたのか。
どうして、泣いているのか。
そんなの、ちょっと考えてみたら分かる。
ミラと出会ってからの僕は、何をするにしても彼女が中心だったのだから。

「突然倒れちゃうような怪我を負ってたのに、どうして言わなかったの。……何のために、僕らがいると思ってるんだよ……っ」

勉強することは好きだった。
ル・ロンドの街の人たちを助ける父さんや母さんは素直にすごいと思ったから。僕もそんな人になれたら、と思ったから。
だから医者を目指した。人を救うための勉強をした。

それなのに、目の前にいる大切な人の怪我さえ気が付くことが出来なかった自分自身に腹が立つ。

「うっ……ぅう」

結局は、僕は子供なんだろう。
ミラが無茶をすることなんてとっくの昔に分かっていたはずなのに、ちゃんと気が付いてあげることが出来なかった。君は良く人のことを見ているな。そう言ってくれたのはミラだったのに。

「……すまなかった」

崩れ落ちた華奢な体を見た時、背筋をぞっとしたものが駆け昇った。
揺らいでいく金色の髪。
届かない手のひら。
もう二度と見たくない悪夢が、目の前をフラッシュバックする。

「すまない」

腕に囲われた狭い檻の中で、ミラが手を伸ばす。
気が付いた時には金色の髪の毛が顔のすぐ傍にあった。――――柔らかい何かが、僕を全身で抱きしめている。それがミラだと分かった時、体がカッと熱くなったのが分かった。

「君に心配をかけた。大丈夫かと思っていたが……認識が甘かった。もう二度と同じ過ちを繰り返さない」

落とされた声音は、静かで、そして落ち着きを払っていた
背中をあやすように撫でられる。……これじゃあまるで、本当に子供みたいだ。

「……っ」
「!」

せめて、精一杯の勇気を振り絞ってミラの細い腰に手を回す。
伝わればいい。
僕が心配していたことも。ミラのことを大切に想っていることも。ぜんぶ、全部。

「……ジュードの体温は心地いいな」

背中にまわされた腕の力は緩められることはなく、ゆっくりと体重を預けられた。
鼻孔をくすぐる甘い匂いが近くなる。
腕の中にある柔らかい感触は、耳元で小さく音を奏でた。

「怪我をしたら、真っ先に君に知らせよう」

そうして頬を掠めた柔らかい感触の意味を考えるよりも先に、ミラは答えを紡ぐ。

「君に、親愛の証を」

――――頬への口付けは、君への親愛の証。





12.10.10執筆