――――カチリ。
時計が時を刻む音に似た何かが、頭の中に響く。
何だろう。……耳障りだ。この音はうるさい。
真っ赤に染まった手のひらを見つめて、ぼんやりとそう思う。あの紅色は消えることはなく、僕の視界は今も紅く染まったままだ。
「……っ…ぐ………!」
足元に転がる精霊だったものを、冷ややかに見下ろして蹴り飛ばす。
こいつがミラを殺した。
僕が大事にしたかった人を……ミラの使命への想いを利用して殺してしまった。アルヴィンをそそのかして、レイアを殺したのもこいつだ。僕がアルヴィンに手をかけることになったのも、元はと言えばこいつのせいだ。
「がは……っ!」
無抵抗な体を、もう一度蹴りとばす。
こいつは生きる価値なんてない。僕の大切なものを全部奪っていった、世界で一番憎むべき相手だ。こいつを殺すためだけに僕は何もかもを犠牲にしてきた。
だから……。
「その光……ニ・アケリアの男と繋がっていたのね……」
「ニ・アケリア……?」
「最期は黒い歯車になった、おかしな男。……その歯車は何処かへ飛んで消えてしまったけれど」
ふふ、と狂気を宿した瞳のままに精霊は嗤う。
「あなたの最期はどうなのかしらね……?」
「きっと地獄行きだね。僕は人殺しだ」
「うふふっ、そうね。あなたは転生すらできないでしょうね……。その血に塗れた手のひらを見れば分かる……わ…っ」
薄らと、宙に溶けてゆく。
「断界殻を知る者は殺したのに、あの方は応えてくれないまま……。いっそ、これで良かった……の、かも……」
そうして、精霊は光の粒になって消えていった。
あとに残ったのは――――言いようもない、虚しさだけ。
「カタキはとったよ……ミラ、レイア」
それで、どうなると言うのだろう。僕の知っている二人ならば、きっとこんな結末は望んでいなかったはずだ。
それでも、もう僕にはこの道しか選ぶことができなかった。大好きな人と、大切な幼馴染をいっぺんに亡くして前を向けるほど、僕は強くはなれなかった。
「ごめんね」
二人に許してもらえるとは到底思えない。
それでも、僕は生きてゆく。この虚しさだけを抱えて、殺人鬼として生きてゆく。……まだこの世界には、ミラを殺そうとしていたアルクノアやエレンピオス人が生きているから。
……また、カチリ、と音がした。
耳障りな音と、紅色の視界は今も変わらず。きっとこのまま変わらないだろう――――…そんな予感だけが胸をよぎる。
こんな結末しか迎えることができなかった自分を今更責めることも疲れた。いずれ、僕を止めようと行動を続けてくれているローエンやエリーゼさえも、この手にかけてしまうのだろう。
そこまで壊れてしまったら、僕は……。

カチリ、カチリ。
音がする。

これは、一つの分史世界の物語。
正史世界における源霊匣<オリジン>研究として名高いジュード・マティスが、断界殻<シェル>を開かなかった物語。
時歪の因子<タイムファクター>として生まれ変わった一つの分史世界で、物語は続いてゆく――――…。



To be continued…





13.01.19執筆