『診断の結果、この分史世界にはカナンの道標の存在率が『高』と判断されます』
「残る最後の道標か?」
『こちらで解析は進めているのですが、ノイズが多く、詳細は……。申し訳ありませんが、現地で判断して頂くことになります』
「ラジャー。もし、最後の道標だった場合は……」
『はい。『鍵』に確保を依頼します』
「ったく、道標を確保しようにも『鍵』でなかったら破壊しちまうってのは難儀なもんだぜ」
『引退前の先輩に先鋒を依頼するのは申し訳ないのですが……』
「らしくないぜ、社長専属秘書さんよ。先陣切ってカッコいい背中を後輩に見せるのがベテランの仕事ってもんよ」
『ありがとうございます。危険値も『高』レベルと出ています。………どうか、ご無事で』
「ああ、任せとけ」
黒ずくめに赤スカーフの装束に身を包んだ男は、小さな機械のボタンを押す。
ピッと軽やかな音と共に、機械から発せられた女性の声は切断された。もしこの光景を現地に住む人に見られていようものなら、腰を抜かしてしまうだろう。
しかしその点、彼に抜かりがなかった。
すでに幾多にわたって分史世界を渡り歩いてきたベテランという自負もある。周囲に人の気配がないことは確認済みだ。……というよりも、むしろ。
「ったく、入って早々これだと先が思いやられるわ」
ここは一見穏やかで何の変哲もないリーゼ・マクシアの村だ。正確に言うなれば、何の変哲もない村だった、が正しいか。
周囲の土地が不自然に抉れ、その傍には年老いた男が転がっている。……あれはもう息がないだろう。手遅れの出血量だ。
状況から判断するに、この場所はつい先刻何者かに荒らされたばかりであることは、疑いようもない。
「奴さんはまだ近くにいるはずだな」
追うべきか、否か。
男の目的はあくまで『カナンの道標』だ。それ以外の面倒事は極力避けておきたい。
「あらぁ」
――――その声は、空から降ってきた。
「こんなところに虫ケラが」
「会って早々レディにそんな口きかれたのは初めてだよ」
こりゃあ、想像の斜め上をきたぞ。
危険レベル『高』と診断されたのも伊達じゃない。空に浮かんでいたのは、一見人の女性に見える。……が、世間一般的に言われる女性は羽なんか生えちゃいねぇ。
っつーことは、あいつは人型の精霊ってことか。現存する奴を見るのは初めてだが。
「あなたエレンピオス人よね?どうしてこんなところにいるのかしら?」
「エレンピオス人がリーゼ・マクシアにいるのがそんなに問題だっていうのかい?」
探りを入れるために、慎重に。けれど悟られないように。
軽い口調で言葉を返せば、瞬間的に精霊は激高した。
「質問しているのはこっちよ。答えろ――――ニンゲン!!」
ビンゴ。
少ないやり取りの中から、欲しい情報を手に入れた男は内心にやりとほくそ笑む。
あとはどうやってこの場所から撤退するかだ。
地面を抉るほどの力を持つ精霊が相手だ。真正面からぶつかるのは得策とは言えない。
「っつっても、逃がしてくれそうではないし」
相棒とも呼べる獲物に手を伸ばし、男は口元を弧に描く。
「やるだけやってみますかね」
握りしめたるは、時を刻む懐中時計。
さあ、相棒。あんたの力――――俺に貸してくれよ!



To be continued…





13.01.13執筆