「ミュゼ。ジュードが助けられたようだな」
「いいえ。私こそジュードにはお世話になりました。私を直接使役し、失ったマナを補充していただいたんですから」
「ジュード!ミュゼを直接使役したのか!?」
「う、うん。ミュゼがそうしてくれって言うから……。いけなかった?」
「いけないというか、精霊が人間に直接使役されるということはだな……」
「ずっと一緒で、た〜っぷりマナを与えてくれたんですよ」
「……知らなかったよ。君がそんな男だったとは」
「待ってよ、ミラ!ミュゼ、ミラはなんで怒ったの?」
「まぁ、そんなことを私に説明させるなんて……。見かけによらず、マニアックなんですね」
「誰か、精霊の感覚を説明して……」





以前、ミュゼとジュードとそんなやりとりをしたことを思い出した。
何故唐突にそんなことを思い出してしまったのか。……多分、木陰で眠る君を見つけてしまったからなのだと思う。

「あの時もそうだったが、少し無防備すぎやしないか?」

返事が返ってくるはずはないのに、つい声をかけてしまったのは、君があんまりにも幸せそうにまどろんでいたからだ。
読書の途中だったのだろう。膝の上には、読みかけの本が風に揺れている。
まどろみの旅路にはもはや必要のないそれを、そっと畳む。しおりの一つでも挟んでやれば良かったが、すでにページが捲れてしまっているので、君がどこまで読んでいたのか分からなかった。
すまんな、と小さく零せば、君は微かに身じろぎをする。
風にさらさらと流れる黒髪が、木漏れ日に照らされて明るい色に変わっていた。元よりどこか幼さの残る顔立ちだったが、瞳を閉じればさらにそれが顕著になる。
こうして眺めている私の気も知らないで、こくりこくりと揺れる頭がなんだか酷く愛おしかった。それは多分、君の穏やかなマナが私にそう思わせているのだろう。

『ずっと一緒でた〜っぷりマナを与えてくれたんですよ』

だから、脳裏に蘇ったミュゼの声に苛立ちを覚えてしまったのは仕方がないことなのだ。
というよりも、まさか君が精霊相手にそんなことをするとは思わなかったんだ。

「精霊を使役する感覚を……そうだな。人間で言うところの間接キスと例えたならば、直接使役は直接キスするのと同じ意味を持っているのだぞ」

私の気も知らないで呑気に寝こけているのが、唐突に恨めしくなった。
愛おしくなったり恨めしくなったり我ながら忙しいものだと思うのだが、そうなってしまうのだから仕方がない。
……多分、君が相手だからなのだろうな。
指先で君の頬をつつけば、柔らかい弾力が返ってくる。

「う〜〜ん」

うなされるような君の声が聞こえたが、この際聞かなかったことにしてしまおう。
それよりも今は、思った以上に柔らかい頬の感触をもう一度確かめることの方が優先だ。

「うう……」

発見だ。君の頬をつつくのはなかなかに楽しい。……これは癖になってしまうかもしれない。
苦しそうなジュードの声に、流石にこれ以上は起きてしまうだろうと見切りをつけて、指先を引き下げる。もう少し触っていたかったが、残念だ。
ふと、彼の口元に視線が流れて――――薄く開いたその場所に、意識を奪われた。

……君はミュゼを直接使役したと言った。
それが羨ましいかと聞かれれば、多分……私は羨ましい。
直接使役されると言うことは、身も心も捧げると言う精霊の意志の表れだ。……私は君にならば、直接使役される……そういう関係になってもいいと思っている。
そして今の私の肉体は、ミュゼと同じことをすることが可能なはずだ。

「だが、二番煎じは私の好むところではないしな」

何よりミュゼがすでに行ったことを、後から追いかけるのは癪だ。
君が憧れた、まっすぐな………君にとっての一番の私でありたい。

柔らかい君の頬へ手を添えた。
穏やかな吐息が零れるその寝顔を、真正面から見つめてみる。

「……ジュード」

胸元のガラス玉が、木漏れ日を受けてきらりと輝いていた。
ドロッセルが教えてくれた……信頼を、形にして渡す贈り物。君が大切にしてくれていることを私はちゃんと知っている。

羽が触れるかのように一瞬だけ掠めた唇を、もう一度だけ見た。
私に断りもなくミュゼを直接使役したのだから、これくらいの報復はあって然るべきなのだ。
なあ、ジュード?

なんだか真正面から君を見ていられない。
知らず知らずのうちに熱を帯びてきた頬を隠すかのように手をやって、私は立ちあがる。

「君が悪いんだからな」

君が、私をこんな風に変えてしまった。
胸のうちで言葉にできない何かがどんどんと広がっていくのが分かる。

人間も精霊も、どれも等しく愛すべき存在だ。
けれど私は――――…それ以上に、ジュードのことを特別に想っているのは事実なのだろう。





足音が遠のいていく音を耳にして、木に凭れかかって眠っていたはずの少年は目を覚ます。

「………あんなの、反則だよ………」

それは彼女に宛てた恨みごと。
うららかな昼下がりの、ちょっとした悪戯心。狸寝入りの代償は、当面の間、少年の心を揺さぶるに違いないだろう。





12.10.05執筆