本当に今更なことだが、世界を股に駆けた偉人・アイフリードの残した秘宝には、秘宝?と首を傾げたくなるものも多い。

例えば、付け鼻メガネ。
ただのメガネであればまだ問題なかったが、よりにもよって追加オプションが『鼻』。秘宝って言うか、宴会用?と評したレイアの言葉も頷ける。
他にも、もみあげ、うさみみ、いぬフェイス、お面、殿様ちょんまげ、と『何故入れた』と突っ込みたくなるようなものが満載であることは言うまでもない。
勿論、秘宝と冠するに相応しい品々もある。だが、それ以上にこれら異彩を放つアイテムが、アイフリードの秘宝センスに巨大すぎる疑問を投げかけているのもまた事実だった。

「……何だろう、これ」

茶色い小瓶の中で透明な液体が揺れている。
ラベルには読めない文字。恐らく、エレンピオスの言葉だろう。
岩盤に隠されていたアイフリードの秘宝は、いつもの包みに比べると一回り小さいような気がした。

「アルヴィン」
「ほいほいっと」

ミラに出番を呼ばれたアルヴィンが飄々と歩み寄る。

「ん〜、どれどれ………『男の浪漫薬』?何だこれ?」
「……は?」
「ほう」
「ふむ」
「なんじゃそりゃー!!」

小瓶を覗き込んだアルヴィンの回答に、上からジュード、ミラ、ローエン、それから騒がしい担当。
それぞれが呆気にとられたり、首を傾げたりと三者三様な受け取り方をしていた。

「本当にそう書いてあるのですか、アルヴィンさん」
「冗談にしても笑えないな〜。もうちょっとまともなこと言ってくれないと」

疑わしそうに首を傾げるローエンに続くのは、半目で見上げるレイアだ。
そんな二人の言葉に、アルヴィンは慌てたように胸の前で手のひらをクロスさせた。

「マジでそう書いてあんだって。なんでこんなことで嘘つかなきゃいけないんだよ」
「………アルヴィンはウソツキだから信用できない、です」
「いや、いやいや!」
「エリーゼ。アルヴィンが『男の浪漫薬』なぞふざけたことを言う必要は、そもそもない」
「でも……」
「意味分かんないぞー!!」
「俺だって意味分かんないって!」

ただ素直に読んだだけなのに訝しまれるのは彼の人徳のなせる業か。
ともかくミラに窘められ、ようやく諌められた場所で、アルヴィンは居心地悪そうに肩を落とした。

「結局、この薬ってどんな効能なんだろう?」
「私はてっきり回復役の類かと思っていたのですが……」
「名前を聞く限りではそうじゃなさそうだよね」
「でも、どんな効能か全く分かんないよ?」
「名前が『男の浪漫薬』じゃなあ。何がどう浪漫なのか、そこんとこ詳しく聞きたいところだが」
「アルヴィン君が言うといかがわしいなー」
「また俺のせいかよ!」
「まあまあ」

ともすればまたアルヴィンに向かいそうな矛先を諌めつつ、ジュードもまた思案顔だ。
この薬が胡散臭いのは十分に分かった。……が、問題はその効能がはっきりしないということだ。アイフリードの秘宝の中には、希少価値の高い薬物が混じっていることも稀にある。怪しいからという理由だけで破棄するには、いささか説得力に欠けることも分かっていた。

「困りましたね」

その辺りのことはローエンも重々承知しているのだろう。
彼もまた、渋い顔をして茶色の小瓶を睨んでいる。

「まあ、それ以上に私もその『男の浪漫』というところにも強く心を惹かれるのですがね」

訂正。睨んでいると言うよりは、楽しそうにしていると言った方が正しかったのかもしれない。

「ローエン……」
「おや、ジュードさん。ジュードさんは気にならないのですか?」
「そりゃこれ見よがしなタイトルだし、全く気にならないわけじゃないけど……」

ティポを握りしめるエリーゼに見上げられて、ジュードの言葉がどんどん尻すぼみになってゆく。
自身の下心を吐露するも、ローエンに比べればまだまだ経験値が足りないということだろう。

「もー、男子ったらしょうがないんだから。ねえ、ミラ」
「む?」
「どうしよっか、これ」
「飲んでみたら分かるのではないか?」
「「「ええ!!?」」」

至極当然と言わんばかりに言いきったミラの言葉に、思わず声が重なる。

「危ないよ、ミラ!」
「そうだよ。何かあったら大変だよ!」
「だが、気になるのだろう?」
「それは、そうだけど……」
「皆が気になるのなら、誰かが検証すればよかろう。やるなら即決だ。すぐやろう」
「だから危ないって!?」
「なあに、死にはしないさ」

そう言って、ミラはひょいと小瓶を取り上げた。
本気でやるつもりだ。
辺りを見渡してみるも、アルヴィンはにやにやしているし、ローエンも心なしか期待しているようだ。レイアとエリーゼは慌てたように手を振りかざしてはいるものの、長身のミラに手が届いていない。
こうなったら僕がなんとかするしか。一大決心を滲ませたジュードがミラに手を伸ばしたところで。

「あ」

ミラの手から滑り落ちた薬が、ジュードの顔面にぱしゃあ、と。
勢いよく降りかかったのをその場にいる誰もが目にした。















     ・
     ・
     ・

「おーい、ジュード。私が悪かった。だから口を聞いてくれ」
「………」
「ジュード」
「………」

ふにふにふにふに。ふにふにふにふに。
多分、音にすればこんな感じなのだろう。
謝罪を口にしながらも、手は全く休まることはない。つまるところ、全く説得力なんてない。

ふわふわした黒い毛先と、自由気ままに揺れる尻尾が衣服の裾から覗いている。
体育座りをしてさめざめとうつむいているジュードの耳とおしりには、属に言う猫耳しっぽが生えていた。

言わずもがな、『男の浪漫薬』という、怪しさ大爆発の薬の効能である。

「ずっとこんなんだったらどうする……にゃーむぐ」

しかも、なぜか語尾ににゃーがつく。
格好がつかないにもほどがありすぎて、ジュードは涙目で口を塞いだ。
その隣でエリーゼは一心不乱に、ミラは謝罪を口にしながらも耳のふわふわを触り続けていた。世間一般ではこういう状況を『両手に花』と言ったりするが、悲しいかな、ジュードにそんな心の余裕はない。
ただ、これからの自分の姿を想像して、悲しみに身を縮込ませるばかりだった。

「随分昔に流行ったらしいぜー、『ねこにん』って言うんだっけ?」

ケロリたした顔でそう言うのは、アルヴィンだ。
自分に害がなければ、特に大きな問題はなかったらしい。アルヴィンらしいと言えばアルヴィンらしい対応に、ローエンは小さく苦笑した。かつて指揮者<コンダクター>として名を轟かせた彼も、今回の騒動は完全に予想の範疇外だった。

「ああ、私も聞いたことがあります。猫のような出で立ちで、なんでも語尾に『にゃー』がつくとか」
「あれか。ジュード君はその再現な」
「ジュードさんには気の毒ですが、男の浪漫、ううむ、なんだか分かる気がします」
「まあ、相手が相手なら様になったんだろうがなあ」

そこで少しだけ憐れむように、アルヴィンがジュードを見た。

「っ!!」

それが琴線だったらしい。
それまでじっとされるがままに座り込んでいたジュードが、唐突に立ちあがった。

「僕だって……僕だって……!」

絞り出すように吐露された叫びは、間違いなく青少年の心の声だった。

「ネコミミがついたミラが見たかった……ッにゃー!」

ぽかん、と。
呆気にとられる一行に、ジュードは我に返ったらしい。
まるで瞬間湯沸かし器みたいに顔を真っ赤にした後。脱兎のごとく宿へと走り去り、次の日が昇るまで部屋から出てくることはなかったそうな。

ちなみに余談ではあるが、
次の日にはジュードの耳としっぽはとれてしまった。

「むう。残念だ」

ネコミミ尻尾を激しく切望されたミラとはいうと、とても残念そうにそうコメントしただとか。






12.09.25執筆