2013.01.16 執筆

夜明け前のひみつ

夢から醒めない街、イル・ファン。
まだ夜域に包まれていた頃はそう呼ばれていた街も、ここ近年で昼域が存在するようになった。もちろんそれは、イル・ファンだけではない。夕暮れ時が続くラルコム地方や、星空と青空の混じる霊勢下のル・ロンドも断界殻<シェル>が解放されてからというもの、昼夜の存在する均一なサイクルに統一されつつあった。
そんな旧夜域の街――――イル・ファンの夜明け前。
朝日が昇る残り僅かな時間を、二人の男女は惜しむように身を寄せ合った。
「ねぇ、ミラ。起きてる?」
「ああ。……なんだ?ジュード」
気だるげに金色の睫毛が持ち上げられるのを、ジュードは愛おしそうに眺める。
ようやく、また会えた。
ぴょこんと跳ねた、チャームポイントのある金色の髪も、意志の強さを放つ瞳も、触れればどこも柔らかい白い身体も。
「ミラ」
ずっとずっと焦がれ続けたミラだった。それがたまらなくて、ジュードは壊れ物を扱うような慎重な手つきでミラの指先に触れた。
「ミラ」
「ふふ、どうしたんだジュード」
「ミラがここにいることが嬉しくて」
「……そうか」
「うん」
触れ合った指先が、互いの意思で絡み合う。
思わず顔を見合わせて、二人で小さく笑った。共有した一つの布団の中で笑い合えることが、どれほどの奇跡なのか知っている。だからこそ、今この時間を大切にしたい。夜が明ける前の静まりきった街の中で、ミラと一緒にこうすることは――――まるでひみつの約束ごとを交わす子供みたいな高揚感があった。
「……きみと、ずっと」
零すように落ちた吐息を、もう一方の指先で塞ぐ。
「言っちゃ駄目だよ、ミラ。また離れるのが辛くなっちゃう」
「………」
見上げた瞳が、ちょっとだけ恨みがましい色を持っていたとしても、それさえ抱きしめたくなるほど可愛く見えるから不思議だ。……そんな僕の内心が面白くなかったのかもしれない。半眼になったミラは、次の瞬間。
ぱくり、と唇に当てられていた僕の指先を口に含んだ。
「!!?」
「ふぁふぁい」
「み、みみみミラ……!」
「ふぁんだ、ひゅーど」
「そうじゃなくて、なんで、僕の指……!」
「ひょこにふびがはったはらだ」
「だからなんで舐めて……ん、ちょっと…!」
「へっはくなんだ、ひれいにしてふぁるぞ」
まるで新しい玩具を与えられた猫のように爛々と目を輝かせて、ミラは指先を丹念に舐めた。赤い舌先がちろりと伸ばされて、指の根元からなぞってゆく。
目の前の光景にクラクラしそうだ。
ただ指先を舐られているだけだというのに、思わず身震いをしたジュードは指先を引っ込めようとした。けれども、その動きを予見していたかのようにミラの腕に阻まれる。
「……ミラ」
確かめるように呼ばれた名前に、ゆっくりと顔を上げてミラは微笑む。
「ジュード」
また、君に逢えて良かったよ。
続いたはずの言葉は、唇に塞がれて紡ぐ前に飲み込まれてしまった。

夜が明ける、少し前のイル・ファン。
想いが降り積もるこの場所で――――ひみつの時間はもう少しだけ続く。
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