目を閉じると真っ先に思い出すのは――――…困った様な顔。 おかしいよね。思い出はいっぱいあるはずなのに、一番最初に思い出すのが困った様な顔だなんて。 でも、そういうのをぜーんぶひっくるめて、ルドガーはルドガーだったよ。 思えば、いつも貧乏くじを引いていたよね。 20,000,000ガルドなんて大きな借金を背負うことになった時も。外したら死んじゃうなんて言われちゃう、大変な装置をつけちゃった時も。 ルドガー、なんにも悪くないはずなのに、なぜか色んな事に巻き込まれちゃって。……それでもそういった大変なことに一つ一つ向き合っていったルドガーのこと、大好きだった。……ううん、今でも大好き。 どんな大変なことでも一生懸命なルドガーのことは、エルの誇りなんだよ。ルドガーはエルのパパじゃないけど、パパで……難しいこと抜きにしてエルのこと大事にしてくれてたっていうの、分かってるから。 だから、泣くもんか。ルドガーがくれたものは、いっぱいあるんだから。 スープの味も。 頭を撫でてくれた手のひらのことも。 エルとおんなじ瞳の色のことも。 ぎゅっとしてくれた時のあったかさだって。 「………エル」 「……エリーゼ?」 振り返れば心配そうな顔のエリーゼが立っていた。 ……きっと、聞いちゃったんだろうな。だって学校であんなに大騒ぎしちゃったんだし。 「エルは大丈夫。パパもママもいないことは……本当のことなんだし」 きっかけは本当にちょっとしたことだったの。 学校の子と喧嘩になって。……それで、パパとママがいないことをからかわれて。もちろんテッテーテキに口で言い負かしてきたけど。 でも、やっぱりこういう時にルドガーのこと、思い出しちゃう。 ひとりぼっちで心細かったエルのこと、ずーっと守ってくれてたのはルドガーだったから。 「エリーゼ?」 気が付いた時には、エリーゼにぎゅっと抱きしめられていた。 青いジャケットが視界いっぱいに広がっている。温かな体温がすぐそばでとくとくと音を立てていた。 「悲しい時は悲しいって言ってもいいんですよ」 「………」 エリーゼだってパパもママもいないのに。 なのにエルのことを気にかけようとしてくれてる。お姉さんぶらなくたって別にいいのに。 「エルは大丈夫だよ」 「……エルは無理しすぎちゃうところ、ありますから」 ぎゅっと締め付ける腕の強さは変わらなかった。 ……きっとエリーゼには分かっちゃってるんだろうな。そういうところ、エリーゼは妙に気が付いちゃうから。 そう思ったら何だか鼻の奥がツンとしてきて、目の奥が熱くなってくる。――――泣いちゃ駄目だ。エルがここにいれられるのは、ルドガーがエルのことを大切に想ってくれたからなんだから。 だからパパもママもルドガーがいなくなって、寂しくて泣くようなこと、あっちゃ駄目なんだから。 「〜♪〜〜〜〜♪〜〜〜♪〜〜〜〜♪」 歌が聞こえた。 忘れるはずもないそのメロディーをエリーゼが口ずさんでいることに気が付いて、思わず顔を上げる。 ルドガーが歌ってくれた歌だ。 小さな頃、寂しくて泣いてる時にメガネのおじさんがルドガーに歌ってくれたっていうあの曲。ルドガーとお別れしないといけないと分かった時、エルに歌ってくれた。 「〜♪〜〜〜〜♪〜〜〜♪〜〜〜〜♪」 目を閉じると、浮かんでくる。 一番最初に浮かんだのは、やっぱり困った様な顔。 チカン扱いしちゃってごめんね。そう言えば、初めて会った時はエルが困らせちゃったんだよね。 それから次に浮かんでくるのは、にっこり笑ってくれた優しい顔。 パパが一番で、ルドガーが二番、ミラが三番目。 ぜーんぶ大好きなスープの味。頭を撫でてくれた大きな手のひら。エルのことをぎゅっと抱きしめてくれた広い胸。 忘れてないよ。エルのこと、大好きで大切にしてくれたルドガーのこと、ちゃんと覚えてる。 「……ありがと、エリーゼ」 「どういたしまして」 真正面からお礼を言うことは恥ずかしくて、そっぽを向いてしまう。 それでもきっと、エリーゼはふんわり笑っているんだろうなと簡単に想像がついた。お姉さんぶっているのは気に入らないけど、エルのことを心配して、大切に想ってくれていることも分かるから。 エルは人の気持ちもちゃんと分かるヨユーのある子になるんだよ。 「……もう一回」 今度は、すぐに笑った顔のルドガーを思い出せた。 「あの歌、一緒に歌おう」 ニセモノのエルを、それでも一番にしてくれたルドガーの笑った顔。 エルのぴかぴかの宝物なんだから。 「はいっ」 エリーゼが嬉しそうに笑う。 その手のひらを握って、一緒にソファーに座る。 「〜♪〜〜〜〜♪〜〜〜♪〜〜〜〜♪」 ルドガーが傍にいないこと、悲しくないって言ったら嘘になるよ。 それでも、ルドガーがエルに寂しい思いをさせるためにあんなことしたわけじゃないって、分かってるから。 エルを一番にしてくれたルドガーの気持ち、ちゃんと届いてるから。 ――――だから。 「〜♪〜〜〜〜♪〜〜〜♪〜〜〜〜♪」 この優しい歌が、向こう側へ行ってしまったルドガーまで届きますように。 12.11.10執筆 |