豆腐の味噌汁が飲みたいな。

時々、特定の食べ物が無性に食べたくなる時ってあるよね?
その日の宿が決まってひと段落ついた頃、唐突にそんな欲求に突き動かされて、僕は厨房に立つことになった。幸い夕食の混雑が落ちついた後だったので、厨房はすんなり貸してもらうことができた。
出汁を入れたお湯の中に刻んだ豆腐を入れて、火を落とし、味噌を溶かす。
薬味の葱を振りかけたところで僕は気が付いた―――― 一人分の量にしては、ずいぶん作り過ぎてしまったことを。

「まいったなぁ……」

もっと分量を気にして作れば良かった。
つい、飲むんだったら多めがいいかなーなんて、水の分量を増やしたのが失敗だった。水の量が増えれば、全体量が増えるのなんて当たり前のことなのに。

「ジュード?」
「え?……あ、ルドガー」
「何してるんだ?」
「急に豆腐の味噌汁が飲みたくなってね。作ったのは良かったんだけど……作り過ぎちゃって。良かったらルドガーもどう?」
「へえ、ジュードの手作り?」
「うん」

偶然にも食堂を通りかかったルドガーに声をかければ、にやりと楽しそうな表情が返ってくる。

「ルドガーほど上手く作れるわけじゃないけどね」
「いや、俺、和食はそれほど得意じゃないんだよな」
「そう言えば、ルドガーの作る食事は洋食が中心だったね。へえ、意外かも」
「そうでもないさ。ジュードだって得手不得手くらいあるだろ。……まあ、でも器用な奴だから大体のもんは作れちまうか」
「ルドガーには言われたくないな」
「ハハハ、お互い器用貧乏だからなあ」
「ルドガーの料理は器用貧乏の枠を超えてると思うけど」
「……サンキュな」

にこりと表情を和らげて、ルドガーが湯気の立つ椀をすすった。
咀嚼のために動かしていた口が止まり、ごくりと汁を嚥下したのを見届けてから再び声をかける。

「どう?」
「いや、うまいよ。ジュード、やっぱり料理うまいな」
「ありがとう。本業の方もこう上手く行ったらいいのだけど」
「難しい問題だからな……」
「そうだね。でも、やらなくちゃ」

僕のなすべきことだから。
そう、言い聞かせるように口の中で噛みしめる。
どんなに困難な道だったとしても、これはミラと僕の約束なのだから。……人と精霊が共に生きることのできる未来を実現するんだ。

「ジュードとルドガーじゃないか」
「お?ミラか」
「食堂から何やらいい匂いがすると思ってやってきたのだが……」
「おいジュード。食欲魔神様の登場だぞ」
「もう、ルドガーったら」
「……じゅるり」
「ええーと、ミラ。豆腐の味噌汁だけど……飲む?」
「飲む!」

一呼吸置く間もなく即答したミラの返答に、ルドガーが爆笑したのは言うまでもない。



「そう言えば久しぶりにジュードの食事を食べたぞ」
「……いつの間にかすっかり料理長が板についてたもんね、ルドガーの」
「すまないな、いつも世話をかけて」
「いや、俺も料理好きだし。……それに、ああも熱烈に俺の料理を期待されるとな」

照れくさそうにルドガーが鼻の頭をかく。
いつの間にやらすっかりルドガーの手料理の虜になってしまったパーティメンバーたちが、料理の当番制を封印してからずいぶん久しい。

「ルドガーの料理は絶品だからな」

うんうんと首を振るミラはまだ味噌汁をすすっている。
その顔が本当に幸せそうだったから……ルドガーが料理長を甘んじて引き受けている理由もなんとなく分かってしまう。
誰かに美味しいと言って貰えることは、素直に嬉しい。
それが信頼を寄せている相手ならば、なおさらに。

「だが、ジュードの料理もおいしいよ」
「ありがとう、ミラ」
「この味噌汁の味は実にいい。毎日食べたいくらいだよ」
「それは褒めすぎだよ」

にこにこと屈託のない笑顔を浮かべるミラを直視できない。
思わずも居心地悪く身じろぎをしたら、半眼のルドガーと視線がかち合った。

「見せつけてくれるな、ジュード」
「え?」
「お前の作った味噌汁が毎日食べたいってどう考えても口説き文句だろ」
「………」

瞬間、頭の中が真っ白になる。
いや、えっと……その。

「……ミラのことだから、多分、意味分かってないと思う……」
「ん?どうかしたか?」
「……だな」

これは、味噌汁にまつわる旅の日常のおはなし。
ほんの些細な……それでも掛け替えのなかった時間の出来ごと。





12.11.11執筆