2014.05.26 執筆

思いつき着衣プレイ

 今、聞こえたものは一体なんだったんだろう。いや、いやいや。多分聞き間違えだけだ。うん、そうだ。なーんだ、もう、ミラったらそそっかしいなあ。でも、そんなところも可愛いんだけど。
「ジュード、聞いているのか。ジュード」
「えっ、あ、うん。聞いてるよ」
 ちょっと思いがけない聞き間違いしちゃって。ごめんね。ぷるりと首を振ったジュードが微笑んで答える。その柔らかい微笑に続くようにして、ミラもまた穏やかな口調で話しかけた。
「……で、どうなのだ。私の衣装を脱がせてみないのか」
 どう聞き直しても全然穏やかな内容じゃない。今度こそ笑顔のまま硬直したジュードを前に、なぜかミラの方はやる気だった。
「幸い今、皆はクエストで出払っている。手持ち無沙汰なのは私たちだけ。このまま行為に及んでも何ら問題はあるまい」
「いや!? いやいや!!? ちょっと待ってミラ、なんでそんなやる気なの!?」
 確かにミラとそういうことを、したことないわけじゃない。寧ろつい先日、袋詰めにされてミラの部屋に投げ込まれたのは記憶に新しい出来事のはずだ。そりゃあ、べ、別にそういうことに興味がないわけ……ないけど。っていうか、ミラはいい匂いがするし、柔らかいし。そりゃあ、できるものならしたいと思う、けど。
「こんな明るいうちからとかおかしいからね!? それにミラのその服、どういう構造になってるか分かんないし……む、無理だって」
「そうか」
「……分かってくれたならいいよ」
「ならば夜に、『勝負服』を着て君の部屋へと赴こう」
 あぁ、うん。良かった、ミラにしては聞き分けがいいや。なんて生返事で返答を返したのが良くなかった。
「そう言えば一年前の君の衣装も『勝負服』だったな。案ずるな。私もあれに負けぬ装いで、必ずや君を唸らせる『ちゃくいぷれい』を約束しよう」
「……ちょっと待ってミラ。僕、どこから突っ込んでいい?」
 にこにこと嬉しそうに喋るミラは、そりゃあ可愛いけど。可愛いけど。口にする言葉のあんまりな内容に、果たしてどこから指摘すればいいのやら。思わず冷静な口調になって切り込んだジュードを前にしても、ミラは相変わらずの様子だ。
「なにかおかしなことでも言ったか?」
 言った! すごく言いました! 思わず敬語になって叫びだしたくなるのをぐっと堪えて、ジュードは諭すように告げた。
「ていうかすること前提なのおかしくない? 別に僕はミラとそのままだって……全然、その」
「ジュードは嫌なのか?」
「えっ!? い、嫌ってわけじゃないんだけど……寧ろ、そういうのが嫌いとかじゃなくて、そういうの抜きでミラを大事にしたいって気持ちは変わらないというか……ああもうっ」
 伝えたいことはたくさんあるのに、肝心な所で言葉になりやしない。それが歯がゆくて、ジュードは小さく口の中で噛み締めた。違うんだ。ミラと一緒になることが嫌ってわけじゃなくて……それだけじゃない。もっと根っこの部分。気持ちのところが満たされていれば、それだけで嬉しいんだ。
 真っ赤になりながらもたどたどしくジュードは言葉にする。それをミラは、ただじっと見つめていた。
 ようやく言葉を切ったジュードを前にして、ミラは噛み締めるように唇を開いた。細められたルビー色の柔らかい光が、真っ直ぐに見つめている。まるで何もかも見透かされてしまいそうな、透明な視線だった。
「……嬉しい、な」
 他でもない、君から湧き出た言葉なのだから。噛み締めるように呟いたミラが、そっと手のひらを胸の前で握り締める。視線をそらすことなく真正面からはにかんだ表情に、ジュードの胸はどきりと音を立てた。
 ……こんなのって反則だ。目をそらすとか、そんなんじゃなくて。ミラはただまっすぐに『嬉しい』という自分の気持ちを伝えようとしてくる。出会った頃から、きらきらしていて、自分の道を見据えていて。そんな憧れだったミラの視線が、こうして自分に向けられている。込み上げてくる胸の内の想いを堪えるかのように、ジュードもまた服の上から、手のひらで握り締めた。
 そんなジュードの手のひらの動きに気がつかないミラではない。彼の服の下にある丸い膨らみを視界に留めて、またふんわりと彼女は笑う。そうして歌うように告げられた言葉に、心揺らされないわけがない。
「私も君と共に在れば満たされているよ。……そう、思っていた。君と繋がることを知るまでは」
 手のひらを向けたミラが、ジュードの胸の上に乗せられた指先を包み込む。ほっそりとした白い指先はジュードの指に比べたら二回りも小さい。そう言えば、旅を始めたばかりの頃、手のひらを比べ合いっこしたっけ。
「君に触れて、それ以上の想いがあることを知った。もっと君のことを知りたいと思う。君の近くで君の体温に触れたい」
 限られた時間だからこそ、今ある一瞬一瞬を大切にしたいんだ。逸らすことなく向けられる眼差しは、やっぱりいつだってまっすぐで、きらきらと宝石みたいに煌めいている眼差しがとても近いところにある。
「私に君を教えて欲しい」
 息が詰まる。どう、呼吸をしていたんだろう。近い場所にいるミラは、確かに見慣れた彼女なのに、なんだか知らない女の人みたいだった。こんな近いところにいるのに。指先は確かに触れているはずなのに。それなのに、ミラはどんどん進んでいく。知らなかった表情を花開かせて、初めて出会った時のようにジュードを新しいところへと導いていく。
「……ミラ」
 ようやく音になった彼女の名前は、カラカラにひび割れていた。ぎゅうっと瞼を閉じて、もう一度見つめ直せば、やっぱり綺麗なルビー色の瞳が近い場所にある。
「ジュード」
 微笑んで、ミラは告げた。
「君だからこそ、『ちゃくいぷれい』とやらをやってみたいのだ」
 ……色々と、台無しにする一言だった。
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