朝、目を覚ましたら知らない女の子がそこに立っていた。

「?」
顔は見覚えはある。けれど、その体つきは全くもって見覚えがない。
柔らかな曲線を描く胸元。くびれのある腰。細い指先。そのどれもが、全く見覚えのないもので。
「………??」
もう一度、鏡を覗いてみた。
不思議そうに首を傾げた黒髪の少女が立っている。―――――顔は、どう考えてみても僕だ。体が女の子のような気がするだけで。
「……………」
もう一度視線を下ろしてみた。
盛り上がった胸元。シャツを開いてみたら、覚えのない重みがあった。そして感じる奇妙な違和感。……何とはなしにズボンの裾を広げて中を覗いてみた。見慣れた相棒の姿は、そこにはない。
「!?!?!?!!?」
一秒遅れてから激しい動揺が頭の中に襲いかかる。
何が、一体どうなってるの。思わず叫びだしそうになる朝一番の混乱の最中、高らかな音と共に開け放たれた扉が見えた。
「ジュード!!」
金色の髪がふわりと揺れる。
見慣れたシルエットに思わず駆け寄りそうになってから、黒髪の……元は少年であったはずの少女はぎょっと目を剥いた。
「……やはり君も異変に巻き込まれていたか」
そこに立っていたのは、確かにジュードにとって見慣れた存在だった。いつもの際どいミニスカートに身を包んでいるのが、ガタイのいい金髪の青年であることさえ除けば。
「ミラ―――――――――!!!????!?!?」
「落ち着け、ジュード」
「だだだ、だって、み、ミラが……ミラが……っ!?」
「ああ。私も驚いている。朝、目が覚めたらこうなっていたのだ」
「ででで、でも、なんでっ、どうしてっ」
「とりあえず落ち着くのだ。ジュード」
見下ろされる瞳は、間違えようもなく見慣れたルビーの色だった。そこに浮かぶ困惑の表情もまた、形作るものは青年の骨格ではあるものの、間違えようもなくミラの面影を残している。
一体何がどうなって。
混乱に叫びだしそうになるジュードに反して、ミラはそれでも冷静だった。あくまで理性的に話を進めようとする姿に、ジュードの方も少しずつ落ち着きを取り戻してゆく。
「う、うん。落ち着く……」
深呼吸。
吸って、吐いて。
ソニア師匠直伝の呼吸法で息を整えて、伏せた目を上げた。その視線の移動の中で、ミラの逞しい太ももが目に付く。……波打つ金色のすね毛に泣きそうだ。そして、異様に盛り上がっているような気がするミニスカートも。
「え」
「ああ、これか」
思わず視線が縫い止められたジュードに、ミラの方もまた困惑したように眉根を寄せた。
「朝起きたら、男性の姿に変わってしまっていたのだ。身体能力が格段の上昇している点に関しては良い驚きを感じているのだが……いかんせんコレの収まりが悪い」
コレとはアレのことでしょうか。
思わず訊ねかけて、今更すぎる事実に気がつく。
……そうだ。朝起きて女の子になってた僕と同じように、ミラも男の人になってしまってたんだ。異性の体の微妙な生理現象なんぞ知るわけもない。というか知っていて欲しくない。
「というわけでジュード」
にこりとミラが微笑む。
男性になっても相変わらずの美貌を惜しげもなく振りまいて、ミラはがっちりとジュードの腕を掴んだ。
「え?」
元よりミラに弱いジュードがその腕を振り払える訳もなく……というか、現時点の力関係的にどう考えてもその選択肢はなかった。ないので余計に嫌な汗が背中を伝う。そう言えば、さっき胸元を確かめるためにはだけたままの状態だった。
「こういう時の対処法は、やはりセッ「わーーーーわーーーーーーー!!!??」
遠慮なく直接的な表現を口にしようとしたミラの言葉を、それ以上に大きな声を出してジュードが遮る。
というか聞きたくないし、考えたくもない。何が嬉しくて、男の象徴を突っ込まれる危機に晒されなきゃいけないのか。
「……ダメか?」
途端、しょんぼりと悲しそうにチャームポイントを落としたミラを目にすると、ものすごい罪悪感が胸を襲った。
そ、そりゃあ、確かに今の僕は女の子で、ミラは男の人で。今までそれなりに経験は踏んできたから、新しいといえば新しい展開だけど……あれっ、実は問題なくない?
一周回ってとんでもない結論に飛びかけてから、慌てて理性が引き止めた。……駄目だ。それを許してしまったら、男としての何か大切なものを失ってしまう。それだけは避けたい。
「だ、だめだよ……」
「本当にダメか?」
「ダメったらダメ……ってわぁ!?」
かぷりと寂しそうにミラが僕の耳を甘噛みする。切なそうにもぐもぐと動かす口元から温かい温度が伝わってきて、思わず背筋が痺れた。
「ちょっ……ん、ダメだって……ば……」
「だが、ジュード。この生理的現象は辛いぞ……」
「男の人は、んんっ……みんな、そうなんだっ…から……っがまんしてよ……!」
「だが、ジュードの方も乗り気なんじゃないか?」
「僕は乗り気なんか、じゃ……っ」
「本当に?」
「ちがっ……ちょっ、ミラぁ…っ!」
するすると首元に落ちてきた熱に、口元から情けない声が上がった。僕じゃないみたいな僕の声に、クラクラする。
なんで、どうして、こんなことに。茹で上がりそうな思考回路の中で、このままじゃまずいという単語だけがぐるぐると廻っている。ミラが僕を求めていて、僕はミラが好きで。
腹部に当たる熱が熱い。
このままじゃ、僕、本当にミラに―――――…



「はっ!!?」
全身にびっしりと冷や汗を掻いて、布団から飛び起きた。
慌てて周囲を見渡して、肩から大きく息を吐き出す。見下ろした胸元には、先程のような重みはない。
――――良かった、夢か。
それにしてもとんでもない夢だった。いや、ミラに積極的に求められるのは……ちょっと嬉しかったような気がするけど。いや、いやいや!?別に突っ込まれたかったわけなんかじゃないからね!!?
「……んぅ、じゅーど?」
勢いよく首を振りすぎてしまったらしい。明け方前の薄暗い闇の中で、同じ布団の中からもぞもぞと小さな体が動き出した。
「ご、ごめんね、ミラ」
「……何か、あったのか?」
「ちょっと……夢をね」
「そう、か」
白い腕が、伸ばされた。
そう思ったときには、ふわふわとしたミラの胸の中に僕の顔は埋められていて。
「悪い夢を見たときは、こうすれば落ち着くと聞いた」
「……ミラ」
「落ち着いたか?」
くすりと微笑むルビーの瞳がすぐ傍にある。なんの邪気もないその優しい視線に覚えたのは――――罪悪感だった。
「……ごめん、落ち着けない、かも……」
起き抜けで、素肌のミラに抱きしめれてどうにかならない方がどうにかしている。
夢で迫ってきたミラと同じことをしそうな自分に呆れつつも、心底自分の性別が男性であることに安堵しながらジュードはミラの耳を甘く噛んだ。
「ミラ、好きだよ」
「ふふ、私もだ」
そうすれば、柔らかく微笑む表情がすぐ傍にある。





13.02.27執筆