2013.05.23 執筆

氷菓のおいしい食べ方

初めは、ミラが言い出した事だった。本当に、甘くて美味そうだったのだ。
白くてぴかぴかした表面に、各種フルーツが混ぜ込まれていて、食い物で作った宝石の様だ。氷菓というものを、そう言えば口にする機会が少なかった気がする。
「ジュード!」ミラがぱっと目を輝かせてそちらを見ると、彼は相変わらず仕方がないと言う体で、「いいよ」と一つ返事で返してくる。
「何も言わずともそう返してくるとは、君は、私の事を良く解っているな」
「ミラが解りやすいんだよ。でも、溶けやすいから気をつけてね」
そうして笑ったのに、「任せろ。口にした事はないが、余す処なく大事に食べるぞ」と胸を張った。
器に入ったそれは、矢張り表面がぴかぴかとしていて、美しい。四大の色を詰め込んだ様で、そこもなんだか気に入った。
「で、御免、なんで上脱ぐの」
ジュードがもう少し何か言いたげな目で此方を見遣るのに、ミラは身体からはぎ取った白の装束を椅子の上に置いて、胸を張る。
「氷菓を食う時は尤も涼しげな格好で堪能すると本で読んだ」
書物では、そうして暑さを実感つつ、氷菓の冷たさを堪能するものだと書いてあった。少なくとも、絵では。
であるからして、ミラ自身一番動きやすいとしている、黒と白のみで作られたその姿になった訳である。息苦しいと感じていた胸元も随分とすっきりしたし、良いことづくめだ。
「あぁ、うん、今全然暑くないけどね」
「そうか? まぁ、人間らしさを堪能するのは素晴らしい事だ」
勿論ミラには、それを実感する術もないから、雰囲気的なものとして、なんだけれど。
匙で掬い上げて、口に放り込む。まるでモン高原を思わせる程の冷たさが口の中に広がる。もう風邪を引くこともないけれど、その冷たさだけは、流石の火精霊も調節は出来ないんだろう。
「どう?」
少し嬉しそうに首を傾げたその人に、「甘くてうまい!」と返す。
「矢張り人間は素晴らしいな。こんなものを思いつくとは。白くて甘い氷に果物を放り込むとは」
そうしてまた匙を突っ込み、その上にこんもりと乗るように掬い上げる。しかし。口に入れようとすると、氷に包まれていた筈の黄色の塊が崩れ、胸元に落ちる。
「ん、つ…っ」
「えっ何!? 大丈夫?」
「大丈夫だ。あぁそうだった。これは氷なのだから、溶けるんだったな」
そうして胸の谷間から黄色のそれを拾い上げて、口に放り込む。冷たさの中に甘みがあって、口の中でするりと溶けていくのは、また美味いと思う。それをこれまた何か言いたげに此方を眺めている姿に、小さく首を傾げた。
「何だ、君も食いたかったのか」
「あ、いやそう言う訳じゃないんだけど……」
口の中でもごもごと言葉を濁すそれに、何だか妙な気になる。しかし、ミラは自分の胸元を眺める。
「何だかべたつく」
糖分が入っているんだからそれも当然だ。寄せられた谷間にべたべたとした感触があって、気分が悪い。
「あ、じゃあ何か拭くもの………」
くると身体を返そうとして、しかしそれがぴたりと止まる。そうしてもう一度此方を見て、僅かに視線を逸らした。
「えぇと、あのさ、矢っ張り僕も貰っても、いい?」
これまた、申し訳なさそうに言うものだ。抑もこれを買った財布は彼のものだし、僅かに食われたとして、ミラが怒る筈がないというのに。
「構わないぞ」
「えっ」
ぱっと上げて此方をみたその口に、ミラは手にしていた匙を思い切り突っ込んだ。
途端、冷たさの所為なのか思い切り噎せた姿に、「すまない、大丈夫か」と声を掛ける。勢いがついからあまりの冷たさに、だろうか、喉にでも入っただろうか。
口元を押さえる姿肩に手を当てる。しかし。匙を手にした片手にそっと手を当てられて、ミラは僅かに眉を顰める。
だが、それよりも険しそうに、しかし僅かに下げられた対面の眉が目に留まる。つり目の黄泉域色の目が、視線を外して暫く押し黙っていた。けれど、少しだけ染まった頬で、精一杯、と言う風に口を開く。
「………こっちの方」
そうして、ミラが「どっちだ」と聞く前に頭が僅かに凭れる。闇色の髪が視線を過ぎて、胸元へと落ちる。
そうして、乳房との間に出来た谷間に、鼻先を押し付ける。
「ちょ、なんだくすぐった……あっこら、舐めるなっ!」
肌をつるりと撫でた舌が熱くて、思わず声が上擦る。さっきの冷たさとは随分と異なるそれは、何かを削ぐ様にその面積全体で舐め上げてくる。
「だって、余すところなく大事に食べなくちゃって言うから………勿体ないのかなぁって、思って」
「だからって…全く、君って奴は……っふ……、あ、そこは零してなんていないぞ!」
中心から乳房の内側を沿い、まるでべたついてもいない肌に、唇だけで噛み付いてくるのが、またくすぐったい。
ミラが声を上げると、闇色の髪が僅かに上向き、間から覗く黄泉域の、これまた一番色の濃く映された様な眼差しが、困ったように僅かに細まる。
「だめ、かな?」
「だめ、と言っても…しようがないな。だが、氷菓は直ぐに溶けてしまう。取り敢えずこれを食ってからでも構わないだろうか。二ついっぺんに出来る方法があれば君の願いも叶えてやれるんだがな」
流石に今早急にやらなければならないのは、いつどろりと溶けてしまうかも解らないそれを、口に入れてしまう事だ。確かに彼の舌先の熱さや柔らかさ、そこから与えられる甘さなんかも、捨てがたいものではあるけれど。
それにジュードはこめかみに人差し指を沿えて、「うーん」と一つ唸り、ミラの手元と此方を交互に見遣る。そうして、もう一度考え込む。
「いっぺんに出来る方法か。うーん、そうだな………。あるにはある、けど、ミラは、いい?」
「そんな事が出来るのか。君は凄いな、氷菓を堪能しながら君の願いも叶えてやれる、画期的な方法があるんだな。いいだろう。試してみよう」
ミラが頷くと、ジュードはそれに、まぁ、と小さく唸った。
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