「あなたは……誰、ですか?」 時を同じくして、精霊界ニ・アケリア霊山山頂部にて。 四大精霊を従え、緑がかった長い髪を揺らした女性――――精霊として転生した分史ミラを前に、ミラは立っていた。 「私はミラ=マクスウェル」 分史ミラの問いかけに、ミラはルビーの瞳を煌めかせて真っ直ぐに答える。その名に確かな誇りと自信を漲らせて。 「なぜ、あなたはわたしと同じ顔、同じ名前なのですか?」 「それは、私が別世界からきたきみと同じ存在だからだ」 「……そう、なのですか」 そうして、分史ミラは唇に手のひらを当てて考え込む。 「ごめんなさい。わたしはまだ記憶を取り戻していないのです。なので……あなたの教えてくれてた意味がよく分かりません」 「いいえ、ミラ。これは記憶云々の問題ではありませんよ」 ふわりと分史ミラの傍に降り立ったのは、水の精霊であるウンディーネだ。知性を感じさせる瞳の奥に探るような気配を滲ませながら、彼女は言葉を続ける。 「あなたたちの目的はなんですか。私たちと同じ姿。同じような存在。……わざわざここへ姿を現したというのですから、相応に意味はあるのでしょう」 「もちろんだ」 視線をウンディーネに動かし、それからシルフ、ノーム、イフリートと分史ミラを守るように寄り添う精霊たちを見上げてミラは言葉を続ける。 「私はきみに話があって、ここまで会いに来たのだ」 「それは……何なのですか?」 「黒い髪の少年のことだ」 「少年……」 何かを確かめるように分史ミラは声を漏らす。その小さな呟きの中に潜んだ引っ掛かりを、ミラは見逃さない。 「きみはもう何度か夢を見ているはずだ。黒い髪の少年が、きみと共に旅したことを」 「なぜ、お前がそれを……」 イフリートの言葉に小さく微笑んでミラが続ける。 「言っただろう。私もまた、『ミラ』なのだと」 そんなミラ=マクスウェルを前に、分史ミラは顔を上げて返事を返した。 「わたしは彼のことを知りたい。忘れているのであれば、思い出したいのです」 「それは、なぜ?」 「わたしは自ら死を選び、死にました。それはあの少年のためだったと……そんな気がするのです」 分史ミラは胸に手を当てて、静かに言葉を続ける。 「彼のことをもっと知りたい。思い出したい。わたしの胸の内が教えてくれるのです。……彼と過ごした日々のことを、忘れたままではいけないのだと」 同じ色の瞳を煌めかせて、分史ミラは真っ直ぐにミラのことを見上げていた。その澄んだ瞳の中に確かな決意の色を見つけて、ミラはこくりと頷き返す。 「この世界は、私の知る世界と違う道を歩んでいる」 私が先に少年に会ってしまった。すまない。……本来ありえたはずの可能性を潰してしまったことが、不可抗力だったとは言え悔やまれる。もしも正しく分史ジュードと分史ミラが出会えていたのだとしたら。可能性の話をすればきりのないことは分かっていつつも、そう思う気持ちがあることもまた、誤魔化しようのないミラ自身の本心だった。 「違う世界から来た私が、彼を止める権利はない。あるとしたらそれは……」 「あの少年に、何かあったのですね」 確かめるように分史ミラがミラに訊ねた。その問いかけを、ミラは頷くことで返事を返す。 「わたしが会いにいきます」 「ミラ」 ノームが分史ミラを気遣うように声をかけた。それにふわりと微笑んで、分史ミラはまた霊山の山頂を目指す。 「わたしは知りたい。……いいえ、知らなければならない」 魂の光を山頂へと掲げる。光はゆっくりと分史ミラの胸の中へと吸い込まれて、そうして消えていった。 「夢の中で、少年はずっと泣いていました。……わたしは、そんな顔をさせたかったわけではないのです。ただ、彼が好きでいてくれるわたしでいたかっただけなのです」 今度は青白い光が霊山の岩先に灯る。その光に歩み寄って、分史ミラは言葉を続けた。 「あなたはミラ=マクスウェルと名乗りましたね」 「……ああ。そうだ」 「ならばわたしはこう返事を返しましょう」 光を背に、分史ミラは悠然と微笑んで言った。 「わたしは、ミラ。彼を――――ジュードと共に歩むこと選んだ私だ」 To be continued… 13.03.16執筆 |