パチパチと、火の爆ぜる乾いた音がしていた。 「なんだ……これは……」 ミラが思わずうめき声を漏らす。そこに広がっていたのは見るも無残な光景だった。恐らく、使用したのは黒匣<ジン>の攻撃装置。エネルギーを暴発させて、爆弾代わりに使用したのだろう。 辺り一帯を抉る凶悪なまでの威力から、黒匣<ジン>の力の大きさを改めて思い知らされる。 立ち上る黒煙の中で、ゆらりと動く影があった。……あのシルエットは、見間違えるはずもない。 「ミラ」 困ったようにジュードは笑う。 「勝手に部屋から出ちゃダメだよ。危ないじゃない」 もう、倒したからいいけれど。そう言って、やはりジュードはいつものように笑う。その手で幾人ものアルクノアを殺めたばかりのはずなのに、いつものように笑っている。 「……ジュード」 何が、どうして、こうなった。 ミラの知るジュードは、誰かを手にかけて笑うような少年ではなかった。当たり前のように誰かの痛みを気遣える、心根の優しい少年のはずだった。それが、どうして笑える。自ら手を下したこんな場面で、なぜ当たり前のように微笑んでいられる? 「ミラ」 パキリ、と崩れ落ちた残骸を踏みしめてジュードが歩み寄る。呆然と見つめるミラをそっと見上げて、ジュードはその手のひらを取った。 「大好きだよ、ミラ」 だから、心配させないで。僕にミラを守らせて。 真紅の瞳が怪しく光る。伸ばされた手のひらは確かにジュードのもののはずなのに、今はその心の中が全くと言っていいほど見ることはできなかった。 「やっと着いた、イル・ファン!」 一番乗り〜!エルと競い合いながら船を降りたレイアが、夜域の街を見上げて嬉しそうに笑った。大人気ないからやめなよと、いつもならたしなめる側のジュードも、今はどこか嬉しそうだ。久方ぶりに訪れたイル・ファンで思い出すものも多いのだろう。 「そういや俺たちが出会ったのもこの街だったな」 「うん。軍に追われてたところをアルヴィンに助けてもらったんだよね」 「ホント、考えてみるとジュードも災難だったんだねえ」 「ううん、いいんだ。そのおかげで、僕はミラと出会うことができたんだから」 「相変わらずお熱いことで」 「もう。茶化さないでよ、アルヴィン」 照れたように笑うジュードを複雑そうな眼差しで見つめるレイアに気がついて、ルドガーとエルは顔を見合わせた。 ジュードとミラ。レイアにマキさんに、アスカ。人間・精霊を問わずモテモテなジュードの方はというと、その手の話には鈍感なのか全く気がつく素振りはない。それが見ている側には面白くもあり、同時に罪作りだとも思わせる部分でもあった。 「分史世界のジュードとミラはこの街にいるんだよな?」 話題転換の意味を込めて振ったルドガーの言葉を、表情に真剣さを取り戻したジュードが返事する。 「そのはずだよ。まだイル・ファンに着いてそんなに時間も経っていなし、移動してはいないと思いたいけど……」 ル・ロンドの定期便の数は、鉱山が閉鎖されてからかなりの本数が減っている。そのため、イル・ファンへ向かう次の定期便まで随分待たなければならなかった。その間に分史ジュードとミラが行動を起こしてないという保証はなかったものの、次の手を打つ判断材料が手元にない以上、とにかく今は情報を集めることが先決だろうという話にまとまった。 「ねえ、ルドガー!」 ジュードと話し込んでいたルドがーの服の袖を引っ張ったのはエルだ。 「あっちに人がたくさんいるっぽいよ。話聞いてみたら?」 「本当だな。何かあったのか?」 こくりと頷いたアルヴィンが、野次馬らしい住人に何気ない仕草で声をかけた。こういうところで動きが早いのは、やはり話術に長ける商人ならではだ。 「おっ、何かあったのか?」 「ああ。なんでも倉庫の荷が爆発しらしいんだ」 「物騒な話だな。いつ頃起きたんだ?」 「丁度二時間くらい前だったかな。突然、ドオンって大きな音がしたかと思ったら火の手が上がって大変だったよ」 「そりゃあ、マジで物騒な話だな。……犠牲者は出たのか?」 「ああ。どうやらその倉庫で作業していた4、5名が亡くなったらしい。ホント、気の毒な話だよ」 片眉を上げたアルヴィンが、探りを入れる眼差しで言葉を続けた。 「ってことは亡くなったのは作業員ってことか……」 「多分な。まあ、俺も聞いた話だからハッキリとは……。気になるようだったら、現場に行ってみたらどうだ?」 「そうだな。ありがとよ、大体理解できた」 「ああ」 どうやら欲しい情報を収集することに成功したらしい。適当なところで会話を切り上げたアルヴィンが片手を上げて戻ってきた。 「だ、そうだ」 「ありがとう。アルヴィン」 にっこりとアルヴィンの帰還にねぎらいの言葉をかけたのはジュードだった。それに続くように、レイアが思案顔で顎に手を添える。 「倉庫で爆発……。ジュードとミラが巻き込まれてるとは思わないけど……」 「タイミング的に、二人が関わっている可能性は高いな」 こくり、と頷いたのはルドガーだ。 「なんせ、ジュードとミラの二人だからな」 「うんうん」 「ちょっとそれどういう意味!?」 当然そうに頷くアルヴィンとレイアに、ジュードが反撃の声を上げる。そんな平和なやりとりに声を上げてルドガーは笑った。それをエルにたしなめられるのも、いつもの日常のやりとりだ。 「もー!のんびりしてる場合じゃないでしょ!はやくゲンバへキューコーしなくちゃ!」 「時々思うけど、エルってどこでそんな言葉仕入れてくるの……」 「パパ!」 えへんと胸を張る小さな姿は可愛らしいが、こんな子供に常用外の言葉を教え込む『パパ』とは一体何者なのか。 「それはそうと早く行くー!」 「はいはい」 足元をぐいぐいと押されるルドガーが、苦笑して歩き出した。 爆発した倉庫。到着早々舞い込んできた物騒な話に、この分史世界は一筋縄ではいかないような予感を感じながら。 「まあ、普通軍に閉鎖されてるわな」 半眼で帰ってきたアルヴィンは、両手を上げて降参のポーズを取った。どうやらめぼしい収穫はなかったらしい。流石に、訓練された軍人相手に情報収集は無理だったのだろう。 爆発が起きたという倉庫へたどり着ける云々の前に、その手前の通路で一行は追い出されてしまった。 「門前払いかあ」 恨めしそうに封鎖された通路の向こう側を見上げたのはルドガーだ。そんなルドガーの裾を引っ張って、ちょいちょいとエルが手招きをした。なんだろうと首を傾げたルドガーが、しゃがみ込んで耳を寄せれば、凸凹コンビのナイショ話が成立する。 「ねえねえ、ルルが勝手に入っちゃったって言って入らせて貰えないかな?」 「うーん、どうだろう……」 「でも、入らないと全然分かんないよ?」 ナァ、と足元のルルが同意を上げるかのように声を上げた。頼もしいことに、どうやらルルはやってくれる気らしい。 さて、どうするべきか。降って湧いてきた選択肢にルドガーが頭を捻っている最中、聞きなれた――――しかし、ここではいるはずのない声が飛び込んできた。 「わあ、かわいい猫さん……です」 「素晴らしい毛並みですね。よく手入れがされている」 反射的に顔を上げれば、そこには想像した通りの……だけど、いつもと装いの違う老人と少女の姿がそこにはあった。 「エリーゼにローエン!?なんで二人がここにいるの!!?」 見間違えるはずがない。今回の分史世界への侵入には関わらなかったパーティメンバーである二人が、間違えようもなくそこに立っている。強いて相違点を上げるとするならば、エリーゼのツインテールは下ろされていて、フリルと文様をあしらったリーゼ・マクシア風のドレスを着ていること。ローエンは緑を基調とした衣装に、メガネをかけていないということか。 そんな二人に驚いたように甲高い声を上げたのはエルだ。瞬間、しまったと慌てて両手を押さえるが、発した言葉は取り戻せない。 「え?なんでわたしたちの名前……?」 「お嬢さん。私たちのことをご存知なのですか?」 見下ろされる不思議そうな視線に、うっとエルが言葉を失くす。そんなやりとりに気がついたのか、後ろからジュード、レイア、アルヴィンがどうしたのだろうとやってきた。 「え……?」 それに声を失くしたのは、エリーゼだった。目を見開いたローエンの表情もまた、驚きに彩られている。 「エリーゼにローエン!?なんで二人がここに!!?」 エルと同じような反応を返したレイアの声がきっかけになった。みるみる内にエリーゼの瞳には大粒の涙が溢れ出し、次の瞬間には、レイアの体に全身の力で抱きついていた。 To be continued… 13.03.07執筆 |