「アルヴィン!」 エルに手を引かれてたどり着いたのは、ル・ロンド港の外れのベンチだった。 ベンチに横たわるアルヴィンは、すでにある程度回復していたらしい。上半身を起こして、隣に立つルドガーと何やら話し込んでいた。 「よっ」 ひらひらと挙げられた片手はいつも通りの挨拶だ。 エルから話を聞いた時はもっと深刻な状況かもしれないと思ったけれど、これなら大丈夫そうだ。安堵のため息を吐いて、ジュードとレイアは顔を見合わせた。 「あれ、アルヴィン起きてる」 驚いたのはエルも同じだったらしい。 「ここでアルヴィンを見つけた時はピクリとも動かなかったもんな。そりゃあ驚くよ」 苦笑しながらこちらを向いたのはルドガーだ。それに続くようにアルヴィンが口を開いた。 「綺麗に鳩尾に決めてくれたからなぁ。あんな強烈なのはもう当分喰らいたくないぜ」 「でも、一発で決まったから追撃を喰らわなかったんじゃないか?」 「……それってフォローか?」 「微妙?」 半眼で見返すアルヴィンに、首を傾げてルドガーが返事を返す。……ともかく、こんなやりとりが出来るくらい回復しているのであれば問題ないだろう。 「アルヴィン」 硬い声音で落とされたその意味を正確に悟って、アルヴィンはジュードを見上げた。 「ああ、分かってる。ミラのことだろ」 「うん。エルからミラがいなくなったって。……どういうことなのか教えてくれる?」 形こそ疑問形で問いかけているものの、ジュードの響きには有無を言わさないものがある。それに苦笑しながら、アルヴィンは口を開いた。――――ミラといいジュードといい、本当にこの二人には敵わない。 「ミラは連れて行かれたんだと思う」 「連れて行かれた?」 どうやらまだ事情を聞いていなかったらしいルドガーが首を捻る。 「大人しく連れて行かれるようなタイプには見えないけど……」 正史世界のミラと過ごした日数は浅いものの、ルドガーの的確な性格判断にレイアが頷く。彼女もまた、ミラが大人しく連れて行かれることに納得のいかない一人らしい。 「いや、正確に言うと付いて行ったんだと思う」 「付いて行った?どういうこと?」 「……ジュードだ」 唐突に挙げられた響きに、その名を持つ張本人であるジュードは困惑したように瞳を揺らした。そうして僅かな逡巡のあと、脳裏に閃くものを感じて額に手を寄せる。 「もしかして」 ぽつり、と零した言葉にはすでに確信が宿っている。 ――――消印のない封筒。それは、手紙が通常の郵送手段を用いられなかった事を表す。 シルフモドキを使って空から運んだという手も考えられなくはないが、手紙の差出人はその手段を用いられるアテがない。ということはつまり、非効率なことではあるものの、差出人は直接ル・ロンドへ足を運んだことになる。そして、手紙を運んだのは……。 「分子世界の僕なんだね。……アルヴィンを攻撃して、ミラを連れて行ったのは」 確信を持って告げたジュードの言葉に、アルヴィン以外の面子が一斉に目を丸くする。まさか、と告げられた言葉をアルヴィンは否定しなかった。 「ああ。間違いなくジュードだった」 「だ、だったら、どうしてアルヴィンを出会い頭に攻撃するの?ジュードはそんなに喧嘩っ早いわけじゃないよ」 フォローするかのように割って入ったレイアを制したのはジュードだ。 「みんな、この手紙を見て」 「えっ、それって……!」 「うん、さっきの手紙」 ソニアから手渡されてそのままになっていた消印のない手紙を掲げて、ジュードは一つの推理を語った。 「手紙の差出人は、この世界の僕だ。中には……レイアが死んだってことが書き記してあった」 言い辛そうに向けられた視線を受けて、レイアが先を促す。そんな幼馴染の温かい配慮に小さく頷いて、ジュードは言葉を続けた。 「亡くなった場所も書いてあったんだ。……場所は、ハ・ミル」 「おい、それって……!」 瞬間、息を飲んだのはレイアではなく、アルヴィンだった。 「ハ・ミルで何かあったの?」 不思議そうに首を捻ったのはエルだ。そのターコイズブルーの瞳を瞬かせて、ルドガーを見上げてみたものの、アイボーにも心当たりはないらしい。 同じように首を捻ったルドガーの視線を受けて口を開いたのは、ジュードではなくアルヴィンだった。 「……俺とジュードが戦った場所なんだよ」 「前に少しだけ聞いたことがあったな。ハ・ミルだったのか」 零すように告げられた言葉に、アルヴィンは気まずげにレイアから視線を外して語った。 「戦った理由、まだ言ってなかったろ?」 「聞いてもいいのか」 「アルヴィン」 「いいんだ。実際にあった出来事なんだからさ」 ひと呼吸。まるで覚悟を決めるかのように、ゆっくりと呼吸を整えたアルヴィンがその理由を口にした。 「エレンピオスに帰りたい。……自分勝手な願いのために、俺はレイアとジュードを殺そうとしたんだよ」 震える手のひらを、もう片方の手のひらで押さえつけながらアルヴィンは言葉を続ける。 「あの時、俺の撃った銃にレイアは被弾した。それに怒ったジュードと戦って、負けて。……本当、最低だったよ。俺」 「アルヴィン……」 気遣うようにかけられたレイアの視線を、アルヴィンは悲しげに微笑んで返した。 「この世界は、どうやら正史世界と比べると一年ほど時間がずれているらしい。レイアがハ・ミルで亡くなったっていうなら……多分、それは俺が……」 「でも、それって今ここにいるアルヴィンには関係ないじゃん」 唐突に。告げられたその幼い少女の声に、アルヴィンは驚きに瞳を揺らした。 「ここにいるアルヴィンはジュードとレイアの友達でしょ!なんで違う世界のことなのに、自分のせいみたいに言うの?」 それっておかしいよ。小さな手のひらを握りしめて、エルはアルヴィンを見上げていた。澄み切った真っ直ぐな瞳がアルヴィンの胸を打つ。 「そうだね。アルヴィンは僕の友達だ」 くすりと微笑んでジュードもまたアルヴィンを見上げる。それに続くかのように、レイアもにっこりと微笑んだ。 「今のわたしは元気なんだから。すんだことをクヨクヨ言わない!」 「……サンキュな」 どこか泣き出しそうな表情で、絞り出すようにして言う。その背中をルドガーが軽く叩けば、アルヴィンは得心したように頷いた。 「これらの情報を踏まえて推測すると……この分史世界は、正史世界の一年前の世界で。ジルニトラでミラを、その後ハ・ミルでレイアを……僕は失ってしまったということになるんだね」 「……マジかよ」 「もしかして、ジュードがアルヴィンに殴りかかったのって……」 「多分、行き場のない思いをぶつける事しかできなかったんだと思う。もしくはすでに、この世界のアルヴィンにぶつけてるのかもしれない」 僕のことだから、なんとなく分からないでもないよ。困ったように微笑んでジュードは言葉を続ける。 「ミラは、何か感じることがあったのかもしれない」 そう考えればすべての辻褄が合う。 自らの使命と意志を優先する彼女が、倒れたアルヴィンを置いてでもついて行った相手。それが僕なのだとしたら……この状況はかなりまずい。 「ミラを追いかけなきゃ」 「でも行き先が分かんないよ?」 ジュードの言葉に、真っ先に疑問点をぶつけたのはエルだ。そんなエルに微笑み返して、ジュードは言った。 「ル・ロンドの定期便は本数が少ないんだよ。僕たちが離れている間に出た便は限られている」 「えーっと今の時期なら、この時間帯に出てる便って……」 「ガイアスがリーゼ・マクシアを統一した後だからね。確認しなきゃいけないけど……多分、あそこで間違いない」 「そっか。止められてた便が再開されててもおかしくないもんね」 「おいおい、ジュード、レイア。地元民じゃない俺たちにも分かるように言ってくれよ」 「ごめんごめん。推測だけど、多分間違いないよ」 そうして一度だけ瞼を閉じたジュードは、水平線に広がる青い海を見つめて言った。 「僕が向かったのは……イル・ファンだ」 自分のことだから分かる。 あの真っ暗な泥の中を這い上がることなく、僕が再びミラを手にしてしまったら。……IFの選択肢を突きつけられて、心臓を冷たい手のひらで鷲掴みにされたような感覚に陥る。 「……ミラ」 信じてる。 信じられてる。 ――――でも、どうか無事でいて。 「―――――」 今、一体何が起きた? 触れた熱を確かめるように、唇に手を当ててミラは思案した。今の行為は、書物でなら読んだことはある。実際に行うことは初めてのことで、よく理解はできなかったが。 「ミラ……」 熱っぽい紅い瞳がすぐ傍にある。 これも初めて見るジュードの表情だ。正史世界とは異なる存在だというのは認識していたが、こうも私の知らない表情を目にすると、普段共にいるジュードの全てを知っているわけではないというのをまざまざと突きつけられているような気がした。 私たちは分かり合えているのかもしれない。けれど、共に過ごした時間は一年前の仲間たちの中では誰よりも少ない。そしてその差は――――きっとこれからどんどん広がってゆく。 「ねえ、僕を見て」 思案顔のミラが気に入らないように、ジュードがむくれて視線を上げる。 背伸びをしてもう一度引き寄せられた唇に、ミラは困惑げに瞳を揺らした。 To be continued… 13.02.16執筆 |