「そう言えばジュード、服変えたんだな」
言い出すタイミング、逃しちゃったけど。
そう言ってルドガーは、ジュードの格好を頭から足先まで見下ろして笑った。
「似合ってるよ」
「ありがとう」
改めてそう言われると照れくさい。思わず鼻の頭を掻いて、ジュードはルドガーに微笑み返した。
「これ、一年前に着ていた衣装なんだ」
「一年前って、もしかして例の旅の?」
「そう。さっき久しぶりに出てきてね」
「私が着て欲しいと言ったのだ」
ジュードの言葉を引き継ぐようにしてミラが続ける。
「あーっ!来た来た!」
「ったく待たせやがって……って、珍しい格好してるなおたく」
待ち合わせをしていたレイアとアルヴィンがこちらに気がついて声を上げた。真っ先に入った指摘は、やはりジュードの衣装だ。一年ぶりに見る懐かしい衣装に感慨深かそうにレイアが頷く。
「久しぶりに見たよ、ジュードの一張羅!」
「……レイア」
余計なことを言わなくていいよ。思わず肩を落とせば、ごめんごめんとレイアは頭の後ろを掻く。いつも通りのやりとりがひと段落したところで、ルドガーがみんなを見渡して言った。
「さっそくだけど今から行こうと思う。みんな、準備はいいか?」
「ダイジョブだよ」
ルドガーの言葉に続いて、誰よりも先に手を挙げたのはエルだ。
「もっちろん!そのために準備してきたんだからねっ」
「その買い物に振り回されたのは俺だけどなー…レイア長すぎ」
「ご苦労だったな、アルヴィン」
「まったく、モテる男は辛いね」
「乙女の買い物は時間がかかるんですー」
「ふふ、相変わらずだね」
楽しそうに笑ったジュードがルドがーを見上げる。
その視線に頷いて、ルドガーは懐中時計を持ち上げた。
「行こう」
そろぞれに返事を返して、その時を待つ。
瞬間、ぐにゃりと立っている世界が歪んだ。立ちくらみにも似たこの奇妙な感覚は何度体験しても慣れない。――――ルドガーの能力で分史世界へ渡ったのだ。
目をつぶることでその感覚を凌いだジュードが再び瞼を持ち上げた時、すでに世界はまるで違うものに変わっていた。
「ここは……」
「ル・ロンド?」
星が浮かぶ青空の下に広がる見慣れた景色に、レイアが嬉しそうな声を上げた。
人通りもまばらなのどかな通りは、この分史世界でも変わらないらしい。ああ、でも最近のル・ロンドはエレンピオスの人も出入りするようになったから、そこが少し違うところか。
懐かしさを覚える情景に、ジュードは思わずレイアと顔を見合わせた。
どうやら思うところは一緒だったらしい。同じようなタイミングでレイアのエメラルド色の瞳と視線がかち合った。
「そういやここはレイアとジュードの故郷なんだっけ」
「そうそう。ル・ロンドへ来たなら、一度は宿泊処ロランドへ!美味しい料理と家族的な雰囲気がステキな癒しの宿だよ」
「……それってレイアのおウチのことじゃん」
半眼で見上げるエルの視線をレイアはあっけらかんと笑い飛ばした。
「そのとーり!でもうちの宿の料理は本当に美味しいんだから。ルドガーにも負けないかもよ?」
「そんなの食べてみないと分かんないですよーだ」
ぎゅっとルドガーの服の裾を握りしめて、エルが不満そうに唇を尖らせる。『どうやらルドガーの料理より』という言葉が不服だったようだ。
良かったねルドガー。小声でジュードが囁けば、ルドガーは照れたように頭を掻く。それがまた、エルは面白くなかったらしい。
「ルドガーも負けてちゃダメだよ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて抗議する姿が微笑ましく、可愛らしいものだ。そんなエルの姿にミラがくすりと笑みを漏らせば、視線に気がついたエルと目があった。
「………」
「………」
分史世界のミラを失って間もなく、エルはまだこの世界のミラを受け入れきれない。
唐突に場を支配した沈黙を吹き飛ばすように、アルヴィンが声を上げた。
「まあ、宿泊処ロランドへは今度改めて行くとにして、今は情報収集が先決なんじゃね?」
「そっ、そうだね!まずは街の人たちから情報を集めて、何かおかしなことはないか調べてみないと」
アルヴィンの言葉にすかさずレイアが合いの手をいれる。それなら、とレイアに続いたのはジュードだ。
「街の方は僕とレイアで聞き込みをした方が良さそうだね。港の方はアルヴィンとミラ。鉱山側の街の出口方面はルドガーとエルに任せていいかな」
「了解。それで行こう」
微妙な空気感を持つミラとエルの配置にそれとなく配慮したのは、流石ジュードといったところか。自然な仕草でエルの手を引いたルドガーは、こくりとジュードの言葉に頷いて告げた。
「集合は今から一時間後に港で。それじゃあ解散!」



「……って言ったものの、どこから回ろうか」
勝手知ったるル・ロンドとは言ってもここは分史世界だ。正史世界と異なる世界である以上、迂闊なことはできないものの、情報を集めないことにはどうにも前へ進めない。順路に思いあぐねるジュードを尻目に、レイアの方はごくごくあっさりと手を挙げた。
「じゃあさ、まずウチに寄っていこうよ」
「レイア」
「考えるよりも先に動く!うっかりこの世界の私に会っちゃったら、激似のそっくりさんですってジュードが言えばいいよ」
「僕もいたらどうするの」
「まあ、その時はその時だって。今から考えてばっかじゃ進まないよ」
「……それもそうだね」
「というわけで、たっだいまー!」
換気のためか扉が開け放たれている宿の中へ、勝手知ったるという風にレイアは入ってゆく。動じもしない幼馴染の堂々とした振る舞いに、ジュードは小さく笑って後に続いた。
「「え」」
瞬間、見たことのない光景が視界に飛び込んできて、レイアとジュードは思わず全身を硬直させた。
「……レイア?……ジュード……?」
そこで項垂れていたのは、このロランド亭の女将であるソニアだった。見たことのなかった光景というのは、普段は厳しくも明るい武術の師範でもある彼女が、暗く澱んだ顔色をしていたことだ。
彼女の夫であるウォーロックは目を真っ赤にさせて泣き腫らしている。小さな紙切れ一枚を囲んで沈んだ空気を纏っていた二人は、突然の乱入者に驚いたように顔を上げた。
ウォーロックはともかく、武術の達人であるソニアが気配に感づいていなかったという事実は、ジュードやレイアにとっては信じられないような異常事態だ。
「ああ、レイア……!?」
「え、ええ!?お、お父さん……!!?」
間違えるはずない。この子はレイアだ。
小さく零すようにウォーロックが呟いたかと思うと、まるで条件反射のように目の前に立った娘を抱きしめた。大きな手のひらが小柄なレイアを包み込む。
突然の出来事に驚いたのはレイアの方だ。熱い抱擁に目を白黒させていたものの、やがて父を落ち着かせる必要があると判断したのか、伸ばされた腕を抱き返してよしよしとあやすように広い背中を撫でた。
一体どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
目の前の光景に呆気にとられていたジュードを前に、凄みを帯びたソニアが立つ。
「ジュード」
「……ソニア師匠」
「この筆跡、ジュードからのものだと私は判断したよ」
どういうことか説明しなさい。そう続いて差し出されたのは、押印のない一通の手紙だった。
受け取った手紙に視線を落として、ジュードは息を呑む。
――――レイアの死。
その手紙には、確かに自分の筆跡でその事実がしたためられていた。



「特に変わったこともないようだ」
強いて言うならば、この世界は正史世界から一年ほど時を遡っているらしいということくらいか。あまり噛み合っているとは思えない会話を港で繰り返すうちに、最低限の情報を手に入れたミラはふむと腕組みをして考え込んだ。
そもそもミラ自身、分史世界に侵入するのは初めてのことだ。勝手が分からないのは当然のことであったものの、説明を求める前に解散をしてしまったので、なんとなく聞きそびれてしまったままだ。出店の方で情報収集をしているアルヴィンに、後で色々問いただしておこう。
若干物騒な言い回しで考え込んでいたミラは、ふと顔を上げたところで、船へと向かう青色を見つけて首を傾げた。
「まだ時間より少し早いが……?」
しかし、見間違えるはずもない。
「ジュード!」
ヒールを鳴らして、青い衣装に身を包んだ少年に向かって声を掛ける。
唐突に名を呼ばれた少年は不思議そうに振り返り――――次の瞬間、まるで信じられないものを見たかのように目を丸くさせてミラを見た。



To be continued…





13.02.02執筆