2014.12.21 執筆

ル・ロンド、星の青空が上るころ

 青空の中で煌めいていた星の光は、夜になると一層の輝きをもって藍色の空を彩っていた。
 幼い頃からの見慣れた景色だからなのだろうか。星屑を散りばめた様な満天の星空は、ジュードにとってはどこかほっと安心する光景だ。こういうのを望郷の念にかられるとでもいうのだろうか。今は離れて久しい光景も、こうして再び目に入れば、ジュードの胸に優しい温かさを与えてくれる。
「やはり、帰ってきてよかったな」
 窓から星空を見上げる黒髪の少年の姿を見つめて、ふふ、と宝石のような紅い瞳が優しく細められた。そこに立つのは、金色の長い髪を背中でゆったりと流し、白と青の装束を身に纏った二十そこそこの女性だ。整った顔立ちの、見るからに華やかな雰囲気を纏った彼女は、一見人間の女性にも見えるが、その実精霊を束ねる万物の主でもある。同時に、ジュードにとっては誰にも変えがたい、大切な存在と呼べる人だった。
「……うん。そう、かも」
 ミラ。静かに形造った音の響きに、ミラと呼ばれた彼女は頷いて応える。
 ル・ロンドにある、たった一つきりの治療院。その建物を切り盛りするマティス夫婦は今晩は出払ったままだ。代わりにそこで一晩を迎えることになったひと組の男女は、ディラック・マティス、そしてエリン・マティスの第一子であるジュード・マティス、そして、彼の旅の共でもあるミラ=マクスウェルだった。
 すでに親元を離れ、自らの進むべき道を決めたジュードは、今はエレンピオスと呼ばれる新天地で源霊匣と呼ばれる技術の研究に勤しんでいる。そんな彼が今回、気乗りしなかったにせよ故郷へ帰ることになったのは、様々な要因が重なってのことだった。
 とにもかくにも騒動に巻き込まれたル・ロンドでの事件も一段落し、出払うこととなったディラック、エリンの代わりにジュードが自宅に残ることになったのが今晩のこと。すでに特別列車の再稼働まで日は迫ってきている。それは、ミラとの二人きりに旅路が終息に近づいてきていることを意味していた。
 何だか、夢みたいだ。ここ数日の旅路を振り返って、ジュードはそうっと隣に立つ人を見上げた。ルビー色の輝く瞳が、窓の向こう側に映る星空を見上げている。長い睫毛が落とす影は長くて、改めてここにいるミラの容姿の美しさに、胸がどきりと音を立てた。普段こんな風に意識してミラの姿を見つめることはないのだけど、星明かりの下で佇むミラの姿は、まるで微精霊のような神秘的な雰囲気を持っていて……いや、実際ミラは精霊の主であるわけなのだけれど。ともかく、いつも以上にミラのことを意識してしまう。もしかしたらここが実家で、長年過ごした自分の部屋の中だということが、理由の一つなのかもしれない。
 広い治療院には、今晩は泊まりの患者はいない。つまり、ここには僕とミラの二人っきりなわけで。久しぶりの帰宅とは言っても、長年過ごした勝手知ったる我が家で、母さんの服を寝衣代わりに身に纏ったミラの姿はを見るのは、何だかとても落ち着かない。星空でも見ていたら落ち着くかな、と思ったけれど生憎、そうは都合よく落ち着いてくれないらしい。自分の事ながらままならないことばかりだ。小さく苦笑して顔を上げれば、不思議そうなルビー色と視線とかち合った。
「それにしても、ここがかつての君の部屋か。……随分と殺風景なのだな」
「ここを離れる時に、必要なもの以外は大体処分しちゃったからね」
「そういうものなのか」
 窓の向こう側から視線を移したミラが、部屋の中を見渡してふうむ、と唸る。一年前、ミラは足に大怪我を負った関係で、暫くこの治療院で過ごしていた。とは言え、患者として入院していたミラがマティス一家がプライベートで使用している空間に足を踏み入れることはなかったのだから、こうしてジュードの部屋を見るのは実は初めてのことだ。
 とは言え、この部屋からジュードが離れて、もう随分と時間が経っている。ものを処分して出て行っている以上、殺風景なのは仕方のないことだ。
「しかし、布団は湿気ってないのだな」
「……え?」
 思わず、といった体で首を捻ったジュードに、ミラは何気ない様子で布団を触りながら答えた。
「この間、ルドガーから聞いたんだ。こういうものは、手入れをしていないと傷んでしまうのだろう? この部屋だって埃が積もっていない。きっと、ディラックやエリンがいつ君が立ち寄ってもいいように手入れをしているのだろう」
 こういう時、自分はどんな顔をしていいのか困ってしまう。両親が、いつ自分がここへ立ち寄ったとしても快適に過ごせるように、さり気なく心を砕いてくれていることを素直に喜ぶことも、かと言って反感を持つこともできないからだ。……ああ、うん。唸るような返事を返しながら、それでも内心、胸の内になんとも言い難い感情が湧き上がってくることを感じる。
 一年前は、まだ十分に見えなかったコト。少しは見つけられるようになってきたのだろうか。顔を向ければ、ミラは自分が口にした言葉がジュードに与えた影響など知らぬかのように、興味深げに周囲を見渡している。元は自分の部屋だったはずなのに、こうしていると酷く落ち着かない。それは両親のこともそうだし、隣にミラがいるということも原因のような気がする。
「しかし二人で寝るには少し手狭だな」
 今更ミラだけを患者用の部屋に連れて行くわけにもいかないし、かと言って他に空いている部屋もない。お風呂に入って、なんとなく落ち着いて。さあ、寝ようかという段になって、薄々気がついていた問題に突き当たったのはある意味当然といえば当然のことだ。別に今までの旅で、部屋が一緒になることは何度もあったし、実際、シャン・ドゥでは『そういうコト』もしたけれど。
「……まあ、元は一人用だから」
「では今夜は、くっついて寝るしかないな。まあ私は一晩起きていても構わないのだが……」
「休息できる時はちゃんと休息を取ろうよ。どのみち今日はフェルガナ鉱山まで行っていて、ミラだって疲れているはずだし」
「それもそうだが、休息の前にひと運動あるのではないか?」
 率直といえば率直なミラの言い様に、思わずといった体でジュードの頬が紅く染まる。そりゃ、こんな状況になったら意識しないわけにはいかないけど。それにしたってストレートなミラの言葉には、思わず息を詰まらせてしまう。
「ちが……わ、ないけど」
 寝衣一枚のミラと密着するような状況で、平静を装える自信はほとんどない。それに、二人きりの旅路というのは、普段大人数で行動する時よりも『そういうコト』をしやすい絶好の機会であるというのも否定しきれないわけだし。
「ジュード」
 ふんわりと微笑んで、ミラが両腕を差し出した。ぎゅ、ってしてもいいってことなのかな。星明かりの下で笑うミラの表情は、いつもより少しだけ柔らかくて、特別な気がする。やっぱり、誘ってよかった。『こういうコト』が出来る下心がなかったとは、完全に言い切れないけれど。でも、それ以上に……色んなミラの表情を独り占めできたのは、間違いなく約得だったのだから。
 差し出された両腕に誘われるように、ジュードもまた両腕をミラの背中へと差し伸ばした。華奢な背中。けれど、ずっと憧れ続けた背中だった。その体温が、腕の中にあることが何度触れても夢みたいに思ってしまう。
「ミラ……」
 呟いた名前は掠れていた。思わず零れた彼女の名前に反応するかのように、腕の中でミラもまたジュードを抱き返してくれた。こういう何気ない仕草が、ミラの気持ちが、ジュードの胸を震わせる。
 たまらなくなって、抱きしめる腕の力を強くした。ここには確かな温もりがあって、弾力を返す肌の感触がある。すぐ傍でミラの匂いを感じられる。金色のふさふさとした髪が頬を優しく撫でる。ミラの髪は直毛なジュードの髪質と違って、ふわふわとしていて柔らかい。些細だけれども、決定的な違い。自分にはない柔らかさや匂いは、ミラが女の人で、ここに『いる』ということをジュードに強く意識させる。
「………?」
 そのままじっとしていたジュードの動きを不審に思ってだろう。身じろぎをしたミラが不思議そうにジュードの腕の中で首を傾げた。何もしないのか? まるで、そう問いかけでもするかのようだ。
「こうしてられるのが、嬉しくって」
「嬉しい? もう何度もしているだろう」
「……うん。でも、何度だって嬉しい」
 囁くようにそう告げる。その言葉に、ミラは僅かに考え込んだようだった。そうして息を吸うと、今度は勢い良くジュードに向かって顔を寄せる。
「そうだな。私だって嬉しい」
 邪気なくニコニコと嬉しそうな顔が至近距離に迫る。……こういうのって、不意打ちだと思う。こんな風に、心底嬉しそうに笑ってくれるなんて。
「そっか。なんだか、もっと嬉しくなったな」
「嬉しいの連鎖反応か。いいことじゃないか!」
 近づいた額を寄せるように、ルビー色の瞳の中を覗き込んだ。その中には、締まりなく笑っている自分の姿が映りこんでいる。こんな風に、僕、笑ってるんだ。なんだか新しい自分を見つけたような気持ちになる。
 額と額をくっつけてひとしきり二人で笑い合った。何だかすごく不思議な気分だ。ル・ロンドで、それも、かつての自分の部屋で、ミラとこうしていられるだなんて。
「どうする? 今日はやめておくか?」
 ときめきよりも、寧ろ穏やかさを増した胸の内を見透かされたのかもしれない。ミラは柔らかく瞳を細めて訊ねてくる。その提案に、どうしようかと微かに気持ちが揺れたのは否定できなかったけれど。
「ううん、やっぱりしたい」
 ほんの少しだけ、目の前のミラの姿が残念そうに見えたから。わざわざ手を止める道理もないかな、なんて思ったんだ。
「ミラ」
 小さく名前を読んで、すぐ傍にまで迫っていた唇に唇を寄せた。少しだけ乾いていた唇の感触が触れたと思ったくらいで、一度離す。そうすれば、しょうがないな、君は。と、まんざらでもない様子でミラもまた、笑って唇を寄せてくるから。
「うん、しょうがないんだ」
 何に言い訳しているのか自分でもよく分からない内に、多分、ミラに溺れてしまっているのだろう。啄むように繰り返したキスに、また胸の中にむずむずとしたくすぐったい感覚がよじ登ってきて。ああ、多分。僕は、今嬉しいんだ。なんて、すごく素直に感じることができた。
 乾いていた唇も、いつしかお互いの唾液でしっとり濡れていた。触れる度に、そこから燃えるような熱が伝わってくる。くちゃくちゃと音を立てて絡み合う舌の音さえも、まるで麻酔のようだ。ミラとのキスはいつだって心地がよくて、どこか感覚を痺れさせてしまう。
 好きだな、と思う。こういう行為が、じゃない。こうやって、ミラと一緒にいられること。一緒にいられることを強く感じられることが。
 唇から零れ落ちる熱い吐息が、何もかもを溶かしていくみたいだ。ミラの耳に唇を寄せて、その耳の中に舌先を伸ばした。柔らかい耳殻を甘く噛めば、ミラはぴくんと体を震わせる。その仕草がなおさらに可愛く見えて、執拗なくらいに耳を舌で舐めた。
「ふっ……ん、ジュード……っ、耳は……ん、くすぐ…ったい……!」
 身を捩ってくすぐったさから逃れようとするミラの姿に、流石にそこばかりを攻めて意地が悪かったかなと反省する。多分、耳よりも、もっと神経が通っているところ。そういうところへの刺激の方がミラは好みなんだと、最近ようやく分かるようになってきた。
 もうこのくらいになると、ミラはすっかり足元がおぼつかない様子だった。数歩先にあるベッドまで誘導するように手を引けば、ミラはよろよろと足を動かす。
(……あ)
 ふと、思いつくことがあってジュードはそのまま足を止めた。そうしてふらつく体のミラの太ももに片手を添えると、さっと掬い上げるような仕草で抱き上げた。これでも武術を嗜んでいる身だ。人一人を抱きかかえるくらいでふらつくほど、やわな鍛え方はしていない。
 両足を揃えた状態で抱きかかえられたミラはと言うと、驚いたようにルビー色の瞳を瞬かせていた。多分、今自分がどういう体制になっているのかよく分かっていないのだろう。ミラが目を白黒させているうちにジュードはベッドへと運び終えて、なるだけ丁寧に彼女をそこへ降ろした。
「シャン・ドゥではミラにばっかりさせてたから、今度は僕が主導権を握らせて」
「君のパンツを脱がせたことを未だに根に持っていたとは……」
「いや、それじゃないから。っていうかあのことを色々詳しく話し出すと、色々恥ずかしいからやめよう」
「何を今更言っている」
 そう頬を膨らませて睨み上げる様だって、ベッドの上でとなると煽る仕草にしか見えなくて。それに、今日はいつものあのどういう構造になっているのかよく分からない服ではなくて、ミラはエリンの私物である簡素なシャツを着ているだけだ。本当は揃いのズボンもあったのだけれど、鬱陶しいからいらないといってミラは上だけしか着なかった。おかげで普通の服よりも随分とミニなワンピース状態になっていたのだけれど、こうやって脱がす分には手間がかからない。……というより、今度こそパンツを剥ぎ取られないようにしないと。なんでこんなこと悩んでるんだろうなあ。ミラ相手らしいと言えば、らしいのだけれど。
「ジュード?」
「ううん、なんでもない」
 思わず顔に出てしまっていたらしい。短くそう言い切って、思考を過去から今へと切り替える。済んだことを今更とやかく言っても仕方がないのだし。それに。
「……っふ」
 ミラの白い首筋に唇を寄せる。油断していたのだろう。突然首筋に降りてきた生暖かい感触にミラが声を漏らしたのを確かめて、ジュードは両腕をベッドに付けた。元々一人用の狭いベッドだ。ミラを乗せてしまえばぴったり収まるその場所に、折り重なるように伸し掛ってようやく二人分収まった具合だ。木で出来たベッドが、二人分の重みできしきしと音を立てる。その悲鳴みたいな音を無視して、ジュードはミラの首筋から鎖骨にゆっくりと唇を落としていった。
「ミラ、ちょっと湯冷めした?」
「ふ、ん………私には、もうそう言った感覚は……っう、ジュード! く、くすぐったいぞ」
「本当?」
「ちょっ……と待て、そこ……は!」
 ちゅ、と短い音を立てて唇が首筋を辿りながら、指先はシャツの中へとすでに侵入している。単純な構造のシャツは、捲り上げるだけで呆気ないほど簡単にミラの白い肌を外気に曝け出してしまった。寝る前ということもあってか、ミラは胸に下着を着けていなかったから、その形のいい乳房が星明かりの下、ジュードの眼前にそのまま差し出されることになった。
 ふるんと震える、ジュードの手にすら余る大きな乳房は、まるで触れられることを待ち望んでいるかのようだ。暗がりといえど、窓から差し込んでくる星明かりのおかげで、ミラの姿は驚く程よく見えた。白い肌も、触れればきっと柔らかいであろう大きな乳房も、それから微かに潤んだ瞳で見上げてくる蒸気したその表情も。
「っ」
 咬み殺すように、微かな声が部屋の中に落ちてゆく。ジュードの熱い手のひらがミラの乳房を覆うと、それだけで彼女の体は小さく跳ねた。世間一般の恋人同士に比べたら、きっと体を重ねた経験はまだ大した数ではないだろうけれど。それでも、ミラがどんな風に感じて、心地よくなるのかが、少しだけ分かってきたような気がする。
 円を描くように、覆う手のひらが乳房をこね回す。元々十分すぎるほどの質量を持ったその場所は、ジュードの手の動きに合わせて自在に形を変えた。少し力を込めれば、指は沈み込むし、持ち上げればたっぷりとした肉質が押し上げられて深い谷間を作る。焦らすように指の腹で中心部を避けるように撫で上げれば、堪えきれないようにミラが吐息を漏らした。
「君は……っ…ずいぶんと、今日は、意地悪だ」
「う~ん。こ、これでも前回ので僕、学習したんだよ……?」
「前回……?」
「うん。どうやったらミラが感じるのか。ちゃんと見せてくれたよね?」
「あれ……っん!」
 びくん、とミラの体が跳ねる。今まで焦らしに焦らされていた中心部への刺激が不意打ちで与えられたからだ。そんなミラの反応を確かめて、ジュードは首筋から胸へと、ゆっくりと唇を落とす箇所を変えていった。
 静かな部屋の中に、ちゅ、ちゅ、と短く肌を吸う音が落ちてゆく。その合間に、噛み殺しきれなかったミラの甘い嬌声が響き、木製の小さなベッドは不服そうに音を立てた。
 柔らかい乳房はまるで吸い付くようで唇を寄せれば微かに甘く、ふんわりとミラの匂いがした。いつまでも触っていたいくらいだ。時折触れてはまた離れを繰り返し続けたせいか、先端にあるその桜色の突起はツンと張り詰めて天を向いている。きっといつ触れても過敏な反応になるんだろうなあ。胸に唇を寄せながら、堪えるように眉根を寄せるミラの表情に目をやって、ジュードは内心思案した。……でも、多分、焦らし過ぎも良くない。
「ふぁっ!」
 白い喉が星明かりの下に遺憾なく晒される。堪えきれなかった甘い声がミラの喉から溢れて音になった。張り詰めるほど自己主張した先端部に、ジュードが口を付けたのだ。そのまま舌先で転がすように舐め上げられては、ミラにとってはたまらない。
「じゅ、ジュードっ……っぁあ、歯で、噛んで……は……んんっ!」
 首を捩って、何かを堪えるようにミラが左手で握りこぶしを作る。その固く握り締められた左手を、ジュードはそっと手にとった。
「………?」
「握るなら、こっち」
 もう、この『目的のない旅路』で何度握り締めたか分からない。優しく握り返されたその慣れた感触に、ミラが手を握り返したのはほとんど条件反射だった。
「っ」
 空いていた右の手のひらが、するりと臍を下り、太ももに触れたことに気がついて、ミラの握り締めた手のひらが微かに硬くなった。それは恐れなのかはたまた。胸からあばらへ。口付けを落とす箇所を次第に腹部へ移しながら、ようやく足の付け根にまでジュードがたどり着いた時には、大切な箇所を覆うにしてはいささか頼りない面積の布地は、しっとりとその肌に張り付いていた。そのくせ、その場所はまるで自己主張でもするかのように時折ふるりと震えている。すでに匂いたつほどの独特な女性特有の香りのするその場所は、星明かりなんてなくとも、ミラが十分すぎるほど身体的な準備ができていることを知らせてくれていた。
「ミラ、腰を上げてもらえるかな」
「あ……ああ」
 すでに半分蕩けたような状態になっているミラは素直だった。ジュードの要望通りに僅かに腰を浮かしたその隙間を使って、ジュードは手早く下着を抜き取った。ついでに上で引っかかっている上着も。それから、自分が着ている衣服も、今度こそ躊躇なく脱ぎ捨てた。前回のように下着だけ残して、パンツ争奪戦になる事態にだけは絶対に避けたい。
 かつての自室の狭いベッドの上に、くったりと白い肢体を投げ出して見上げてくるミラは、どうにかなってしまいそうなくらい可愛いと思う。既にジュードの股間の一物も、ミラと同じように十分すぎるほどの準備が出来ている。お互い今すぐに繋がり合うことだってできるし、実際、今すぐしたいけれど。
(でも、せっかくだから)
 思い起こすのは、シャン・ドゥでの夜だ。ミラがどんな風に感じて、どんな風に想ってくれているのかをジュードに教えてくれた。その経験をここで生かさない道理はないと思う。
「ジュード……?」
 すぐにでも挿入があるのだと思っていたのか、なんの動きもなくなってしまったジュードに、ミラは不思議そうに小首を傾げた。そんなミラにジュードは微かに微笑んで、そうして、ミラの両足をそっと手のひらで抑えた。
「ん? ちょ、ちょっと待て、ジュー「ごめんね、ミラ」
 ミラの言葉を遮ったジュードが言い終わるやいなや、その丸い頭がミラの足の付け根へと沈み込む。
「っ……ふぁっ!」
 瞬間、甲高い嬌声が、ミラの喉の奥から迸った。びくん、と背筋を弓なりにして大きく震える。その振動すら足をしっかりと抑えたジュードは物ともせずに、既に十分すぎるほど濡れそぼっているミラの秘部へと唇を寄せた。
 その割れ目はすっかり準備が整っていて、愛液が今にも滴り落ちんばかりだった。その場所を、丹念に、丹念に、確かめるようにジュードの赤い舌先が形をなぞってゆく。意志を持った生き物のように割れ目の入口を舐め上げ、やがてその場所がほどよくふやけて来た具合を見計らって舌を奥へと差し込んでゆく。その異物の感触に、ミラはふるふると震え、短く声を上げながら、込み上げてくる快楽という心地よさに抗っていた。
「……我慢しなくていいよ」
 前回、いっぱい我慢してもらったから。だから、僕からミラに、してあげれることをしてあげたいんだ。そんな風に優しく甘やかすように、下腹部から突き上げてくるような快楽と共に告げられて、堪えろという方が難しい。
「んっ、ふ、あっ……あああっ! ジュード!」
 ちゅく、じゅぷ。耳にするにもどこか卑猥な水音に、ジュード自身もどこか酔いしれながら、吸い上げても吸い上げても溢れ出てくる愛液を受け止め、舌先でミラの膣内を探り続けた。特にえぐみのある味というわけでもない。その場所特有の、確かに独特の味はあったけれど、ミラのものだと思えばむしろ全然気にならなかった。ただ、この傍にいる大切な女性を、自分の手できちんと心地よくしてあげたいという一心だった。
「あっ、あっ、あっ」
 短く、切るような嬌声。恐らく限界が近いのだろう。察したジュードは、膣から舌先を抜き取って、最も彼女が敏感とする場所を舐め上げた。
「――――――ッ」
 弓なりになった背が、ぶるりと大きく震え、両のももがジュードの顔を締め付けた。……イッたんだ。荒く息を吐き、霞んだ瞳で天井を見上げるミラの恍惚とした表情に、ジュードはごくんと喉を鳴らした。
(僕の手で)
 ルビー色の瞳からは、生理的な現象からか零れた涙がひと雫、こぼれ落ちていた。やがてその瞳が次第に焦点が合い、見下ろしているジュードへと結ばれてゆく。
(僕が、ミラをこんな風にしたんだ)
 この胸の中に込み上げてくるものは一体何なのだろう。自分が大切に想っている人に、これほどの心地よさを与えることのできた達成感? 貢献できる喜び? それとも、彼女のこんな表情を見れるのが自分だけだという、独占欲? ―――多分、全部正解で、不正解。
「じゅーど」
 呂律が回っていない、どこか幼くも聞こえる声。その差し伸ばされた手の平を握りしめて、抱きしめた。ミラの裸の胸は、僕の胸に押しつぶされて形を変える。やっぱり柔らかいなあ。なんて、思った。
「ね、ミラ」
「んー…?」
「あのね、ぎゅっとして満足なのは分かるんだけど、その……僕も、そろそろ、限界で」
 股間のモノは今か今かと出番を待ち構えていて、今にもはち切れんばかりだ。そのぱんぱんに膨れ上がった無花果みたいな一物に、ミラもまた気が付いたのだろう。微かに眉を下げた後、一度深呼吸して、ミラは言う。
「行くか、ジュード」
 なんでそう逞しいのさ……。思わずそう零さずにはいられないほどの潔さは、そう言えば出会った頃からだった。これもミラがミラたる所以だよなあ。結局のところ、自分とミラはそういう関係なのだ。
 持ち上げた足の間に体を滑り込ませて、そのままぐっとミラの中へと張り詰めたモノを挿し入れた。以前交わってからさほど時間が経っていないこともあってか、挿入はごくごくスムーズだった。
「ん……」
 受け止めるミラも、侵入してくる異物の感触に痛みは感じていないようだった。
「奥まで……入った、か?」
「う、うん……。やっぱ、ミラの中……熱くて、ん、きもち……いっ……」
「そ、そう……か、…ん」
 押し込んだその場所は、熱くて、まるで何もかもを融かしてしまいそうだ。時折ミラの呼吸に合わせて、中の襞がきゅっと締め付けてきて……んっ、やっぱ、凄く、気持ちいい。
 その心地よさを逃したくなくて、腰を引く。そうして、またミラの中へと押し込んだ。ずん、と腹に響くような音と共に、自分のモノがミラの大事な場所を出入りしているのが分かる。
「……っく………んっ!」
 こうしていると、まるで獣にでもなったかのようだ。荒く息を吐いて、汗を巻き散らかしながら、ただ腰を振るだけの野蛮な獣。そうだと言うのに、ミラは目を細めて、手を握り返してくれるから。
 きゅうっ、と中を出し入れしているモノをミラが一層強く締め付けた。
「あっ、ミラ、そんなに……締め付けたら……!」
「いい、ジュード。……っあ、ん、い、一緒に……!」
 ぱちゅん、ぱちゅんと結合部からぶつかり合う音が響き渡っている。一層腰を引いてから、今度こそジュードはミラの最奥へと自身を打ち付けるように押し込んで。
「んっ――――――!」
 弾けるような快楽の濁流に、押し流されてゆく。その時、左手にそっと絡んだ熱源を、離さないようにしっかりと握り返してジュードは応えた。

   * * *

「結局汗まみれになってしまった」
 上半身を起き上がらせたミラは、額から溢れる汗を拭いながら小さくぼやいた。
「……まあ、これも一種の有酸素運動だから」
 彼女の腹の上には白く濁った液体が広がっている。つんと青臭い匂いのするその液体に触れようとするミラに、慌てていいから。と静止して。鞄の中から取り出したポケットテッシュで、ジュードは自身の吐き出した性の証を拭き取った。
「別に、中にそのまま出してくれて構わなかったのに」
「それは……」
「私は精霊だ。マナで出来た集合体である以上、人の子を宿すことはない。それはシャン・ドゥで語った通りだ。……だから」
 君が気持ちの良いようにしてくれて構わない。そうぽっつりと、どこか寂しそうにミラは告げる。それは、もしかすると今日の昼間の出来事を思い出してのことかもしれない。
 この世に存在を知らしめるために、泣き叫んでいた生まれたばかりの小さな命。望み、望まれて、取り上げられた。血の海の中で生まれたたった一つの命の誕生に、そこにいる誰もが祝福した。母親も、父親も、そして取り上げた医者や、たまたま立ち会った人間でさえも。
『人間の幸せが、愛する者と夫婦となり、子を産み、育て、魂の循環へと帰ることならば……私はその幸せを君に与えてやることはできない』
 それはある意味で、精霊である選択をしたが故に、人間の頃持ち得た可能性を捨てたミラにとっては残酷な光景だったのかもしれない。ミラは、ジュードの血族を残すことができなくなるということを、静かに恐れていたのだから。
 まだ、あの光景を見ていなかったジュードは、それは自分の行う選択だと宣言した。けれどあの幸福そうな、新たな一員を加えた家族を見て、変わらぬ絆を繋ぎあったディラックとエリンの姿を見て、もしも心変わりをしてしまったのなら。ミラはそんな不安を持っているのかもしれない。微かに揺らめいているルビー色の瞳を見つめて、ジュードはぎゅっと歯を噛み締めた。……どうしたら分かってもらえる? どうしたら伝えられる?
「ねぇ、ミラ」
「なんだ」
「汗かいちゃったし、お風呂行こっか」
 ぽつん、と思わず口から出た言葉だった。それにミラはぱちぱちと瞬きをして返事する。
「一緒にか?」
「うん。……その、それで。お風呂場だったら、ほら、中に出しても……後の始末も楽だろうし……」
 だって、お腹に入れっぱなしってわけにもいかないし、そ、そうでしょ? 思わずどもってしまうのもご愛嬌だ。そんなジュードの慌てた仕草に、気持ちがほぐれたのだろう、ミラはくすりと口元を緩ませて。
「ああ、期待しているよ」
 そうやってけろりと笑ってしまうのだから、やっぱり僕はミラには適わない。

   * * *

 一人暮らしに慣れたジュードにとっては広い、しかし二人で入るにはいささか狭い浴室の照明を付ける。そうすれば、タイル張りの、ジュードには見慣れた風呂場が暗がりの中に浮かび上がった。ミラにとって二度目の風呂場だ。就寝前に入った一度目が、結局あまり意味のないことにはなってしまったけれど。
 お湯はあらかじめ張り直しておいたので、ほかほかと温かい湯気を立てている。多分、なんとか二人でも入れるだろう。さっそく木で出来た桶を手にとったミラは、温かいお湯を一掬い。その桶ごとにこにこと持ち込んで、こちらへやって来た。
「……? ミラ?」
「とうっ」
 ざばーっと、いう擬音がまさに正しい。頭からお湯をかけられたジュードは、目を白黒させながら髪から滴る水の筋を眺めていた。
「先程は君に随分意地悪をされたからな」
 すっぽんぽんな胸を張りながら、何故かミラは悪そうな表情で笑う。
「今度は私の番だ」
 そう言っているミラの手には既に手ぬぐいが握り締められている。呆気に取られるジュードを他所に、置いてあった石鹸で手ぬぐいを泡立てて、ミラはジュードの背中に当てた。
「うわ、ちょっと、い、痛い!?」
「ん? 痛かったか。ではこのくらいならどうだ?」
「あ……それくらいならちょうどいいかも……気持ちいい」
「よし、任せてくれ」
 何故か背中流しタイムが始まった。いや、気持ちいいんだけど本来の趣旨と……いや、まあいっか。ミラ、楽しそうだし……。
 背中では、どうだ、気持ちいいか? とうきうきした様子で、泡立てた手ぬぐいを擦っているミラの声がある。……うん、確かに気持ちいい。いい、んだけど……時々、タオルすら巻いていないミラの裸の胸が、背中に当たって、心臓にも悪い。いや、さっきまで触ってたんだけどさ。
 ジュードが背中の柔らかい感触に気を取られている隙に、ミラは背中を洗い終えたようだった。ふっと意識を目の前に戻すと、何故かルビー色と視線がかち合った。
「えっ?」
「前もだな」
「い、いや!? ちょっと待って! み、ミラ、そういうお店じゃないし、そこまでしなくていいよ!!?」
「何を今更言っている。今度は私の番だと言っただろう」
「いや! いやいや!? ほんと、ほんとにいいって!」
「問答無用!」
「アーッ! ちょっと、ミラ、や、そ……そこ……!」
 上半身くまなく泡まみれになりました。……じゃなくって。ミラはさっきの背中で、洗うコツを掴み始めていたらしい。腕から胸までを丹念に手ぬぐいで擦ってくれて、そのまま胸板へ、そして腹から臍へ。そのまま股間へ手を伸ばし―――「ストップ! ちょっとストーップ、ミラ!」
「なんだ、せっかくいいところだったのに」
「確かに上半身はそれでいいんだけど、この力加減でそこいかれると僕失神するから! やめて!」
「そういうものか!」
「そういうものなの! っていうかそういうことじゃなくて……!」
「大丈夫だ、優しくする」
「ちっがーーーう!」
 全然分かってない! っていうかやたら股間のアレに執着してるんですけど!? 浴室の照明にさらされた一物を、これ幸いとばかりじっと見つめているミラのきらきらとした眼差しが痛い。しかもあれ、どう料理してやろう、と言わんばかりの顔だ。おまけに戦闘中によく見かける系のやつだ。確かにミラは拘束することを得意とするけれど、こんなところで特技を発揮する必要はないっていうか、ほんとやめて―――!
「………? って、あれ?」
 薄目を開けて目の前の光景を確かめる。そうすれば、ジュードの前にしゃがみこんだミラは、手ぬぐいを片手に物憂げな表情で思案していた。片手を床へ、もう片方の手は口元へと寄せられている。必然的に寄せられた胸元には深い谷間が出来ていて、自然と喉が、ごくりと鳴った。
「いや、すまない。君が嫌がることをしてもしょうがないと思ってな。しかし、私は君を気持ちよくしてやりたいんだ」
 なあ、君はどうして欲しい? そう見上げてくるミラの柔らかそうな肢体は、先程背中を洗った時に付いた泡がいくつもついている。丸く膨らんだシャボンが胸の形に合わせて、つうっと伝い落ちて、弾けて消えた。その様を思わず見届けて、ひとつの欲求が膨らんできたことをジュードは自覚した。いや、しかし。
「だ、だいじょう、ぶ」
「…………本当か?」
 どちらかといえば、君は隠し事が苦手だったな。じとりと半目で見上げてくるミラは、ジュードが隠し事をしていることをすぐさま見抜いてしまったようだ。
「う……うう」
 白状しなければならないのだろうか。……それは、確かにジュードにとっては魅力的な提案だった。だが、これをしてしまうと、なんかいろんな大切なものを失ってしまうような……いや、でも……。ぐるぐると意味のない葛藤が頭の中で回り続ける。
「ジュード」
 見上げられる視線は、期待と、それから『何かしてやりたい』そういった欲求で揺れている。それに今、ここにはミラしかいないのだ。天秤がカタン、と片方に揺れたことにジュードは内心降参して、ようやく唇を開いた。しかし、照れも相まってかなかなか言葉は音にならない。
「……え…………ったら………で」
「ん……すまない、もう一度言ってくれ」
「その、ミラさえ良かったら、……む、胸で」
「胸で?」
 きょとん、とミラは自分のいささか豊満すぎる胸を見下ろして、それからひょいと持ち上げた。そうすればたっぷりとした肉感が余計に強調されたような形になる。
「胸で、その………ここを、さすってもらえたらなって…………」
「それは別に構わないが、君はそれで気持ちいいのか?」
「…………はい」
 そういうものなのか。ふうむ、と思案しながらも、ミラは納得してくれたらしい。了解した。とごくごく真っ当な顔で頷くと、真っ赤になって俯いているジュードを尻目に、ずいと身を乗り出した。膝をタイルについて、胸だけ股間に押し当てるような形だ。こうして見ると、ものすごい格好だと思う。……いや、希望したのは僕なんだけど……。
「こうか?」
 重たいだろう胸を持ち上げて、その間にジュードの肉の棒を咥え込んだ。元々弾力があるその場所は、押し込めるだけで簡単にジュードのそれは埋まってしまう。
「うん……そう。えっと、そのまま、こう、持ち上げるように……」
「こう、だろうか……?」
「あ、うん……そう。そのまま、んっ、上下に……」
 柔らかい胸に挟まった肉棒がゆさゆさと揺れている。いや、揺れているのは正確には胸か。それはまるで抜き差しする膣口のようで、柔らかくジュードのモノを包み込みながらも擦り上げる刺激を与えてくる。
「ふ……っ、く……ん、あ!」
「気持ちいいのか?」
 ジュードの反応に気を良くしたのだろう。最初は半信半疑といった様子で胸を摩っていいたミラも、次第に乗り気になってきたらしい。両手で挟み込むように胸を押し付けながら、擦り上げる上下の動きに緩急をつけてくる。
「あっ……み、ミラ、それ……ん、だめだ……っ!」
 ずぷん、と一度胸に深く沈みこんだ肉棒が、押し上げるようにして擦り上げられる。瞬間、その先端がぶるりと大きく震え、白濁した精液がぷしゃあと、ミラの顔に降りかかった。
「……っはーっ、はー……う、あ、ミラ。ご、ごめん……」
 鼻先にかかったとろりとした液体を、ミラはぺろりと舌で軽く舐めとった。……そして、やはり苦かったのだろう。僅かに顔をしかめて、お湯で丁寧に拭き取りながら軽く言った。
「いや。……しかし、もう少し出し惜しみしてくれても良かったんだぞ?」
 まだ腹に入っていない。まるで食べ物をお腹に入れるのと同じような調子でミラは言う。
「それは無理だよ。だってミラの……その、すごく、よかったから……」
「そうか」
 瞬間、ミラのぴょこんと跳ねたひと房の髪が嬉しそうに跳ねた。……ある意味、ものすごく分かりやすい。もう、ミラったら。苦笑してその体に手を回せば、ミラの体は呆気ないほど簡単に腕の中に収まった。
「……あ」
 絡み合った視線が、そのまま引き寄せ合う。ミラの白い頬に吸い寄せられるようにして手を寄せて、その柔らかそうな唇に唇を寄せた。やっぱりミラの口内は熱い。舌で形を探るように歯を辿り、同じように伸ばされる舌へと絡ませる。このままぴったりとくっつけてしまえばいいのに。そのまま深くキスを交わしながら、空いた方の手のひらでゆっくりと胸を辿っていった。先程まで肉棒が収まっていたその場所は、相変わらず柔らかくて、手のひらに吸い付くようだ。やわやわと持ち上げるように掬い上げて、指先で先端部を転がす。そうすれば、キスの合間に唇のはしからミラは心地よさそうに短く嬌声を上げた。
「ふぁ……っん、ジュード」
 蕩けたようなルビー色の瞳がすぐ傍にある。その存在がこれ以上ないくらい愛おしく思えて、膝の上に改めて抱き寄せた。そうすれば、ミラもまた応えるようにしてぎゅっと抱きしめ返してくれる。
 向き合った形になったまま、そのままひとしきり唇を寄せ合った。そのまま首筋を辿り、鎖骨を降りて、胸に舌を這わす。伸びた手のひらは形の良い尻の形をなぞれば、ミラはもどかしそうに膝の上で腰を振った。その動きに誘われるように、尻を揉んでいた指先を太ももへと這わせれば、その場所はお湯とはまた違う、僅かな粘着性を持った体液で濡れていることに気が付く。
「ミラ……」
 胸元で微かに囁きながら、指の腹がミラの中への入口へとたどり着いた。
「んっ、あっぅ、ジュード……」
 期待に微かに震えるその入口へと中指を差し込んだ。すでに燃えるように熱くなっているミラの中は、たった一本の指では物足りないかのように簡単にくわえ込んでしまう。中指が半分ほど埋まったところで、人差し指も足してみたけれど、二本でも全然大丈夫みたいだ。頬を上気させたミラがジュードの胸元で顔を摺り寄せる。その仕草はやっぱりどうにかなりそうなほど可愛くて、思わず奥歯をぎゅっと噛み締めた。……やっぱり、ミラは可愛い。
「っあ」
「ミラ……中、挿れても、いいかな……」
「ん……あっ……ああ、入れて、くれ……ぁっ」
 沈み込んで、ミラの中を確かめていた指を引き抜けば、物足りなさそうにミラは眉根を寄せる。その眉に唇を寄せて、同時に、ミラの入口に肉棒を差し込んだ。
「っあ……あっつ……」
「あっ、ふぁ……っ!」
 きゅうきゅうと、まるでミラの中へ押し入っていくようだ。座ったままの体制だと、また収まり方が全然違う。感じ方が違うのはミラも同じだったのだろう。ふるりと首を降って喉を仰け反らせたミラの反応の仕方が、さっきとはまた違って、もっと新しいミラを知りたくなる。
「っあ、ん!」
 その腰を引き寄せて、一気に奥までねじ込んだ。瞬間、喉の奥から迸るような短い嬌声が浴室の中に響き渡る。ふわんとシャボン玉が浮き飛んで、のどかな光景のはずなのにちっとものどかじゃない状況が、何だかおかしかった。
「じゅーっ、ど、っあ、っぅ、っああっ、体が、んんっ、もうっ」
「っは、ミラ……っ、ぅ、はっ、ミラっ」
「バラバラに、あっ、ふぅっ、なっ……あんっ!」
 浅く引いては、打ち付けて。今度は深く引いて、最奥まで。ミラの中は、まるでジュードのそれに形を合わせるかのようにぴったりと収まって、吸い付いてくる。きゅうきゅうと何もかもを搾り取られてしまうみたいだ。
 噛み付くようにミラにキスをした。そうすれば、ミラもそんなジュードの気持ちに応えるようにしてキスを返してくる。
 ―――はじめは、ただ一緒にいるだけでよかった。それだけで、満たされていた。傍にいるだけで十分だと思ってた。
 いつからだろう。傍にいることが当たり前になった。遠く離れていても、気持ちが通じ合っていれば平気だった。でもそれは、多分、触れることを知らなかったからそう思えただけだ。僕はこの綺麗で、カッコよくて、誰よりも可愛い精霊を、一度、捕まえてしまった。そして、その体温を知ってしまった。
 これから先の人生で、確かにそうミラに触れることはないのかもしれない。彼女の言ったように、生涯苦楽を共にするパートナーという意味では、精霊界に過ごすミラは当てはまらないだろう。赤ちゃんだってきっとできない。今日見たみたいに、お猿さんみたいで、すごくちっちゃくて、頼りがなくて。けど、夫婦が心の底から喜び合えるような生命の誕生の一員には加われないだろう。それは、十年、二十年、五十年先、おじいさんになった時に一人ぼっちに未来を指しているのかもしれない。……でもね、ミラ。
「それでもっ、ミラがいいんだっ」
 ミラじゃなきゃ、嫌なんだ。
 そういう平凡な未来よりも、一緒に笑って、滝みたいな涎流しながらご飯を食べて、一緒に手を繋いで。自分の決めた信念にまっすぐ向かっていける勇気を分けてくれる。そうやって未来に向かって歩いていける力を持った君だからこそ、僕は好きになったんだ。
「ねぇ、ミラ―――…」
 どくん、と深くミラの中で肉棒が鼓動する。膨らんだそれが、やがて我慢できないかのように全てを吐き出して。
「っ……」
「ん、出して……っ!」
 名前を呼んで、名前を呼ばれて。びゅる、と彼女の腹の中で生へと繋がる液体が放出されてゆくのが分かる。それが例え実を結ぶことはなくとも、彼女の中に放てるのはきっと何より幸福なことだと思ったんだ。

   * * *

 …………あれで終わりじゃありませんでした。すみませんでした。
 あの後、二人で浴槽に入って、はしゃいで。なんとなくまた、いい雰囲気になっちゃって、結局そこでもう一回戦。つまり射精すること実に計四回。いい加減そろそろ干からびるからと、ふやけた体を浴槽から引っ張り出して、ミニタオルでミラの体を拭いてあげて。そうしてバスタオルを出さなくちゃ、と風呂場のドアを開けて部屋の中を歩き出したあたりで、ジュードはようやく違和感に気がついた。彼自身は部屋の灯りを付けた覚えがない。しかし、現に暗かったはずの部屋には灯りが灯っていて。
「………………」
 妙に赤面している、今晩は出て行っているはずの両親が何故かソファに座っていて。
「ジュード」
 それでも表情はちゃんとしかめっ面を装っていたのだから、我が父ながら大したものだと思う。
「これはどういうことなのか、説明しなさい」
 ―――いっそ殺してくれ。心底そう思ったのは、思春期男子としてはごくごく真っ当な感性だったからだろう。

   * * *

「ソニアさんがお迎えに来てくださって、そのおかげで私たちでも帰ることができたのよ」
 静かに帰宅した理由を告げてくれたのはエリンだった。確かに両親はフェルガナ鉱山の麓の小屋に用事があったはずだから、今晩は帰ってこない予定だった。それが急遽戻れるようになったのは、ひとえにソニア師匠の尽力のおかげだろう。誰もが認める武術の達人である師匠が共にいれば、夜のボルテア森道も抜けることだって造作もないだろう。そういうわけで突然帰ってきた両親を前に、ジュードは緊急家族会議の槍玉に上がることになってしまった。エリンは攻める口調ではなかったけれど、やはり事情が事情なだけに複雑な表情は隠しきれないようだった。
「お前がミラさんと特別な関係になっていることは、今更驚きはしない。順序に関しても、私たちが口を挟むことではないだろう。……しかし、きちんと避妊はしたのか」
「えっと……それは」
「まさか、しとらんと言うのか。お前はそれでも医学を学んだ者か!」
「と、父さん」
「大体お前は今、研究中の身だろう。まだ十分な成果も残せていない内から、子作りなど……」
 お前に出資している人たちは。そもそも研究はどうしたんだ。怒りに震えるディラックの言葉を、穏やかな口調で遮ったのはミラだった。
「ミラさん。あなたは今回は口を出さないでいただきたい」
 これは家族の問題だ。きっぱりとした口調で言い切ったディラックの前に、ミラは小さく首を振る。
「だったらなおのことだ。まず私の話を聞いて欲しい。……確かに私たちは、俗に言うところの性交渉に及びはしたが、まず、百パーセントの確率で、子供はできない」
「…………は」
 呆気に取られるディラックと、そして驚いたようなエリンの顔が並ぶ中、ミラは続けて言った。
「私はかつてこの家に世話になった時、まだ人間だった。しかしその後、様々な経緯を経て、精霊へと生まれ変わったのだ。だから、ディラック、エリン。お前達が心配しているようなことは起きはしないが、同時に謝らねばならない。この先、五年、十年、二十年。ジュードが成人して適齢期を迎えたとしても、私に操を捧げ続ける限り、彼は子を持つ機会を永遠に失うだろう。それは、あなたたちが孫を取り上げることがないということと同義だ」
 ジュードはマティス家のたった一人の息子だろう。そうだというのに、血族を残す選択肢を作ってやれなかった。……いや、違うな。私が嫌なんだ。
 呆気に取られるディラックやエリンを前に、ミラは淡々とそう言い、頭を下げた。それに真っ先に慌てたのがジュードだった。こんなことを、ミラに言わせるつもりなんてなかった。……違う、自分は両親のことまで思い至れていなかったのだ。自分が子供を持つことができないということは、両親は永遠に孫を抱く機会に恵まれないということだ。それをのらりくらりと交わすのではなく、真正面から言葉にしてぶつかっていこうとするミラに、横っ面を叩かれたような気分だった。……違う。ミラは最初からこうだった。どんなことでも、自分が傷つこうなんて構いもせずにまっすぐに進んでいくんだ。
「父さん、母さん」
 息を吸う。……ちゃんと伝えられるだろうか。ううん、違う。伝えるんだ。自分の言葉で、ちゃんと。ミラは、伝えることの大切さをシャン・ドゥで教えてくれた。
「僕は、ここにいるミラのことが、誰より一番、大切な女性として想っています。ミラとは子供を持つことができないけれど。ずっと一緒にいることも、叶わないけれど。でも、僕がこうやって源霊匣の研究をやっていこう、成長していこう、そう思えたのはミラのおかげなんだ! ミラじゃないと、僕はダメなんだ! だから、今日母さんが取り上げた赤ちゃんみたいに、僕たちの間の子供を取り上げることはできないけれど……それは、本当に、申し訳ないことなんだけれど」
 顔を、上げる。まっすぐ、まるで睨むように。メガネのその向こう側。
 昔はその顔を見上げるのが苦手だった。何でもかんでも決め付けてきて、押し付けて。お前はまだ子供なのだと言い聞かされるのが、たまらなく嫌だった。責任も持てないくせにと言われて、喚き返すことで自己主張していた。どうして僕のことを分かってくれないの。自分のことさえ分かりもしないのに、理解ばかりを求めた。
 確かに僕はまだ子供で、ミラと一緒に歩いていても姉弟と間違えられてしまうこともあるけれど。知らないこともまだまだたくさんあるし、未熟なところだってある。そんなのひっくるめて分かった上で、ちゃんと言いたい。
「それでも、僕はミラと一緒にいる。それを父さんや母さんにとやかく言わせない!」
 ミラの呼吸を背中で感じる。ミラは、確かに子供を産めない。それどころか、ろくに一緒にいることさえも叶わない。それでも、僕は選んだんだ。僕が選んだ、僕だけの『選択』を、例え父さんや母さんでも否定させなんかしない!
「その言葉に二言はないな」
「当たり前だよ」
 父の姿を真正面から見返して、ジュードは言う。その力強い言葉に、ディラックは小さく息を吐いて踵を返した。
「好きにしなさい」
 私は部屋に戻る。お前たちも早く寝なさい。そう言って、年を重ねたマティス家の家長は、静かに廊下の奥へと消えていった。
「……ああ言いながら、認めてるのよ。良かったわね、ジュード」
 そうして、エリンは微かに眉を寄せてミラの白い手のひらを握った。
「ミラさんも。辛いことを告白してくれてありがとう。それから、……うちの子を、よろしくお願いします」
「ああ、勿論だ」
 ぺこりと頭を下げた、エリンの姿はジュードが思っていたよりもずっとずっと小さかった。いつの間に、こんなに小さくなってしまったのだろう。自分が年を重ねて大人に近づいて行くにつれて、両親は老いてゆく。それをまざまざと目の前に突きつけられたような、そんな気持ちだった。

   * * *

 流石にあんなことがあった後で行為に移れるわけもなく(というよりすでに四回もやって精も根も尽き果てた)、ジュードとミラは狭いベッドに二人で身を寄せ合って眠ることになった。ぎゅうぎゅう詰めになって眠るのも悪くない。笑うミラにごめんね、と小さく謝りはしたが、ジュードはやはりどこか上の空だった。
「……思わぬ告白になったな」
 それは、先ほどのことを指しているのだろう。穏やかに微笑んだミラの言葉に、ジュードは静かに返事する。
「そうだね。でも、ミラと一緒にちゃんと両親に話せたから。……結果的に良かったと思う」
「『目的のない旅』様々だな」
「『目的のない旅』に『両親への挨拶』イベントはかなり大きなイベントだけどね」
「そういうものか?」
「そういうものです」
 そうやって、一つの布団の中で笑い合う。こうしていられるのだって、『目的のない旅』のおかげだ。
「次はどこへ行こうか。『精霊の化石』の件もひと段落したことだし、今度こそゆっくりできるといいな」
 そんなミラの言葉に、ジュードは今度こそ頭を切り替えて、額に手を当てた。それは、彼が考え事をする時のいつもの癖だ。
「そうだなぁ……」
 特別列車の再運転まで日はそう残されていない。そこがこの『目的のない旅』の終着駅になる以上、ぎりぎりまで楽しんでいたいのだけど。
「とは言っても、ほとんど回っちゃったしねえ」
 カン・バルクにこそたどり着けなかったものの、リーゼ・マクシアはほぼ一周してしまった形だし、今更遠出をするには、少し日程的に心もとない。それならば……。
「ドヴォールとかどうだろう」
「ドヴォール?」
「エレンピオスの方は、そういやまだほとんど巡ってないし、あの街はあの街でまだちゃんと見てなかったから……」
 そう告げたジュードの言葉に、いいな。とミラが口の中で行き先を反芻する。
「行こう、次はドヴォールだ!」
「なんか、張り切ってるね。ミラ」
 くすくすと、星明かりの下でジュードがミラに向かって微笑みかける。そうすれば、ミラはまた嬉しそうに笑って言うのだ。
「君と一緒にいられるというのに、退屈なわけなどないだろう!」
 この満天の星空ならば、明日もきっと晴れるだろう。星の青空が上るころ、再び始まる二人の旅路に期待を乗せて、ミラはお気に入りのチャームポイントを揺らした。
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